BLEACH 最強の剣豪   作:スマート

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無敗の心

 所変わって此処は瀞霊廷のとある通路。至る所に斬撃や打撃の痛ましい跡が残るそこには、二人の男が立っていた。いや、一人狼の顔を持つ男、狛村左陣は自身の不甲斐なさを恥じたのかもう一方の男へと深く頭をさげていた。

 

「貴公……すまぬ、卍解を奪われた挙句、どこの所属とも解らぬ貴公に尻拭いをさせてしまうなど…」

「むっ、まだおったのか『もののけ』の者よ」

 

 何処か知れない方向へと視線を向ける三白眼の男は、その言葉で狛村が居たことに気が付いたようで若干おどけた様に振り返りまじまじとその姿を観察した。その無遠慮な視線には慣れている狛村だったが、彼が過去感じてきた異質なものを見る者達の否定的な目とは違い、尸魂界の子供たちが向ける様な好奇心の混じった純粋な視線を向けられたので、さすがの彼もたじろいでしまう。

 

三白眼に発達した筋肉、大型肉食獣の様な猫背の体躯という一見鬼のようにも見える恐ろし気な威容を纏っているが、その好奇心のありようと言いその実、戦い以外の面では子供の様だと狛村は考えを改める。だが、それでも男が狛村の窮地を救ってくれたことには変わりない。

 

そして、その剣の実力は先ほどの攻防を見ても自分とは比べ物にならない遥か高みのものだった。まさか斬魄刀を持たずに卍解を攻略しただけではなく敵を倒してしまうなど、彼は思いもしなかった。

恐らく死神としてではなく、その高い才覚を見込まれた瀞霊廷貴族の剣術指南役のような存在なのかもしれない。もしくは、極めて低い可能性だが、生前……つまり現世において名が通っていた存在という事もあり得た。

 

「ものっ…いや、まぁ貴公がそう言うのも無理はないが……いやっ、そうではない…私は貴公に大きな借りが出来てしまった。元流斎殿から任せられた立場に有らざる失態、恥じ入る思いだ。この駒村左陣……護廷の名においてこの恩は必ず返す、然るに貴公の名を教えてはくれないだろうか?」

「ふむ、先ほども聞いたが……矢張りワシを知らぬのか。二天一流……しらんか?」

 

 駒村の脳裏に矢張りという文字が浮かぶ。矢張り、この男は名のある剣豪なのだ。自身が知らないだけで恐らく元流斎殿ならご存知の御仁であろうと当たりを付けた駒村は、礼を失しないように誠心誠意頭を下げる。

 

「すまない……余程名のある剣の流派なのだろう、無学な私を許してほしい」

「そう…か…ふむ…残念だ。アレほど轟いておったのだがな、時の流れは残酷で人から記憶を奪う。もっとも、ワシとしてもそれは、痛しかゆしと言ったところではあるが」

 

先ほどから繰り返した謝罪の問答、男は「そうか知らぬか」と何度か意味ありげに頷きギラリと光る眼光をどこか遠くの場所へと飛ばして見せた。夥しいほどの血の臭い、硝煙の香り、霊圧のぶつかり合う空気の流れ、どうやら今は平事ではないらしいなどと男は今更ながら分析して見せる。

 

察するに未だに眼前に倒れている白服の「くいんし」の小娘が、敵の一派と言ったところか。中々に歯ごたえのある敵だった。

 

 男にとって情勢などそんなものであった。死神も滅却師も人間も斬れるならばどちらに組するなどどうでもいいし、名声が貰えるのならば誰を斬ろうとさしたる問題ではないのだ。たまたま、その場に居合わせた男が、たまたま面白そうな相手と戦っただけの話。

 

駒村は知る由もないが、此処でもし駒村の卍解が奪われておらず、黒鎧の巨人がそびえ立っていれば迷いなく男の刃は駒村一身に注がれることになっただろう。知らぬが仏とはまさにこの事を言うのだろう、男も別段その事について言うつもりも考える事もなかったし、駒村は駒村で男の腕に心底惚れ込んでしまっていた。

 

