爆弾を抱える少女達 作:自律人形の執筆
まず第1に、何故太田は一時的に指揮官の座を降りる必要があるのか。
どうやらグリフィンとIOPとの間で取り引きがあったらしい。
まず前提として、グリフィンはIOPから人形をレンタルしている。つまり元々人形の契約者はIOPの人間であるのを、一時的にグリフィンの指揮官に移しているに過ぎない。当然、借りている間はIOPへとレンタル料が支払われ続ける。
これでは戦いが長期化すればするほど、負担が大きくなる一方だ。更に現在、太田指揮官の活躍により戦いは落ち着きを見せている。このまま睨み合いが続く状況で、多くの人形達をレンタルし続ける意味もない。
しかし人形達を返却したうえで万が一、鉄血が攻め込んできた場合を想定すると、人形達を手放す事は出来ない。
そこでだ、IOPは何体かの人形の契約譲渡に金銭を発生させない代わりに、一時的な指揮官の交代を要求してきた。期間は半年、おおよそ鉄血が攻め込んでくることはないだろうと見込まれている期間だ。
世間には半年間、戦線を守り抜いた英雄としてIOPの人間を讃えさせ、宣伝効果で全体の利益の向上を図るのが目的である。
第三次世界大戦後、鉄血に優秀な人材を引き抜かれ山に埋もれていたIOPにとって、これは賭けだ。太田から希望を託された男などと適当に
次に、その事を世間にどう説明するかだ。
もちろんバカ正直に話す訳がない。太田指揮官にはIOP視察の折に道中で鉄血に襲撃され、怪我を負ってもらった事にする。
視察は彼の一存であるにも関わらず、この事に甲斐甲斐しくも責任を感じたIOPが、太田指揮官の療養中代わりに指揮官を務める優秀な人材を派遣した、そういう事になるようだ。
勿論メディアはその仮にも優秀な人材であるはずの『前園 良太』に注目することとなる。でっち上げられた職場での数々の武勇伝を上層部が語り、世間は前園良太に太田指揮官の代わりを託し、そこで見事な手腕を見せ付け半年間鉄血の侵攻を食い止めた……という事にするらしい。
また、どうして良太は人形達が任務から戻る前に、執務室に居なくてはならなかったのか、その事についても触れておく。
これは人形達の信用を得る為と、ちょっとした保険の意味だった。
SPに囲まれたまま執務室へと足を運んでいく人間に対して、人形達が不信感を抱くかもしれない。自分が指揮官になることについて人形達の前で驚きや疑問を露わにすれば、それだけで彼女達の士気は落ちるかもしれない。指揮官用の軍服に身を包んでいなければ、人形達は何事かと理解に苦しむかもしれない。
そしてそのどれもが、1つのちょっとした保険の為に起こり得るものだった。
それは太田啓司という絶対的な指揮官の不在だ。彼が視察から戻って来ないとなれば、人形達がそれを止めるかもしれない。だから太田と良太が入れ替わったそのタイミングで、人形達にそれを伝えた。
もう彼女達の声は太田には届かない、それを悟らせる為に事を急いで済ませたという訳である。
では最後に、
ランダムに選んだらしい……。
なんでやねん。
「まあ太田指揮官はそう言ってたけど、多分今回の件に関しては、俺が扱いやすいって判断なんだろうな」
あまりにも役職が下だったり高かったりするとおかしいし、良太のように管轄くらいが丁度良い。また良太の性格から、太田の頼みを断れないということを見透かされていたのだろう。
しかし憧れの英雄になれるといっても、その実はただの八百長だ。やるせなさを感じざるを得ない。
良太はため息を吐いて引き出しを開ける。中に入ってたのは掌サイズにも関わらず、かなりの重量感を持つ金色の盾だった。
これが太田が彼に渡したミニサイズ人形前線の盾ということだろう。流石に装飾が細部まで施されているということは無かったが、代わりに二本の赤いリボンが巻き付けられている。
