爆弾を抱える少女達   作:自律人形の執筆

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第3話『始まらない食事』

 

 

 

 うだるような夏の暑さに、バケツの様な水筒から流れるスポーツドリンクがたまらない。特に戦果を挙げた後は、喉を通す度に達成感のようなものを感じる。

 まるで日光から彼女達を隠しているのか、木々がアーチを描くように生い茂り、涼しげな風が頬を撫でた。

 この場所は(いささ)か役得である。此処より離れた仲間達には申し訳ないが、休息を取るのにこの森林は丁度良い。

 時刻は午後3時。現時点で任務は8割型完了しており、残るは指揮を失った鉄血の残党を刈り取るのみだ。はっきり言って予定していた時刻よりもかなり早い。

 しかし、被害も軽微なその状況下でも、彼女達の心中は荒れていた。

 

「他のみんなには、本当に言わなくて良かったのかな?」

 

 まっすぐ伸びた黒髪に黒い瞳。

 水筒を受け取りながら、M4A1が問いかけた。

 

「あれに関しては知ってても良いことばかりじゃないでしょ? 16小隊じゃなきゃ、あたしはあんたにだって言ってない」

 

 白髪のボブカットに淡い梔子(くちなし)色の瞳。体育座りで大木に身体を預けながら、vectorは答えた。

 それを聞いたM4A1は頰を膨らませむぅーと唸った後、受け取った水筒に口をつける。

 

 2人は以前から行動を共にする事が多かった。任務で一緒になって、話をすると楽しくて。

 悲観的に物事を考えるvectorにとって、優秀な姉に追い付こうとする前向きなM4A1は心の支えになった。また逆に強くあろうとするM4A1にとって、冷静に物事を判断するvectorは見習うべき目標となった。言わずもがな、2人はかけがえのないパートナーである。

 だからこそであろうか、16ラボで開発されていなければ、vectorは自分にも話してくれなかったという言葉が、M4A1の中で少し腑に落ちなかった。

 

 任務に出ている間に太田指揮官が軽い怪我をしたと聞いた。それで6ヶ月もの間療養というのだから、本当に軽い怪我なのかと疑ったが、あの人の事なので多分大丈夫なのだろう。

 代わりに指揮を執るのはIOPから派遣された前園という男らしい。第3区の人形達はM4A1()以外全員がIOPで製造されており、今回の件では、それがどうにも問題なのである。

 

「はぁ、あんたに話せて気が楽になったのは確かなんだし、今はそれで勘弁して欲しいんだけど……」

「あははは、まあ今までだって大丈夫だったんだし、何とかなるよね」

 

 M4A1の返事を聞いて満足するvector。

 

 そう、私はこうでなければならない。現状、()()()()()()()()()()()()()()と、()()()()()()()()()()()のことを考えれば。

 でもvectorはきっと気付いていない。いや、気付かれてはいけないのだ。私が深刻にそれを捉えているという事実を。

 

 私なら楽観的に考えてくれる、私なら不安を和らげてくれる、私なら励ましてくれる、そう信じてくれたからこそ、vectorは私に話してくれたのだ。

 

 だから私は表向きでは、その願望に応えた。彼女が思い描く、彼女の心の支えになるような私でいた。

 でもやっぱりそれはただの我慢に過ぎなかったのだ。本当の私は、“それ”を聞いたせいで、先程からずっと、ずっと、ずっとどうしようもなく……“彼ら”に……“彼”に

 

 

 

 

 

 憎しみを覚えてしまっていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 食堂に着くと先程呼び出しに応じて執務室に来ていたメンバー達と、M950Aが呼んでくれた95式と、それから……

 

「…………」

 

 金髪に白いうさ耳のカチューシャ、碧眼、青い服に白衣の様なものを纏った少女、スオミ。

 良太が入ってきても全く見向きもせず、ただどこか遠くを見つめる彼女の姿があった。

 

 ーーなんだ? 音楽でも聴いているのか?

