お金が無い彼女達は如何にして楽園へと至ったか?   作:山雀

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土日も仕事だからこんな時間に投下です。
相変わらずの捏造アンド捏造。

今回はあの子の心の声をお送りいたします。


【胎動編】
マーチャント少女(その1)


 ――どうして、どうしてこうなってしまったのか。

 

 

 

 黒髪のマーチャント少女(Lv.14)は頭を抱える。事ここに至って、周囲の目など無視である。というかそんな余裕など、今の彼女には残っていない。

 

 

 今日の日中はほぼいつも通りであった。過酷な労働と微妙な上司による陰湿なセクハラ。

 そのせいで重くなった心身に鞭打ち、家路についた。道中、今日は朝からずっとユグドラシルをプレイしていたと思しき二人のために甘味でも持って帰って景気づけしてやるべきかと考えたものの、家計の先行きを思い出して諦めながら。

 

 哀しい一幕はあったものの無事帰途し、無理矢理食事とシャワーでスイッチを切り替え、いつものようにユグドラシルにログインした。数日前とは違い、布団の上に書かれた川の字の三画目になって、という状況の違いはあったが。

 

 

 

 

 

 ――問題は、その後だ。

 

 

 

 そう……昨日、最初はちょっとマズったけど、それからの自分は何一つ、間違っていなかったはずである、と。

 

 

 昨日、いきなりユグドラシルにおける、初期チュートリアル後の最速死亡時間記録(全ワールド公開・削除不可)を塗り替えさせてしまったのはちょっとした誤算ではあったが、あれはあんなことを口走った馬鹿娘の責任なのは自明の理。自分はまっとうに罰を与えただけだ。

 まだ死亡時のチュートリアルを終えていなかったばっかりに、わざわざリアルに戻ってリスポーンの手順を教えなければならなかったのは納得いかないが、怒りを飲み込みちゃんとした対応を行ったのだ。むしろ褒められるべき、そうよねと自問する。

 

 その後、ちゃーんと回収しておいてあげたドロップ品(下級の小リュート、あいつの装備で一番レア度が高かった)は返してやった。

 謹製の手投げ爆弾(そこそこ強い、ただし仕様上同士討ち(フレンドリィ・ファイア)不可避)が直撃しなかったおかげで妖精1足りないが働き、辛うじて死ななかったがその後の燃焼ダメージでやっぱり死んでしまった片割れもこれまたちゃんとケアした(終始涙声だった、ホントにあの馬鹿は碌な事しない)。

 

 

 せっかくチュートリアルで獲得したレベル(自分は作り直した2キャラ目なので無かった。やっぱここの運営はクソ)をデスペナですべてパーにしやがったのだって、街の周りの雑魚を一緒にしばき倒してなんとか戻してやった。

 なんで自分がこいつらのレベリングを行わなければならないのか、これではまるっきり逆ではないかと、怒りを通り越した虚しささえ覚えて。

 

 

 不幸中の幸いではあるが、最初だけでも精神的に優位に立つためにと、ここまでレベルを上げておいたのが功を奏した。みっちりやっておいたおかげで堂々とエバれる。

 今後避けられない戦闘は全部こいつらに押し付け、自分は援護とドロップ品の収集と応援と逃走ルートの確保に終始するつもりだったので、戦闘用の攻撃スキルなんてロクに取っていなかったが……念の為、ほんっとうに念の為にやっておいて良かったと思った。

 大量に現れるぶち色のスライム塗れになったり、小鬼(ゴブリン)共に追い込まれて一方的にアレなアレになって何度も死んだりという、リアルだったら鬼畜物の薄い本みたいな展開に頑張って耐えた甲斐もあったというもの。

 

 

 また、仮想現実とはいえ二人が敵を躊躇なく攻撃できる気質の持ち主であることも確認できた。

 

 よくいるのだ。現実と仮想の区別も付けられず、狩りゲーで小動物を仕留めることに忌避感を覚えたり、"攻撃"という行為そのものを受け付けなかったりという、精神的に脆弱でちょっと頭が足りていないような残念な奴らが。

 自分だけならまだしも、「よく平気でそんな酷いことできるわね」などと嘯いて他者のモチベーションを減退させたり、他のお花畑ゲーへ勧誘するような厄介な奴らも。

 

 

 

