サイコロの黄昏 ~あるいは、黄昏時の神々~ 作:うみねこ06
ぐっふっふ、と《真実》が笑いました。何か楽しいことでもあったのでしょうか? ええ、ありましたとも。何しろ、良い塩梅の冒険が出来上がったのですから。
《真実》が見下ろすは四方世界、只人の領域、その辺境の方。もっと言えば入り口の小さな、それでいて内部は広めの洞窟です。そこが、《真実》の用意した冒険の舞台です。最後にお宝を配置して――はい、舞台は完全に整いました。
そこにのこのこ、何してるのー?と通りかかったのは《幻想》でした。手には
いいところに来た、と《真実》。聞けば、魔神王復活にからんだ冒険を作り上げたとのこと。興味深そうに耳を寄せる《幻想》に、とうとうと説明を始めます。曰く、魔神王の復活に向けた側面支援にゴブリンどもを活用する計画を混沌の勢力の誰かが思いついたらしく。それに目を付けた《真実》が骰子を振って考えさせたところによれば、その者はその計画を更に支作戦で支援しようと思い至り、それなりの財貨・宝物を用いて小鬼の巣をこしらえたとのこと。《真実》の出目は殊の外素晴らしく、銀等級の冒険者でも骨がある冒険の舞台が出来上がったとのことです。
さて、秩序の神の意向や如何、と《真実》。やるやる!と桃色の髪が震えるくらいに《幻想》が頷いたのは、もはや道理でした。かくして、ゴブリンをめぐるちょっとした冒険が幕を開けたのです。
ゴブリンスレイヤーが火の秘薬で洞窟を崩すのを目の当たりにする神々のお話
さて、冒険が始まるからには、冒険者を差し向けねばなりません。これは子供でも分かる道理です。まぁ、世の中にはごくまれに冒険者登録をすっ飛ばして冒険に出ちゃうような困ったちゃんも存在しますが、そこはそれ、というか骰子運。出目がそういう経歴を引かない限り、冒険者が冒険を受けるのが無難なのです。
ということで、《真実》が作り上げたゴブリンの巣穴は、出目に頼ることもなく、最近出没し始めた小鬼を不安がった近くの村人によってギルドに依頼されました。まぁ、只の村人に洞窟の奥に隠された混沌に呪われし宝剣なんぞ気づけるわけがないですので、ただのゴブリン退治にされてしまったのがたまに傷ですが。
いやぁ、まさか魔神将直々に邪な魔力を込められた武具を与えられたゴブリンが、その武力を背景に上位種もなしにそれなりの勢力を築き上げようとしているとは! 村人はおろか冒険者にも思いつかぬこと。そして、その魔剣の解呪やら出どころやらなにやらを詳しく調べていけば、なんと魔神将の策謀に迫っていける。辺境銀等級の冒険者に立身出世への可能性を与える、遠大な冒険の始まりにふさわしい事件でした。
さて、と《幻想》がギルドを見渡します。そこにいたのは、槍使いの一党、重剣士の一党。いずれ劣らぬ銀等級の冒険者です。もちろん、ほかにも新米戦士と見習聖女だとか、ほかにももろもろの等級の冒険者だっていましたが、冒険の難易度としては銀等級がふさわしいのは言うに及ばず。
さて、してみれば目ざとく依頼の張り出された掲示板に近づいたのは、重剣士の一党、その相方にして聖騎士希望の女騎士でした。一党の今日の糧を得るべく、依頼の吟味を始めます。
と、ここで《幻想》が骰子を構えます。えいや、とひと投げ2D6。目星判定はと《真実》が
4!!