 

 スオミは両耳に白いカナル型のイヤホンを付けており、その先はポケットの中へと続いていた。

 95式でさえ良太の入室にはチラリと此方を向いていたので、良太の存在に気付かなかったのはこれが原因だろう。

 

「ヤーホー指揮官! 待ちくたびれたよ! 指揮官の分もご飯取ってきといたよ!」

 

 コルトが近くにいるというのに、甲高い大きな声を上げて手を振る。

 確かによく見れば全員分、つまり良太含め11人分の料理が既に長テーブルへと並べられている。

 一応この施設での食事は自律人形が作ってくれており、きちんと人間用と人形の食事を作り分けてくれる。もちろん栄養バランスは完璧に考えられており、味もかなり良い。一家に一人、欲しい人材だ。

 

 コルトがここだよここっ! と言って机をポンポンと叩いているので、良太は苦笑いを浮かべながらその席へと腰を下ろす。

 今良太の両隣は左手、机の一番端にC96、右手にコルト、スコーピオン。正面にスオミとM950A。かなり離れた位置にWA2000と95式が腰掛けている。

 いずれも料理には手をつけず、待機してくれている様だ。

 

「みんなすまない。もしお腹が空いているようであれば、先に食べてくれても構わないぞ?」

「ふん〜! 別に私が食べないのはただ単にお腹が減っていないだけよ。待ってもらってたなんて勘違いはやめてよね」

「いつも思うんだけどWA2000ってツンデレが極まってるよね」

「ち、何がツンデレよ何が!っ」

 

 スコーピオンの言葉に、WA2000が顔を真っ赤にして反論する。

 なんだ、可愛いところあるじゃないか。3区の人形同士の関係はまあ悪くはなさそうだな。()()()()()()、だが……。

 チラリと隣に座るC96を見る良太。

 しかし彼女は俯いていて表情が伺えない。

 

「ところで他の3人……ネゲヴとvectorとM4A1は何をしているんだ?」

 

 未だ姿が見えない3人について、C96の代わりに彼女らを呼びにいってくれた M950Aに尋ねる。

 

「私が呼びに行ったからvectorとM4A1は来る。ネゲヴはよく分からない。どこにも居なかった」

「そうか。まあネゲヴは変わってるって太田指揮官も言ってたしな」

「…………? 私からしてみれば、ネゲヴ程素直で単純な子も居ないと思うんだけど」

「うーん? そうなのか?」

 

  他の人形達に尋ねるように首を回す良太。

 実際ネゲヴは太田によれば根っからの戦闘狂で、他人を指導することは良いが、無茶苦茶な事も辞さないらしい。そのせいで任務を失敗してしまうという過去もあった程だ。

 良太は別にM950Aを疑っているわけでは無い、寧ろ真面目な彼女が嘘をつく事は無いだろう。だからこそ良太は混乱したのだ。

 

「いや、だいぶ変わってると思う」

「えっ……?」

 

 突然後ろから声がして振り返ると、そこにはvectorが立っていた。

 

「あんたらみたいなのを信用して、一生懸命頑張ろうとするところとか……さ」

 

 彼女の瞳は完全に冷え切っていて、良太は思わず身震いしてしまう。今vectorが発しているのは良太がまだ経験したことの無い、“殺気”と呼んでも差し支えないものだった。

 初対面だというのに何故彼女は自分をそこまで敵視しているのか、全く理解できない。それに今vectorはあんたではなく、“あんたら”と言った。

 これではまるで良太だけではなく太田も、引いては関係者多数名総てに向けて言っているようにさえ聞こえてしまうから不思議だ。

 

「vector!?」

 

 彼女の更に後方から、驚いたような声が聞こえてきた。

 息切れの為か、肩を揺らしてやってきたのはM4A1だ。彼女はこちらに気づくと急いで良太とvectorの間に割って入る。

 

「何してるの!」

「別に、何も」

「前園指揮官、誠に申し訳ございませんでした!」

 

 嘆息して答えるvectorに、ガチの謝罪をする M4A1。

 

「いや、まあホントに何もしてないから大丈夫だぞ?」

 

 でもめっちゃ怖かったです、はい。

 

 良太の言葉を聞いて安心したように大きく息を吐くM4A1に、席に着くように促す。波乱の火種だった当のvectorは、何事もなかったかのように既に着席していた。なんという奴だ。

 

「 M4A1は何かしたんですか?」

 

 尋ねてきたのはスオミだった。よく見るとイヤホンを片耳だけ外している。今のやり取りを見て流石に気になったのだろう。

 普通に考えて上官の前でイヤホンしているのは可笑しな話なのだが、まあ今日は無礼講という事で許しましょう。てか、正直俺は話さえ聞いてくれれば気にしない。

 

「大丈夫、別に何もしてないよ?」

「そう……ですか。スコーピオンとWA2000がvectorに対してヤケに殺気立っていたので、少し気になりました」

「へ? そうなのか?」

 

 彼女達の方を見るとスコーピオンは両手でピース、WA2000はプイッとそっぽを向いてしまった。

 ーーもしもの時のために、俺を守ろうとしてくれたのかな?

