たとえ関わりがなくとも。   作:warlus

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第1話

「あ、いた。止まりなさい、そこの守護者のアーチャー」

エミヤがカルデアの廊下を歩いている時のことだ。

背後から鈴を転がすような声がしたので振り返ってみれば、彼の目に真っ白な毛玉が飛び込んできた。

ツイと視線を上にあげると、真っ白な熊の上に一人の少女が跨っていた。先日召喚されたという、シトナイという名前のハイサーヴァントだ。

「…これはこれは、複数の女神の霊器を取り込んだハイサーヴァントが、守護者風情に何の用かね?」

エミヤは驚いた意趣返しとばかりに嫌味ったらしく声を返したが、とうのシトナイは特に気に掛けた様子もなくマイペースに熊の上から降りる所だった。

「うん、あのね?私ここに召喚されたばかりなんだけど、まだこの施設の事とか全然わからないの」

「それで?」

「それで、マスターに案内してもらおうと思ったのだけれど、課題…?みたいなのをしないといけないみたいで、案内できないんだって。

そしたら、守護者のアーチャーに頼めば親切に案内をしてくれるだろうって」

「提案された、というわけか。まったくあいつめ…少し私の事を便利に使いすぎではないかね」

あらましを聞いたアーチャーは、頭がいたいという風に自身のこめかみを手で抑える。

「私もこれから料理の準備をしなくてはならないから、忙しいのだがね」

「知らないわ、そんなの。私が案内しなさいとお願いしたのだから、案内するべきよ」

「これだから女神というやつは…」

お手上げだ、という言葉を呟かずに、エミヤは参ったというふうに手を上げてアピールする。だが、今までエミヤの素ぶりに気にした風で無かったシトナイが、彼の言葉に僅かに顔を顰めた。

「女神だからじゃないわ」

「ん?」

「お姉ちゃんだからよ。弟は姉の言う事に絶対だもの」

「…その独特の価値観はともかくとして。生憎、アイヌの女神と姉弟の契りを交わした覚えは無いのだがね」

シトナイの物言いに一瞬言葉に詰まりながらも、エミヤはすぐに普段のニヒルな調子で言葉を返す。

「ええ、私も貴方なんて知らないわ。でも、貴方は日本出身の近現代サーヴァントでしょう?なら私の方がお姉ちゃんよ」

「…君のその物言いだと、マスターも弟ということになるが?」

「ええ、そうよ?マスターも私の弟」

当たり前だ、という風にシトナイはエミヤの言葉にこたえる。

その様子を見てエミヤはもう一つため息をついた。

「どうやら、君にはこちらの理屈を通そうとしても無駄らしいな。

良し、いいだろう。私で良ければこの施設を案内するとしよう」

「うん、よろしくね。さ、行こうシロウ」

エミヤの言葉を受けたシトナイはニパッと向日葵のような笑みを咲かせ、使い魔の熊の背に再び飛び乗った。

「…その使い魔の名前はどうにかならんのかね?」

「どうして?可愛い名前でしょう、シロウ」

ニマニマと、維持の悪い笑みを浮かべてシトナイはエミヤに言葉を返す。

「君はどこまで…ああ、いや、いい。まともに取り合っても仕方ないのだろう。

ついてきたまえ、順番に案内しよう」

 

 

「ここは正面ゲートだな、ここから人が出入りする。

外はまあ、ご存知の通り常に猛吹雪だが…出てみるかね?」

「いやよ。私寒いの嫌いだもの」

「アイヌの女神なのにかね?」

「まあ、この身体になってからは寒いとか感じなくなったから良いけれどね。それでも、寒い所で育ったからと言って、寒いのが得意とは限らないでしょ」

「道理だな」

 

「ここはミーティングルームだ。スタッフ達が打ち合わせをしたりサーヴァントが会合を開いたりしている」

「今は…円卓の騎士達が会議を開いてるわね。絡まれたらお互い面倒だし、後にしましょう」

 

