爆弾を抱える少女達   作:自律人形の執筆

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第6話『私が憧れた人』

 

 

 

「今日からここでお仕事するのかー。よしっ、頑張らないとっ!」

 

 私ことC96は仰々しく聳え立つ鉄の壁の上、風に揺らめくGKの旗を仰ぎ見ながら、気合いを入れた。

 私は戦術人形として生み出され先日、ここグリフィン&クルーガーの第3区域へと配属されたのだ。

 ここの噂はよく聴いている。

 最初こそパッとしなかったらしいが、なんでも最近の戦果が凄まじいらしい。人形達の質もさることながら、その指揮を取る太田啓司という男の手腕が逸脱している。

 その指揮は疾風迅雷、まるで相手の動きを全て見透かしているかのような指示に、多くのメディアが彼に注目し始めた。

 

 そんなところへ、今から自分は足を踏みいれようとしているのだ。初めての仕事がこの大舞台。緊張するなというのは無茶な話だろう。

 

「なに、君? こんなところでボーっと突っ立って?」

「ひゃいっ!?」

 

 深呼吸中にいきなり後ろから声を掛けられた私は、思わず変な声を上げてしまう。

 

「ご、ごめんなさい!」

「いやいや、別にあたしは謝って欲しいわけじゃないわよ? それに君、何も悪いことなんてしてないでしょ?」

「……はい」

 

 確かにそうだ。

 条件反射的に謝ってしまったが、別に私はやましい事など何一つとしてやっていない。強いて言えば、入り口に立っていて少し邪魔だったということぐらいだろうか。

 私は顔を上げた。

 茶色がかった黒髪のツインテールに上着を肩から羽織っている彼女。私は彼女を知っている……97式さんだ。

 姉の95式さんと共にこの第3区トップの実力者であり、他の人形達からの信頼も厚い。私が見習うべき存在である。

 

 じっと顔を見つめる私に97式さんは首を傾げたかと思えば、直ぐに驚きに目を見開いた。何事かさっぱり分からなかったが、よく見ると彼女の瞳は私よりも後ろにあり、冷や汗がその頬を伝っている。

 

「97式、何をこんなところで油を売っているんですか?」

 

 後方から凛とした声がかかる。

 その声に誘われるように後ろを向けば、その声の主もまた、私がよく知る人物であった。

 美しく伸びた黒髪に、服の上からでも分かる煽情的な肢体、清廉潔白という印象、どことなく97式さんに似た雰囲気。間違いない、彼女が95式さんだろう。

 彼女の美しさに同性ながら見惚れてしまっている私とは対照的に、97式さんはやってしまったという表情を浮かべていた。

 

「ヤバイ! お姉ちゃんに見つかっちゃった! ほら、逃げるよ!?」

「え、え? なんで私まで……って、わぁ!」

 

 不意に手を引かれ逆らわれないまま、私は97式さんに連れ出されたのだった。

 どんどん遠くなっていく95式さんはため息を吐きながらも、追ってくる気配がない。

 

 

 

 彼女は苦笑いを浮かべながら「あまり遅くならないようにね」と、小さく溢した。

 

 

 

***

 

 

 

 タイヤが路面と擦れる音、信号の切り替わる音、並ぶ店やガラス越しから発せられるテレビの音、靴音、話し声、蝉の鳴き声。

 アスファルトを陽の光が焼くが、上空からそれを眺めても、見えるのは蠢く人の頭と渋滞に逢った車、そして高いビルの屋上だけだろう。

 

 それは私が今までいた場所であり、今居るべき場所ではない筈だった。

 

「ほれほれぇ、C96だっけ? なにチンタラ歩いてるの。今日は遊ぶわよー!」

「は、はぁ」

 

 あの後一体どこまで97式さんは逃げるのだろうかと思っていたが、まさか電車まで使って街へ繰り出すとは思っていなかった。途中で引き返そうかとも思ったが、97式さんが目を輝かせながら「誰かと遊ぶの久し振りだから楽しみ!」と言っているの見ると、どうしても断れなかったのだ。

 

 ちなみに銃の携帯はしていない。戦術人形といえど、街中で銃を持ち歩いていれば悲鳴が上がるし警察沙汰になる。それに出来れば戦術人形ということは周りには伏せておきたい。私はなんてことないが、特に97式さんは有名人だ。それこそ、良い意味でも悪い意味でも……

 

「どっか行きたい場所ある? カラオケでもショッピングでもカフェでも」

 