 その点、二人は問題なかった。なさ過ぎるほどに。

 

 あの馬鹿は直ぐに慣れて基本アクションのみで小鬼にフェイントをかけたりおちょくるような、ちょっとヤバイ楽しさに目覚めていた。

 MOB相手に何無駄なことやってるんだと注意はしたが、仕舞いには当たり判定がどうなっているのか、わざと相手に攻撃をふらせ、それを躱したり躱さなかったりし始めたり。

 

 もう一人だって、剣による斬撃が通りにくいスライムを次々と飛沫にする光景は、なんとも形容しがたいものがあった。

 転ばせた小鬼の頭にハンマーを振り下ろして叩き潰したときなど、「おー」と感嘆の声を漏らしていた気がする。出血や脳漿が溢れるゴア表現まで忠実に再現するシステムだったらと思うと、ちょっぴり酸っぱいものがこみ上げてくる錯覚を覚える。

 

 

 まあ、二人だけでも無理さえしなければ問題なく狩りができるレベルになったことを確認しひとまずそれで安心して、昨日は三人揃ってログアウトした。

 

 自分が明日も早かった故に。

 

 

 

 

 

 

 ――そして、朝起きて仕事に行く前にチュートリアルを一通り終えておくことと、レベル上げと回復アイテム稼ぎを兼ねた初級クエストをひたすら回すように二人には伝えた。そう、間違いなく。

 

 

 

 

 

 自分のPCと違い、二人には素直に戦闘系の職業レベルを上げるように指導した上での話である。

 この二人の技量にもよるが、自分の時とは違ってはじめての仮想空間であれだけまともに動けていたのだし、新規プレイヤーへの恩恵である経験値ブースト効果適用中(やっぱり自分には無かった)でもあることだし、レベルで言うなら自分に迫るか、うまくいけば並ぶくらいは……と内心期待していた。

 

 

 

そもそも、だ。

 

 確か戦士職はリアルでの運動神経が、魔法職は膨大な魔法の名前と効力を覚える記憶力がそれぞれ戦闘におけるキーになっていた、と記憶している。

 

 仮想空間でのゲームプレイングどころか、ネットそのものがはじめての二人に、そんなものがあるのだろうか。

 

 迂闊であった。

 しかも、今の今までまともに運動の経験など皆無であったであろう劣悪な環境。記憶力はともかく、運動能力なぞ期待はできるべくもない。(もっとも、これは富裕層の奴ら以外軒並み似たようなものだが)

 

 なので二人の動きを実際に見させてもらった後、少しでも運動性能に見込みがありそうな方を戦士系(にくかべ)に、もう一方を魔法系の職業クラスへと進ませる腹づもりであった。

 

 

 

 ……そうであった、はずなのだが。

 

 自分と違い、あの二人は普通の人間種とはならなかった。

 

 

 

 まず、あのリアルとユグドラシル(こっち)、どちらでも目がおぼつかない少女。

 

 あの子が引き当てたアバターの種族は《白ドワーフ》。

 

 テキストによれば、『外見はほぼ通常の人間種に準じ、総じて寿命が短く、一定の年齢に達すると老化が極端に鈍化する』という、一風変わった設定のドワーフの系譜。

 通常のドワーフと同様に鍛冶職全般に適正を持っており、攻撃/鍛冶両方に使える便利なハンマーまで持っていたので、(あまり重要な要素ではないとはいえ)今後の装備の維持費削減が見込める上では有望なPCとなっていた。

 

 弱点といえば、普通のドワーフとは違って、火・地属性耐性がそれほど高くはなかった、というところだろうか。(あっという間に焼死したのもたぶんそのせい)

 ドワーフという名前がついているだけの別物と捉えた方が良いのだろう。

 

 魔法職のレベリングをとも思ったが、せっかく良さげな獲物を持ってるんだし――と、一先ず戦士職のレベルから伸ばす方針を定めた。

 

 

 

 

 そして……あの馬鹿が手に入れたアバターの種族グラスランナー。

 

 

 グラスランナーはその特性からして前衛職向き、であるはずである。多分、きっと、めいびー。

 

 少なくともこれまでに自分は一度も見たことがなかったので、そこそこ珍しい種族ではあるはず。

 