「ここは娯楽室だな。各種ボードゲームやゲーム、あるいは娯楽映画などが納められている」

「まあ、ここは楽しそうね。そうね、こんな僻地ですもの。

遊びの一つでも無ければ耐えられないわ」

「子供サーヴァントも良くここを利用している。友人を作るならここに顔を出すのも手だろう」

「ふうん…貴方、いま私の事を子供扱いした?」

「さて、何のことやら」

 

「ここは書斎だな。主に作家サーヴァント達の溜まり場だ」

「あ、さっきの所に本がないと思ったらここに納まっているのね。

魔道書なんかもあるのかしら」

 

こんな感じで、二人は一つ一つの場所をあーだこうだと言い合いながら、見て回っていった。

そして最後に、エミヤは自分のテリトリーとも言える場所へと案内する。

「そして最後にここが食堂だ。サーヴァントもスタッフも入り混じってここで皆で食事を取る」

「ふうん」

シトナイはそう一言呟いて、周囲をキョロキョロ見渡す。そんなシトナイを一瞥して、エミヤそそくさとキッチンの中へと入っていった。

「待っていたまえ、お茶とつまむものでも持ってこよう」

「そうね、なら紅茶をお願い」

「アイヌのサーヴァントなのにかね?」

「北欧の女神も混ざっているもの」

言いながらシトナイは部屋の外にシロウを待機させ、たくさんある椅子の一つに腰掛ける。

そうして少し待っていると、やがて紅茶のいい匂いが辺りに充満し始め、お盆にティーセットとクッキーを一式持ったエミヤが現れた。

「お待たせした」

ごく慣れた手つきで、エミヤは二つのカップに紅茶を注ぎ、シトナイの対面の席に腰を下ろした。

二人が同時に紅茶に口をつけ、少しの間場に沈黙が生まれる。

「…安物の茶葉の割に悪くないわね」

「お気にめしたなら何よりだ。それで、何かわからない所などはあったかね?」

「特に無いわ。完璧な説明だったもの」

「そうかね」

自然、会話が途切れる。

これはカルデアにおいては特殊な事であったが、エミヤは普段の彼に対しては不愛想に過ぎたし、シトナイは普段の彼女にしてみれば静かに過ぎた。

二人ともそのような状態であったため、会話がとにかく長続きしなかったのだ。

5分ほど無言の状態が続いた後、タイミングを見計らうようにエミヤが話を切り出した。

「…聞いてもいいかね?」

「なーに?」

「君は、どこまで知っているのかね?」

シトナイがちらりとエミヤの方を見ると、エミヤも真っ直ぐな視線でシトナイを見つめていた。

その視線で、シトナイはエミヤがこの質問のためにだけこの場を用意したのだと理解した。

シトナイはそんなエミヤの視線に相好を崩し、悪魔のようにニヤニヤとした笑みを浮かべる。

「さーあ、何のことかしら?」

「はあ、真面目に応えるつもりは無いということかね?」

「どうでしょうね」

悪魔の尻尾が見えそうなシトナイの笑みに、エミヤ直ぐにお手上げだと諸手をあげる。

「君が応えるつもりが無いのなら、俺は取り合うつもりは無いぞ」

そんなエミヤの様子に、シトナイは笑みを仏頂面に替えて、つまらなそうに椅子から飛び降りた。

「なに、もう終わり?からかい甲斐がないとつまらないわ」

「どこへ行くのかね?」

椅子から立ち上がりスタスタと食堂の外まで歩いて行くシトナイに釣られて、エミヤも立ち上がりついて行く。

「私、自室に戻るわ。貴方と一緒に居てもつまらないもの」

「そうかね、それは悪い事をした」

「なによそれ、なっまいきー」

悪びれた様子もなく、エミヤは皮肉げに笑い飛ばして言葉を返した。そんなエミヤの様子にシトナイは頰を膨らませて不満を表しながら、無詠唱で転位魔術の術式を展開して行く。

