本編中の(数字)は注釈で、意味は後書きを見て下さい
【春の? 細雪】
小柄な少女が、いちかをゆさぶっている。やがて、いちかは、ゆっくりと目を覚ます。
「……ちゃん……起きて……」
「美味しいスイーツ……出来上がりぃー」
「いちかちゃん、起きてください」
「ほへ……」
確か他のプリキュアの皆と、四葉家が所有する庭園で、花見会をやっていた筈だけど……
まず、いちかが気付いた異変は、4月とは思えないほど寒い事で、次に空気が非常に澄み渡っていて、排気ガスや工場排煙の嫌な臭いを全く感じない事だ。
先程までとは違う冷たい風が野草を揺らし、彼女達の頬を撫でた。
「寒いよー」
「さっきまで快晴だったのに、雲量10です。完全に曇りです」
彼女達の肩に、白い粉が模様を作り始めていた。
「曇りどころじゃないぞ、雪降ってるよ」
「あ、あおいちゃん……本当だ雪降ってる」
同じく起きて来た立神あおいの言う通り、本降りでは無いが、細かな雪が降り始めている。
「ひまりちゃん、東京で4月に雪降った事あるのかな?」
「確か2009年の4月17日に降雪記録があるみたいなので、おかしくは無いです」
それなら4月に雪降ってるのは、十分にあり得る事態だろうと、いちかは安堵したが……
「いちか。確か、あたしたちは全員、大貝町の庭園でお花見してた筈だぞ」
周囲を見渡すと、そこは河川敷で、左手を見ると京浜急行らしい鉄道車両が、川を渡って行く。
「きらっとひらめいた! ここは多摩川だ」
あおいとひまりが、それに同意しようとした瞬間……
「ぺこー」
と間の抜けた声が聞こえて来た。
「ぺこりん、良かった無事だったんだね」
「ぺこりん、慌ててどうしたんだ。まさか、いちご坂が消えたとか?」
「あおいちゃん、科学的にそんな事は起きませんよ」
「そうぺこ! いちご坂が消えてなくなったペコ!」
「なっ!」
あおいは絶句して停止してしまったので、いちかが交代した。
「ぺこりん、落ち着いて説明して。いちご坂の町が無かったの?」
「町は有ったペコ。でも、いちご山は無くなって、水田や畑だったペコ」
「どういう事でしょう? まさか新たな敵! でも、今までのプリキュアの敵は、そんな事……」
「キラパティも無かったペコ! いちかや皆の家も無かったペコ」
「どういう事だ? やはりエリシオみたいに、キラキラルを奪う敵の仕業では? それに妙に静かだ。いや静かすぎる」
いちかとひまりは、あおいの発言に頷いた。妙に静かすぎる。ここは品川の南という事になり、本来なら車の走行音や、羽田に離着陸する飛行機の騒音が聞こえなければならない。
全く聞こえないと言う訳でも無く、工場の操業音は聞こえるし、遠くから微かに車の走行音も聞こえてくる。
空を見上げると、一機の旅客機らしき飛行機が羽田に向け降下している。
「あおいちゃん、あの飛行機プロペラ機だよ」
現代の日本でも一部の離島にある空港にプロペラ機が就航しているので、おかしくは無いが……
羽田に着陸しようとしている飛行機は、それとは次元が違うほど古い機体に見えた。
3人は知らなかったが、着陸しようとしていたのは、米ダグラス社の傑作旅客機ダグラス『DC-3』で、世界中で愛用され2017年でも一部は現役だと言われるほど長く使用されており、日本でもライセンス生産され、『零式輸送機』として活躍した。
「大変ペコ! 東京タワーもドームも無いペコ。都庁もスカイツリーも無いペコ! 豊洲市場予定地は海だったペコ。でも、築地市場は有ったペコ」(1)
3人は不思議に思い、自分達の周囲に視線を向けた。
剣城あきらが落ちていた新聞を見つた。それは古いものではなく、昨日今日、捨てられたであろう新しい紙面だった。
立神あおいが、その日付を見て声に出した。それを聞いた残りの二人が目を見張った。
「昭和18年11月5日?」
「え、これって新しい新聞よね? どういうこと?」
「あたしたち、2017年に居たわよね?」
確かにぺこりんが言う通り、辺りの風景が全く違った。自分達の住む世界と違うという疑念が、3人の脳裏をかすめた。
「今すぐ、いちご坂に行ってみる?」
あおいの提案に、ひまりといちかが同意しかけた時、上流から叫び声が聞こえて来た。何人かの子供が川沿いを走っている。子供達の視線の先を見ると、一人の子供が溺れている。
いちかとあおいは、即座にホイップとジェラートに変身し、空を飛んで助けに向かう。
「ひまりちゃんは誰か大人の人を呼んできて!」
「わかりました!」
ホイップとジェラートは、水の流れが弱まった瞬間に、溺れていた小学生くらいの男子を無事救いだし、そのまま向こう岸に下りた。
少年の意識はあり、咳き込み、水を吐き出した。
「よしよし、よく頑張ったね」
まだ恐慌を来たしている少年の頭を、安堵させるかのようにいちかが撫で、優しく声をかけた。
「水も吐いたから大丈夫だね」
「油断しないで、全身が濡れてしまっているから、この寒さだと直ぐに拭かないと肺炎になる危険が」
キュアショコラこと剣城あきらが、子供にタオルが差し出した。
「まだ小さいから、万一、肺炎になったら命の危機だよ」
「お医者さんを連れて来たわ」
そこに、ひまりと合流したらしい琴爪ゆかりが、大人の人や近くの病院の医者を連れて来た。
医者の診た所、水は全て吐き出したので、命に別状は無いだろう。しかし、念の為に病院で診察が必要だと言うことだった。
「お姉ちゃん、ありがとうございました」
少年は礼儀正しく挨拶する。
「お兄ちゃんも、ありがとうございました」
落ち込んだあきらを、ゆかりが慰めている。
「あきらさん、あの子も悪気が有った訳じゃないから」
「あたしも、最初は、あきらさんを男の人だと勘違いしたから」
追い打ちをかけられたようで、憮然とするあきらであった。
「私たち、何か忘れてませんか?」
「何だろう? ぺこりんが何か変な事、言って無かった? 都庁も、東京タワーも無かったとか」
並んで首をかしげる、あおいとひまり。気が付くと、2台ほどのトラックが堤防で停止し、カーキ色の軍服を着用した10人ほどの男性が走り出した。腕には、《憲兵》と書かれた腕章を付けている。
「憲兵? なんで、そんな人たちが居るの?」
「戦時中では、軍内の違反者を拘束したりするのが仕事だったかしら? でも実際は、東条英機総理の私兵として、自分に反抗するものや軍内部の和平派を拘束していた筈よ」
班長らしき憲兵と思われる男が、いちか達に向かって来る。
「妙な服を着た人達が、倒れていると通報を受けた。君達は……その服はどう見ても外国製だな? アメリカのスパイかも知れないので、連行する」
1 築地市場は、1935年3月に日本橋から築地に移転
タイムスリップした人が、異変に気付くパターン
1 ラジオ放送を傍受して、ニュースの内容から異変に気付く。(檜山良昭氏の架空戦記)
2 月齢が一夜で、満月から半月に変わる。(かわぐちかいじ氏作・ジパング)
続きは明日投稿します。近日中に番外編で、年表を投下します。