爆弾を抱える少女達 作:自律人形の執筆
「今日からここでお仕事するのかー。よしっ、頑張らないとっ!」
私ことC96は仰々しく聳え立つ鉄の壁の上、風に揺らめくGKの旗を仰ぎ見ながら、気合いを入れた。
私は戦術人形として生み出され先日、ここグリフィン&クルーガーの第3区域へと配属されたのだ。
ここの噂はよく聴いている。
最初こそパッとしなかったらしいが、なんでも最近の戦果が凄まじいらしい。人形達の質もさることながら、その指揮を取る太田啓司という男の手腕が逸脱している。
その指揮は疾風迅雷、まるで相手の動きを全て見透かしているかのような指示に、多くのメディアが彼に注目し始めた。
そんなところへ、今から自分は足を踏みいれようとしているのだ。初めての仕事がこの大舞台。緊張するなというのは無茶な話だろう。
「なに、君? こんなところでボーっと突っ立って?」
「ひゃいっ!?」
深呼吸中にいきなり後ろから声を掛けられた私は、思わず変な声を上げてしまう。
「ご、ごめんなさい!」
「いやいや、別にあたしは謝って欲しいわけじゃないわよ? それに君、何も悪いことなんてしてないでしょ?」
「……はい」
確かにそうだ。
条件反射的に謝ってしまったが、別に私はやましい事など何一つとしてやっていない。強いて言えば、入り口に立っていて少し邪魔だったということぐらいだろうか。
私は顔を上げた。
茶色がかった黒髪のツインテールに上着を肩から羽織っている彼女。私は彼女を知っている……97式さんだ。
姉の95式さんと共にこの第3区トップの実力者であり、他の人形達からの信頼も厚い。私が見習うべき存在である。
じっと顔を見つめる私に97式さんは首を傾げたかと思えば、直ぐに驚きに目を見開いた。何事かさっぱり分からなかったが、よく見ると彼女の瞳は私よりも後ろにあり、冷や汗がその頬を伝っている。
「97式、何をこんなところで油を売っているんですか?」
後方から凛とした声がかかる。
その声に誘われるように後ろを向けば、その声の主もまた、私がよく知る人物であった。
美しく伸びた黒髪に、服の上からでも分かる煽情的な肢体、清廉潔白という印象、どことなく97式さんに似た雰囲気。間違いない、彼女が95式さんだろう。
彼女の美しさに同性ながら見惚れてしまっている私とは対照的に、97式さんはやってしまったという表情を浮かべていた。
「ヤバイ! お姉ちゃんに見つかっちゃった! ほら、逃げるよ!?」
「え、え? なんで私まで……って、わぁ!」
不意に手を引かれ逆らわれないまま、私は97式さんに連れ出されたのだった。
どんどん遠くなっていく95式さんはため息を吐きながらも、追ってくる気配がない。
彼女は苦笑いを浮かべながら「あまり遅くならないようにね」と、小さく溢した。
***
タイヤが路面と擦れる音、信号の切り替わる音、並ぶ店やガラス越しから発せられるテレビの音、靴音、話し声、蝉の鳴き声。
アスファルトを陽の光が焼くが、上空からそれを眺めても、見えるのは蠢く人の頭と渋滞に逢った車、そして高いビルの屋上だけだろう。
それは私が今までいた場所であり、今居るべき場所ではない筈だった。
「ほれほれぇ、C96だっけ? なにチンタラ歩いてるの。今日は遊ぶわよー!」
「は、はぁ」
あの後一体どこまで97式さんは逃げるのだろうかと思っていたが、まさか電車まで使って街へ繰り出すとは思っていなかった。途中で引き返そうかとも思ったが、97式さんが目を輝かせながら「誰かと遊ぶの久し振りだから楽しみ!」と言っているの見ると、どうしても断れなかったのだ。
ちなみに銃の携帯はしていない。戦術人形といえど、街中で銃を持ち歩いていれば悲鳴が上がるし警察沙汰になる。それに出来れば戦術人形ということは周りには伏せておきたい。私はなんてことないが、特に97式さんは有名人だ。それこそ、良い意味でも悪い意味でも……
