蒼い月は銃声を奏でる   作:まどろみ

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第2話

何このスピード解決、早すぎじゃないかな……。

 

ぼんやりとそんな事を考えながら、私は立ち尽くしていた。

あの後、すぐに警察が来て強盗を連行して行き残された私やコンビニに偶然居合わせた人は事情徴収を受け、今やっと解放された所だった。

外に出歩いただけで事件に巻き込まれるなんて、こんなの死んだ目する日も近い……って、私はそもそも死んだような目をしているんだった。

 

そのままコンビニで何かを買う気分にもなれず、この後どうしようとぼーっとしていた。

気づいたらサッカーボールで強盗をノックアウトさせた小学生もいないし、目をつけられなかった事にとりあえず一安心。

ジン達みたいに真っ黒ファッションだったら、絶対に目をつけられていただろうし、何よりシェリー…灰原哀が江戸川コナンの近くにいなかったというのもあるかもしれない。

もしかして、まだシェリーが組織を抜けてそんなに時間経ってないのかな?

 

「……とりあえず、私も帰ろう」

 

変に外を彷徨かない方がいいのかもしれない。

家に帰って大人しく縫いぐるみを作ったり、銃の手入れをしよう。

うん、そうしよう。

でもその前に、やらないといけない事がある。

 

安売りスーパーにでも行って食材買わないと…帰っても空腹で過ごすことになる。

 

現在、自宅の冷蔵庫は空っぽ。

お昼は…事件が起きそうにない店を選ぶとして、晩ご飯は家で作るにしても、食材がないと意味がない。

帰る前に近くのスーパーで食材は確保するとして、問題はお昼ご飯をどこで済ませるか。

本当はお昼も家で食べるのが理想だけど、そしたら買い物の量が多くなるし、ジンの車を仕事する時みたいにタクシー代わりに使う事もできないし……。

とりあえず、シェリーが組織から逃げてそんなに時間が経ってないと仮定して、事件とかが起こりにくい飲食店………うーん…。

 

 

×××××

 

 

「いらっしゃいませー」という店員の声を聞きながら、店の奥の方の席に行き、できるだけ顔を見られないように入り口に背中を向ける形で座る。

コトンと置かれたお冷やのグラスに手をつけながら、メニュー表で顔を半分程隠すようにしながら何を食べようかと思考する。

店員の女性は私が注文を決めるのを待っているのか、ニコニコと人当たりの良い笑顔を浮かべていたが、別の席から「梓ちゃーん。食後のコーヒーを持ってきてー」と声が上がると「はーい!」と返事しながら私から離れて行った。

あれこれと悩んだ挙げ句、私が比較的安全だろうと思って来たのは毛利探偵事務所の真下である喫茶ポアロだった。

ここで事件が起きる事なんて滅多になかったはずだし、今ならバーボンもいないはず………というか見当たらないから、きっと大丈夫。

 

メニューに並ぶ料理から何を食べるか決めると、視界の隅にこの店のエプロンがチラついた。

店員の梓さんが戻ってきたのだろうと思って「あの、注文を……」と顔を上げて、私は自分の考えが甘かったのだと思い知らされた。

 

……私の目の前に、ポアロのエプロンを付けた安室透と名乗っているバーボンの姿があった。

なんとなく、私の表情が更に死んだ気がする。

実際になっていたのか「僕の顔に何か?」と問いかけられたので、フルフルと首を振って否定してメニュー表の写真を指差しながら「………カラスミパスタをお願いします」と注文して視線をテーブルに落として、水で喉を潤す。

 

私の大ざっぱな推測は外れてた…これじゃ探偵になんてなれない。

そもそもなる気なんて、なかったけれど。

 

でも、さっきまで居なかったのに短時間の間にどうやって………もしかして従業員しか入れない部屋にいたのかも。

確かにメニュー表にオススメ商品はハムサンドってあったけれど、勝手にバーボンが来る前からあるやつって思ってたし…。

どうしよう……今まで会わなかったコードネーム持ちに会うとは思わなかったから、どうしたらいいのか分からない。

でもお互い一応今日初めて顔を合わせた者同士だし、私が変に慌てる必要ないんじゃ……?