 関連する育成記録をWikiで探ってみたが、結果はなぜか芳しいとは言えなかった。

 スクショや初期ステの情報はいくつかあれど、それ以上は見つからなかったのである。

 

 

 とりあえず初期ステータス数値とスキルと実際の動きから素直に判断し、速度と魔法防御に特化した物理火力タイプではあるようだった。

 物理攻撃力は数値上、(他の人間職と比較して)幾分か弱いようなので一撃の威力が控えめ。その代わりに黒光りする人類種の宿敵を彷彿とさせるように動きが素早いので、威力を手数でカバーする戦闘スタイルでいかせるべきか。

 

 

 

 そういえば、とユグドラシルにおける『速度』のステータス項目についての記憶をほじくり出す。

 

 

 他の物理攻撃力などと違って、『速度』の高い数値を活かすには大なり小なりプレイヤー側の資質が問われてくる。

 

 『常人の三倍速く動ける手足』をただ手に入れただけで、人は三倍の速度でちゃんと動くことができるか? と問われれば――それは、普通の人間にとってかなり難易度の高い所業なのだそうで。

 ある程度脳内ナノマシーンで補正しているとは言え、人間の思考速度はどうあがいても『人間』の枠を超えることはできないから、らしいが。

 

 オーバーロード原作のシャルティアをイメージすれば分かりやすいか。

 彼女がいとも簡単にやってのけた、居合斬りを相手側からつまんで止めるというあの防御行動は、今のユグドラシルのPCでは自動発動するガードスキルでも無い限りは無理だ、多分。

 高速で移動する刀の切っ先を見て(あるいは感知して)、どうやって手指を動かすのか、という一連の思考速度が絶対に足りないからである。

 

 ユグドラシルを始めとする、仮想現実を構築するサーバーの処理速度が明確に定められていたり、脳内ナノマシーンの濃度によっては仮想世界から強制排出される理由はそこにあるとされている。

 

 人の思考の媒体たる脳ミソなり神経の生体組織の処理速度と、仮想の肉体を構成するサーバーの処理速度との同期がとれなくなってしまえば――最悪、待っているのは物言わぬ肉の塊になるか、植物人間になるか、はたまた電子体幽霊(ワイアード・ゴースト)という仮想世界でしか生きられないオカルト的存在になるか。いずれにせよ碌でもない結果になるであろう、と一般的には言われている。それこそ――この世界そのものが仮想世界でも無い限りは。

 

 

 

 まあ小難しいことだが、要するに、だ。

 グラスランナーたる彼女はステータス上の数値も確かに優れているが、さらにそれに磨きをかけているのは彼女本来の資質(主に運動神経と反射神経)である、ということだ。憎たらしいことに。

 

 

 だが、ここで問題となりちょっと……いや、かなり頭を捻るものとなる要素があった。

 

 

 種族的デメリットである。

 

 え? 人間種なのにと思うところなのだが、グラスランナーが装備可能な武器・防具は軽量・小型のものに限定されており、従ってどうにも火力・守備力不足感が否めないのだ。

 それに加え、そのお子ちゃま体型故か物理防御力は紙な上、種族固定の負のパッシブスキル :[デュラビリティ(よろめきにくさ) マイナス補正(大)] が痛すぎる。

 

 試しに一旦PTを解除してただのサッカーボールキック(非攻撃スキル、要はただの蹴りモーション)を何度か叩き込んでみたが、その度にノックバックするどころかかなりいい放物線を描きながら吹っ飛び目を回(スタン)していた。

 レベル差がそこそこあったとはいえ、非戦闘職の一撃でこの体たらくでは先が思いやられる。

 

 やはり否が応でも防御力の低さが目立つ。

 この世界はまだ(・・)ゲームなので、システムの仕様上どうしても躱せない攻撃がある。それにはどう対応させるべきなのか。

 あの娘の動きを阻害しない、アクセサリーなどで補完してやりたいところだが、当面の間はまずは武器の方を充実させて狩り効率を優先せざるをえない。

 

 ならば彼女を魔法職に……と考えたが、グラスランナーには主だった攻撃系魔法職の基本職に適正が軒並みないときている。MPが初期値ゼロなので案の定、物理一辺倒の種族のようだ。

 

 

 

 他にも理由はあるが、時間さえあったなら、別のアバターで作り直させていたであろう性能だった。こちらが求めているものと、今ひとつ噛み合わないので。

 

 

(こんなことなら、使えそうな子どもを引き取る決断を、さっさとしておけば……)

 

 後悔先に立たずとはこのことか、とため息を吐く。

 

 

 

 あと困ったことと言えば、あの馬鹿には脳内に理想とするスタイルがあるのか、二刀流にして戦うと唐突に言い出したことだろうか?

