夜のとばりが落ち、ぽつぽつと部屋に明かりが点きはじめたころ、
そんな夜明けには遠く、寝るには早い時間にトリステイン学院の一室で男は目を覚ました。
「あー……クソッタレ……頭いてぇ……今何時だ……?」
周囲は暗く、窓から刺す月明かりが最も明るい光の中、
二日酔いによるひどい頭痛と目まいに襲われながら学は体を起こす。
唯一の明かりである月を頼りに自分の荷物を探すが、目まいのためか、何も探すことができなかった。
「俺の荷物と酒はどこだ……?」
カバンがない。
社会人にとって、カバンは会社や取引相手の書類、場合によってはパソコンなどの重要な情報が含まれる物が入っている。
当然ながら学にとっても鞄の中身は大事なものが入っていた。
しかし飲み会の際には、重要な書類やパソコン等は会社に置いているため、それについては気にしていない。
だが、自分の携帯や財布、定期券などそういった物すらも見当たらない。
そして酒がない、学にとって酒は何よりも優先されるものである。
頭痛に悩まされながら、自分の荷物、そして酒を探す。
なんとか照明を照らそうとするが、どこにも見当たらない。
「おっ!酒瓶みっけ!……まだ夜だし二度寝用に迎え酒すっか!」
手探りで照明を探していたところ、自身が昨夜飲んでいた酒を見つけることができた。
学は迷うことなく瓶に口をつけ、酒をあおる。
「んぐっ……んぐっ……ぷはぁああああ!五臓六腑に染みわたるねぇ!……なんだこれ」
しばらく酒を飲み、酔いのおかげか少し頭痛も治まってきたところ、自分の左手に刻まれた刺青を眺めた。
昨夜、自分の先輩の昇進祝いを行い、二度三度居酒屋を周り、なんとか終電に間に合った後のことを思い出した。
「まぁいいや、それにしても結局家には帰れんかったんだなぁ……
てか不思議な夢だったな……あの子、桃色の髪をした子、るいず・ふらんしすこ……とかだっけか?」
荷物を探したとき、部屋が自分のものでないことに気が付いた。
終電に乗り込み、すぐに寝てしまった学は、どこか適当なホテルを取り、そこで眠ってしまったのかと考える。
そして"夢"の出来事を思い出す。マントを着ている集団、不思議な生き物、課長。様々な出来事があったが、
夢の中で"契約"と称し"青少年保護育成条例"を破ったことは今でも覚えている。
「俺は大丈夫だ……。ただの夢だ……。別に俺は"そうしたい"わけじゃない。衝動的に動いたわけでもない」
学は自分を落ち着かせるかのようにそう呟きながら酒をあおる。
酒を飲むのは楽しい、だから学はひたすら酒をあおる。
──ガチャン!
ドアが勢いよく開いた音がした。
その扉の先には、"桃色の髪をした子"が立っていた。
「あら、起きてたの?」
透き通った綺麗な声が部屋に響いた。
契約の儀を済ませた後、気絶するように眠った男を同級生が学院へ運ぶ姿をルイズは後から見ていた。
──まったく、ルイズのせいで……
お酒の臭いが服についちゃうわ──
──こんなのを召喚するなんて"ゼロ"にふさわしい──
聞こえるように陰口を叩く同級生に彼女は何も言い返せなかった。
ドラゴン、グリフォン、マンティコア、様々な種族が生きるこの世界で
ただの平民を召喚した。
──自分はゼロじゃない。
せめて野生動物を召喚できていれば胸を張ってそういえたはずだった。
自分は確かに召喚に成功した。しかし召喚したモノが今目の前で生徒たちが<浮遊>で
上下に揺らし遊ばれている酔っぱらった平民ということは認めたくない。
「運ちゃーん……もちょっとゆっくり頼むよぉ……じゃないと俺の中身が出ちゃうぜぇぇえええ……うっぷ」
「お、おい!こいつ吐くぞ!みんなゆっくり運べ!」
「ま、まて!僕の上にそいつを運ぶな!」」
……仮にこんなやつを認めてしまったら自分のメイジとしての沽券が下がってしまう。
彼女は男の持っていた酒瓶と鞄を持ち、ただ黙って後をついていくことしかできなかった。
「まったく、こんなこと自分でやりなさいよ!……といってもあんたには無理ね、ゼロだもの」
部屋についた生徒らは眠る男をベッドに落とし、その言葉に笑いながら部屋を出て行った。
先ほどまで生徒がいた時とかわって、二人だけの空間はやけに静かだった。
「すぅー!はぁー!!」
ルイズは強く呼吸をし、叫んだ。
「私だって召喚はできたし契約だってちゃんとできたわ!!