「どっか行きたい場所ある? カラオケでもショッピングでもカフェでも」
この人は確かに凄い。
噂では95式さんと97式さんが組んだ戦績は全戦全勝、鉄血に最も被害を与えたのは彼女達ではないかと言われるほどに。
しかし、この人はいかんせん、トラブルメーカーだと噂されていた……
「あの、こんな事をしていて怒られないのでしょうか? 私まだ指揮官に挨拶もしていないのですが……」
そう。渋々ついてきてしまったとはいえ、私はまだ太田指揮官に挨拶もしていない。
予定では、遅くても今日の午後には着任することになっている。こんなところで油を売っていて、もし刻限までに挨拶に伺えなかったら、印象は良くないだろう。迷惑もかけてしまいかねない。
「うーーん、そうね。遊園地に行きましょう!」
「え、え、あのぉちょっと……」
「大丈夫大丈夫っ! あたし今日公休だし、指揮官さまにもあたしが後でちゃーんとC96のことは言っておくからさ」
そう言って97式さんは私の肩をポンポンと叩いて、朗らかな笑顔を向けてきた。しかし対照的に、私は少し血の気の引いた顔で苦笑いを返す。
後から聞いた話だが、彼女はこうやって度々3区を抜けては、1人で遊びに出かけているらしい。そして大抵いつも、何かしらのトラブルを起こしているらしいのだ。
「はぁー」
「ため息なんかついてたらお姉ちゃんに怒られるわよ? それに幸せが逃げちゃうって、聞いたことあるし」
「今日ここに来る事によって十分逃げましたよ……」
「それは大変ね! ほら、無くした幸せなら遊園地にいっぱいあるから、回収しに行くわよ! これは任務ね」
皮肉すら通用しない……
諦めた私はまた半ば97式さんに引っ張られる感じで、遊園地へと向かったのだった。
***
赤く厳つい塗装で塗り固められた乗り物が、ゆっくりと坂を登っていく。乗客はこの時点でそこから降りることはできない。ただそれを見守ることしかできない。
数秒後にはまるで不恰好な紙飛行機が空を乱雑に回るかのように、踊る。それを紙ではなく人でやろうとしているのだから、正気の沙汰とは思えない。なにせ、私達だって狂った様に踊らされるのだから。
「私ジェットコースター初めてなの! すっごく楽しみだわ」
「…………」
その様子をそわそわと落ち着きなく、心情ごと吐露する97式さん。楽しそうで何よりだ。
「なに? C96はこういうの慣れっこ? それとも嫌い?」
「いえ、私だって初めてですしワクワクはしますよ。でも、こんな事してて本当にいいのかなって……」
私は今日を楽しむには、些か計算違いが過ぎたのだ。本来であれば
180度違うと言っても過言ではないこの状況に、戸惑わない訳がない。
頂上まで到達したのか、ジェットコースターが止まった。
「あんた、気負いすぎ。もっと肩の力を抜きなさい。そんなんじゃダメよ。いっつも仕事仕事で、ちゃんと悲鳴をあげなきゃ、いつかきっと身体を壊すわよ?」
「で、ですが、今日は着任初日ですし……」
「はぁーったくあんたってば、お姉ちゃんと、一緒なんだから」
「ーーーーぇ?」
聞き返そうとしたその時、横顔にかかる風圧に邪魔をされた。ようやく、満を辞してジェットコースターが動き出したのだ。
「きゃあああああっ!!」
準備し遅れた私はあまりの緩急に驚き悲鳴をあげた。
視界は目まぐるしく変わるが、目にはっきりと映るのは車体と同じく赤焦げた目の前のレールだけだ。
顔の皮が揺れ、恐怖のあまり目から涙が出てくる。しかしその雫は頬を伝うのではなく、慣性の法則からすぐに空へと舞っていった。
「キャーーーーーーっ!!」
悲鳴がもう一つ。しかしこちらは悲鳴というよりもどちらかといえば黄色い歓声だ。まるで自分を乗せるそれに賛辞を送るかのような。
97式さんは手すりにすらしがみつかず、両手を空に向かって広げて声を上げていた。
「ああああんたぁああもぉぉ、もっとぉおお、叫びなさいいいぃぃぃ!」
「…………」
