爆弾を抱える少女達 作:自律人形の執筆
最初何が起こったのか分からなかった。
突如、C96が倒れた。
その異常事態に誰もが固まる中、最初に動いたのはM950Aだった。
彼女は驚きながらも冷静さを欠いておらず、C96をゆっくりとテーブルから起こす。
「……ぅ、……っ」
ひどく頭をぶつけたのか、C96は頭から流血していた。瞳は半開きのまま、呻くように声を上げるばかりだ。
その姿を見てやっと事の実感を得た良太達は、慌てて彼女に近づいていく。
「C96さんっ!?」
「ど、どうした? 何が起こったんだ?」
「C96ちゃん、健康管理も重要な訓練よ!」
「ちょ、ちょっと何でいきなり倒れてんのよっ!」
「血が、出ています……!」
「ホラーだよ! 私こういう生々しいの無理なんだよー」
「指揮官、あんたの仕業じゃないでしょうね」
「どどど、どうすれば良いの!?」
「駄目。今はこっちに来ないでっ!!」
M950Aの制止に、全員の足が止まった。
普段彼女はこんな大声を出すような真似はしない。それはなんとなく良太も分かっていた。だからそれ程までに今この現状を重く受け取っているという事だろう。
真っ先に席を立ち上がって駆け寄ろうとした95式が、渋々元の席へと戻っていく。それにつられて他の人形達も席へと着いたが、良太はC96の隣に着席していたので、もう気が気でない。
「みんな、指揮官、少し落ち着いて。今から私が言う事を……ちゃんと聞いて?」
M950Aがまるで祈るように言葉を紡いだ。
彼女を見て、良太は自分が如何に情けないか、如何に未熟者であるかを痛感させられた気がした。
慌てたって仕方のない事なのだ。こんな時こそ冷静に、判断を誤らないように、慎重に行動するべきなのだ。
皆が彼女の言葉にゆっくりと頷く。それを確認したM950Aは、ありがとうと零し、話し始めた。
「外傷の理由はテーブルに頭から突っ込んだから。でも大丈夫、C96の傷は浅い。というより、人形はこの程度でどうにかなってしまうような事は絶対にない」
それについては良太にも分かっていた。なにせ彼は彼女達以上に、彼女達の身体のことを知っている。
人形、こと戦術人形において人間との肉体強度の差は明白だ。おそらくC96は額を割ったといっても、毛細血管の一部が切れたような感覚だろう。
が、しかし。
それではC96が昏倒している理由とはなんなのか?
「ただ、この子は心をひどく損傷している。それは修復材で治る外傷とは別。これはとても厄介なものなの。分かるわね?」
最後にこちらを真っ直ぐに見つめるM950Aに、良太はしっかりと頷いた。
人形達にだって勿論心はある。なぜなら彼女達は生きているんだ。一人一人にそれぞれ人格があって、それ故に抱える問題だって当然ある。
「だから事情を直接C96から聞き出して、その問題を解決しないと駄目。これから彼女を医務室の方に連れて行く」
M950Aに意見する者は誰もいなかった。それが最善の方法だと、信じて疑わない。
実際、C96から何があったのかを聞かなければ、良太にとって彼女達はあまりにも未知数すぎる。しかしその原因を知って、それを彼が解決できるかどうかは、また別の話である。
だから良太は迷っていた。今ここで自分が名乗りを上げて、この問題と向き合おうとするかどうかを。
別に良太がやらなくても、いや、なんなら良太がやらない方が、早くその問題を解決することが出来るかもしれない。良太なんかよりC96とずっと付き合いの長い彼女達の方が、よっぽど救ってあげられるんじゃないか。
それに良太に彼女達を救う義務などない。良太はいわば、指揮官という職を押し付けられた被害者だ。今すぐにでも太田に事の事情を話し、太田に解決してもらう方が、よっぽと建設的ではないか。
助けたいから助けようとするのか。助けられるから助けようとするのか。助けられる方法があるのに助けないのか。
全て、自分が関わらない方が好転するんじゃないかと、彼は邪推していた。
しかしそんな悩みは次にかけられたM950Aの言葉で、全て吹き飛ぶこととなる。
「だから私……と……指揮官、
その不安そうにこちらを見るM950Aの顔を見たとき、良太の中に何か熱いものがこみ上げてきた。
「あ、ああ!」
ーーそうだ。