そのわずかな認識のズレは、今後も解消されることは無い。何故なら……

 

「あららぁ、バンビちゃん負けちゃったんだぁ……あんなに息巻いてたのにダッサァ」

「アイツ、結構強いよ……卍解なしで私ら相手に出来るなんて特記戦力なんじゃないの?」

「いやいや、あんなの私しらないしぃ、それに……私ら全員で掛かればあんなの楽勝でしょ?」

「間違いないね」

 

四人の女性滅却師が次々と光の翼を広げながら現れたからだ。

 

小柄な少女然とした金髪の髪のリルトット・ランパード

桃色の髪を持つ赤いリボンが特徴的な豊満な女性ミニーニャ・マカロン

露出度の高い白い衣服を着込みひと際好戦的な笑みを浮かべるキャンディス・キャットニップ

そして、黒髪長髪で楽しそうに倒れたままのバンビエッタを指さして笑うジゼル・ジュエル

 

バンビエッタの霊圧が突如として消えた事に気が付いた彼女らは、その失態を拭う為に……いや、あざ笑う為にその場に降り立った。

 男らには知る由もなかったが彼女らは『バンビーズ』と呼称される全て女性滅却師で構築された集団だった。

一見その華々しい外見に騙されてしまいがちだが、その実彼女らすべてがバンビエッタに近い実力を持ちこの戦いに参戦する資格を得た強者たちである。

 

「新手か」

「ぬぅ……落ち着く暇もないか……いったい何人の手勢が来ているのか……」

 

 察せられる霊圧から窺い知れる強者特有の感覚に、男は少し嬉しそうに口角を吊り上げ、戦争とはこうでなくてはと敵の方から寄って来てくれる現状を楽しんでいた。対する狛村は厄介だと言わんばかりに自身の斬魄刀を構え、未だ戻らない卍解に歯噛みする。

 

だがそれでも狛村は、この場を引くわけにはいかなかった。この大戦の中初めて打ち取った滅却師、異質な道具であるメダリオンを含めその身柄は『卍解を奪われる』という死神にとって致命的な現象へ終止符を打てる吉報かもしれない。男の活躍によって見えてきた希望、バンビエッタを此処で失うわけにはいかないのだ。

 

「じゃあ、手っ取り早く片付けちゃおうか。バンビちゃんも回収しないといけないしね」

 

 矢張りと言うべきか滅却師の目的も仲間の回収だった。死神と戦うにあたって優位に立つ為の要素を減らしたくはないのだろう。だが身柄を引き渡せと言われても狛村も無理と言うほかない。それは現れた彼女たちも理解しているようで、初めから交渉する気などなく男たちを倒す事を前提に会話を進めていた。

 

 黒髪の滅却師、ジゼルが宣言し右手に光の弓を携えると他の三人もそれに同調し、各々が弓を構え彼らを四方から取り囲む。絶対に逃がす気はないという意思が感じ取れるその布陣に狛村は思わず歯噛みし、唸り声を上げる。

 

「じゃぁ、いっくよー!」

 

 彼女たちは、先ほどの戦闘の一部始終を隠れて観察していた。目的は事あるごとにリーダーを気取りたがる彼女を疎んでの傍観だったが、結果としてそれは幸運だった。

彼女たちは、同じく星十字騎士団のバンビエッタが、たった一人の男によってほとんど何も出来ずに負けたことを知ることが出来た。

 

『見えざる帝国』の陛下より賜った敵戦力の情報には載っていない未知の存在でありながら、何の変哲もない一般死神だと誤認するほど霊圧の気配を一切感じ取らせない男の事を、僅かでも警戒することが出来たのだ。

 

「おっとぉ!」

「ほう、躱すか」

 

 それがこの一瞬の斬撃を躱す。

小手調べとばかりに打ち込んだ上段袈裟切り……その幻影をリルトットは余裕そうに躱して見せる。予備動作なく自分に迫る刃も、彼女にとっては相手の視線を感じることで先手を打つことは簡単だった。

 

