【残された謎の物】
~1943年12月7日、22:00。和歌山県串本町~
和歌山県串本町は、本州最南端で潮岬灯台がある。
航路上の要所ではあるので、町には「怪しい人物に警戒せよ」等のスパイへの警戒を促す張り紙が、他の町村よりは多い。
11月になってから、町民や漁師などの間で、近くアメリカと戦争になるのではないか、と言う噂話は増えた。しかし、全体的には未だのんびりした雰囲気だった。
その日は12月とは思えない暖かい日で、夜になっても寒さを感じなかった。
灯台に続く道に自転車が止まり、巡回中の二人の警官が降りて、灯台に続く道を歩き出す。
小島光彦巡査
「やはり戦争になるんですかね」
飯塚平次巡査部長
「さてどうかな。明日の事は明日にならんと判らん。知ってるのは、お上とお天道様くらいだろう。俺達はやる事をやるだけさ?」
小島巡査
「どうしたんです」
飯塚巡査部長
「あそこに誰か居ないか?」
ベテランの巡査部長が指さす先には、灯台手前の緩やかな丘があり、丘の上に誰かが確かに居て、海の方角を眺めている。それは、妙な衣装を纏い、海に向け手を伸ばしている謎の人物だった。
警官達からは距離があり、顔や衣装はよく見えない。
小島巡査
「山伏でしょうか?」
紀州は古くから山伏も多く、熊野三山で修行するものも多い。後の世では世界遺産になっている。修行者が潮岬に居てもおかしくは無いが。
飯塚巡査部長
「モンゴル軍の襲来の時には、行者が味方の勝利を祈願したらしい。今度も外敵打倒の祈願でもしていたのかもな」
小島巡査
「一応、確認しますか」
若い巡査が走って丘の上に確認に向かう。しばらくして、年輩の巡査部長が丘の上に行くと、若い巡査しか居ない。年輩の巡査部長が彼に尋ねると、誰も居なかったとの事だ。ここ以外に丘を下りる道は無いのだが。
見間違いだったのかも知れない。ふと足元を見ると、何か長方形の紙みたいなモノが落ちている。拾おうとすると、突如、風が吹き、紙らしきモノは空中に飛ばされ海の方に消えた。
小島巡査
「何か落ちていたんですか?」
飯塚巡査部長
「占いか何かに使いそうな紙が落ちていた。ちらっと見ただけだが、妖怪の絵が書いてあった」
二人は紀州に生まれ、紀州で育った。徴兵で軍に居た時も含め、和歌山県から外に出た事は一度も無い。もし二人に外国の知識がある程度あったら、そのモノが何であるが判ったかもしれない。
その後、灯台職員にも聞いてみたが、部外者は誰も来ていないという答えが返って来た。
二人は見間違いと考え、そのまま帰って行った。