「ちょっとよろしくて?」
「よくない」
一夏と弾は相変わらず教科書と教科書をあわせて難しい顔をしていた。プラス一名、二人の知識を総動員してもかなわないであろう知識を持っている箒も加わって、ああでもないこうでもないと指導していたのだ。
大股を開いてボールペンを回す作業をしつつ教科書とにらめっこをしていた弾がセシリアの問いかけをにべもなく断った。幸いロングスカートのお陰で肝心の部分がさらけ出されるということはなかった。
「イギリス国家代表候補、セシリア=オルコットか。悪いが
「だってよ。セルシウスさん」
「セシリア=オルコットですわ!」
わざとやっているのか素なのか弾が名前を間違えて呼ぶと、セシリアは肩を怒らせた。
「代表候補生ってなんだ?」
「あれだろエリートだ」
疑問符を浮かべた一夏に弾がフォローをする。間違ってはいないのだが、投げやりな物言いにセシリアの苛立ちが加速するだけだった。
「おお、エリートか」
「その通りだ。イギリス国家代表IS操縦者――の候補生ということだ」
箒もフォローするが、セシリアのことをちらりと見ただけですぐに教科書に戻った。
「な、なんて態度ですの! あなた達わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですからそれ相応の態度というものがあるんではないかしら!」
「だとよ。オラなんか言ってやれ」
「俺が?」
弾が心底めんどくさそうに一夏の足を小突く。こういう鼻持ちならない輩には関わり合いになりたくなかったのだ。
一夏も同じ気持ちだったが、答えるしかないようだと悟った。面をあげると、胸を張り腕を組むセシリアを見上げた。
「どんな用件なんだ?」
「だから、わたくしのようなエリートが貴重な時間を割いてまでこうして話しかけていることが理解できないでして? ISもろくにわかってないようですから、教えて差し上げようかと思っていたのに………もちろん、頭を下げればの話ですが」
「いらん。箒がいるからな」
「もちろんだ」
一夏が言うと、箒がギロリと眦を持ち上げた。強敵登場とあっては、手段を選んでなどいられない。こうして勉強を教えてあげることでまた一歩六年間の溝を埋められるならば構わないと思っていたのだ。候補生だかなんだか知ったことではないのだ。
「この劣等生二人組には私が教えよう。お前の助けは不要だ」
「くっ……これだから極東の島国は未開などと蔑まれるのですわ! わたくしのようなエリートが……」
「まあまあセシリア=オルコットさんよ。そこまでにしとこーや」
弾が立ち上がった。男性である一夏にも並ぶ長身である彼もとい彼女が立ち上がると、150cm代半ばのセシリアは見下ろされる形になる。きらりと光るイヤリングやネックレス。ロングスカートと相俟って、威圧感があった。箒のそれを日本刀とするならば、弾はマチェットのような野性味あふれる刃だった。
「このご時勢に国だの人種だの差別したらまずいんじゃねーか? エリートさんなんだからそれくらいわかってるだろ?」
「それは………」
正論へ反論しようにも材料がなかった。少なからずその“極東の野蛮な島国”の人間が周囲にはいるのだ。視線が己に向いていることに気がついたセシリアは、ふんと鼻を鳴らして引き下がった。
「くっ……覚えてらっしゃい! また後で話しに来ますわ! 逃げないことね!」
三時間目開始のチャイムが鳴った。セシリアは慌てて席に戻っていった。
三時間目は山田先生は教室横で待機し、織斑千冬が教壇に立っていた。春の陽気を思わせる山田と比べたら、千冬の授業はまさに冬そのものである。
「それではこの時間は実践で使用する各種装備の特性について説明する。よく聞くように……内職などしている場合ではない」
ビクンッ。五反田弾の肩が跳ね上がったかと思えば、次の瞬間ノートのページを捲って目を見開いた。内職の真っ最中だったことは言うまでもない。時間が押していなければ、もれなく千冬のペンが飛んできていたであろう。
「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな。クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく生徒会の開く会議や委員会への出席……まあ、クラス長だな。今の時点でたいした差はないが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間変更はない。自薦他薦は問わないが自発的な行動を望む」
皆が千冬の言葉にごくりと唾を飲む。この場にいる誰もが、IS乗りやIS関連企業へのキャリアアップを目指して入学しているのだ、向上心のまったくない人間などいるはずがない。
「クックック」
約一名、ニヤニヤしながら一夏の方を見ている女子を除けば。あるいは一夏もそうかもしれないが。
一夏はダラダラと冷や汗が背中を伝うのを感じていた。あたりの視線を痛いほど感じる。
(これは……なんだか嫌な予感がするな)
どれだけ勘の鈍い人間でも、次の展開など予想することは難しくなかった。
「はい! 織斑くんを推薦します!」
「私もそれが良いと思います!」
一人挙げるとまた一名と、挙手が増える。そしてその指名は世界唯一の男性操縦者織斑一夏へと向かっていたのであった。
「お、俺ぇっ!?」
立ち上がる一夏青年。弱きものよ、汝の名前は男。
「はーいワタシも一夏くんがいいとおもいまーす」
猫なで声の援護射撃が織斑一夏の横側面を叩く。思わぬもとい想定していた騎兵の到着に一夏は拳を握り締めたのだった。
ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべた弾が、腕枕に頭を置いて、顔を横に向けてきていた。猫撫で声はいっそすがすがしいほどの胡散臭さであったことは言うまでもなかろう。
立ち上がりいきり立つ一夏を千冬が首を振って制する。
「織斑。席に着け。さて、ほかにいないのか? いないなら無投票当選だぞ」
慌てたのは一夏である。一夏も日本人らしいというか、場に流されやすいところがある。だが流されてはいけないことだってあるのだ。クラス長。やりたくもない仕事を押し付けられるなど、お断りなのだ。
「ちょ、ちょっと待った! 俺はそんなことやら――」
「自薦他薦は問わないと言った。他薦されたものに拒否権などない。選ばれた以上は覚悟をしろ」
千冬が腕を組んだまま一夏の傍まで歩み寄ってきた。
さすがの弾もとばっちりを恐れて姿勢を正した。
「い、いやでも―――ちょっと待ってくれ千冬姉」
「織斑先生だバカものが。何度も言わせるな」
スパァンッ! 腕を組んでいたはずの千冬の腕がかすむほど素早く動かされると、出席簿が頭部を叩く。
一夏は涙目で頭を押さえたまま、おもむろにこう切り出した。
「俺にも投票権はあるんだよ……ですよね?」
ギロリと重機関銃のような凄みの利いた目つきが千冬から放たれる。緊張感溢れる数秒間。クラス中が生きた心地がしなかったであろう。
千冬がはあとため息をこぼすと、腕を組みなおして教壇へと向かっていった。コツコツと硬質なヒールが床を叩く音が響く。
「確かに――残念なことにこの学園では民主主義を採用しているので、当然のことながら織斑お前にも投票権がある。それで? 誰に投票するのか教えて貰おうか」
「弾です」
「五反田弾か………いいだろう。認めよう」
千冬が出席簿を確認しつつ頷いた。
「俺ェェッ!?」
「うるさいぞバカものが」
スパァァァァンッ! と景気のよい音が女子一名の絶叫と共にクラスに響いた。
ハヤラセロ!
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