「全員そろってますねー。それじゃあショートホームルームをはじめますよー」
初々しい新任の教師――その実熟練の戦士でもある――としか見えない妙齢の女性、山田真耶が教壇で声を張り上げた。
女性的な魅力を強調するかのように開かれた胸元は、しかし黒縁眼鏡によって威力をそぎ落とされ、どこか洗練されていない垢抜けない雰囲気をかもし出している。
そして、くだんの女教師が自己紹介を出席番号順で生徒たちに自己紹介を求める傍らで、二名の人物がお互いがお互いに救いを求めていた。
「………!」
「………!」
互いが互いに鬼気迫る表情であるのは、お互いが極度の緊張状態にあることと、お互いに相手がどうにかしてこの状況を打開してくれる! と願っているからに他ならない。
一人は織斑一夏。世界唯一男性にしてIS(インフィニット・ストラトス)を動かした男性操縦者。
もう一人は、五反田弾。赤い髪の毛を腰まで垂らした“女性”操縦者。あえて強調するのは、彼女もまた特異な性質を持っている操縦者だからである。操縦者にさせられたというべきだろう。あるいは、そうなるべくしてなったのか。
始まりはこうだ。
いつまでも姉の世話になるわけにはいかないと学費の格安な藍越学園への受験を目指していた当時中学三年生だった織斑一夏少年と、同じく実家の経済状況を承知してどうせならと幼馴染と同じ学園への入学を狙っていた五反田弾少年は、迷路じみた構造のしかも案内もない会場のせいで迷ってしまっていた。
「迷ったら左っていうだろ。いこうか
腕を組み目を閉じていた赤髪の青年は、厳かに言い放った。
その頭部を黒髪の青年が叩く。
「馬鹿野郎そんなんだから迷うんだろうが。さっきの警備員の人はっていねぇし」
「あっちのドアに入ってそれから考えればいいって」
「もし立ち入り禁止とかだったらメシ奢れよ」
「売れ残り定食ならいくらでも食わしてやるよどうせゴミ箱にブチ込むシロモンだからな」
などとバカ二人組は口論しながら勝手にドアを開けてズカズカと入り込んでいく。
「あー君ら受験生だよね、早く向こうで着替えてきて。ここ四時までしか借りられないからやりにくいったらないわ……まったくこれだから……」
と神経質そうな女教師が背中を向けたまま受け答えをしてくれる。仕事に没頭しているのか端末を凝視して、ああでもないこうでもないと操作していた。
「はいもしもし? えぇ? 聞こえないんですが!!」
女教師は唐突に胸ポケットから携帯端末を取り出すと、大声で通話を始めた。床から伸びたケーブルに躓きながらも、外に出て行ってしまう。
「身体測定でもやんの? 座高とか測られんの?」
一夏が疑問符を浮かべて傍らの弾に問うも、肩を竦められるばかりだった。
「知るかよ。とにかく入ろうぜ」
受験室? 面接室? は丁度半分がカーテンで仕切られていた。二人が中に入ると、西洋の甲冑のような物体が鎮座して、搭乗者の存在を今か今かと待ちわびていた。
数にして、二機。
全領域汎用戦闘服なる異名があるとかないとかという、インフィニット・ストラトスが二機、固定用のケージに挟まれていた。
「これはあれだな、俺たちはもしかして入っちゃいけないオイコラ! 弾!」
「あ~~~? 聞こえんなぁ」
入るところを間違ったことを悟った聡明な一夏は、すぐに引き返そうとした。好奇心むき出しで勝手にISによじ登ろうとする幼馴染がいた。
「いいじゃねぇか減るもんでもねぇしよ。ここは触っておくべきだろ。男には絶対に使えないし反応もしないって聞いたぜ。ちょっとくらいいいだろ」
「それはそうだけどな……」
怒られるどころか逮捕されるんじゃないか。
好奇心のおもむくままにISに勝手に“乗る”幼馴染の弾を見て、しかし一夏も手を伸ばしていた。織斑一夏はどちらかといえば思考が行動的ではない傾向にあるが、この未知の機械を前にして多少なりとも好奇心をそそられていた。