馬鹿みたいに叫んではしゃぐ彼女を見て。それはおおよそ私が想像していた97式さんとは全く違っていて。
ーーまるで、子供みたいだな。
よく聞けば、いや、よく聞かなくても、歓声は一つどころかそこら中から聞こえていた。周りを見渡せば、97式さんと同じ様に、あるいは少し控えめに、あるいは怖いのか涙まで流して、叫んでいたのだ。
それぞれ違いはあれど、そのどれもがこの状況を楽しんでいるのだと思った。
それにつられたのかな。だんだんと、この状況を楽しまない自分が、逆に馬鹿らしくなってきた。
「わ、わあああー」
「もっとよおおおおー!?」
「わ、わあああああぁぁぁぁああああ!!」
身体の奥から、絞り出すように声を上げた。
ーー気持ち良かった。
これからの不安だとか、悩みだとか、そんな事の一切が全部空の彼方へと消えていくような、そんな達成感を感じたのだ。
私が生まれて数日、身体に風を感じて、私はこの世界の息吹を初めて感じている。そんな考えが浮かんでも、感傷に浸る暇もないほどに、心が躍った。
一度出してしまえば、その後は楽だった。
いつしか私は楽しくなってきて、それを見た97式さんも、満足そうに笑う。
満足そうに……
「おええぇぇ〜〜気持ち悪っ!」
ポリ袋を抱えていた。
「そんなに気持ち悪かったならやめとけば良かったのに……」
「う、うっさいわねぇ! 楽しかったからいいのよ! ほら、ちょっと休憩したらまだまだ行くわよ?」
顔を赤くしながら私の手を引く97式さんを見て、いつのまにか私も笑顔で頷いていた。
***
それから私達はお化け屋敷にメリーゴーランドに綿菓子にアスレチックに、とにかく目一杯遊んだ。
それは間違いなく、私が生まれてから今までで1番楽しい日だった。
こんなにも、楽しい世界だったなんて。誰かと笑いあったり喜びを分かち合うことが、こんなにも爽快なものだったなんて、知らなかった。
「どお? 来てよかったって思ってるでしょ?」
97式さんが悪戯っ子のように笑いながら、ベンチに座る私に缶ジュースを手渡した。
「はいっ! 正直に言って最高でしたっ!」
「うむうむ、正直な子は良い子良い子」
「ちょ、頭撫でるのは恥ずかしいからやめて下さいよ……」
向かい側のベンチでも同じように、母親が風船を持った少年の頭を撫でていた。
私はイヤイヤと頭を振って97式さんの手を解く……が、そこで小気味の良い鈴の音が鳴る。
「あ、これさっきのお店の……」
97式さんは先程お店に売っていた、鈴のついた小さな飛行機を模したアクセサリーを持っていた。
「私が赤で、お姉ちゃんが白。そんでこの黒い色のやつ、あんたにあげる」
「え……えっと、良いんですか?」
「良いに決まってるでしょ。今日あたしに付き合ってくれたお礼よ。この飛行機はね、仲間の誰かのピンチに飛んでいくのよ? ピューってね」
「ありがとうございます! でも、こんな重たいの飛びませんよ〜。というか、鈴が付いてるから飛んでいく時はピューっじゃなくてリンリーンって飛んでいきますね!」
「何言ってるの、ピューよ!」
「リンリーンです!」
互いの顔を見合って、しょうもない言い合いをして、まさか憧れの97式さんと、こんなにも早く打ち解けられると思っていなかった。
「どお? 少しは肩の荷が下りた?」
「はい、ありがとうございました」
さっきまでずっと不安で一杯だった私の心は、今は憑き物が取れたかのように晴れやかだった。
もしかしたら97式さんはそんな私を見兼ねて、この場所に連れ出してくれたのかもしれない。それを分かっていたからこそ、95式さんは私達を止めなかったのかもしれない。
そう思ってもう一度彼女の顔を見上げると、何処と無く温かい、優しさのようなものを感じられた気がした。
「あれ、財布落とした! お姉ちゃんに叱られる!!」
どうやら今回のトラブルは、遊園地に幸せを回収しにいくというより、財布を使って大人買いしに行ってしまったという話らしい。