知らない人、何の関係もありませんのフリしなきゃ。

 

内心でモヤモヤと考えている内に料理ができていたのか「お待たせしました。カラスミパスタです」と目の前にコトンとパスタのお皿が置かれる。

食欲を誘われる匂いにつられるまま、フォークを手に取り黙々と食べていく。

その間、ずっと視線を感じるので恐る恐る視線の先を見てみるとバーボンがずっと私を見ていた。

 

「なに……??」

 

「いえ、気にしないでください。……ただ、本当にあなたが日本に来ていたのだと分かって、驚いているだけですから」

 

すっと細められたバーボンの目には、何の表情も宿さずにパスタを食べる手を止めた私の姿が映る。

おかしい……会った事なんてないはずなのに、どうして彼は私が組織の人間なんだと分かっているような事を口にしているんだろう。

もしかしたら、私がボロを出す為のフェイクという可能性もある。

ならばと私は首を傾げた。

 

「私、あなたの事知らない…。でも、知り合いだったらごめんなさい。私はあなたの事を何も覚えてない……」

 

「いえ、知らなくて当然だと思いますよ。僕が一方的に知っているだけですから」

 

笑っているのに、目は笑っていない。

そんなバーボンを見て、私は思いついたかのように「あっ……」と声を上げてスマホを片手にバーボンを見上げた。

 

「店員さん、もしかしてロリコンかストーカーなの……?」

 

そんな事を言われると思わなかったのか「えっ?」と間抜けな声を出したバーボンを無視して、私はスマホを握りしめた。

バレないように画面を操作していると「変な誤解しないでください」なんて言って、バーボンは子供の戯れ言と聞き流そうと笑顔を貼り付けていたけれど……今あなたの持っているトレイから聞こえてはいけない音がしたよ。

 

「分かっててシラを切ろうとしても無駄ですよ……」

 

そのまま声には出さずバーボンに口パクで『ブルームーン』とコードネームを出され少しばかり動揺する。

会ったばかりの組織の探り屋を甘く見てた事に反省しながら、やっと見つけたベルモットの電話番号をタップしてスマホを耳に当てる。

しばらくコール音が続き、遅れてから『どうかしたの?』とどこか楽しげなベルモットの声が聞こえた。

 

「……ブルームーンカクテルの写真、バーボンウイスキーの前に置いた?」

 

遠回しに『私の写真をバーボンに見せた?』と聞いてみると、『あら、可愛い娘を自慢しちゃ駄目なの?』とからかいながらも肯定しているような返答が返ってきた。

 

「……………………そう」

 

ベルモットのせいでもあったのかと思いながら通話を切って、残りのパスタを黙々と口に入れている間もバーボンの視線を感じたけれど、女性客に呼ばれるとその視線も消える。

今日は朝から良くないことばかり起こっているなと思いながら、最後の一口を食べると、伝票を持ってレジに真っ直ぐ早歩きで行く。

今なら女性店員の梓さんの方がレジに近いし、バーボンは客に捕まってるし……いける。

 

なんて思ってたのに、バーボンが従業員らしくすぐにレジに来るから、執念みたいなのを感じた。

正直、怖い。

 

私を探ろうとしても子供だから無駄だと思うよと教えてあげたい反面、子供だから何か情報が掴みやすいと思っているかもしれない…って考えてしまうと、大人って大変だな……って考えてしまったせいか、一瞬だけバーボンに哀れみの視線を向けてしまったので、慌てて目を伏せた。

けど、バッチリ見られていたのか「失礼な事考えてません?」と声がしたので「いいえ……」と形だけ否定しておいた。

本当は凄く考えてる…なんて言えば、ゴリラよろしく林檎のように私の頭を潰しにくるかもしれない。

……流石に、人前ではやらないと思うけれど。

 

代金を渡してお釣りを受け取ると、用はないとばかりに扉に向かうと去り際に「また来てくださいね」と声をかけられて、振り向く。

客がいる手前、営業スマイルを浮かべているけれどその奥で絶対に『もう来ないでください』と言ってそうなバーボンに「ばいばい」と手を軽く振りながら、今度は彼がいない時にハムサンドを食べに来ようと決めた。

 

 

 

 

スーパーで買った今日の晩御飯の食材と朝食のパンの入ったレジ袋を片手で持ちながら家の鍵を開けて玄関に入った瞬間、帰ってきたという安心感からか靴を脱いだ後にその場に座り込んで瞳を閉じた。

 

どうして今日1日だけで、小さな名探偵とトリプルフェイスの人に会わなきゃいけないんだろう。

私は何か神様を怒らせるような事をやって…………た。

犯罪組織の人間だから、悪い事いっぱいしてた。

だからって、このエンカウト率は酷いと思う。

………バーボンに至っては、私のせいでもあるけれど。

 

フラフラとした足取りでリビングまで荷物を持ってくると、朝出かける時にテーブルに置きっぱなしにしていた裁縫道具が視界に入った。

乱雑に散らばった布も床に放置したままで、今となっては何を作る準備をしていたのか思い出せない。

服だった気もするし、縫いぐるみだった気もするし…ただの刺繍だった気もする。

 

……とりあえず、思い出すまで適当に何か作ろう。


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