 バンビエッタはその幻影をまともに喰らってからおかしくなった。

幻の刃は恐らく囮。男の能力の真の力は、幻の刀に斬られることが切っ掛けとなって発動する、相手の身体に働きかける能力だろう。恐怖でも植え付けられたか、それとも毒でも入れられたか、いずれにしてもだからあの時、バンビエッタは急に息が切れ妙に焦った戦いをするようになったのだ。

 

ならば戦闘の合間合間で差し込まれる幻の刃さえ気を付けていれば、その能力の対象にならないはず。そう分析したリルトットは、バンビエッタのような馬鹿は踏まないと心の中でほくそ笑む。

 

もっともそれは男にとって能力でも何でもないものだが、彼女達にはそれを知るよしもない。

 

「…やっぱり見えるね。そこに在るはずがないのに見える斬魄刀……幻覚系の能力かな?でも、オレには効かないから」

「む?能力……そんなもの、つかってはおらん」

「へぇ、しらばっくれるんだ……でも良いよ、もう君の力は攻略しちゃったから、さ!『霊子兵装』」

 

 それでも最低限の警戒は忘れない。リルトットは男から視線を外さずに仲間に指示を飛ばし、様子見とばかりに一斉に光の矢を打ち込んできた。攻撃をわざわざ言葉にして宣言するのは余裕の表れか、彼女たちの顔には皆笑みが浮かんでおり、まるで狩った獲物を甚振る猛禽類を思わせる。

 

先ほどのバンビエッタと変わらない矢を雨の様に降らせる攻撃。単純かつ高威力のそれは、四人の滅却師が合わさる事で威力を更に増し、巨大な滝となって降り注ぐ。爆発でも起こったかの様に周囲一帯が眩い光に包まれ、同時に床一面に矢が突き刺さっていく。

 

矢を装填し直すときに発生する僅かなタイムラグも、わざわざバンビエッタの様に盾を配置せずとも四人が集まれば関係なくなってしまう。敵が死ぬまで終わる事の無い連続攻撃、だがその攻撃に男は危機感を覚えることは無かった。それは、彼女達が放つ矢が地面に刺さっても爆発を起こすことが無かったからだ。

 

触れたものを爆発させる能力であったがゆえに、男は手の平を犠牲にしなければならなかった。だが、当たっても爆発を起こさないのならば、矢は男に刺さることは無い。鍛え抜かれた強靭な皮膚と引き絞られた筋肉を前に、それはガラスの様に砕け散ってしまう。

 

膨大な量の光の矢、多少の肉体の犠牲は覚悟しなければと考えていた男にとってこの結果はいささか予想外で拍子抜けだった。あるのは、パチパチと肌で火の粉が飛び散る様な歯がゆい痛みのみ。それは致命傷になるどころか、男の肌に傷を作ることも出来ない些末なものだった。

 

狛村もそれに続き瞬歩や斬魄刀を使い巧みに矢を弾き飛ばす。完全には防ぎきれず肩や背中に矢を数本貰ってしまうが、それでも致命傷に至るほどではなかった。

 

 全ての色を白一色で染め上げる矢の奔流。その一本一本は大したことが無い。先ほどと比べても低威力の攻撃に訝しむ狛村と男だったが、その本質は別にあった。端的言えば目くらまし、男の視界と耳を塞いだのだ。

 

「むっ」

「……チッ、避けられたか」

 

 戦場において、視覚を遮られることは致命的。それに対して訓練を行っていない限り回避不能の不可視からの一撃だった。『バンビーズ』の中でも攻撃力に特化したキャンディスの白一色の世界から唐突に伸ばされた刀剣による刺突。

 

男の膂力は先のバンビエッタの戦闘で理解していた。ならばこそ相手に触れられない様に立ち回りながら攻撃を当てる方法が、この光の矢からの不意を突いた攻撃だったのだ。

隊長格であろうとも見誤れば腹に穴が空く一撃を、男はその狙いも見切った上で危なげもなく避けて見せた。

 

そのままキャンディスは、ならばと近接戦にもつれ込もうとするが、男に腕をからめとられそうになり、慌てて距離を取る。迂闊に攻撃できない男の厄介さに辟易しながら、それでもキャンディスは笑みを崩すことなく宙を飛び回る。