 

 だとすると良太的にはかなり嬉しい話だ。

 今彼が最も欲しているのは協力者である。もちろん太田は心強い味方ではあるが、やはり生身の協力が欲しいところ。WA2000は意外だったが、スコーピオンに関しては最初から友好的である。

 友好的といえばもう1人居るのだが、何故か良太の隣の席に座る彼女は元気が無さそうだ。

 

「どうしたコルト?」

「い、いやあー何でもないよ!? ちょっと昔の事思い出しちゃってさー」

 

 昔の事? 何かあったのか……?

 

 ただでさえ終始黙って俯いているC96が隣に座っているのだ、コルトまでそんな調子では、(はた)から見ればまるで良太の隣に座ってしまってアンラッキーと思っているのではと勘違いされかねない。

 こんな時はどうすれば良いか、そう彼が考えて出した結論は。

 

「そうだコルト、コーラでも飲む……

「いらない」

「え?」

 

 コーラでモチベーションを上げる作戦、失敗。

 おかしい、明らかにおかしいぞ。太田指揮官からの情報ではコーラさえ与えればコルトは元気になるとの事だったのに、何故だ!

 

「ほら、私コーラ制限条例中だからさぁー。飲めないんだよね」

 

 苦笑いを浮かべながらサラッとそう言ってのけるコルトは、冷蔵庫から麦茶を取って来ていた。

 太田との間で交わした制限令、どうやら現在進行形で発令されているらしい。これは良太にとって予想外の展開であった。というより、良太にコーラ作戦を勧めてくる辺り、太田自身も忘れているのではないだろうか。

 大体指揮官は太田から良太に交代している。制限令の有効期限など、良太は知る由も無いのだ。そういう約束を律儀に守るのは、彼から見たコルトの印象とは違ったものだった。

 

 コルトの隣に座るスコーピオンが彼女に尋ねた。

 

「私はコーラ飲むけど、いいの?」

「もっちろんだよー! ほら、じゃーんじゃんコーラ飲んで」

 

 ーーしょうがない。ここは太田指揮官の敷いたルールを破らせてもらおうか。打ち解けるためだ、あまり堅苦しいのは正直合ってない。というか俺が嫌だ。

 

「今日は一応歓迎会? みたいなもんだし、禁止とか気にせず好きな物を飲んでいいぞ?」

「ほら、指揮官も言ってるよ? 本当に良いの?」

「良いの良いの! そのコーラはぜーんぶスコーピオンが飲んでいいんだよ?」

 

 これでもダメなのか! と良太は少し驚いた。太田への信頼ぶりも、ここまでくると少し不便に感じてしまう。後で太田に連絡して、制限令を解いてもらおうか迷うレベルであった。

 スコーピオンは少し不満そうな顔をした後、ため息を吐く。

 

「あーそ? じゃあ頂くねぇー。そうだ、さっきからずっと黙ってるけど、95式さんもどう?」

 

 正確に言えばC96もずっと黙っているが、C96のそれは彼女自身の性格の問題であるところが大きそうだ。対して95式はというと、執務室であった時も凛としていて暗いような印象は無かった。

 良太が少し恥ずかしいところを見られ、少し意地の悪い行動を取ったとしても、集合を無視したり、突然話さなくなったりするようには思えない。

 

 が、今彼女は話しかけるなというオーラを全身に纏っていた。

 そこに不意に話しかけられるスコーピオンさんパネェ。(さそり)といっても差し支えない。

 

「いえ、お構いなく」

 

 まあそんな気はしていた。

 ここで頂きます、とか言ってくれたら良太的にはかなり嬉しかったのだが、95式は終始落ち着いた様子で良太を牽制している。見えない壁のようなものを感じてならないのだ。

 やはり良太に指揮官の器などないことを、彼女は見抜いているのだろうか。はたまた、ただの変態だと思われているのか……。

 

「頂きっ!」

「ーーちょっ!?」

「ーーーーうわっ!?」

 

 急にスコーピオンが持っていたコーラが消えたかと思うと、すぐに隣に座るコルトの頬へと押し当てられた。その現象にスコーピオンは驚き、コルトはあまりの事に椅子から飛び退いてしまう。

 

「スコーピオンちゃん、コルトちゃん、背後(うしろ)を取られるようじゃあまだまだね?」

 

 桃色の髪にイスラエルの星を模した装飾がちらほら、間違いない。こいつがネゲヴだ。

 

「ぶぅー、気付いてたもん」

 

 スコーピオンが不満そうに足をバタバタと振る。その後ろで、コルトはコーラの瓶に頬擦りしていた。やっぱり飲みたいのか……?

