爆弾を抱える少女達 作:自律人形の執筆
あの人が見ている。
それだけで恐怖に押し潰されそうになった。
あの人の顔を私は見れない。
きっとあの人は目が合えば微笑んでくれるだろう。優しい言葉をかけてくれるだろう。でも、それを見た私は、心が締め付けられるように痛くなる。そして私の目の前に、醜く怯えるもう1人の私自身が顔を出す。
それを実感した時、その時その瞬間から、私の見る風景は暗く閉ざされたものになった。別に今までだって明るかった訳じゃない。事実、胸を張れたことなんて一度も無かった。
私は他のみんなと比べて劣っていて、いつも足手まといで、いつも自信がなくて。
でもそれだけだったらまだ良かった。みんなが励ましてくれて、みんなが優しかったから。最終的には自己で完結するような話だったから。
でも、私のこれは悪だった。
みんなに甘えて、みんなに縋って、みんなに迷惑をかけて、そして最後に、取り返しの付かない過ちを犯した。
その過ちが私の心臓を貫いて、柱に繫ぎ止めるようにして、あの時間からずっと私は動けないでいる。
いや、これもただの言い訳だ。
私はその気になれば、自分の意思でその
ただ私はそれを抜いた後に出来る“穴”を恐れていただけなのだ。止まる事のない流血を、溢れ出す怨嗟を、漏れ出す哀しみを。
そして時はそれを解決しなかった。寧ろそれは時間が経てば経つほどに、私の心を締め上げていく。
そして私はそれを強く、強く、強く抱くのだ。
そして今も。
あの人が見ている。
こわい。こわい。こわい。
ーー気持ちが悪い。
吐き気の様なものが込み上げてきて、前を向けなくなって、意識が遠くなっていって。
猛烈な目眩と共に、
薄れていく意識の中、みんなの声が聞こえた。あの人の声も聞こえた。
聞きたくない。耳を塞ぐにはどうしたらいい? 手が動かせない。心はこの数瞬の内にずっと遠くまで逃げているのに、身体がそれに追いつかなかった。
「…………」
血だ。
どうやら自分は頭をひどく打ち付けたらしい。それに伴うはずの痛みさえも、無意識の取捨選択が捨て去って追いやる程に、今は瑣末な感覚だった。
誰かが私を起こした。
M950Aさんだ。
私は遠のいていた意識に必死に手を伸ばして、彼女の顔を見た。緑髪から覗いた凛とした表情が、いつもより強張っている。
私のせい?
きっとこの後、私の面倒を見る押し付け合いが始まるのだろう。情けない、不甲斐ない、いや、そんな感情よりも、ただ一つ、
悲しい……ょ。
寂しい、辛い、苦しい、そんなものが一緒くたになって、私の心を覆った。
それからどれぐらい経っただろうか。聴き取れぬ雑踏のような話し声が、一頻り耳を通り抜けた後、私は浮遊感を感じる。その浮遊感に三度意識の覚醒が生じ、同時に浮遊感は固定され消え失せた。
大きい。大きな身体だ。でも、弱い。弱そうな身体だ。
その体躯は私が今までに感じた事がない程、角張ったデザインで……
体温を感じ、顔を少しあげると白い軍帽が見えた。
「ごめんなさい……」
どうやら会ったばかりの“彼”が、私というお荷物を背負う役目を押し付けられたようだ。
***
あれから10分と経たない内に、C96からは規則正しい寝息が聞こえてきた。M950Aは何度も彼女が眠る前に、「私が看ておくからいいわよ」と言っていたが、良太は一緒に残ることを選んだ。
それは、彼女1人に任せるのが申し訳ないとか、そういう気持ちもあったが、それだけじゃない。
良太はどうしてもM950Aに尋ねたいことがあったのだ。
「なあM950A、お前はC96に今何が起きているか、何が起こったかを知っているんじゃないか?」
「…………」
良太の質問に対し、M950Aは少し考えるような素振りを見せた後、
「どうして、そう思うの?」
……迷った挙句その返答をしている時点で、もう答えを言っているようなものだ。
良太は改めてC96が眠っている事を確認する。たった今彼女の話題を出したのにも関わらず、寝息のリズムに一切の狂いはない。いや、そもそも良太がその事実に気づく前に、M950Aが気づくだろう。
場所を移す事も考慮したが、今この場で言なければ、M950Aは答えをはぐらかすかもしれない。
だから良太は、彼女の戸惑いに揺らめく金色の瞳を、真っ直ぐに見返して答えた。
「お前が、C96に構いすぎだからだよ」
思えばそうだ。
執務室でC96が手間取っている時に、M950Aは自分がやると申し出た。最初良太はそれを、グズるC96に、M950Aが痺れを切らしたのかと思っていた。
だが、もしそれが別の理由だったなら?
