爆弾を抱える少女達   作:自律人形の執筆

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第1話『着任』

 

 IOP製造会社とは。

 武器や自律人形の製造などを手広く手掛け、民間軍事会社グリフィンへ、戦闘に特化した自立人形である“戦術人形”を提供している会社だ。その名前からも想像がつく通り、戦争があるからこその戦術人形であり、需要があるからこその提供である。

 しかしその関係は2045年4月に起きた第三次世界大戦終戦後の今も尚、当たり前のように続いているのだ。

 それは何故か。簡単に言えば、戦時中IOPと共に足並みを揃えてきた鉄血工業製造会社、通称【鉄血工造】で製造された人形達の暴走が原因である。

 制御不能に陥った人形達は人々を虐殺し、人同士の戦争から人と人形への戦争へと転換させた。

 今は亡きグリフィンの創設者であるベレゾヴィッチ・クルーガー氏が、それら暴走した人形達の勢力を囲うことに成功していなければ、今頃戦火は街の至る所に飛び火し、老若男女問わず多くの死者を出し続けていたところだろう。

 

 今もコンビニで購入したジャンクフードを頬張りながらIOPの休憩室で働く1人の若者、前園良太は彼に感謝していた。

 

「もしクルーガーさんが鉄血の勢力を囲んでいなかったら、今頃このカツからあげクンを食べられていなかったんですよ? 真の英雄はこの人で決まりですよ!」

「あぁ、分かったから。食べながら手を動かすか、喋りながら手を動かすか、どっちかにするんだ」

「ちょっとちゃんと聞いてくださいよヘリアンさん!」

 

 元グリフィンの上級代行官であるヘリアントス。

 今では現場を離れ、IOPで人形達のメンテナンス及び監督をしている女性だ。

 彼女は国民の誰もが敬愛するクルーガーに並び立つもう1人の英雄、太田啓司指揮官と共に働いていた。それだけでもヒーロー好きの良太にしつこく質問攻めをされているというのに、IOPでの執務はかなりの激務だ。

 その事も合間ってか、残念ながら未婚のまま40台に突入してしまったようだが、本人はまだ諦めていない様子である。

 

「貴様、聞こえているんだが……死にたいのか?」

「痛い痛い痛いっ! そんなんじゃ太田さんもビックリしちゃいますよ? マスコミも来るだろうし、そんな皺の寄った顔してて良いんですか?」

 

 そう。今日はこのIOPに先の英雄、太田啓司指揮官が直接やって来る予定なのだ。

 要件については良太達職員には追って説明するとだけ告げられ、彼の来訪を嗅ぎつけたマスコミ達は会社の前で朝からずっと張っている。

 

 え、大事な戦線を離れても大丈夫なのかって? そりゃ1年前に比べたら平気さ。

 

 1年前、鉄血は大規模な進行を開始した。

 その数は優に100万を超え、これがこの戦争の山場だと言わんばかりの戦いが起こる。この時、太田指揮官率いる人形達が破竹の快進撃を見せ、遂には全部隊の指揮を執り、鉄血に多大なダメージを与え、なんと僅か2周間で鉄血の残党を撤退まで追いやったのだ。

 まるで敵の行動を全て見透かしたかのような圧倒的な指揮と、この偉大な功績こそが、彼を世界が誇る英雄足らしめる理由である。

 

 まあそんなこんなで暫くは大丈夫だろうけど、それでも指揮官が前線を離れるのは危険だ。きっと今日の訪問も何かしら重要な要件なのだろう。

 

「あぁそうだな。今日は“あいつ”が来るんだったな……」

「…………?」

 

 ーーあいつ? あいつって太田指揮官の事か? やっぱりヘリアンさんって凄いや。あんなに凄い英雄を、あいつ呼ばわりしちゃうんだもんな。そんなんだから婚期逃したんだよ。

 

 良太は机に置いてある紐の切れたペンダントの前でご馳走さまと手を合わせ、コンビニ弁当を片付け始めた。

 

「そうだ前園、お前その太田印コーヒーは絶対に飲めよ?」

「は? 一体どうしてです?」

 

 太田印コーヒー。

 最早太田指揮官は国民的ヒーローであり、彼の名前を使った商品が数多く売り出された。

 かくいう良太も、太田ポスター全17種類を完璧にコンプリートした猛者である。

 

 このコーヒーだけは何故かヘリアンさんから支給された。というか手渡しされたんだよなぁ。一体どうしてだ?

