プリキュアDOOMSDAY   作:宇宙とまと

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第2話【天空の凶事】

  【悪夢】

 

 野々はなは、うなされていた。

 彼女の脳裏に一つの光景が見えていた。

 

 「月は陰り、冷たい風が館のカーテンを激しく揺らしていた。

 暗い森の奥にある、その館に続く道の灯りだけが、細々と周囲を照らしていた。

 一瞬、その灯りも消え、深い闇に包まれた館の中で何かが蠢(うごめ)いた。

 暫(しばら)くして、激しい風が雲を晴らしたのか、月の光が館を照らしたとき、その館の窓から一羽の梟(ふくろう)が飛び立ち、月に向かって羽ばたき、不気味な鳴き声を月夜に響かせた。

 梟(ふくろう)の姿が消えた後、静寂が戻り、暫(しば)しの時を経て月は西の空に陰り、東の空に明けの明星が輝きはじめた。

 それは。ルシファーと呼ばれる星だった」

 

 はっと目を覚ました野々はなは、先日、薬師寺さあやに借りていて、昨晩、読んだ本を見出した。

 そのタイトルには――『闇に蠢(うごめ)くモノ』 Sivaji著――とあった。

 野々はなは、気分を変えようと風を取り込もうとし、窓を開けて空を眺めた。

 そこには、明けの明星が輝いていた。

 

 

 

  【天空の凶事】

 

「間も無く、雲が切れそうですな」

「そうだな」

 

 戦艦《ワシントン》の艦長、ネリー・ハウスマン大佐に対し、第18任務部隊司令長官ウィリアム・フレデリック・ハルゼー中将は軽く頷き返した。

 第18任務部隊は10日前から、およそ2週間の予定でサンフランシスコと、シアトルの中間にある、オレゴン州西沖の北緯43度の海域で訓練を行っていた。

 艦隊はノースカロライナ級戦艦《ノースカロライナ》と《ワシントン》、巡洋空母『インディペンデンス』及び軽巡洋艦3隻、駆逐艦10隻から編成されている。

 一週間後には、増援の新鋭《ボルティモア》級重巡《セント・ポール》が新たに艦隊に合流する予定だ。

 

 第18任務部隊は4年前の1939年9月に、第三帝国のポーランド侵攻に端を発した第二次世界大戦――後にそう命名されることになる――開戦以降、今年3月までは西大西洋や、カリブ海での中立哨戒行動に従事して来た。

 

 ルーズベルト政権は、1939年11月に中立法を改正し、翌年の春以降、大英帝国に対し公然と軍需物資の輸出を開始した。

 更に、1941年3月にはレンドリース法が制定され、公然と英国に対し武器援助が可能となった。

 同年6月22日の独ソ開戦以降は、ソ連政府も援助の対象になり、輸送トラックのみならず、戦車、戦闘機や中型爆撃機も多数供与された。それらを運ぶ船団には一部、星条旗を掲げた駆逐艦が、護衛に従事していた。

 最早中立を完全に逸脱した行為であり、第三帝国の宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッペルス氏は、度々、ラジオで合衆国の行動を非難していた。

 

 しかし、あくまでも形式上は未だ中立を保っており、ドイツ上空や北アフリカの砂漠、又はロシアの荒野や雪原で血みどろの戦いが日々繰り返され、一時間ごとに数百人単位で戦死者が増えている最中でも、合衆国本土や太平洋では、未だ、一発の銃声も鳴り響いてはいなかった。

 

 第18任務部隊は、本来、空母《サラトガ》が旗艦だが、同艦は7月以降サンフランシスコのドッグで、8インチ砲を5インチ両用砲に換装している。更に対空機関銃の増設と、新型対空レーダーの搭載工事を行っている。

 代わりに臨時の旗艦に選ばれたのは、高速戦艦《ノースカロライナ》級の2番艦、《ワシントン》だ。《ノースカロライナ》級戦艦は、ロンドン軍縮条約の効力停止後に、合衆国海軍が最初に完成させた新型高速戦艦である。

 排水量36000トン、全長222.6メートル、最大速力は前級のコロラド級戦艦より、6ノットも速い27.0ノットを出せる。艦橋部は、旧式戦艦の籠形状から円柱状に大きく変更されている。

 

 当初、太平洋艦隊司令長官ハズバンド・キンメル大将は、《ノースカロライナ》級戦艦を太平洋艦隊旗艦に据えようと希望していた。だが、幕僚から一部、反対意見が出て断念した。《ノースカロライナ》級は防御に欠点があったからだ。