 

 ……冗談ではない。

 

 確かに将来的には視野に入る選択肢の一つかもしれないが、いくらなんでも時期尚早過ぎる。

 武器が二倍で火力も二倍かもしれないが、それに加えて消耗速度も二倍、維持費も二倍。消耗も考えると潰されるアイテム枠も二倍かそれ以上。こんな序盤でそんなのやってられない。

 

 しかも、片手武器ですら装備重量の関係で一々攻撃する度に振り回されている始末。

 私に言わせれば(大した経験もないが)まずは両手持ちでもいいからまともに剣が振れるようになってからでないとお話にならない。

 

 

 なんとか、「君はまず、日本一のグラスランナーになりなさい。それからでも遅くない。それに未熟者が一流のカタチだけを真似て何になる」と懇切丁寧に説教して思い留まってくれたので助かったが。思惑通り、パーティでのイニシアチブは確保できているようだ。

 日本一のグラスランナーとは? と問われたが、そこは煙に巻いて誤魔化した。そんなもの知ったこっちゃない。たまねぎ戦士でも目指せば? と思う。

 

 

 

 ……一抹の不安は、自分の目にはどう見たって前衛職向きとは言えなかったことである。

 これはゲームの数値上という話ではなく、現実的にあの体型で武器戦闘がモノホンの強者に通じるものなのか、という点で。

 

 

 何しろ、自分たちがいずれ立ち向かう可能性を考慮せねばならないのは、真正の化物共(ナザリックの面々)である。

 

 

 あの二人には諸事情を内緒にしたまま、将来転移した時のことを考えたビルドを組まさなければならないとなると、このリーチの無さは如何ともし難いのではないか。

 

 いや、あの世界がユグドラシルを元とした世界なら、ステータスこそが正義であるはず。その他の要素など些末。

 いやいや、でも軽過ぎる体重はどうなの? 普通に考えれば重いほうが何かと有利であろう、と自問自答を繰り返す。

 

 

 

 無論、自分には彼らと争う気なんて毛頭ない。

 

 

 あの世界で、この世界に生まれてから今までの不幸を鼻で笑ってやれるくらいの生活を望むだけである。そのためになら、土下座した上で相手の靴くらい、心底嫌ではあるが舐めてみせよう。自分たちを脅かす敵が攻めて来るなら、後腐れなく徹底的に殲滅だってしてやる。

 

 ただ、人間種パーティー(自分たち)に対して身も心も異形種へと変貌したモモンガや、あふれる忠誠心で彼に従いつつもあれこれいらんことをしまくるNPC達がどう動くのか、本当に予想がつかない。

 彼らにとって邪魔だと判断されれば一巻の終わりである。こちとら三人よ? 三人で勝てるわけないでしょ、と。

 

 

 そもそも、転移するのが原作の時期ではなく、もっと殺伐とした時代・土地であったら?

 

 たしかあの物語の以前の時代に、神か悪魔かみたいな名前でユグドラシルプレイヤーがやってきていた、みたいなことがあった気もする。

 私達があの世界にたどり着けたとして、その土地で既に極悪外道な性質のプレイヤー様が幅を効かせていて、自分たちをどうこうしようとしたらどうなるのか。 

 

 

 

 

 ――思考が逸れてしまった。今後のあの二人の育成プランに戻す。

 

 自分としては、今後色々と捗るのでどちらかが魔法詠唱者系統のスキルを修められたらとも思っていたが、今となっては流石にそれは高望みだろうと思い直した。

 計画が滞り無く進むのが理想だが、万事塞翁が馬とはいかない。ある程度の妥協は必要であろう。

 

 むしろ限られたあの時間内、あの外装で戦闘向きのアバターを取得できただけでもかなりの僥倖であり、それを為したあの時・あの二人のリアルラックは相当のものだった。何日も何日も散々粘って、ようやくまともな容姿の人間種を引き当てた自分とは偉い違いである。