たかが<浮遊>ができるからって調子に乗ってんじゃないわよ!」
しばらく我慢していた怒りをあらわにした叫びは部屋に吸い込まれていくだけだった。
ルイズはベッドで眠る男を眺めた。男が着ている服、カバン、酒瓶。
どれも見たことがないものであることに気付いた。
しかし服は綿密に裁縫が施されたものであり、カバンは装飾もほどほどに、生地もしっかりとした物である。
ただの平民では買えないようなものを持っている男のことを考えた。
「もしかしてどこかの豪商かしら?」
「むにゃむにゃ……もう飲め……いや飲める!」
男は夢でも酒を飲んでいるのだろうか、寝言をしゃべる。
「いっそ殺してやろうかしら……」
自分が最悪な気持ちになっているのに対し、男は幸せそうに眠りこけている。
それにいら立ちを感じつつも思わずそう言ってしまった。
使い魔が死ねばサモン・サーヴァントを再度行える。
しかし、一度コントラクト・サーヴァントを行った手前、
目の前にいる男を、自分の使い魔を殺すという行動は貴族としてルイズは許せなかった。
「はぁ……ごはん食べてこよ……」
どうしようもない状況に区切りをつけ、彼女は食堂へ向かった。
食堂でも奇異な目で見られたルイズは早々に食事を切り上げ、部屋に戻りながら考えていた。
自身が呼び出した平民のこと、これからのこと、そしてメイジとしての自分の実力。
──使い魔は召喚者の実力によって変わる──
誰が言ったかはわからないが、その言葉はルイズを動揺させている。
魔法が使えない。その事実と重なり、ただの酔っ払いの平民がお似合いだ。
そう言われているのように思えた。
「……ふざけるんじゃないわよっ!あんなのが私にお似合いですって!?
そんな事あるわけないわ!」
食堂でも聞こえてきたその言葉にいら立ちを覚え、自分に言い聞かせるようにそういい放った。
しかし自分はあの平民を召喚した。それはまぎれもない事実である。
「まったく……なんなのよぉ……もう!」
やり場のない怒りを露わにするように部屋のドアを勢いよく開いた。
そこには目が覚めたのか、酒瓶を片手にし、こちらを見て固まっている男がいた。
「あら、起きてたの?」
「………」
「ちょっと?なんか言いなさいよ」
「………」
男はルイズを見つめている。
(な、なんなのよこいつ……最初はうるさい奴かと思ったら今は静だし……馬鹿にされてるのかしら?)
自分を観察するかのようにじろじろ見られているのを不愉快に思いつつ、
その間も男はずっとルイズを見つめている。
(こいつの名前なんだっけ?たしかナカモト……かしら?聞きなれない訛りだからよくわからなかったわ、
とにかく!ここは私の立場が上だってことをはっきり教えてやらなきゃいけないわね!)