 設計時は、未だ軍縮条約が機能していた為、《テネシー級》戦艦と同じ14インチ砲9門を搭載する予定だった。当然、防御も14インチ砲の攻撃に耐えられる装備になる。

 だが、大日本帝国がロンドン軍縮条約からの脱退を表明した為、急遽、16インチ砲9門に変更される事になった。しかし防御は14インチ砲の攻撃に耐えられる装備から変更は無かった。戦艦の主砲口径と、対応防御に開きがある事は運用上、好ましいとは言えない。

 

 

 第18任務部隊は、今日、抜き打ちで夜間対潜戦闘訓練を行っていた。訓練終了後、各艦から訓練の評価が届いていて、ハルゼーがそれに目を通していた。

「雨天の中の抜き打ち訓練、よくやってくれた。訓練は……まあ合格だ」

 乗員達に、ほっとした雰囲気が流れる。

「だが、戦闘配置完了まで今回は平均6分30秒だったが、これを6分まで短縮したい。対潜戦闘は一分一秒を争う。可能なら、敵潜が魚雷を撃つ前に撃沈しなければならない。訓練の期間中に、また、抜き打ちの訓練を行うぞ。1時間休憩し、午後11時から夜間対空射撃訓練をやるぞ」

「ハルゼー親父は張り切っているな」

「そりゃ張り切るだろうぜ。親父のジャップ嫌いは有名だ。そのジャップどもが遂に、合衆国に牙を剥いて来たんだ。張り切るのも当然だろうよ」

「誰が言ったか知らないが、もうすぐ20年の停戦期間が完全に終わるんだな」

 

 その言葉は、1919年6月28日のヴェルサイユ講和条約締結の直後、この条約に対し、連合軍総司令官のフェルディナン・フォッシュ仏陸軍元帥が以下のように評したものだ。

「これは平和などでは無い。たかだか20年の停戦に過ぎない」

 そして、事実、その論評は正鵠を射ていた。

 現状、戦争は大西洋から、ウラル山脈の西の間で行われている。だが、対日戦争が始まれば第二次世界大戦――後に、そう命名される――は、文字通り世界大戦となるだろう。

 

 ハルゼーは、東側の外を見ていた。間もなく、雨雲の下を抜けるだろう。

(いよいよ近代的合衆国海軍のデビュー戦か。スペイン王国とは戦争になりかけたが、連中がへたれて手を上げてしまって戦争にはならなかった。先の世界大戦では、祖国が参戦した後は、もう大きな海戦は無かった)

 

 ハルゼーは、ハバナ葉巻を咥え笑みを浮かべた。ついでに、なぜかベーブ・ルースのようにバッドでスタンドを指すという、ホームラン予告のポーズを取っている。

(今度の戦いの主役は航空機だ。頭の固い戦艦屋どもに見せてやるぜ)

 

 ハルゼーは大日本帝国海軍こそが、合衆国海軍と戦うのに相応しい相手だと考えている。

 仮にスペイン王国と戦争になっていても、恐らくは合衆国の圧勝だっただろう。現在の第三帝国海軍は潜水艦中心、フランス海軍はツーロン港の漁礁(1)、イタリア海軍は雑魚と来ている。開国してから僅か半世紀で、ロシア帝国海軍に完全勝利した彼らこそ、合衆国近代海軍の敵として相応しい。

 

 ハルゼーが、艦隊参謀長マイルズ・ブローニング大佐に話しかける。

「参謀長、開戦時期は、やはり来月かな?」

「待って、後、一ヶ月でしょうな。来年以降まで伸びる可能性は極めて低いでしょう。開戦予想ですが、私は来月、第2週ではないかと。艦隊がパール―ハーバーに集結する時期を計算に入れてですが」

 

 既にパナマ運河を抜けた、空母《ヨークタウン》、《ホーネット》を主軸とする艦隊が、数日以内にサンディエゴ軍港に入港する。ここで数日の間、整備と休養を行い出港。11月20日頃までには、パールハーバー軍港に到着し、太平洋艦隊主力と合流するだろう。

 

 第18任務部隊も10日の演習終了後、12日頃にはサンフランシスコに入港予定だ。入港後、補給と数日の休養を取る。その後、改修を完了させた《サラトガ》と共に、11月下旬に出港し、月末までにはパールハーバー軍港に入港する。

(開戦には間に合いそうだ。ジャップどもも航空戦力を、かなり増強しているらしい。だが空母一隻辺りの搭載機数は、我が軍がやや多い。彼我の国力差は甘く見て1対10)

 

 無論、ハルゼーは日本軍を楽に勝てる相手だとは思っていない。場合によっては、一時的に太平洋艦隊が、守勢に立たされるという可能性も十分にあると考えている。

(一時的に不利な情勢になっても、来年の春以降、新型空母が続々と戦列に加わる。空母の数だけでは無い。航空機の生産能力や、予備の搭乗員の数でも圧倒的に我が国が勝っている。敵は一度大敗し、大量の航空機搭乗員を喪失したら、再建は困難だろう)

 