「プレゼントのつもりかな……? まあリボンがついてる方が勲章みたいでかっこいいし、なんかヤケに良い匂いがするな」
良太は太田に貰ったプレミア感溢れる小盾のリボンに鼻をつけて匂いを嗅いだ。
おそらく第3者から見ればただの奇行である。しかし現在、執務室には良太しかいない。SP達は太田との電話が終わって良太に一礼をした後、すぐに帰ってしまったのだ。
執務室に監視カメラはない、傍聴されないような最新の設備も整っている。だから実質良太は今何をしても誰に咎められることもない。この英雄の住まう神聖な執務室で、このような奇行を繰り広げる事は一種の達成感の様なものを良太に与えていた。
しかし古来より、慢心とは得てして間の悪さを呼び込む売り子の様なものである。
良太が己に降りかかった不幸を浄化するよう、存分にリボンの匂いを嗅いでいると、不意に執務室の扉が開かれたのだ。
「ただいま戻りましたよ。今回ぁ……
「すぅー、スンス……ん……?」
中に入って来たのは95式だった。一応指揮官が良太に変わったことは、既に伝えられているはずだ。いつもの様に挨拶をしようとしたのは、彼女の癖だろうか。
鼻を包み込むようにリボンを巻きつけた良太を目にして、95式は固まって動かなくなってしまった。故障かな……?
「ノックもしないで入るなんて、少々マナーに欠けるのではないかね?」
良太は反撃した。これが野生の本能というものだろうか。舐められる前に有耶無耶にしてしまえという汚い考えだった。
「…………」
そして無視。
95式、まさかの完全スルー。
良太の浅はかで子供のような反撃は完膚無きまでに叩きのめされた。
どうやら彼女は空気というものが読めないらしい、そう無理矢理結論付けた良太の心は既に傷ついている。自業自得ではあるが、ノックをしないあっちにも非があるはずだ……
95式は良太が慌てて机に置いた盾をガン見したまま、一向に口を開こうとしない。
「……俺は太田指揮官不在の間、彼の代わりにこの第3区でお前達の指揮を執ることになった前園だ。よろしく」
取り敢えず自己紹介のつもりで良太から話しかけたが、指揮官たる者の話し方はこれで正しいのか彼は不安だった。
彼女達の前では、誰に御教授された訳でもない、自分の中の英雄像で以って毅然と振舞わなければならない。そう良太は思っていた。
まあファーストコンタクトの時点で失敗しましたが……ずっと盾をガン見してるけどリボンに鼻くそとか付いてないよね?
「指揮官」
「な、なんだ?」
「……素敵な装飾ですね」
95式はそれだけ言って執務室を出て行ってしまった。
「…………………………………………は?」
ーーあの子ちょっとおかしな子なのかな? いや待てよ、それともやっぱりまだ俺を認めていないのか? ……まあそりゃそうか。いきなり太田指揮官の代わりに入って来ました! なんて言ってもウザったいよな。太田指揮官の方が100倍良いよな。その気持ちは確かに分かるわ。
「でも私傷つきました、はい」
おそらく95式はまだ扉から20mも離れていないだろう。
良太はもう一度リボンに鼻くそが付着していないことを確認した後、素早くマイクを館内放送に切り替えた。
『えーみんな聞いていると思うが、新しく着任した前園だ。自己紹介という事で帰投したものはみな執務室に集合すること!』
まあどちらにせよ95式とはもう一度話をしたかったし、ちょっと意地は悪いが許してもらおうと彼は考えていた。
デスクワーク大半で、管理職以前はよく上司や先輩にいびられていた良太の性格は、少しばかり捻くれているかもしれない。だが良太にとって人形達は自分が今まで汗水垂らして造りあげてきた、言わば我が子のような存在だ。彼の心が嬉しくなって少しばかり童心に返ったとしても仕方がないだろう。