 

「お前話を聞いていなかったのか? 仕事で疲れるであろうお前達の為に、上の奴らが“大量”に仕入れたんだよ」

「なんですかそれ。要はただの在庫処分ってことじゃないですか簡便してくださいよ、俺コーヒー苦手なんですから」

 

 子供の時大人ぶって好きな娘の前でコーヒーを飲んだら、あまりの苦さに吐いて女の子の顔面にかけてしまったことがあったんだよ。いやマジであの時の拳とコーヒーの味だけは忘れられないね。

 

「前園、実はお前に渡した太田印コーヒーは特別でな。飲み終わって底を覗くと太田指揮官直筆のサインがあってだな……

「喜んで頂きます!」

 

 良太は太田のサイン欲しさに、苦手なはずのコーヒーを一気に飲み干した。瞬間彼の顔が苦虫を噛み潰したような渋面になるが、直ぐに頭を振って無邪気な笑みを浮かべる。

 しかし満を持して紙パックの底を覗く良太であったが、目を凝らしてみてもサインらしきものは一切見当たらない。

 

 絶望。

 

 我慢して飲んだのに……

 絶望のジト目をヘリアンに突き刺した。

 

「お前ちょっと顔がうるさいぞ?」

「ちょっとちょっとヘリアンさん! 俺のこと騙しましたね? 太田指揮官のサインなんてどこにも……

 

 ーーーーあれ?

 

 言いかけて、その先が靄がかかったように朧げになっていく。必死に口を動かそうとするが、まるで金縛りにでもあった時のように、筋肉がピクリとも動かない。

 視界が揺れ、現実と夢の世界を分かつ境界が、どんどん希薄になっていくのを感じた。

 

 

 

 頭が酷く痛む。

 言葉が上手く話せない。

 思考がプツリと途切れる。

 ついには平衡感覚を失い、前のめりに倒れこんだ。

 

 

 

「すまんな前園」

 

 良太を受け止めたヘリアンがそう零したのが、彼にとってのIOPにおける最後の記憶だった。

 

 

 

***

 

 

 

「あー、なんで俺こんな所にいるんだろう? 俺デスクワーク以外は専門外なんだけどな……」

 

 良太が少し聞こえる程度にぼやく。がしかし無視。

 車内にいる誰もが話そうとしない。

 なんの拘束もされていないので、おそらく拉致されたという訳ではないだろうが、良太の両脇はゴリゴリのSPみたいな人物達に固められている。もう総称してSPの人達ということにしておこうかな。

 

 というかヘリアンさん、未婚のこと、そんなに気にしてたんですか……?

 

 良太はヘリアンのことを信用している。厳しく、男勝りなところはあるが、その分面倒見が良く、なんでもそつなくこなす。

 どうして彼女に睡眠薬を飲まされ、こんなゴリゴリのおっさん達に連行されているのかは分からないが、彼女が一枚噛んでいる以上、悪いようにはされないだろう、多分……

 取り敢えず凄い状況なのは確かだ。良太の細腕ではどうにも出来ないうえに、前後をこの車と同じような黒塗りの高級車が固めている。

 

 現地に着くまではハッキリ言ってどうしようもないなこりゃ……

 

 それから6時間程経っただろうか。最近寝ていなかった良太は豪胆にも寝溜めをしていたが、車のエンジン音が収まったところで目を覚ます。

 

「着きました」

 

 意外にも敬語で話しかけてきたSPの人達に会釈して、車を降りる。

 辺りはすっかり暗くなってしまっていて、一体どこへ連行されたのやらと顔を上げる良太だったが、数瞬後直ぐに硬直して動けなくなってしまった。

 

「お、おい、ここって……なんで?」

 

 IOP以上に馬鹿でかい面積、鉄壁を誇る鉄の壁、鼻腔を刺激する“硝煙の臭い”。

 そしてなにより、入り口と屋根に高々と突き刺さったグリフィン&クルーガーを表す【GK】の旗。

 

「どうして俺みたいなただのしがない研究員が1人でグリフィンの……それも最前線の第3区域に連れてこられてるんだよっ!?」

 

 良太が悲鳴じみた声をあげる。

 なにせ今彼の目の前に聳え立つ山の様な風体をした巨大な軍事施設【グリフィン第3区域】は、本来であれば彼の崇拝する英雄の1人、太田指揮官が直接指揮を執っている場所だ。

 ただでさえせっかく生太田指揮官を見れると思ってウキウキしていたのに、これではまさかのすれ違いだ。それに所謂草食系男子の良太には、あまりにこの雰囲気はアウェイ過ぎた。

 

 先程から冷や汗が止まらないのだ。

 

 なんというか、アニメや映画の世界ではない“本物の戦場”を感じる。毎日の様に命を賭して闘う少女達の姿が、良太にはハッキリと見える気がした。

 

「な、なに!? 予定より早く帰ってくるだと! それは本当かっ!?」

 

 何やら通信を受け取ったらしい1人のSPが、とてつもない大胸筋を揺らしながら、物凄いスピードでこちらへ走ってきた。怖すぎる。

 

「Mr.前園、話は取り敢えず執務室の受話器でお願いします!」

「は? ちょっと待って何で執務室……

「“彼女達”が帰ってくるまでに、急いで!!」

 

 彼女達……彼女達って俺達が作ってグリフィンにレンタルさせている戦術人形の娘達の事だよな? どうして彼女達にバレるのを嫌うのだろう? もしかして契約者が太田指揮官で、留守中に来た俺たちは侵入者って扱いとか?

