【対日宣戦布告】
~1943年12月7日、10:50(米東部標準時)~
駐米大使、野村吉三郎が国務省応接室に入ると、国務長官コーデル・ハルが僅かに
野村
「国務長官、本職は我が国政府を代表して抗議しますぞ。我が国はオーガスタ号事件に何の関与もありません。それなのに貴国政府は悪意に満ちた……」
ハル国務長官は片手を上げ発言を制止し、ハーマン対日課長に合図する。
ハーマン課長が野村大使に文章を手渡す。野村は英語と予め和訳されている文章を受け取る。
ハル
「我が合衆国政府は今から一時間後……本日正午をもって、日本帝国政府との国交断絶、及び戦闘状態に入ると宣言します」
野村
「本国に打電する事は可能でしょうな?」
ハーマン
「無論です。一切、妨害しないと約束します」
ハル
「議会での開戦承認後、大使館員及び在留日本人の方は監視下に置かれますが、安全は保障します。半年以内に交換船(1)で帰国できるように取り計らいます」
野村
「その配慮には感謝します」
野村は別れの挨拶もせずに帰ろうと踵を返すも、一言、告げておかねばならぬと、再度、振り返った。
野村
「最後に一言、ご忠告申し上げる。貴国政府が我が国を望まぬ戦争に引きずり込んだ事を、貴国政府が心から後悔する、その様な日が来ない事をお祈りします」
退室する野村大使を、ハル長官とハーマン課長は侮蔑の表情で見送る。
野村大使の忠告が僅か半月で的中するとは、ハル長官は想像すら出来なかった。
【敵機探知】
~1943年12月8日、午前6時~ 台湾南部、高雄海軍航空隊基地~
先ほどから空を睨み、一人の下士官が唸り声をあげ、時折、うろうろと滑走路を歩き回っている。
周囲にいる作業員や、他の搭乗員も同じような行動をしている。彼らは何かおかしな宗教に、はまっている訳では無い。
高雄海軍航空隊基地は一面濃霧に覆われていた。
本来なら既に明るくなっている時間だが、今日は深い霧が台湾全体を覆い隠していて、数メートル先も見えないくらいだ。
今朝は全員が午前4時に叩き起こされ、基地に展開する第1航空戦隊司令官、塚原二四三中将より、
「午前5時に米国政府は日本帝国に宣戦布告する。先ほど海軍軍令部より通知が有った。各員総力を挙げて、事に臨んでほしい」
との連絡が入っていた。
本来なら開戦と同時に、フィリピンの米極東軍航空隊への空襲を行うのが最善の方法と思われた。しかし、今回はアメリカ側から宣戦布告する形になるので、日本側から開戦と同時に空爆を行うのは難しい。
堺 次郎曹長(戦闘機搭乗員 下士官)
「何も見えねぇ」
60年ほど未来に、競泳で大活躍する金メダリストみたいな台詞を吐いていると……
笹山少佐(戦闘機搭乗員 小隊長 士官)
「堺、落ち着け。逆にこの霧だ。敵さんの先制空爆も難しいだろう」
堺
「まあそうですが」
その時、基地にサイレンが鳴り響いた。
笹山
「空襲か!」
伝令
「ガランピの電探基地が敵機探知! ガランピの南、70キロを北上中ですが大編隊ではない模様」
ガランピは台湾最南端の岬で、レーダー基地が設置されている。先制空爆では無く、恐らく偵察兼気象観測だろう。空襲が可能かどうかを調べるのが、主目的と考えられる。
一時間後、南の方から爆撃機らしき爆音が近付いて来た。
基地に配備されている対空砲は、一切動きを見せない。迂闊に発射すれば、基地の所在を知られる事になる。偵察でも爆撃機ゆえ、爆弾を搭載している可能性もある。
やがて一旦爆音が大きくなり、北に消えて行った。30分後再び大きくなり、南に消えて行った。
1 敵地に残された民間人などを帰国させるために、中立国の客船を使いアフリカの、ポルトガル植民地の港で、乗客を交換させて帰国させた。
ハル・ノートを作成した、人物はソ連のスパイだという説が有力です。ソ連はナチスと日本に挟み撃ちされるのを恐れていて、それを防ぐ為に日米開戦に追い込む事を画策した。
作成した人物は、戦後スパイの疑いがかかった直後に自殺しています。