これもコミュニーケーションの一環だ。そう考えた良太は嫌な顔、もしくは青筋を立てながら入って来る95式を想像してニヤついていた。
***
取り敢えず太田からやるべき事のメモは取ったものの、1人で新しい環境に身を投じるのは少し怖い。良太が直ぐに受話器を握ってもう一度太田の声を聞きたいという衝動に駆られるのも、仕方がないだろう。まあこと彼の場合、受話器は大好きなアイドルといつでも話が出来るという便利ツールと化しているのだが。
しかし太田とて療養中と言う名の休暇とは限らない、いやむしろ休暇だとしたらそれを邪魔するような事は出来るだけ避けたい。だから無闇矢鱈と電話をするのは間違っていると良太は考えている。
しかしだ。今この時にして、彼の太田にコールしたいゲージはかなり溜まっていた。
一応この第3区には現在10名の人形が居るはずである。良太は執務室へと足を運んだ人形達を順に見やり、顔写真と一致させていった。執務室に入ってきた順番に、WA2000、C96、M950A、スコーピオン、コルトSAA……
「え、集まったのこれだけ? なんで?」
全員分の帰投報告が届いていた筈だが、良太の呼びかけに応答したのは半数の5名のみだった。アポなしで急に太田から自分に変わったからといって、ここまで不真面目になるものかと良太は気を落とす。
というか、95式さんどこ行ったんですか……?
「なにあんた、私達だけじゃ不服って訳?」
先頭に立つWA2000が、不満そうに口を尖らせる。
「いやいやそんな事はない! さ、サイコー! 君達サイコー!!」
「…………ふんっ」
どうやらWA2000は結構口調が強めの子らしい。メンタルブレイクされないように細心の注意を払おう。
いや待てよ、集まるの当然じゃね? 一応俺指揮官なんだけど?
と、返すのは容易い。しかし出来れば人形達と仲良くやりたかった良太は、それをグッとこらえた。
一応この子達は自分の呼びかけに集まってくれた訳だ。可愛いものじゃないか。
管轄の良太からして、
皆が皆、そこらのモデルさんなんかよりもずっと美少女であり、フレッシュな感じがする。
ーー特に今の俺はそこまで重荷を背負わされている訳じゃないし、分からないことがあれば太田指揮官が教えてくれるし。あー、そう考えると目の保養という点でも指揮官って職は役得って気はするな。
「指揮官、要件をさっさと済ませて欲しいんだけど。仕事に関係の無いムダ話は、正直聞きたくない」
「あ、はい……」
M950Aのお堅い言葉に良太は頷いた。どうやら彼女はかなり仕事熱心な人形のようだ。このままいくとヘリアンさんの二の舞になるかもしれない。
まあ人形達に寿命なんて概念は無いので、この子達が望まない限りは、修理と稼働を繰り返し、永遠に生きていくことになるだろう。そう考えると、少しばかりこの子には、仕事以外の楽しみも見つけて欲しいと思えてくるな……と。それは良太の決めつけかもしれないが。
「おほんっ、えー、俺は負傷した太田 啓司指揮官の代わりにIOPから派遣された、前園 良太だ。これから太田指揮官が療養している間、お前達の指揮を執ることとなる。まだまた未熟者ではあるが、人形の事についてはこれでも詳しいつもりだ。改めてよろしく頼む」
良太が自己紹介を終え、興味津々といった様子のスコーピオンに、次は頼むと手で促した。
「VZ61スコーピオンだよ、宜しくね、蠍と言っても毒はないよ」
金髪ツインテールで左眼に眼帯をしている。少しばかり厨二臭い見た目ではあるが、彼女自身はスコーピオンという響きをカッコイイと自称している事以外は、そんなことはない。
明るい性格で、比較的話やすそうな印象を受ける。
イングラムと仲が良いという噂を聞いた事があったが、様子を見るに此処ではコルトとよく一緒にいるようだ。
「ヤーホー! あたしはコルトSAA! スコーピオンとよく一緒にいるよ」
