爆弾を抱える少女達 作:自律人形の執筆
それから月日が経ち、色々なことがあった。
着任も無事に済み、太田指揮官に事情を説明すると、私や97式さんを叱るわけでもなく、罰を与えるわけでもなく、笑って許してくれた。
優れた人間は器の大きさも違うのかと感心する私をよそに、97式さんはといえば
「じゃあプリクラ次は3人で、撮りに来るわよー」
「お姉ちゃん、C96が怖がってるよ! あ、決してあたしが怖いんじゃなくて……」
「指揮官さま! お説教は後でC96と一緒に聞くからね、今は……ちょっと出てきます。あっ、お姉ちゃん痛い痛いっ!」
自由奔放? 天真爛漫? 私よりも一回り歳上な彼女だが、いつも姉の95式さんに叱られていた。それは大変子供っぽいというか、情けないというか恥ずかしいというか。
でも、私含め他の人形達はそんな彼女の事が大好きなのであった。
確かに97式さんがトラブルメーカーであることは否定できないし、声が大きく時々うるさい。でも彼女はいつも元気で、他の人形達も彼女の明るさに励まされているようだった。
それに彼女は優しかった。
「お姉ちゃんは働きすぎなのよ。少しは休ませてあげないと」
「ほらM950Aってば、他人の事気にかけるのは偉いけど、自分のことも少しは考えてあげないと!」
「あたしがいれば百人力だよ! だからもっと胸を張って戦いなさいな」
戦場では……いや、大事なところはいつも彼女に支えてもらっていたのかもしれない、励ましてもらっていたのかもしれない。
みんなが、あの太田指揮官でさえ、彼女を中心に回っていたのかもしれない。
私は……
私はといえば、誰かを支えるなんて、とてもではないが出来なかった。どころかみんなに支えられていて、寧ろ私は自分の足で立ってすらいなかったのだ。私はみんなに背負われていた。
そう。私は、〝お荷物〟だったのだ。
他のみんなと比べて、私はあまりにも劣っていた。戦場ではいつも役立たず。周りの足を引っ張っていて、私が参加しない方が良かったのではないかとさえ思える。
任務から帰投した時の太田指揮官の苦笑い、みんなの励ましや、「頑張ったね!」という労いの言葉が私に届いた時、いつもその瞬間に胸が締め付けられるように痛くなる。
だからだろうか。
『気にしないで』
私が頭を下げた時、その時の97式さんの、零した言葉が、私の中で大きく波を打って、その波紋を広げた。
いつもだったらすぐに収まった。
いつもだったら我慢できた。
いつもだったらまた努力しようと思えた。
でも、私はそんないつもに何度も何度も打ちのめされてきた。何度も何度も痛感させられてきた。何度も何度も理解させられた、許されてきた、甘やかされてきた、甘えてきた、それが許せなかった。
「どうしてっ!!」
気付くと私は大声を出していた。
驚いたみんなの視線が私と97式さんに集まる。
顔を上げると97式さんも周りのみんなと同じ様に、驚いた顔をしていた。
「ど、どうしたのよいきなり……」
訳がわからず戸惑う97式さんを見て、私はどうしても我慢が出来なかった。
「
「ーーーーえ?」
「き…気にしない事が……どれだけ難しいことか分かっているんですか……? 怒ってくださいよ、はっきり言ってくださいよ。どう考えたって、私はみんなの迷惑でしかない」
止まらなかった。まるでダムが決壊して今まで堰き止められていた水が噴き出すように、私の心が悲しさと怒りと申し訳なさでグチャグチャに混ざり合って、流れ出る。
ーー気にしない。
そんな事が出来るはずもなかった。私はずっと自分を責め続けてきて、精神をすり減らしてきた。自分の存在を肯定するみんなが、どうして肯定するのか分からなくて、申し訳なくなってきて。自分はこんなにも自分を否定しているのに。
私の声は大きくなっていく。
「いつも私を庇うような発言ばかり、許すような発言ばっかり……そんなお情けみたいな事をされるぐらいなら、可哀想な子をおぶって歩くみたいな、そんな気持ちで言っているなら、もう、辛いんですよ! どうして、私は自分の足で立っていないんですか! こんなにも努力して、みんなに追いつこうとしているのに、どうして対等に見てくれないんですか!」