 良太の質問を遮って、SP達が彼の背中を押していく。

 

「ちょっと、そんなに押されたら背中へし折れるわーーってか何で人形達に見つかっちゃ不味いんですか?」

「私達の口からは詳しく言えません。しかしあなたに一先ず協力的になって貰う為に1つだけ言わせて頂くとするならば、()()()()()()()()()()()()()

「さあ何やってるんですかSPの皆さん、早く執務室に行きますよっーー!!」

 

 ヘリアンにもしもの時はこれを言えと言われていたSPの男だったが、なるほどと合点が行くと共に、良太のあまりにもはやい変わり様に若干呆れた様子であった。

 

 

 

 人形達の住む宿舎や武器などのメンテナンスを行う工廠、日々の鍛錬を積む為の演習場等の区画を抜けた先に執務室はある。

 勢いよく飛び出した良太であったが、元々体力は並み以下で、工廠を抜けたあたりからSPの1人におんぶしてもらっていた。

 

「着きました」

 

 同じゴリゴリのおっさんから2度目のモーニングコールを、1度目は車の中で、2度目はそのおっさんの背で受け取るという奇妙な体験をした良太だったが、今はそんなことに構っている暇はなかった。

 

「す、凄い!! これがあの太田指揮官が英雄であるとこを証明する、人形前線(ドールズフロントライン)の盾か!」

 

 執務室の扉を開けてまず飛び込んできたのは、正面の壁に絢爛に飾られた金色に輝く大きな盾だ。その煌びやかな装飾の数々は、各国の代表が彼へと送った賛辞にも等しいとされている。

 他にも棚には太田指揮官の幾多にも渡る栄誉を讃えた証書やトロフィーが陳列されており、良太が自分自身を場違いな存在だと悟るのに、そう時間はかからなかった。

 

「それではMr.良太、その席に座り電話を取ってください」

「え、あ……ぇ? ここに座るんですか?」

 

 思わずたじろいでしまった。心なしか声も震えてしまっている。

 それが嬉しさのあまりの感激なのか、畏れ多いという恐怖なのか、最早良太には分からなかった。

 

「何の為にここへ連れてきたと思っているんですか? 貴方が電話をかけるには、その席に着く他無いのです」

「……分かりました」

 

 自分どころか、世界が憧れた英雄の席に座る。歳もまだ20代前半の、自分なんかが。

 まるで自分達がその椅子に睥睨されているかのような感覚に息を呑む。

 良太は額に浮かんだ汗を袖で荒々しく吹き、深呼吸をした。SPのおっさんが急いで下さいと催促するが、良太にとってその声は遠い。

 

 プルル…プルルル

 

 ()()()()()かけて来たのだろう。SPの人を見ると、どうぞというジェスチャーとともに頭を下げた。

 一体どんな要件でわざわざ自分をグリフィンへ寄越し、さらには執務室へ足を運ばせ、通話をする必要性があるのかは分からない。しかし太田指揮官を待たせる訳にはいかない、彼の負担になるような事はしたくないのだ。

 良太はその一心で先程までの迷いを振り切り、椅子に腰を下ろし、受話器を取る。

 

「……はい」

「おーー、やっと繋がったか! こちらグリフィン&クルーガー第3区域指揮官 太田だ。君はIOP職員の、前園良太くんで合っているかな?」

「…………」

 

 ーー感動。

 前園良太は今、人生の絶頂を迎えていた。

 受話器の向こうから、太田指揮官の声が聞こえ、あまつさえ自分の名前を呼んでくれている。いつもTVかネットで公に対して話をするあのスーパーヒーローが、今良太の耳元で、良太だけに話をしているのだ。

 幼い頃からヒーローに憧れ、中学3年まで将来の夢がヒーローだった良太にとって、それは言い表せられないほどの感激だった。

 録音したい衝動に駆られたが、ポケットを弄っても出て来たのはチュッ◯チャップ◯だけだ。とりあえず咥えておくか……?