 そこまで考えた時、不意に艦橋が騒がしくなった。

「どうした? 何事だ? 僚艦で火災でも起きたのか!」

 ハルゼーは、護衛の駆逐艦か巡洋艦で、火事でも起きたのかと考えた。直後、窓の外を見て絶句した。赤いオーロラが北の空に見えたからだ。

 

 乗員達が口々に気味が悪い等と騒ぎながら、外を見ている。

「おい、オーロラは北欧では異なる世界と繋がる予兆とされているらしいぞ。何か凶事の予兆かもな」

「こらっ! 上官が、あまり下士官や兵士を怖がらせるのは良くないぞ」

 

 ハルゼーは、故意に大声で部下を怖がらせた航海長ジミー・アーバスノット少佐を注意した。

「す、すみません提督」

(だが奴の言う通り、不気味な色をしている。これまで見た事のあるオーロラと違い、なにか、その背筋がぞわぞわとする。例えるなら子供の悪戯が母親にばれて、怒られる寸前の様な)

「低緯度でオーロラが目撃された事は、少なくないぞ」

 ハウスマン艦長の発言に乗員達は、やや落ち着きを取り戻した様だ。

 

 不気味なオーロラは、およそ一時間で消えた。ハルゼーは各艦に計器類に異常が無いか、報告を求めたが異常が起きた艦は無かった。

「提督、夜間対空訓練は予定通り行いますか?」

 ハルゼーは、10秒ほど考えてから判断を示した。

「いや、他の艦でも騒ぎになっていて、皆、動揺しているだろう。転落事故でも起きるとまずいから、明日夜に延期しよう」

 直ぐに発光信号で全艦に演習の終了が通達され、非番の乗員達は、兵員室や食堂に消えて行った。

 ハルゼーも、ハウスマン艦長もオーロラが見えた範囲は、流石に艦隊の真上だけだとは考えなかったが、せいぜい、北米沿岸のアラスカ州からオレゴン州の間だけだろうと考えていた。事実を知れば、流石に平静ではいられなかったかもしれない。

 

 

 その日、およそ各々、現地時間午後10時から11時にかけて、北緯、南緯各40度より北と南で不気味なオーロラが目撃された。南半球で目撃された地域は狭い。

 アフリカ大陸は緯度的に不可能であり、豪州で目撃出来たのは、ニュージーランド南島及びタスマニア島の住民だけで、豪州本土で目撃出来たのは、一部の遠洋漁業に従事する漁師だけだった。

 

 南米では、アルゼンチン及びチリの南、3分の1くらいの範囲で目撃された。両国とも、この地方は、さほど人口は多くない。それでも、豪州と合わせれば数万人以上の人々が不気味な天体現象を目撃した。

 一方、北半球では、より多くの範囲で目撃された。

 

 日本では、帝都東京や名古屋では観測できなかったのだが、東北の北部より北で目撃された。

 青森駅の桟橋で、青函連絡船の到着を待つ乗客達。反対に、連絡船で青森に到着し、夜行急行で東京に向かっている乗客達。

 

 オーロラは海の上でも目撃された。大西洋でカナダ東岸から英国西岸に向け、物資を運んでいた複数の輸送船団で目撃された。

 護衛艦の艦橋で、率先して双眼鏡で海上を監視するベテラン艦長。逆に、欧州よりの大西洋にて、夜間浮上して本国に定時連絡を入れている最中、双眼鏡で洋上を監視している、若いナチ党員のエリートUボート艦長。

 

 ロンドンやベルリンでも目撃された。

 ロンドンでは第三帝国空軍の夜間爆撃に備え、防空壕を点検していたロンドン市職員。一方、空襲下でも店を開き、お客に一時の憩いの場を提供している酒場の店主。

 

 東部戦線では、その一時間の間だけ銃声や砲撃音が完全に停止した。

 ソ連軍の夜襲に備え、小銃の点検をしているドイツ軍兵士。他方、家族を悪名高いナチス親衛隊に殺害され、復讐の為、パルチザン部隊に加わった14歳の少女。

 

 不気味な、天空の赤いカーテンを見た多くの人が、一時の間、仕事や任務、家族の事、更には敵への怒りや憎悪を忘れてオーロラに見入った。

 

 

 翌日以降、数日間、オーロラの記事が新聞紙面を飾った。しかし、ほどなくして世間の注目は、欧州戦線や日米開戦の有無に戻った。ハルゼーも、数日後にはオーロラの事を気にする事は無くなった。

 

 ハルゼー中将は苦い思いと共に、件の航海長の発言を思い出す事になる。合衆国建国以来、最大の苦難と悪夢に直面するのには、未だ一月余りの時間が必要だった。

 

 




1 1943年11月の、ヴィシーフランス占領の際に主力艦の大半は、トゥーロンで自沈
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