 

そこには余裕があった。四人がかりならば決して負けないという、なんら根拠もない余裕が。そしてもう一つ、彼女らがバンビエッタと違い、男の強さを見てもなお……焦りを感じていない理由があった。

 

それは単に、卍解を奪っていないという事に起因するのだが……

 

「あれぇ、全部躱されてんじゃん。作戦通りにしたのにぃ」

「……バンビちゃんも負けちゃってるし、これってアレにならなきゃ勝てないかも」

「ええーめんどくさいー、アレって疲れるし嫌なんだよねぇ」

 

「多勢に無勢……矢張り戦争とはこうでなくては……」

 

物を破壊する爆音、続いて起きる爆炎、それはかつて聞きなれた戦争の音。人を斬っては其処に生き、人を殺して手柄を掴む。男にとって戦争とは自分の居場所であり、自分の剣技を思う存分振るうことが出来る場でもあった。数人の殺気に充てられて柄にもなく高揚してしまった男は嬉しそうに拳に人差し指を立てようとして、目の前を赤毛の狼にさえぎられてしまう。

 

 

 

「貴公、始解しか使えぬが助太刀いたす!」

「むっ…いらん」

 

それは、絶体絶命の窮地の中、少しでも男を有利に戦わせようと覚悟を込めて身を乗り出した狛村だった。使えるものは自分の手足でも使って男の補助に回る。その意思の下バンビエッタを尻目に男を護るように陣取った狛村は、天譴を構え男へと目配せするがその提案は他ならぬ男によって無下にも断られてしまう。

 

仕方なく狛村は男の隣に並ぼうとするも、それも男に手で制されてしまう。予想外の反応に覚悟を削がれ思わず口をぽかんを開けてしまう。だが、そこは隊長格、予想外の展開には慣れ始めていたため、直ぐに男に食ってかかった。この非常時に何をやっているのかと、四人の強敵と相対して一人で戦おうとするなど、死にに行くようなものだと狛村は憤慨する。

 

「なっ……いくら貴公だとしても卍解なしであの人数を相手取る事など無理……っ!?」

 

男は、狛村が口に出した言葉を理解するまで数分を要した。それは、彼の言い回しが分かり辛かったからでもなく、また男が聞き逃していたからでもない。余りにも……余りにも自分にそぐわない言葉だったために、男は一瞬それが、自分に向けて放たれたものだとは思わなかったのだ。

 

自分の腕が劣っていると言っているのか?

理解して数秒。

 

「俺が…負けると思っているのか?」

 

 それは威圧だった。命の危険を感じさせるような濃密な殺気が狛村を襲ったのだ。その相手は滅却師ではなく目の前に居た男。思わず天譴を男に向けてしまう程、狛村は全身の毛が総毛立つのを感じていた。勿論それは、今この場においても最善の策だったのだろう。それほどに滅却師は一人一人が恐ろしいほどに強く、また厄介な能力を持っていた。狛村の助力……相手を心配しての言動、それは男にとって何よりも耐え難い侮辱でしかなかったのだ。

 

 彼は死神である前に一人の『剣豪』なのだ。己の誇りを捨てても元柳斎の為に尽くそうとする狛村のような、死神としての矜持など持ち合わせてはいない。あるのはただ、斬ることだけ。

 

 

どんな逆境においても、どんなに危険な所であろうとも構わず剣を振るい、敵を切り裂いてきた男にとって心配される(守護られる)というのは、とても耐えられることではなかったのだ。

 

心配されるとは、すなわち弱いという事。

 

狛村は知らぬこととはいえ言ってはならない事を言ってしまった。

『天下無双』の肩書を持つこの男が、かつて天下に名を轟かせるゆえんとなったもう一つの肩書を。数百年経った未だなお、この男を剣豪足らしめる名であり、それは最強より遥かに得難い称号。

 

 

 

 

 

 

『生涯無敗』




短いですが、此処で切らないと斬りが悪くなるので(笑)
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