「――――!!」
触れた瞬間、脳内になだれ込んでくる情報の乱流。
ハイパーセンサーからもたらされる情報によって、周囲の状況が目視してもいないのに手に取るようにわかる。気温、大気の流れ、カーテンの布の素材、机の位置、そして、よじ登って“乗った”幼馴染が奇妙な電流に打たれて悶える姿。
青白い電流がISから迸り、好奇心は猫を殺すの言葉を実践しようとしていた。
「う、ッ ぉぉぉぉおおおっなんだこれぇぇっ!?」
「なっ―――! 糞ッ、どうなってんだ!?」
IS、装着。理性ではなく本能のままISを起動させた一夏は、装着どころかよじ登って着ているだけの幼馴染を救い出すべく、無意識にISのアームを動かした。
電流の中へと手を突っ込み、強引に引きずり出す。
「………え?」
男である自分がISを動かしていることへの違和感。
しかし、一夏の思考を占拠していたのは、それよりもはるかに巨大な違和感と驚愕だった。
男性ものの、サイズの合わない制服を纏った赤い髪の毛の女の子がアームにしがみついていた。赤い髪にバンダナの組み合わせを、一夏は二人しか知らない。五反田家の次女『蘭』と長男『弾』だ。だが、つい今しがたISによじ登って遊園地のなりきり看板よろしく着ている風を装って気分を味わおうとしていたのは、長男『弾』のはず。ところがアームにしがみついているのは、蘭でもなければ弾でもない。蘭に近い容姿をしているが、蘭ではない。弾でもなかった。胸元のふくらみや肩の華奢さから女性であろうことはわかる。
(弾……か? 馬鹿言え弾は男だろ)
それは間違いない。修学旅行や臨海学校で下腹部についているものを確認しているからだ。
弾?らしき気だるげな目つきをした少女は肩からずれ落ちた制服を直しつつ目を開いた。
「サンキュー一夏……死ぬところだったわ……悪いことはできねぇもんだな? な?」
「弾……なのか?」
「ついにおかしくなったんかね……何をとぼけたことを……お?」
弾?らしき人物はそこまで言葉を発すると押し黙り、自分の手を見つめた。次におもむろにアームから降りると、肩からずり落ちかけている制服の中を見た。
「何の物音ですか! あっ……あなたたち何を!? 男の子……男がISを起動させてるですって……!?」
そして話は冒頭に戻る。
簡単に言えば、片や男性なのにISを起動させ、片や男性から女性になってしまったのだ。世間一般の常識から言えば、両方とも奇想天外の領域にある話である。暇つぶしに携帯端末をブラウジングしていて拾った話のようなもので、バーで酔っ払いが話すような内容に過ぎないはずだった。
だが違った。
あから始まりおまできた自己紹介は、ついに織斑一夏の番になった。一夏の自己紹介の内容と言えば自分の名乗りを上げて頭を下げるといった簡素なものだった。
気になることはいくつもあった。篠ノ之箒がいることもそうだ。だがそれ以上に、元男の幼馴染がどんな自己紹介をするか気になって仕方がなかったのだ。
嫌な汗が流れる背中のせいで不快指数が急上昇。顔も熱かった。
あからはじまりお。かからはじまりきそしてこ。五反田の自己紹介の番だった。
彼もとい元彼は、一夏が最初であった当事と同じ格好をしていた。赤い燃えるような赤毛を背中まで垂らし、バンダナを巻いていた。耳にはピアスが光っていて、胸元には銀のペンダントが伸びていた。すらりと長い、もといひょろりとした体躯が教室の一角にそそり立った。女性であることを主張するが如く、制服を押し上げる膨らみが呼吸に合わせて肥大化した。
「えー
言うなりどしんと椅子に腰掛け皆の社交的な拍手を浴びつつ腕を組んだ。
「はずみ……?」
疑問符を浮かべる一夏に、弾は音を出さず口を動かして意思を伝えた。
『わるいかよ』と。
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