一
白い、ただただ白い。白い白い白い。とても冷たい色。
黒い。ただただ黒い。黒い黒い黒い。とても暖かい色。
ずっとずっと、この相反する二つの光に包まれながら、今まで通り、幸せに、幸せに………幸せに…。
今日の夢は、いつもとは少し毛色が違っていたと、一成は感じた。枕元に置いてあるティッシュ箱からティッシュをとり、未だ涙を吐き出し続けている涙腺をきつく押さえた。強く閉ざした瞼の裏にふと、ある少年の顔が浮かんだ。しかし、それは一瞬のことであった上、そのような少年に見覚えはなかったので、目の錯覚ということにして家を出た。
今日こそは、一成が今はまっている漫画の最新刊を買うことを、一成は心に誓っていた。結局昨日は、朝出会った少女、柳田美桜に捕まってしまった。道に迷っていたようで、意外とあっさり道案内を頼まれ、一成は、また迷われてはかなわないと、実際に歩いて町の地理を教えこんだのであった。
「今日は誰とも会わないといいけれど」
呟いた一成に、悪夢の宣告たる声がかけられる。
「あ、すみませーん。本屋さんがどこか知りませんか。」
よく磨いた細い鉄の棒を打ち合わせたような、よく通る、まっすぐな少女の声だ。しかしこれは、三枝一成を激動の一日へと放り込む、ゴングの音なのであった。
「………」
「あの、知って、ますよね」
少女は尋ねてくるが、一成にはその声が確かな自信を宿しているように思えた。
「なんでそう思うの」
「だってさっき、図書券を握りしめてサムズアップしてたじゃないですか」
この少女は鋭い。実際には、一成は、財布を覗き、図書券が残っていたため軽くガッツポーズをしただけなのだ。このまま闘っても、何か重大な証拠を突きつけられて論破されるに違いない。一成は折れた。
「わかった、わかったよ。案内すればいいんでしょう」
二
近所の書店にて、一成は目当ての漫画を買い終えたのだが、少女におすすめの本を訊かれ、当惑していた。一成は漫画は読めども、そのほかは一切読まないのだ。
「あ、漫画でいいですよ。あなたの好みが気になっただけなので」
「そう」
一成は内心溜息をつき、胸をなでおろした。
「なら、この辺りとかどう」
一成は漫画ならなんでも読む。特にこれと言って趣味趣向がある訳ではないので、目の前の少女に合いそうな本をチョイスしてみたのだが、
「………」
少女は険しい顔をして黙り込んでしまった。その状態はしばらく続き、一成が的外れな本を選んでしまったのではないかと不安になってきた頃、少女が口を開いた。
「これ、あなたの好きなジャンルじゃありませんよね」
少女は怒ったような、寂しいような顔をしてうったえた。
「あなたがこんなジャンルの漫画を読むとは思えないです。私に気をつかっているんですか」
「それは違う。僕は、決まったジャンルの漫画を読まないんだ。でも、それはつまり、どんなジャンルでも読むって事なんだ。だから、もちろんその本も読むってこと」
一成はひとしきり話し終えてから、ふっと息をついた。一成の読む漫画は、少年漫画、少女漫画にとどまらず、その範囲は教育漫画や、青年漫画、BL、GLにまで及ぶ。
「そうですか」
少女はわかってか否か、小さく笑って、早足で本をレジへと運んで行った。そして、手早く会計を済ませ、足早に戻ってくる。一成はその様子を観察しながら、ふと思った。
「(考えてみれば、さっきの言葉、遠まわしの告白だったり………しないよね。あぁ、変なことを考えるのはよそう。平静が保てなくなる)」
小さく首を振り、余計な思考を振り払う。
「あれ、どうしたんですか。なんかキョドってますけど」
「だ、大丈夫。そんなことはないよ、さあ行こう」
三
少女は相当口が上手かった。一成は成り行きで、少女の用事に付き合わされていた。一成が付き合わされている用事とは、
「なんで、イチゴ狩りなの」
まさに意表を突かれた、といった具合である。
「いやあ、こういう所に一人で行くのって、なんか心細いじゃないですか。あなたの分は奢りますから、ね」
一成の頭に、お礼のつもりなのではないか、という考えがよぎったが、あえて言わないことにしておいた。