私は認めて欲しかったのだ。
“誰も”が……とまでは言わない。“誰か”に必要とされるような私を。
だから私は駄々をこねる子供のように叫んだ。
誰もが必要としない筈の私を。
誰もが必要としていない事を1番私自身が理解しているのに。
それを必要としているように振る舞う彼女達を見るのがとても辛かった。
本気で認めて欲しかったが故に、自分が無能だと悟っているが故に、彼女達の言葉のどれもが、物凄く軽い、ハリボテのようなものに見えて仕方がなかったのだ。
「ちょっとC96落ち着いて、別に対等に見ていないって訳じゃ……
「嘘をつかないで下さいっ!! 対等に見ていたら普通怒るでしょう!? お前ならもっとやれるはずなんだから、何をミスしているんだとか。努力はしているんだから、これぐらいはこなせよとか!」
「…………」
困ったような顔を浮かべて黙る97式さんを見て、私の中でナニカが弾けた。
「……最初から、何の期待もしていないから、いつも優しい言葉をかけるんですよね……? その言葉は、私と任務を同行すると決まったその時から、
C96はきっと失敗してしまうだろう。
その時に一体どんな言葉をかけてやれば良いだろうか。彼女が落ち込まないように励ますには、どうしたら良いだろうか。そんな事を、みんなは考えている。
そう。誰もC96が成功するなんて思っていない。ただ足を引っ張るか、微妙に引っ張るかのどちらかでしかない。
それをみんなが認識しているからこそ、
私はそんなこと、頼んでいないのに。
「私はグズで、出来損ないで、足手纏いなんです。努力が報われなくて、また努力しても届かなくて、結局努力していないんじゃないかって、自分が信じられなくなるぐらい」
死にそうなほど努力している筈なのに、どうして楽しそうに笑う97式さんの方がずっと強いの? どうして一緒に笑うみんなの方がずっと強いの? どうして私は笑えなくなってしまったの?
最初はみんなと笑えていた。
あの日、遊園地に連れ出してくれた97式さんのおかげだ。
「そんな私を下手に気遣うぐらいなら、はっきり言ってくださいよ」
「……何をよ?」
でも暫くして分かった。
私は誰よりも劣っていて、
そして誰よりも、
誰よりも、
「はっきり分かっているはずです。私は〝いらない子〟だって……っ!!」
いらない子なんだって。
***
ーーパァン……ッ!
乾いた音が響いた。
私は思わず頬を抑えた。
その光景に誰もが息を呑み、音が反響した後は数秒の静寂が訪れるだけだった。
私は、いや、私を含めその場にいる誰もが。それを理解するのに、かなりの時間をかけただろう。
そう。97式さんが、私の頬を叩いたのだ。
ーー痛い。
いつもみたいな悪ふざけじゃない、本気で叩かれたのだと分かった。頬は熱を帯び、そこからじんわりと痛みが広がって、真っ赤になっていることが見なくても分かる。
なのに、どうして?
泣きたいのはこっちなのに、なのにどうして、
「ばかばかばかばか! あんた大馬鹿よっ!」
初めて見たかもしれない。
97式さんが、本気で怒っているのを。
「自分がお荷物でしかないって、足枷にしかなってないって、いらない子だなんて、本気でそう思ってるのっ!?」
顔を真っ赤にして、瞳に涙を溜めながら怒る彼女をみて、私は開いた口が塞がらなかった。
いつも弱音一つ吐かずに、無邪気に笑う彼女しか見たことがなかったから、今目の前で怒りや悲しみに満ちた表情をしている事自体が、受け入れ難い。
「だから気にしないでって、言ってんじゃん! それを……それをあんたは一つも分かってないっ!!」
「…………ぇ」
97式さんは泣きながら走って行ってしまった。
それをこの場の誰もが見守る。
誰も止めようとしなかったのだ。
コルトとスコーピオンは黙って道を開けていた。姉の95式さんでさえ、何も言わずに目を閉じていた。
私は弱々しく伸ばした手が何もない空気を掴むだけになっているのを見て、ゆっくりとその場にへたり込む。
「私って……」
一体何をしているんだろう? さっきまで私が感じていた、抑えようのない気持ちは、一体どこへ行ってしまったんだろう?
