レディL=米空母《レキシントン》の愛称
【レディL沈む】
~1943年12月8日、午前8時~
マジュロ環礁(北緯7度05分、東経171度7分。現在のマーシャル諸島共和国首都)を攻撃した《エンタープライズ》、《レキシントン》の攻撃隊も、迎撃戦闘機と謎の
が、収容作業中に基地航空隊の攻撃を受けた。
マジュロ環礁上空で米攻撃隊が謎の敵に迎撃され大混乱に陥った際、日本軍の高速偵察機が雲を巧みに利用し、ニューマン部隊上空へ侵入していた。
ニューマン隊の情報収集担当の者達は、マジュロ攻撃隊の『悲鳴の様な無線交信』に注意を割かれ、海域に侵入した日本軍偵察機を察知できていただけではなく、その偵察機が発した無線も傍受していたにも関わらず、それらを見逃してしまった。
それが無くても、逃げ帰る攻撃隊を追跡すればよかっただろうが……
《零戦64型》48機と《一式陸攻34型》50機は、《F4F》戦闘機の迎撃を掻い潜り、混乱している米艦隊に襲い掛かった。
2隻の空母は、必死に逃げ回ったが遂に捕まった。
左右から挟み撃ちにされた《エンタープライズ》は、左舷に2本、右舷に1本の魚雷を受けた。特に、右舷の魚雷は航空機用ガソリン庫を直撃し、たちまち手の付けられない大火災となった。
米艦自慢の応急隊(ダメージコントロール隊)も、多くがガソリン庫の火災に巻き込まれた。
乗員も必死に消火作業を続けたが、9時半ごろに火災が発電機室に延焼し停電してしまった。電気が止まってしまえば、消火ポンプも動かなくなってしまう。
エンタープライズ艦長は、9時45分に最早《エンタープライズ》を救う事は不可能と判断し、総員退去を命じた。
10時30分に乗員の退去が完了し、《エンタープライズ》は米駆逐艦の魚雷で処分され、太平洋戦争における米空母喪失1番艦という、不名誉な記録と共に太平洋の藻屑と消えた。
《レキシントン》は、ベテラン艦長マレー大佐の操艦で航空魚雷を次々と回避。しかし、終盤、遂に左舷前方に魚雷1本の直撃を許してしまう。
速度が25ノットまで低下し、甲板に航空機を運ぶエレベーターが故障した。
しかし、元々巡洋戦艦として建造開始された為、強靭な船体を持つ《レキシントン》は、それ以上の被害拡大を許さなかった。
ニューマン少将は北東へ退避しフレッチャー艦隊と合流後、キンメル大将直接指揮下の主力艦隊と合流する事を決めた。
正午前に再び攻撃を受けるが、被害なしで切り抜けたとき、既に速力は28ノットまで回復していた。
しかし、午後2時頃、艦内に漂う異臭に乗員が気付く。急ぎ換気装置を動かし、異臭は急速に艦外に排出されていった。
だが午後2時32分頃、突如《レキシントン》は大爆発を起こした。護衛の駆逐艦の乗員は、後に新聞記者に次のように話した。
「一瞬、《レキシントン》の船体がぶれて見えて、次の瞬間、大爆発を起こした。《レキシントン》の塗装が、粉みたいに剥がれて飛んだのが見えた」
実は、朝に命中した魚雷により、ガソリンをガソリン庫から航空機格納庫に運ぶ配管に亀裂が入り、ガソリンが漏れ出していたのだ。
レキシントン級は1910年代に、当初、14インチ砲を8門を搭載した巡洋戦艦として建造開始された。第一次世界大戦当時の古い設計を引き摺っている。その後、空母に改造されていた。
大正末期という時代は、日米英共に航空機や空母については、未だ試行錯誤を繰り返していた頃だった。 被弾した時における空母の危険性や、気化したガソリンの危険性について未だ知識が乏しかった。
《ヨークタウン級》以降の空母では、気化ガソリンの爆発を防ぐ対策が設計時から盛り込まれている。しかし、それ以前の空母には、そのような対策は無かった。
更に格納庫と甲板を繋ぐエレベーターが故障して、気化ガソリンの逃げ場も無くなった。
又、第二次攻撃を回避した時に、衝撃により更に亀裂が拡大し、気化したガソリンも増えていた。
午後2時32分前後に、恐らくは換気装置で何らかの静電気による火花が発生し、大量の気化ガソリンに引火して、大爆発を引き起こしたとされる。(甲板より下にいた乗員の大半が死亡した為、直接の原因は不明)
艦長ジョン・マレー大佐は、軍医に負傷者を助ける様に命じた。
「私は大丈夫だ。早くニューマン少将を……」
だが、軍医は力なく首を横に振った。
「ダメです。恐らく即死だと思われます」
マレー大佐は直ちに、総員退去命令を下した
「《レキシントン》は、もう沈む。総員直ちに離艦せよ」
《レキシントン》は2時間燃え続けて、午後4時半過ぎに沈没した。爆発時に乗員の大半が死傷してしまい、乗員2791名の内、生存者は僅か300名に過ぎなかった。
一方、フレッチャー少将指揮下のTF33・3は戦場を離脱して北東、すなわちジョンストン環礁の方向に向かっていた。
せめて戦闘機を発進させて、ニューマン部隊を支援するべきなのだが、フレッチャー少将は勝手に離脱してしまった。
これは、敵前逃亡とされてもおかしくない行為だ。何しろ上官に当たる太平洋艦隊司令長官ハズバンド・キンメル大将の命令(退却命令)や、許可も出ていないのだから。
しかし、フレッチャー少将にも言い分はあった。
「日本軍機だけなら未だしも、
勝手にフレッチャー隊が退却して来たと知ったキンメル大将は激怒したが、今更、敵に向け突撃しろとも言えない。
更に謎の強敵については、フレッチャー艦隊から情報を得る必要があった。謎の敵の存在に対し、太平洋艦隊司令部も慎重にならざるを得ない。
フレッチャー艦隊は以下の2つの理由で、奇跡的に索敵機から逃れる事に成功した。無論日本側も多数の艦上偵察機、飛行艇を偵察に出していた。
1 奇跡的に偵察ラインの僅かな隙間に入り込み発見を免れた
2 日本側はフレッチャー提督が逃げ出すと予測できなかった
枢軸国と連合国の構成国(史実版・太平洋戦争開戦時)
枢軸国
大日本帝国
ナチス第三帝国
イタリア王国
ルーマニア王国
ハンガリー王国
フィンランド
タイ王国
ブルガリア王国
連合国
アメリカ合衆国
大英帝国
ソビエト社会主義連邦
自由フランス
中華民国
カナダ
オーストラリア
ニュージーランド
南アフリカ
その他の大英連邦
この当時アフリカの独立国は数か国(南アフリカ、エジプト、エチオピア、リベリア)
後は英仏ベルギーポルトガルの植民地。