ちょうどいい時期ということもあり、イチゴ狩りは大盛況だった。その中を、一成は黙々とイチゴを口に運びながら、少女は幸せそうにイチゴを頬張りながら進んでゆく。
2way
1stWay
「楽しそうだね」
イチゴを飲み込んだ一成は、沈黙に耐えられなくなり、口を開いた。
「ええ、そりゃあもう。だってイチゴですよ。イチゴが目の前にたくさんあるんです。楽しくないという選択肢はないですよ。それに、」
少女は少し間を置いて、イチゴに手を伸ばしていた一成ににんまりと笑いかけ、
「そう言うあなただって、十分楽しそうですよ」
と、嬉しそうに言った。それからは、それぞれ思い思いにイチゴを食べた。
2ndWay
「イチゴ、美味しいですねっ」
隣でイチゴを頬張っている少女が話しかけてきた。一成ははっきりと言葉には出さないが、行儀が悪い、と顔で語った。
「あ、すみません」
少女が口の中のイチゴを飲み込む。そして、練乳の入った容器を手渡した。
「そのまま食べるだけじゃなくて、練乳をつけるとまた違った美味しさがありますよ」
なるほど確かにそのようである。イチゴの酸味を練乳がマイルドにし、さらに味を引き立てている。気分はいちごミルクだ。一成はすっかり練乳付きイチゴの虜になり、少女とのイチゴ談義に花を咲かせた。
一成は軽く目眩を覚えた。
「そのままでもいいですけど、練乳付きもいかがですか」
隣から、少女が練乳付きイチゴを差し出してくる。
「ああそれ、美味しいんだよねぇ」
一成はとっさに応えた。しかし、同時に一成は、自らの言葉に違和感を持った。
「(待てよ。この情報はさっきこの子に教わったことだ。なのに、なんで僕は、ずっと前から知っている風に答えたんだろう。それに何故か、さっきの数分間の記憶がダブってる気がする。どっちが本当なんだ)」
様々な疑問が浮かんだが、きっと勘違いか何かだろう。そう考えて、一成はイチゴを貪り食った。もちろん、練乳付きで。
四
梅木早苗は目の前の男を全力で疑っていた。一見、ただの平凡な男子学生に見える。しかし彼は、昨日親友が消えた事件において、早苗が疑っている人物の一人なのだ。男は、こちらが疑っていることに気づいているのか、先程からこちらの様子をうかがってきている。昨日、早苗よりも後に校門を通過した生徒は、この男ともう一人、転校生らしき女子生徒のみ。そして、早苗の親友が消えたのは、学園から程近い、当時は人気の全くなかった通りで、隠れるような場所はなかった。疑うのならば、この二人のうちのどちらかだろう。疑う理由としてはとても弱いかもしれない。それでも、少しでも疑う材料があるなら、とことん疑いたい。早苗は消えた親友に会いたい一心だった。早苗は、突然立ち止まった男の背中を睨みつけた。絶対に、親友を連れ去った犯人の証拠を見つけようという決意を込めて。
「(恋人にでもなれば、聞き出しやすいかも)」
五
三枝一成は自分の目を全力で疑っていた。とても信じ難い光景だ。頭上にはイチゴの葉が舞っている。次々に周囲のイチゴが消失してゆき、消失しなかったイチゴも、部分的に消失し、ツルや実が降ってくる。
一成は振り返った。視界に入ったのは、立ちすくむ少女と、その上に倒れ込むイチゴの支柱。どうやら根元が無くなったようだ。それと認識するよりも早く、一成は少女の手を掴み、引き寄せていた。
「危ないでしょう。放心しないで」
軽い支柱とはいえ、下敷きになればかなり危険だ。飛び交う葉や蔓の中、一成と少女はなんとかいちご園を後にした。
一成は少女を家に送った後、足早に家に帰った。
「(あれは一体なんだったんだろう。でも、僕には関係ない。きっと明日は、いつも通りの一日になるさ。もう寝よう)」
ベッドに潜り、一連の常識離れした出来事を忘れるように、固く目をとじた。
お疲れ様でしたー。話数を重ねるごとに文字数が増えてきていますね。
次回、Day4は、つくし、美桜、早苗との忙しいGW中日になります。そのためちょっと時間を無視したながなが作品になりそうです。お楽しみに!