今まで喋ったことがロクにない相手の気持ちを考えるなんて、自分よりもっと適任者がいる筈だ。
ーーそんな考えでは駄目だ。
彼女は、M950Aは他の誰でもない、良太を選んだのだ。あったばかりの自分を、信用してくれているのだ。
彼は脱却しなければならない。合理的に考える今までよりも、気持ちを優先させるその判断を。
良太は起こされたC96を抱き上げる。
軽い。
思えば人形達の重さなんて数値でしか考えたことがなかった。彼女達を作った時、その規定の量へと自分たちが計算し尽くして出した戦いの為への最適解。
だがどうだ、
どんな運動をして、どんなものを食べて、どんな生き方をするか。そんな当たり前の生活や衣食住で、重さなんてものは、心なんてものは幾らでも変わる。
良太にはその少女が、製造段階よりもずっとずっと、軽い気がした。勿論C96の体重の数値を覚えていた訳じゃない。
ただ、こんなにもこの子は軽いのかと。こんなにもか細く、こんなにも一生懸命にその足で立って、そして悲しそうに俯いていたのかと。
背中に彼女をおぶった時、耳元で声がした。
「ごめんなさい」、と。
前を歩いて行くM950Aの後ろを、良太は彼女を連れ、今度はしっかりと歩き出した。
***
くそ、あの野郎。
vectorは内心苛立ちを覚えていた。
C96が突然倒れ、いち早く反応したM950Aのお陰でみんながまとまった。
C96が倒れたことはvectorも不安であるが、M950Aの適切な指示は流石で、みんな何一つ文句も言わずに並べられていたご飯を食べ終え、食器を片付け始めている。不幸中の幸いといっても差し支えないだろう。
しかし、だ。
そこまでは良かった。問題はここから先。C96に付き添っていったのはM950Aだけじゃない、あの前園とかいう指揮官も一緒なのだ。
vectorは彼を信用していなかった。彼は“とある事情”から、自分達に害を及ぼす可能性が極めて高いのだ。その事を、自分とM4A1だけが知っている。
M950Aは……知らない。
ゾクッと、背筋を冷たい風が通り抜けたような錯覚を覚えた。どうやらM4A1も同じような気持ちらしく、先程から自分と同様、ロクにご飯に手を付けられていない。
「ちょっと2人ともー、ご飯はささっと食べないとお皿洗ってくれる子達が可哀想でしょ? あんまり自立人形達を困らせちゃ駄目だよー?」
スコーピオンの言葉に、M4A1は「そ、そうだよね、ごめんね」と言って箸を動かし始めた。vectorも無言だがそれに習うように食べ始める。
ーーにしても。
味付けがふんだんになされた海苔雑炊を頬張りながら、彼女は思い出していた。
『さっさとしなさいよ』
『あ、はい』
これは先ほどのWA2000と良太の会話だ。
指揮官たる者が、人形相手に下手に出る行為自体に、vectorは違和感を感じた。
そう。どの人形達も薄々勘付いてはいると思うが、前園良太は明らかに
まるで上に立つ人間のソレではない。上に立ち、指令を出すことになんとも不慣れであると、そう感じられて仕方がないのだ。
ソレを悟られないように、立ち振る舞いを無理に演じているせいで、不意に出たボロがよく目立つ。ソレが余計に、vectorをイラつかせた。
ーーそれに。
『 ただ、この子は心をひどく損傷している。それは修復材で治る外傷とは別。これはとても厄介なものなの。分かるわね?』
M950Aから真っ直ぐに見つめられた良太は、それに同意するようにしっかりと頷いた。
はっきり言って、気に食わない。
良太のその同意には、今まで感じていた何の不自然さも、一縷の憂いも感じられなかったのだ。おそらくだからこそ、それを間近で見たM950Aは良太に付き添いを頼んだのだろう。
分かった気になっているのか、本当に分かっているのか、演技なのか、それとも本心なのか。
vectorは疑心に取り憑かれていた。しかし自分が
助けを求めるように隣を見たが、M4A1は既に食べ終わって、席を立ち上がっていた。
言葉を紡ごうとした舌先は喉の奥へと、掛けようとした言葉は心の奥へと、伸ばした手はもう一度箸を握るように、引き戻された。
***
医務室。
第3区の医務室の形状は、一般的な教育機関である学校のそれと酷似していた。
別段優秀な医療機材があるわけではなく、保健の先生のようにちょこんと自律人形が座っているに過ぎなかった。