「あ、あんたね!どこの商人だか知らないけど私に召喚されたからには私の言うことを聞きなさいよ!」
「………」
「何とか言いいなさいよ!!」
なおも無言を貫く男についに怒りをぶつけた。
今まで考えてたことや生徒からの侮辱に対する怒りをすべて男にぶつけてやろうと考えていた。
「だいたいあんたは──」
「お嬢ちゃん、お父さんかお母さんを呼んできてもらえるかい?」
「は?」
「それか誰か大人の人でもいいよ。今ここがどこで何が起きてるか知りたいんだ」
自分の言葉を遮って男は話しかけてきた。
それが親を呼べとのことである。しかも貴族に対するしゃべり方ではない。
生徒だけでなく、この男にもバカにされたようで腹が立った。
「お父様もお母さまもここにいないわよ!それに先生たちをあんたみたいな平民のために呼ぶのは失礼よ!」
「じゃあお嬢ちゃんでいい、ここはどこなんだ?外国人学校かい?最寄り駅を教えてくれないか?」
わけがわからない。
ひどく酔っぱらっていたためか、記憶が抜け落ちているのだろう。
「……トリステインよ!そしてここはかの高名なトリステイン魔法学院!」
「トリステイン?魔法学院?」
「それとお嬢ちゃんって呼ぶのやめて、私は二年生のルイズ・ド・ラ・ヴァリエール、あんたのご主人様よ!」
「はぁ……」
学の体から力が抜けた。怪訝な顔でルイズを見ている。
気を取り直したように、男はしゃべり始めた。
「ルイズ、俺は中本 学、東京に住んでいる。
飲み会の帰りに電車に乗った後からあんま覚えてないんだ」
「ナカモト マナブね、変な名前だわ。
それにトーキョー?デンシャ?何わけのわからないこと言ってるのよ。
どこの田舎から来たか知らないけど、私は貴族よ!呼び捨てにしないで!」
東京が田舎、日本の首都である東京を田舎と呼ぶこの少女はだれか。
インターネットやテレビ、スマートフォンが普及した今、東京という地名を知らない人はいないはずだ。
「ここはどこだ……?」
「だからトリステイン……って勝手にしゃべるんじゃないわよ!」
「まぁ落ち着いてくれよ、状況を整理しよう。イギリス、フランス、アメリカ、中国、ロシア聞いたことくらいあるだろう?」
「アメリカ?トゥーゴク……?」
「国だよ国、ルイズちゃんの母国はどこだい?そしてここはどこなんだい?」
「だからトリステインよ!ここ!トリステイン魔法学院よ!あとちゃん付けで呼ぶのもやめなさい!」
「待ってくれ、トリステインなんて聞いたことないし魔法学院なんて学校も聞いたことがない」
まったく話がかみ合わない。お互いにそれは分かっている。
しかし学は思った。この子は不思議ちゃんだ。
歳も中学生ぐらいだ。そういう時期なんだろう。
「あんた魔法も見たことないの?」
「ないよ、そんなのがあれば見てみたいもんだよ。ルイズちゃんはできんの?」
学はお構いなしにちゃん付けで呼ぶ。
ルイズは気に入らなかった。馬鹿にしているようには見えないが、
自分が魔法を使えないことは知らないだろうが、
やれるもんならやってみろよ。そう言わんばかりの顔で聞いてくる。
平民ごときがそんな態度を取ることが鼻についた。
「っ!トリステインも知らないなんて、あんた東方からでも呼ばれたの?」
「東方?日本は確かに東にあるけど、そんな言い回しをするやつは初めてだよ。
……あぁ、ルイズちゃんの中だとそういう設定なのな」
話にならない。学もルイズもお互いにそう思い始めたころ、
学は外を見ようとベッドから降り、窓際に移動する。
「ちょ、ちょっと!待ちなさいよ!」
ルイズの声を無視し、窓を開けた。
気持ちのよい夜風が酒に酔った学を癒す。
しかしその癒しはすぐに毒へと姿を変えた。
学は見てしまった。空に浮かぶ"二つの月"を。
「……だーめだぁ、まだ酒が回りすぎてんのか、夢でも見てんのか、月が二つに見えらぁ……」
夢ではない。明晰夢にしては現実的すぎる。
それは学にとって初めて見る光景だった。
月が2つ、ただそれだけで自分が今いる状況を理解する。
ここは日本でもイギリスでもアメリカでも、地球でもない。
「別の星か?」
「ちょっと!寒いから早く窓をしめなさ──」
ルイズの言葉を制し、学は下を向いた。
何事かと思い、ルイズは近づいた。
学が受けた毒はすぐに胃から口へと回っていった。
「うっぷ」
「え?」
「うぉえっウォボボロロロロロ」
「えぇ……」
学は窓から盛大に吐いた。
ルイズは少し離れ、彼の行動に引いた。
二つの月はあざ笑うかのように、二人とゲロを明るく照らした。