続いてコルトが元気よく挨拶をした。淡い金髪にカウボーイハット、ホットパンツに片足ニーソ。その自由すぎる格好と行動は、まさに彼女らしさ全開である。
太田指揮官着任時から彼女はコーラを執拗にねだり続け、遂にはコーラ制限令まで発令されたらしい。おそらくこの法令が適用されていなければ、今頃良太もコーラを買いに行かされていただろう……
「私の名前はWA2000。指揮官、私の足を引っ張ったら承知しないわよ」
長いワインレッドの髪を、一部サイドテールに結った彼女はWA2000。先程から言動が上官に対するそれではないが、おそらくツンデレというやつだろう。
まだツン状態でまったくデレていないが、悪態をつきながらも良太の指示にはしっかり従ってくれそうだ。
案外こういう子が、ある意味1番信用できる気はする。
「……C96です。宜しくお願いします」
C96。白髪で黒い帽子の端からアホ毛が飛び出している。活発な子というイメージが強かった気がするが、何故か元気が無さそうだ。
やはり負傷した(事になっている)とはいえ、太田指揮官が自分達に何も言わずに去った事が辛いのだろうか。
「M950A。指揮官、今日からあなたに従います」
珍しい緑髪のツインテール。見た目からは相当ギャルっぽいイメージが湧いてしまいがちだが、彼女は仕事に関してはかなり真面目だ。
良太自身、気軽に構えないとやっていけないので、もう少し肩の力を抜いてくれるとありがたい。
この場にいる全員の自己紹介は終えたが、太田曰く、人形達とのコミュニケーションは仕事と同じぐらい大切という話。
指示自体は太田からの連絡をそのまま伝えれば良いが、まだ出会っていない人形との信頼関係が最悪であれば、任務に支障をきたす。つまり、顔合わせぐらいはやっておかなければお話にならないという訳だ。
「すまないが、ここに来ていない人形達がまだ何名かいる。誰か連れてきてくれる者は居ないか?」
「あー、それならもう直ぐ晩御飯の時間だし、食堂に行けば会えるんじゃないかな? ……って言っても、95式さんとC96はいつもバラバラの時間だよね?」
スコーピオンが答えながらC96の方を見やると、C96は怯えたようにピクリと肩を震わせた後、首肯する。
コルトのコーラもそうだが、人形達も人間と同じく飯を食う。当然人形達専用の料理もあるが、自律した思考や感情を持つ彼女達には只の燃料補給よりも、人間と同様に味を感じて一喜一憂する方がいい。
「そうか、皆で飯を囲むってのも親睦を深めるのには丁度いいかもな。すまないが、C96は95式を呼んできて貰えるか?」
時間がズレたら意味がないし、皆一緒でないとハブにしている感じが出る。申し訳ないが今日のところは、彼女達にも時間を合わせてもらおう。
そう良太は考え、95式同様食事の時間がバラバラなC96に頼んだ。
「え? ……ぇ、あのぉ……」
「ん? どうした? 何か言いたいことがあるならちゃんと言うんだぞ?」
「うぅ…………」
C96は俯きながらボソボソと話し、要領を得ない。それは良太がこんな事で本当に大丈夫なのかと心配になる程だった。
彼のC96のイメージ的には、もっとハキハキとした印象だったのだが、実際の彼女はというと、一言で言えばコミュ症っぽい。
「良い。私が行くから」
話が進まない事に痺れを切らしたのか、M950AがC96の代わりに申し出た。
良太としては誰に呼んで貰っても構わないので、それじゃあという事で他のメンバーも含め、M950Aに任せる。
それより気になるのはC96の方だ。このままでは意志疎通に時間がかかりすぎる。何とかしてコミュ症を治してもらわなければならない。
「ちゃんと集まってくれない子達もいるし、前途多難だなぁ……」
誰にも聞こえないように、良太はそう呟いた。