C96が倒れた時、最も早く行動に移れたのはM950Aだった。
それは彼女が事前にこうなる事を予想していた結果だったとしたら?
彼女は言った。
『この子は心をひどく損傷している』
何故、それが原因だと断定出来たのか。
それはおそらくM950AがC96が抱えるナニカを知っていたからだ。
M950Aは良太のその言葉を聞き、全てを悟ったかの様に、そうね。と零した。
「それを俺は、C96本人から聞かないといけないんだな?」
「いいや。もうあたしが言っちゃおうかな」
「ーーーーえ?」
「ちゃんと、見てんじゃん。あたしらのこと」
M950Aが笑った。
窓から射し込む夕の陽が、彼女をまるで有名画家が描いた一枚の絵画のように彩る。見た目とは裏腹に、聖女という枠にすら入りかねないその清廉さと純粋さを感じさせる金色の眼差しに、良太は一瞬時が止まったかのような錯覚を覚えた。
心臓が一拍大きく跳ねる、彼女の顔から目が離せない。その光景を、良太は放心したように見つめてしまう。
「何、そのだらしない顔は。……仕事はちゃんとやりなさいよ?」
「くう……わ、分かってるよ」
急いで顔をそらす良太をからかっているのか、M950Aはフフッと小さく笑って、良太の乱れた襟を整えた。
その行為にまたもや息を詰まらせ、頬を赤くする良太に、彼女はもう一度向き直る。
数秒、漸くM950Aの方をまともに見ることが出来た良太に、彼女はゆっくりと話し出した。
「まあ、
「まあ、そうかもしれないな。なんて、会ったばかりの俺が言うのもなんだが……」
「会ったばかり? あなたはこの子や他のみんな、勿論あたしとも会ったことがあるでしょう?
「ははは、確かにそうだな。でも、やっぱりみんな全然違うよ。なんというか、君達はちゃんと、生きてるって感じがする」
何故だろうか。
こんなにも他の人形達のことを考え
こんなにも他人に優しくできる彼女が。
こんな、人間らしい彼女が。
「……生きてる、ね」
どうしてか、何もかもが乾いたようにそう零した。まるでそれは、彼女の中に流れる訳でもなく、ましてや反芻するでもなく、ただ吐き出したような、それだけの意味に聴こえた。
疑問には思うし、その原因を知っておかなければならない気がする。しかしなんと声をかければいいのか、今の良太には分からなかった。
「C96はね……」
そして良太の思考は中断される。
今はM950AからC96の話を聞く。焦ってはいけない。時間はあるのだから、目の前の問題を一つ一つ解決していけばいい。
だから良太は覚悟を決めていた。
どんな事情がC96にあっても、冷静に、そのことを聞いて、若輩者なりに頑張ってみようと思っていた。
仮ではあるが、造られたハリボテのような指揮官だが、そんなの関係なしに彼女達の力になりたいと、そう思っていた良太だった。
ーーーーが。
「C96はね、97式を……
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ぇ?」
そのあまりに凄惨な言葉に、良太の思考は再び停止することになった。