元々、この施設は修復材で事足りる人形達の為のものではない。来客の人がこけて怪我をしたりだとか、指揮官が熱中症で横になりたくなった時だとか。これは本当に気休め程度の、オマケのようなものだ。
ただ、ベットはきちんと用意されているし、シャワー室も付いており、施錠も出来るようになっている。
自律人形には消毒、体温計を渡す、各部屋への連絡、絆創膏を貼るという簡易的なプログラムが備わっている。あくまで、保健室としての最低限の機能は備わっているという訳だ。
俺はC96をベッドに寝かせ、手前の椅子に腰かけた。
「……すぅー、……すぅー」
呻くように苦しい声を上げていた先程までとは違って、大分マシになっているようだ。
「タオルケットを掛ける前に、一応体温を測るから、手伝って」
「へ?」
自律人形から体温計を受け取ったM950Aが、「ごめんね、もう少しだけ待ってね」と優しく声をかけ、C96の上半身を起こした。
女の子の体温を測るのを手伝う、というフレーズに若干混乱した良太だったが、すぐに背中から倒れそうになるC96を慌てて後ろから支えた。
「苦しい時は脇を締められないと思うから、抱き抱えるようにして支えてあげて。必要なら脇を締めてあげてほしい」
抱き抱えるようにして、だと……
覚悟を決めたのはあくまで本人から事情を聞いて、解決策を模索するというものだった。
ずっと研究室に篭りっぱなしで女性経験の薄い良太にとって、これはかなり難易度の高いミッションとなる。
「く、咥えるタイプはないのか?」
「欧州の方ならともかく、今時日本で咥えるタイプなんてほとんど置いてないでしょ。それにC96は発汗してる。ついでに汗もタオルで拭いておくわよ」
確かにC96は露出が多く、臍近くにも汗の雫が付いていることが確認できる。だから先に汗を拭いてあげなければ、蒸れてあまり気分も良いものではないだろう。
いや待てよ?
汗を拭く→全部拭く→服を着てたら拭けない→服を脱がせる→全部脱ぐ→全裸。
そこまで思考が回った時、良太は頬が羞恥に熱くなるのを感じた。
「指揮官、まさかこんな子供相手に欲情するロリコンって訳じゃないよね」
「いや、あの、その筈なんだけど……やっぱりちょっと緊張するというか、恥ずかしいと言うか……」
「はぁ、あのねぇ、本当に恥ずかしいのはどっち? 少しは考えてあげなよ」
「そ、そうだな! 悪かった」
そりゃそうだ。
いくら女性経験が少ないとはいえ、これではC96も余計に意識してしまう。良太はあまりにも配慮が足りていない、男らしくないことを自覚する。
良太は情けない自分を叱咤し、C96を自分の身体に密着させる形でしっかりと支え直した。
「くぅ? ん…………」
C96も完全に脱力し、良太に身体を任せる。
「…………」
「………………」
「………………………」
「何やってんの?」
「……はい?」
「目を瞑りなさいよ。殺すわよ?」
「…………はい」
汗を拭き取り、医務室に備えてあった予備の寝間着を着せ、体温を測った。
計測の合間にM950Aは自販機でポカリを買いに行き、良太は脇に上手く力が入らないでいるC96を後ろから優しく手伝ってあげた。
「熱は8度1分と、すこし高いわね」
C96を抱えていたので薄々感じてはいたが、やはり彼女は発熱しているようだ。だが、この程度の熱で普通の人間より丈夫な彼女が倒れるとは考えにくい。
M950Aは買ってきたポカリをコップに移してC96に飲ませ、良太はゆっくりとC96をベッドに再び寝かせた。
「ご、めんなさい……」
弱々しく謝罪するC96の頭を、迷いながらも良太は優しく撫でた。
ーー俺なんかじゃ嬉しくないかもしれないけど、昔俺が同じように倒れた時は、お婆ちゃんがよくこうしてくれてて、なんか安心したんだよな。
M950Aの良太を見る目が、少しだけ、優しくなった気がした。
「C96、こう言う時は、謝るんじゃなくてお礼を言うものなのよ」
そう諭すように語りかけるM950Aに、良太はまるで家族のような温かさを感じた。
さっきC96が倒れた時もそうだった。彼女と3区の人形達の関係が心配だったが、どうやらそれは杞憂だったようだな。
「あ、りがとう…ございます……」
何かを感じたのか、泣きそうになりながらも一生懸命の笑顔で、C96は答えた。