《幻想》ががっくりと肩を落とします。《真実》がどんまいと首を横に振ります。女騎士はその真横に張られた猛獣退治に目が向きました。これもこれで、単体の戦力としてはゴブリン以上ですので、村にとっては脅威に違いありません。かくして重戦士一党の今夜は熊鍋といったところでしょうか? 出目が悪くても牡丹鍋にはありつけそうです。
まぁ、これは致し方なし。冒険が始まらない《幻想》はともかく、冒険者が来ないと怪物が活躍できない《真実》も不満顔ですが、すべては骰子の出目次第。気を取り直したところに現れたるは槍使いでした。辺境最強の一党です。
きり、と《幻想》。骰子を持つ手に何事かを念じ、そのままぽいと放り投げます。成功値は――7。槍使いはもろもろでゴブリンがらみの依頼が嫌いですのでちょっと難易度は上がりますが、女魔法使いは察しの良い方なので期待値くらいで何とか行けそうです。さぁ、果たして出目は?
2!
2……。
え、2?
《幻想》が四方世界に突っ伏しました。《真実》が真顔でそれを見つめます。まさかのファンブル。大ファンブルです。そして、槍使いのファンブルと言えば。
「受付嬢さぁ「ゴブリンだ」」
こうなります。槍使いがゴブリン退治嫌いになった主因。ゴブリンスレイヤーの出現です。
なお、ゴブリンスレイヤーがゴブリンの依頼を発見する判定は――自動成功です。言うまでもないことでしたね。
ザシュ、と良い音を立ててゴブリンが1つ、ゴブリンが2つ。5つくらい滅される頃には、がやがやと《幻想》と《真実》の周りが騒々しくなります。騒ぎ、というか、ゴブリンスレイヤーの出現を聞きつけた神々が集まり始めたのでした。
武器熟練をあげて固定値で殴るいつものゴブリンスレイヤーに、神々はもはや声すら挙げません。唯一、最近ゴブリンスレイヤーが連れ歩くようになった女神官に対してはひょっとしたらの視線が向けられますが、彼女は彼女で秩序の神々の秘蔵っ子です。死したゴブリンに対して祈りをささげる姿は、もはや様になり始めています。あんまりにも様になりすぎていて、一瞬奇跡を唱えたわけでもないのに地母神の御手が女神官に触れそうになりました。さすがにルール違反です。
「うぅ、ですけれどもぉ」
《真実》に咎められた地母神さまはといえば、まだ何かを言いたそうでしたがまぁまぁと《幻想》に受け止められてとりあえず落ち着いた様子。はらはらと、女神官を眺めています。《幻想》が引いた強キャラにして、地母神が妙に気に入っているのが女神官でした。そんな女神官が、
「だって、それしか、それしか方法がぁっ!」
とは《真実》に、女神官が助かるよう必死に
まぁ、それはそれ。ルール違反さえしてくれなければ、必死に信徒を応援する地母神の存在も微笑ましいだけで受け入れるのが神々の流儀です。さて、ゴブリンスレイヤーは何匹のゴブリンを屠ったものやら、とそんな地母神を苦笑しながら眺めていた《幻想》と《真実》が洞窟に視線を戻しました。おや、と二柱して声をあげます。5匹から殺傷数が増えていません。かといって、小鬼殺しか女神官が傷つき倒れたわけでもありません。
いったいどうしたことだろう、と《幻想》が首をかしげていると、苦笑いした《死》に袖を引かれました。《死》の指につられて視線を動かせば、困惑する女神官と、なにやら黒っぽい粉を広めの洞窟、その壁のあたりに撒いているゴブリンスレイヤーの姿がありました。
一瞬、ぽかんとその様子を見守る神々。しかし、すぐにその顔が青ざめていきます。神々は、かれこれ数年はゴブリンスレイヤーを見続けてきました。ゴブリンを殺す姿、ゴブリンを皆殺しにする姿、ゴブリンを駆逐する姿。そしてもちろん――ゴブリンスレイヤーが、ゴブリンスレイヤーする姿もです。あ、これあかん奴、と《真実》がつぶやきました。