 

「どうした前園くん……?」

「あ、あああ申し訳ございませんっ! はい、僕がIOP製造会社人形研究兼製造戦術人形3班管轄の前園良太です!」

 

 焦った〜、変な奴だと思われる限界スレスレだったな今。

 

 太田指揮官に誤解されず、ほっと胸を撫で下ろす良太であったが、続く指揮官の言葉に心臓を鷲掴みされる事となる。

 

「良かった良かった。まったく、頼むぞ? これから“3()()()()()()()()()()()()()()”が、そんなんじゃ困るからな」

「あの、は? 今なんて?」

「はっはっは、前園良太くん、君が本日付けで私の代わりに3区の指揮官になるのだよ」

「え……ええええええぇぇぇぇぇぇえええっ!?!?!?」

 

 おい今の聞き間違いじゃなかったら俺がこの最前線の指揮官になっちゃってますが大丈夫ですか!?

 聞こえなかったんでもう一度お願いしますと頼んだ良太であったが太田指揮官は、はっはっはと笑うところから忠実に再現してみせた。

 

 いや全然面白くないよ、てか俺が指揮官になったら太田指揮官はどうなるんだ全く理解が出来ん……

 

 現実を呑み込めない。まさか実は今自分はまだ拉致られた黒塗り高級車の中で、これは夢の出来事ではないのかと疑い始めた。

 管轄とは言っても一介の研究員に過ぎない良太にとって、それはあまりにも唐突で、あまりにも重過ぎる。さらに言えばグリフィンの指揮官というのは誰にでも務まるものではない。キッチリとした訓練を受け、戦術や隊列などの所謂戦略を学び、リーダーシップに長けた者でなければならないはずだ。

 良太にあるのは精々人形達に対する知識と、勝手に創り上げた英雄像のみだ。

 

 ーー断らないと……

 

 昔の良太であれば英雄の頼みならと、喜んで引き受けたかもしれない。今度は自分が英雄になる番だと、意気込んでこの席に身体を預けたかもしれない。夢が叶ったと、達成感に打ち震えたかもしれない。

 しかし今の良太には分かる。指揮官という者の重さが、責任が、非凡さが。そのいずれを考慮しても、自分にこなせる物など一つもない。

 壁に飾られた盾に、武器に、部下や上司に、国民に、世界に……そして何より、自分の為に戦ってくれる人形達に申し訳が立たない。

 

 良太は覚悟を決めた。自分が憧れた英雄の頼みを断る、その覚悟を。

 

「すいませんがその話をお受けする事は出来かねま……

「Mr.前園、これを」

 

 言いかけた良太を制するように、SPの1人が机に何か金属の類を置く。重量のありそうな音を立てたソレは、彼もよく知るモノだった。

 

「ちょっ……これって……っ!」

 

 ソレは紐のちぎれた、年代を感じさせる銅のペンダントだった。

 表面にはサルビアの彫刻が施されており、中を開けるともう随分と前に止まってしまったアナログ時計が顔を出す。

 良太にとってこのペンダントは大切な、本当に大切な物だ。

 

「Miss……んんん、Ms.ヘリアンが言っていましたよ? Mr.良太は仕事の時はいつもコレを持っていると」

「つまり、ここで仕事させる気満々って事ですか」

 

 取り敢えずヘリアンさんへの失礼はスルーしておくとして、俺の言葉を遮ってまでコレをこのタイミングで渡してきたってことは、どういう訳かあのヘリアンさんも俺がここで指揮官をすることを望んでいるってことか。

 俺の動揺を悟ったのか、太田指揮官が追い打ちをかけるように動く。

 

「引き出しの中に、人形前線の盾と同じ材質で出来た小さい盾が入っている。雀の涙程度の足しかもしれんが、これは私からの餞別だ。どうか私の顔を立てると思って、受け取ってくれないか?」

 

 それはずるい。

 

 良太はため息を吐いた。彼が最も尊敬する英雄である太田からそんな言葉を受けて、良太が断れるはずもない。

 ヘリアンさんの受け売りか何かだろうか。この時だけは、本当にずるい人だと感じてしまった。

 

「……分かりました。取り敢えず少しの間だけ様子を見てみます」

「すまない。そしてありがとう、前園良太指揮官殿」

 

 こうして、前園良太はグリフィン&クルーガー第3区域指揮官となった。

 

 この選択は間違いなく、彼と“彼女達”の人生を大きく変える事となる。それが果たして正しい選択なのかどうかは分からない。

 

 

 

 ……が、

 

 

 

「今度来る指揮官は、“私”が徹底的に尋問してやる」

 

 早くも彼の目前には、暗雲が立ち込めているようだった。

 

 

 

 




次回から女の子たち登場です。
 
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