 この人は確かに凄い。

 噂では95式さんと97式さんが組んだ戦績は全戦全勝、鉄血に最も被害を与えたのは彼女達ではないかと言われるほどに。

 しかし、この人はいかんせん、トラブルメーカーだと噂されていた……

 

「あの、こんな事をしていて怒られないのでしょうか? 私まだ指揮官に挨拶もしていないのですが……」

 

 そう。渋々ついてきてしまったとはいえ、私はまだ太田指揮官に挨拶もしていない。

 予定では、遅くても今日の午後には着任することになっている。こんなところで油を売っていて、もし刻限までに挨拶に伺えなかったら、印象は良くないだろう。迷惑もかけてしまいかねない。

 

「うーーん、そうね。遊園地に行きましょう!」

「え、え、あのぉちょっと……」

「大丈夫大丈夫っ! あたし今日公休だし、指揮官さまにもあたしが後でちゃーんとC96のことは言っておくからさ」

 

 そう言って97式さんは私の肩をポンポンと叩いて、朗らかな笑顔を向けてきた。しかし対照的に、私は少し血の気の引いた顔で苦笑いを返す。

 

 後から聞いた話だが、彼女はこうやって度々3区を抜けては、1人で遊びに出かけているらしい。そして大抵いつも、何かしらのトラブルを起こしているらしいのだ。

 

「はぁー」

「ため息なんかついてたらお姉ちゃんに怒られるわよ? それに幸せが逃げちゃうって、聞いたことあるし」

「今日ここに来る事によって十分逃げましたよ……」

「それは大変ね! ほら、無くした幸せなら遊園地にいっぱいあるから、回収しに行くわよ! これは任務ね」

 

 皮肉すら通用しない……

 

 諦めた私はまた半ば97式さんに引っ張られる感じで、遊園地へと向かったのだった。

 

 

 

***

 

 

 

 赤く厳つい塗装で塗り固められた乗り物が、ゆっくりと坂を登っていく。乗客はこの時点でそこから降りることはできない。ただそれを見守ることしかできない。

 数秒後にはまるで不恰好な紙飛行機が空を乱雑に回るかのように、踊る。それを紙ではなく人でやろうとしているのだから、正気の沙汰とは思えない。なにせ、私達だって狂った様に踊らされるのだから。

 

「私ジェットコースター初めてなの! すっごく楽しみだわ」

「…………」

 

 その様子をそわそわと落ち着きなく、心情ごと吐露する97式さん。楽しそうで何よりだ。

 

「なに? C96はこういうの慣れっこ? それとも嫌い?」

「いえ、私だって初めてですしワクワクはしますよ。でも、こんな事してて本当にいいのかなって……」

 

 私は今日を楽しむには、些か計算違いが過ぎたのだ。本来であれば(くだん)の偉大な指揮官に会って、これからの事について真剣に考えなければならない筈だった。

 180度違うと言っても過言ではないこの状況に、戸惑わない訳がない。

 

 頂上まで到達したのか、ジェットコースターが止まった。

 

「あんた、気負いすぎ。もっと肩の力を抜きなさい。そんなんじゃダメよ。いっつも仕事仕事で、ちゃんと悲鳴をあげなきゃ、いつかきっと身体を壊すわよ?」

「で、ですが、今日は着任初日ですし……」

「はぁーったくあんたってば、お姉ちゃんと、一緒なんだから」

「ーーーーぇ?」

 

 聞き返そうとしたその時、横顔にかかる風圧に邪魔をされた。ようやく、満を辞してジェットコースターが動き出したのだ。

 

「きゃあああああっ!!」

 

 準備し遅れた私はあまりの緩急に驚き悲鳴をあげた。

 視界は目まぐるしく変わるが、目にはっきりと映るのは車体と同じく赤焦げた目の前のレールだけだ。

 顔の皮が揺れ、恐怖のあまり目から涙が出てくる。しかしその雫は頬を伝うのではなく、慣性の法則からすぐに空へと舞っていった。

 

「キャーーーーーーっ!!」

 

 悲鳴がもう一つ。しかしこちらは悲鳴というよりもどちらかといえば黄色い歓声だ。まるで自分を乗せるそれに賛辞を送るかのような。

 97式さんは手すりにすらしがみつかず、両手を空に向かって広げて声を上げていた。

 

「ああああんたぁああもぉぉ、もっとぉおお、叫びなさいいいぃぃぃ!」

「…………」

 