 

「へぇー貴方が新しい指揮官? 戦いの匂いが全くしないねぇ、本当に大丈夫?」

「初めまして。おれは頭で勝負するタイプの、いわば知将ってやつなんだよ」

「んー、そういう意味じゃなくて、闘争のことを考えたことがないというか、そこはかとなく甘ちゃんに見えるんだよね」

 

 そこで良太はM950Aの言っていた事がなんとなくわかった気がした。

 ネゲヴは思ったことをすぐに口へ出してしまうタイプなのだ。素直さで言えばなるほど満点であろう。しかし人付き合いという点では、長所短所の区別は難しそうだ。

 

「そんなことより今まで何してたんだ? みんなお前を待ってたんだぞ?」

「んにゃ? 待ってたってどういう話?」

「親睦を深めるための食事会やろうぜって話だよ」

 

 良太の言葉に何人かの人形が、え? そうなの? という顔をしているようにみえたが、気にしないでおく。

 

「あーー、okok! つまりみんな専門家の私に指導してほしい訳だ?」

「…………」

 

 何をもって専門家なのか、何をもってそういう話になったのか、彼女の思考がつかめない。

 どうやら扱いに困っているのは良太だけではないらしい。スオミはジト目、M4A1は苦笑い、コルトとスコーピオンでさえもヤレヤレといったご様子だ。

 

 取り敢えず暴走気味の彼女を座らせ、ようやくこれでみんなが揃ったことになる。しかしここで困った。

 律儀に良太の合図を待つ彼女達へ、なんと情けない事に、良太は何を言えばいいのか分からなかったのだ。

 取り敢えずこれから宜しく等軽い感じでいけば良いのか、それとも演説をするかのように言葉を並べれば良いのか……

 

「さっさとしなさいよ」

「あ、はい」

 

 WA2000の言葉に落ち込むように弱々しい声をあげる良太。

 そのやり取りを見てvectorが一瞬驚いたような表情になった気がするが、それに構うとまた面倒くさそうだ。

 

 頭の中を回っていた言葉は、WA2000に無理やりせき止められ、逆にクリアになった。

 目を閉じ、深呼吸をしながら、今の状況を整理するように今日を振り返る。

 

 薬で眠らされて気付いたら拉致されていて。

 連れてこられた先は戦いの最前線。

 経験のない自分が断れない立場に追いやられ、指揮官へと着任させられる。

 早々にして問題行動の目立つ人形達、自分への信頼感の無さ、かかる重圧等々……

 

 しかし良いこともあった。

 

 コンピュータと向かい合っていた日々からの脱却。

 給与は良く将来の保証も見えた。

 念願の太田と電話をし、彼からプレゼントを貰う。

 人形達は悪態をつくものばかりじゃなく、協力してくれる子達も確かにいる等々……

 

「我ながら、濃すぎる1日だったな……」

 

 良太は目を開けた。

 

 

 

 ーー兎に角。

 やり甲斐はある。

 後は、()()()()()()()()()()()

 辛い事や予想もつかない困難を乗り越える時はいつだって、楽しむことが大切だ。人の心は移ろいやすい。

 別に精神論だなんだと小難しい事を言うつもりはない。つまるところ笑顔になれたなら、きっと最悪にはならないから。

 それは今は亡き良太の叔母が、彼にずっと言い聞かせてきたことだった。

 

 

 

 

 

 でも。

 仮にその最悪が。

 自分に起こるものじゃなかったとしたら?

 その最悪を抱える誰かを、貴方は笑顔に出来ますか?

 血も繋がらない、種族さえ違う、生きているとさえ言い難いのに、笑顔になることが、その人にとっての幸せかどうかなんて、分かりますか?

 

 ーーーー。

 

 

 

 

 

「えー、俺が太田指揮官不在の間この第3区の指揮を執せてもらう事になった前園……

ガッ……パリーン……っ!!

 

「へ?」

 

 “C96が”、食器を巻き込みながら倒れた。

 

 

 

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