 

 

 そうなると攻撃か回復か、それなりの魔法系リソースを自分が……とも思ったが、正直勘弁してほしい。ただでさえレベルに余裕が無く、記憶力にも自信がないというのに。

 ああ、どうしてままならないのだろう。自分は闘争を求めているわけでもないのに。

 

 

 

 ……いけないいけない、気が逸っている。

 いずれにしろ、今は順当に彼女たちの戦士職レベルを上げさせるしかない、とその場凌ぎながら妥当な結論に落ち着いた。

 

 

 

 

 

 § § § § §

 

 

 

 

 

 ……と、いうのが昨日の話である。

 

 今日はまず、日中の二人の戦果を確認し、然る後に不本意にも下がってしまった自分のカルマ値を立て直すべく、いくつかクエストをこなす予定でいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが

 

 

 

 なぜ

 

 

 

 どうして

 

 

 

 どういう経緯で

 

 

 

 待ち合わせ場所に指定しておいた、この酒場で

 

 

 

 今朝よりレベルが下がった状態で

 

 

 

 結構な人数のPCに囲まれながら――

 

 

 

 

 

「いえ~い♪」「……いぇーい」

 

 

「「「「「いええええええええええい!!!」」」」」

 

 

「お次は――これ! 『トリプルエール』!」「えーるー……」

 

 

「「「「「Foooooooooooooo!!!」」」」」

 

 

 

 

「…………」

 

 のんきに、プチライブなんぞ催しているのか。

 二人揃って、全装備解除状態(すっぽんぽん)(18禁にならないレベルの下着姿だ)になってまで。

 

 

 

「♪~ んあっ! スマンお前ら。俺らのPTリーダー来たわ。今日はお開きね!」

 

「えー!!!」「しゃーなし」「むほっ、結構カワユス」「アンコールゥ! アンコールゥ!」

 

 

「また今度やるから、暇だったら是非来て一緒に歌ってね♪」「……来て、ね」

 

「「「「「Yes, Sir!!!」」」」」

 

 

 

 入り口で呆然と佇む自分に気づいたのが、やたらはしゃいだ様子の馬鹿が駆け寄ってくる。やめろ、こっちくんな。しっしっ! と脳内電波を送るも、生憎《メッセージ》は未習得である。

 

 

「いいなここ! いくら歌ったり踊ったりしてもロハで隣の部屋から壁ドンもねーし! おひねりも! ほら見てみ!」

 

「……すごい一杯くれた」

 

 

 

 そう言いながら今日の成果物らしき品々をインベントリに収めず、わざわざ両手に抱えて見せてくる二人である。

 

 

 

 くらくらする視界を抑えながら、眼の前の馬鹿のステータスを確認する。

 

 レベル……さ、3? 昨日確かに5まで上げたはずなのに、なんでレベルダウン!? と混乱が収まらない。

 内訳は……歌手(シンガー)と、踊り子(ダンサー)、それに楽士(?)のレベルがそれぞれ1。 ファイターのレベルが0になってるの、ねぇなんで?

 それにいくらなんでも、普通のプレイヤーはユグドラシル(ここ)をカラオケボックス代わりになんてしねーから! ちゃんとそれ用の仮想現実でやるから!

 

 んで、片割れ。案の定、こっちもファイターのレベルが0。

 楽士のレベルが2? 演奏、気に入ったの? 楽器も作りたい? あらそう――て、違う違う!

 

 

 

「あの、ねえ………アンタら――っ!?」

 

 

 

 これは拷問だ、とにかく拷問にかけようと考え――だがちょっと待てよと、ちらりと周囲を見れば、そこには微笑みエモーションをこちらに投げかけるオーディエンス。

 

 これはあれだ。

 完全に彼女たちの中の人が本当に年端もいかない少女たちであることはもちろん、自分たちがエンジョイ勢であるとも勘違いされてしまっている。(前者は本当だが)

 

 

 ある程度ゲームに関する知識があるまともな初心者ならば、経験値ブーストが効いているうちに少しでも効率的なレベリングを行う。当然だ。誰だってそーする。自分もそーする。

 

 それが、こんな低レベルで戦士職の育成をほっぽりだし、昼間から駆け出しの街の酒場で歌い、踊り、楽しそうにただ騒いでいるような連中である。

 