 馬鹿みたいに叫んではしゃぐ彼女を見て。それはおおよそ私が想像していた97式さんとは全く違っていて。

 

 ーーまるで、子供みたいだな。

 

 よく聞けば、いや、よく聞かなくても、歓声は一つどころかそこら中から聞こえていた。周りを見渡せば、97式さんと同じ様に、あるいは少し控えめに、あるいは怖いのか涙まで流して、叫んでいたのだ。

 それぞれ違いはあれど、そのどれもがこの状況を楽しんでいるのだと思った。

 

 それにつられたのかな。だんだんと、この状況を楽しまない自分が、逆に馬鹿らしくなってきた。

 

「わ、わあああー」

「もっとよおおおおー!?」

 

「わ、わあああああぁぁぁぁああああ!!」

 

 身体の奥から、絞り出すように声を上げた。

 

 ーー気持ち良かった。

 これからの不安だとか、悩みだとか、そんな事の一切が全部空の彼方へと消えていくような、そんな達成感を感じたのだ。

 私が生まれて数日、身体に風を感じて、私はこの世界の息吹を初めて感じている。そんな考えが浮かんでも、感傷に浸る暇もないほどに、心が躍った。

 一度出してしまえば、その後は楽だった。

 いつしか私は楽しくなってきて、それを見た97式さんも、満足そうに笑う。

 

 満足そうに……

 

「おええぇぇ〜〜気持ち悪っ!」

 

 ポリ袋を抱えていた。

 

「そんなに気持ち悪かったならやめとけば良かったのに……」

「う、うっさいわねぇ! 楽しかったからいいのよ! ほら、ちょっと休憩したらまだまだ行くわよ?」

 

 顔を赤くしながら私の手を引く97式さんを見て、いつのまにか私も笑顔で頷いていた。

 

 

 

***

 

 

 それから私達はお化け屋敷にメリーゴーランドに綿菓子にアスレチックに、とにかく目一杯遊んだ。

 それは間違いなく、私が生まれてから今までで1番楽しい日だった。

 こんなにも、楽しい世界だったなんて。誰かと笑いあったり喜びを分かち合うことが、こんなにも爽快なものだったなんて、知らなかった。

 

「どお? 来てよかったって思ってるでしょ?」

 

 97式さんが悪戯っ子のように笑いながら、ベンチに座る私に缶ジュースを手渡した。

 

「はいっ! 正直に言って最高でしたっ!」

「うむうむ、正直な子は良い子良い子」

「ちょ、頭撫でるのは恥ずかしいからやめて下さいよ……」

 

 向かい側のベンチでも同じように、母親が風船を持った少年の頭を撫でていた。

 私はイヤイヤと頭を振って97式さんの手を解く……が、そこで小気味の良い鈴の音が鳴る。

 

「あ、これさっきのお店の……」

 

 97式さんは先程お店に売っていた、鈴のついた小さな飛行機を模したアクセサリーを持っていた。

 

「私が赤で、お姉ちゃんが白。そんでこの黒い色のやつ、あんたにあげる」

「え……えっと、良いんですか?」

「良いに決まってるでしょ。今日あたしに付き合ってくれたお礼よ。この飛行機はね、仲間の誰かのピンチに飛んでいくのよ? ピューってね」

「ありがとうございます! でも、こんな重たいの飛びませんよ〜。というか、鈴が付いてるから飛んでいく時はピューっじゃなくてリンリーンって飛んでいきますね!」

「何言ってるの、ピューよ!」

「リンリーンです!」

 

 互いの顔を見合って、しょうもない言い合いをして、まさか憧れの97式さんと、こんなにも早く打ち解けられると思っていなかった。

 

「どお? 少しは肩の荷が下りた?」

「はい、ありがとうございました」

 

 さっきまでずっと不安で一杯だった私の心は、今は憑き物が取れたかのように晴れやかだった。

 もしかしたら97式さんはそんな私を見兼ねて、この場所に連れ出してくれたのかもしれない。それを分かっていたからこそ、95式さんは私達を止めなかったのかもしれない。

 そう思ってもう一度彼女の顔を見上げると、何処と無く温かい、優しさのようなものを感じられた気がした。

 

 

 

 

「あれ、財布落とした! お姉ちゃんに叱られる!!」

 

 どうやら今回のトラブルは、遊園地に幸せを回収しにいくというより、財布を使って大人買いしに行ってしまったという話らしい。

 

 

 

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