走り去る97式さんの背中を見たその時から、私の心は一気に空虚なものになってしまう。
確かにあの気持ちは本物だった。成長しない自分が悪いのは百も承知だ。でもそれを知っているからこそ、みんなには、特に97式さんには正直に言って欲しかった。取り繕われた表面上だけの、社交辞令のような励ましの言葉に嫌気がさして、努力が報われないポンコツな自分に腹が立って。
だからこそ言った。
自分の事を仲間だと思っているのなら、ちゃんと言ってくれと。そうまでして嘘の言葉を並べるのは、私がいらない子で、みんなが優しいからなんじゃないかって。だから後悔はない。むしろ清々しい気分、その……筈だ。
でも。
私は深く、深く後悔していた。
今までのどんな失礼よりも、どんな勘違いよりも、どんな失敗よりも、何よりも。
97式さんと喧嘩してしまったのだと言う事実に。彼女に泣いて怒られたという事実に。そしてその理由が、全く分からない事に。
「私って、いらない子じゃ……ないんですか……?」
誰に聞いたのだろう?
聞きたかった相手は、私を置き去りにして遠くへ行ってしまった。
私の声は届かない。
私に答えてくれる人はいない。
世界が真っ暗闇になって、何をしていたのか、何がしたかったのかが分からなくなって、思考の大海を彷徨い始める。
このまま闇の中へと消えていってしまいそうな、そんな時、ふと、声がかけられた。
「私からすればみんなまだまだあまちゃんなんだから、変わらないよ」
「…………ぇ?」
ネゲブさん……?
「ふんっ、そんなことぐらいで一々落ち込んでたらキリがないわ。キリがないことは辞めるのよ、いい?」
WA2000さんも?
「言い方はアレだけど2人ともC96の事を心配してるんだよ? もちろん表面上だけじゃなくてね」
「え、えっとこんな時何言ったら良いのかよく分からないけど、と、とりあえずコーラでも飲む!?」
スコーピオンにコルトまで……
「コルト、あんたまで混乱してどうすんの……。C96、あたし達は仲間なんだから、そんなこと気にしてても仕方ないよ」
M950Aさん……
「どうでしょう、音楽を聴くと結構落ち着きますよ?」
あまり喋ったことのないスオミさんも?
「C96さん……C96さんは知らないかもしれませんが、私達だって最初は失敗ばかりでした。その度、自分にできる事は何なのかって必死に探してきました。C96さんは少し焦りすぎて、色んなことを一気にやろうとしすぎてるじゃないでしょうか?」
「そうね。というか誰が足引っ張るとか引っ張らないとか、全く気にした事なかったけど」
M4A1さんに、vectorさん……
みんな私を、私を心配している? 心から?
私はちゃんと、みんなの〝仲間〟なの?
「…………うぅ…」
私が投げかけた弱々しい疑問に、みんなが答えてくれた。伸びて来ないとおもっていた手を、みんなが差し伸べてくれたのだ。
遅れて、今度はゆっくりと涙が溢れてきた。
私は一体何を1人で抱え込んでいたのだろう?
私を対等に見ているのなら、ちゃんと言って下さい?
対等に見ていなかったのは、私の方じゃないか。本当の仲間だと思っていなかったのは、私の方じゃないか。
私の溢した弱音を、ずっと胸に秘めていた弱音を、こんなにも大勢で、こんなにも暖かく、拾い包んでくれた。甘やかに溶かしてくれた。認めてくれた。
もっと早く、溢しておけば良かった。みんなが私を仲間だと思ってくれていることを信じて。
「あなたが気づいていないだけで、皆さん、あなたに助けられたことは何度だってあります。それこそ、さっき怒って出て行ってしまったあの子も」
「9、97式さんが、私に…助けられたこと……?」
驚く私に95式さんは優しく、しかししっかりと頷いてみせた。