 ちょっと待っててと言いながら掲示板を開くと、案の定先程のプチライブは微笑ましくもしょぼいニュースの一つとして取り上げられていた。

 

 

 この手の記事は通常の攻略情報ほどプレイヤーの注目を集めることはまずない。……だが、確実に興味本位で一定の暇人は見る。

 

 つまり、エンジョイ勢と認識された自分たちは、今後生粋のガチ勢と絡みづらくなる = 上位のクエストやアイテムに絡む機会が減る、ということでもあり……

 

 

「あ、あ、あ、あ……」

 

 

 また何処かのダンジョンでこいつら爆殺してやろうかと、インベントリの爆弾の残量を確認しようとした瞬間にまたしても気づく。この短期間に二度目はよろしくない、大変よろしくない、と。

 すでにファーストデッドの原因が、自分による爆殺であることは大々的に開示されているのだ。

 一度だけなら「事故だよ事故」でなんとか誤魔化せなくもない範疇だが、二人で一回ずつなので次やったら都合三度目。それは偶然ではなく必然と見做されることだろう。

 

 

 

 そして、考えてみると良い。

 

 

 これだけ楽しそうにアイドル染みたことをやっていた、ドリームビルダーを志す初心者プレイヤーが、翌日にはそれ系のレベルを消失させて、黙々と(しかも一方は死んだ目をしながら)MOB狩りを行っている光景に遭遇したら。

 

 この場にそれなりのお祭り騒ぎが好きなやつが混じっていたら、面白半分に彼女たちの笑顔を奪った犯人探しを始め、そしてその第一容疑者は今現にこうやって成果を自慢されている = 指導/保護者ポジの自分だ。

 もうスクショもたっぷり撮られていることだろう。あの時自分がすべきだったことは、ただ頭を抱えることではなく、直ぐにこの場から逃げ出すことだったのに。全てが一手遅かった。

 

 

 夢いっぱい、元気いっぱいのお子ちゃまプレイヤーたち(♀)の未来をプチっとつまんだ害悪存在として、自分のアバターの顔と名前が掲示板(晒し台)で晒し者にされている光景が目に浮かぶ。

 

 そうなれば姫プレイどころか、通常のアイテム取引すら避けられる。こいつらに小判鮫することすら邪魔されるに違いない。

 

 

 駄目だ。もうこいつらの自由にさせるしかない。少なくとも、こいつらに戦闘職だけを強要することだけは、できなくなってしまった。

 

 火力が……ただでさえ見通しが立っていなかった火力が、ぐぐーん↓と落ち込んでいくグラフの幻想が見える……

 

 

 

 

「う、うわあああああああああああああああああああん!!!!」

 

 

 

 

 そこには『?』を頭上に浮かべる二人の前で、ありったけの狂声とエモーションを暴走させる一人の黒髪のマーチャント少女(Lv.14)の姿があった。

 

 

 

 

 




■歌って踊れる系オリ主(Lv.3)
・元は一人カラオケが趣味
・吟遊詩人って感じじゃなかったのでとりま歌手
・下はズロース
・いつかやりたい小太刀二刀流


■ハンマーをなくした白ドワーフ娘(Lv.2)
・きもちよかった(ハンマーぶんぶん)
・きもちよかった(歌って騒いで)
・上はスポブラ
・ピアノが上手


■悩めし商人娘(Lv.14)
・ロリに躊躇なくサッカーボールキックをかませる女
・ITスキルは低い
・上下おそろい
・あ が け



▼ レベル周りはよく分からなかったので適当。キャラメイク時というか、職なしLv.0とか職業についただけなのはLv.0みたいなの捏造した感じになってます。どうしても消えないLv.1分が邪魔だった(勘弁してください、何でもは(ry)

▼ 二人の育成方針については大分端折ってます。とりあえず、色々な事情で最初は近接物理職でいこうみたいな方針になってた程度の認識でスルーしてください、お願いします(勘弁(ry)


色々考えて動いてはいるけど、当面の間は苦労性なままの娘の話。
その割に結構当たり前なことも知らなかったりする。
前世の価値観が割とオリ主と通じることにさえも気が付かない。


そんな彼女が輝ける日は、遠い。



※追記 ミュージカル・パフォーマー → 楽士 に変更しますた。

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