「あ、あの。あの方、何してらっしゃるんですか?」
粉をひとしきり撒き終わり、なにやら紐のようなものを地面にひきながら洞窟を出ていくゴブリンスレイヤー。たまらず尋ねた地母神様の声が、頭の周りにはてなマークを多数浮かべながらゴブリンスレイヤーに問いかける女神官の声と重なったのは、果たして偶然のなせる業か、それとも宿命がもたらした所業か。それはその場にいる神々にもわかりません。ただし、二つだけ、確かに言えることがあるのもまた事実です。
地母神さまの肩を、《時》がぽん、と叩きました。黒髪ロングでどこか怖い印象のある女神です。男性化するとゴブリンスレイヤーそっくりな神でした。当惑しきりの地母神さまに、首を横に振りながら淡々と告げます。いくら緊急避難とはいえ、あれに助けを求めた方が悪い、と。
一つ目。地母神さまは、彼女の敬虔な信徒にして心優しい女神官が大好きでした。その危機にひっくり返り、自動成功で女神官たちが受けた依頼に向かったゴブリンスレイヤーが到着するまで生き延びれるよう、骰子を振る神々の隣で懸命に祈り続けるくらいには。
二つ目。ゴブリンスレイヤーがゴブリンスレイヤーであることは、もう覆しようもない、ということです。
「下がっていろ」
「……はい?」
「火をつける」
「えっ」
《幻想》がかすれた声で、着火判定とつぶやきました。《真実》が
自動成功。火打石から飛び出た火花が、間抜け面の女神官と地母神を照らしてから。紐――いえ、導火線に飛び込みます。音もたてず、導火線が徐々に、しかし確実に燃え、縮み、そうして。
轟音が辺り一帯に響きました。洞窟がつぶれ、入り口が崩落し、口をあんぐりと開けた女神官と神々の目の前で黒煙が飛び出していきます。しかしそれも一瞬のこと。口を閉じた洞窟は、二度と何物も放出することはありませんでした。黒煙も、土煙も、ゴブリンも。
それからあと、《真実》がウキウキと用意した宝剣と、冒険へのとっかかりと、四方世界に満ちる魔神王復活の策略への糸口と、楽しい洞窟内での冒険譚と、意地悪く宝箱に隠しておいたトラップモンスターと、それを倒すと入手できたはずの古代の巻物と、それからそれから、そりゃあもう、いろんなものが。
土に埋もれ、岩につぶされ、ゴブリンと一緒にぐちゃぐちゃになって、二度と、二度と、永遠に、日の光を浴びることはありませんでしたとさ。
呆然とする女神官、口を全開きにした地母神さま、帰るぞ、と言い放ち踵を返し始めたゴブリンスレイヤー、なんかもう大惨事な盤面の周りでばつが悪そうに身動きが取れない神々をしり目に、《幻想》がダイスロール。2d6で12。
《真実》が帰って寝る、と言ってとぼとぼと去っていきました。お休み、とつぶやいた《幻想》もただ立ち尽くすだけでした。
そんな有様を呆然と見ていた地母神さま。ぎぎぎ、と油が切れた鎧のような音を立てながら、あちゃあと顔に手を当てる《死》と面白くもなさそうにため息をつく《時》を見やりました。
「あの、これ、ありなんですか?」
地母神さまの疑問に、《死》と《時》は顔を見合わせます。どちらからともなく、疲れ切った笑いが出てきました。そういえば、こう改まって聞かれるまで、全く思いもよらなかったからです。つまり、ということは。
諦めなさい、と《時》。まぁ、慣れちゃうから、と自分の青い髪をくしゃくしゃとしたのは《死》。二柱の豹変に目を白黒させる地母神さまに、《死》が続けました。
つまりさ、これがゴブリンスレイヤーとの日常だからね、と。その手には、骰子がいくつか、新品のまま残ったままでした。
地母神様に最も喜ばれるお供え物は胃薬。はっきりわかんだね