別に狙ってそうしたわけではないが、結果的にエミヤがシトナイの転位を見届ける形になった。青い光が円柱状に広がり、シトナイとシロウを包み込む。

「ねえ、守護者のアーチャー?」

「なんだね」

「私ね、シトナイの真名で、ロウヒとフレイヤの神性を取り込んでいるけど、仲のいい人には別の名前で呼んでもらっているの。

--だから、次会う時はイリヤって呼んでね。おにいちゃん」

「なっ…」

思わず、声が詰まる。エミヤが二の句を継ぐ前に、シトナイとシロウは転位した。

光は瞬く間に収束し、僅かな青白い燐光のみが残る。

それはまるで、この地には似つかわしくない温かな淡雪のようであった。

エミヤは我知らず手を伸ばし、その閃く燐光を摘む。勿論、魔術の残滓など直ぐに消えてしまうものだ。エミヤが手を閉じた時点で、そこには何も残っていない。

それでも彼は、そこに何か大切なものが残っているかのように、ぎゅうと拳を握りしめて、自身の胸に当てた。

言葉に出来ない感情が、エミヤの胸に飛来する。

これは、もう取りこぼしてしまった記憶の残滓か。それとも、未だに想いが胸のどこかに取り残されていたのか。

「まったく、困った姉もいたものだ」

エミヤはそう言って、皮肉げなそれとは違う笑みをこぼしたのだった。

 

 

ザブザブ、ガチャガチャ、キュッキュッ、ガチャン。

ザブザブ、ガチャガチャ、キュッキュッ、ガチャン。

後日、いつも通り食堂が夕餉のラッシュを終え、キッチンメンバーは食器を洗っていた。

もはやメンバー達の行いも手馴れたもので、小気味良い音がキッチンに鳴り響く。

「料理長、何か良いことがあった?」

ブーディカはザブザブと食器を洗いながら、エミヤに言葉をかける。

「その料理長という呼び名はやめて欲しいのだがね?良いこととは?」

ブーディカが洗った食器を布巾で拭きながら、エミヤは困ったように言葉を返した。

すると、バタバタと食堂から食器をタマモキャットが運んできて応える。

「ニャハハハ、それを無理というものなのだな料理長。

エミヤマンは自覚出来てないかもしれないが、機嫌がいい時は鼻唄を歌っているのだぞ」

そう言って、また直ぐにキッチンの皿を下げに行く。

「…まあ、そういう事さね。珍しく鼻唄を歌いながら食器を拭いているものだから、何か良いことがあったのかなーって。

この前のシトナイちゃんが原因かな?」

苦笑いをしながら、ブーディカはエミヤに問い掛ける。

すると、それまで淀みなく動いていたエミヤの手がピタリと止まった。

「なぜ、そこでシトナイの名前が?」

「いやさ、彼女、貴方を尋ねに一度食堂に来たんだよ。カルデアの施設を案内してもらいたいんだけど、普段どこにいるのかって」

「いや、確か彼女はマスターが忙しくて案内できないから私を頼ったという話だが」

鳩につままれたような顔をしながら、エミヤは尋ねる。すると、ブーディカは訝しげな顔をして首を傾げた。

「あれー?でも私、折角だから私が案内しようかって聞いたら断られたんだよ。

彼に案内してもらいたいんだって」

「それは…妙な話だな」

二人揃って首を傾げながら食器を片付けていると、タマモキャットが汚い食器の追加を持って来ながら、再び会話に加わって来た。

「む?それの一体何が不思議なのだ?」

「え、キャットはどういうことかわかるの?」

ブーディカがキャットに尋ねる返すと、キャットは呆れた顔でこう言ったのだ。

「むう、不器用マンのエミヤはともかく、ブーディカまでわからないとは、案外不得手なのだな。

言うまでもないであろう。そこの不器用マンをわざわざ訪ねて来たという事は、カルデアの施設案内自体は名目で、エミヤと話すことこそが本当の目的だと言うことなのだな」




「ブオッフ」

「ん、なーに?シロウ」

「バフッ」

「あれで良かったのかって?
うん、私はもう満足よ」

「バウッ」

「そうね、充分話せたと言えば嘘になるけれど、私たちはあれで良いのよ。
私とあのアーチャーは、本来関わるべきじゃないんだもの。
だから私は、あの『士郎』にもこんな可能性があるんだと判れば、それで充分なの」
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