逢魔ヶ時に鬼魔は来る。   作:庵パン

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一節が終わるとピニョーンと前年まで遡ります。
最初は1章全部投稿します。


蛇神の民と異界
1話


街灯の乏しい武蔵野の住宅街の屋根を、一体の怪異が飛び跳ねる。

下腹部の突き出たそいつは、如何にも餓鬼という風体の怪異。

また1つの屋根を飛び越え、昼間の屋敷へ来た人間の元を目指す。

多摩の大地が草木に覆われていた山野だった頃、幾人もの修行僧によって異界に追い出されたそれらは、永い眠りを覚ませてしまった人間を目指し、明らかにヒトとは違う眼を煌めかす。

その意志は異界から現世に呼び戻したことへの謝意か、眠りを覚ましてしまった人間への怨嗟かは知れない。

だが人間の世界にいてはいけない存在であることは明白だった。

人間に伝わる伝承では人畜を襲い、その肉を引き裂き喰う化物とされる。

また一つ人家の屋根を越える妖魔。

ふいに、その身体が濡れた紙の如く四方に弾け飛んだ。

鬼火を残し、消滅するそいつ。

発生地点でケリを着けてくれたら秋山・一磨(かずま)の出番は少なく済みそうだが、今倒した者の他にも妖気が感じられる。

超常の力を複数覚えた今だが、束で来られたら自分の身を守るのも難しいだろう。

胆試しか何か知らないが、上木少年とその友人も面倒なことをしてくれたものである。

一磨が子供の頃なら絶対にしない遊びだ。道祖神へのお供えを勝手に食べただけで近所の大人に殴られたものである。

今思えば、健眼一磨が知り合った妖怪と共に妖怪を倒すことになったのも、小さい時から近くの大人や母に妖怪の話を聞かせて貰ったのが無関係ではない。

二体目の怪異を見つけ、人差し指を向けて構える。

放つ超常の力は指鉄砲。数ヵ月前に古い妖怪から教えて貰った妖術である。

今の一磨が持つ妖力と体力の過半を使うから連射はできないが、離れた相手を倒すのに他に術はない。

狙いに自信はあるが、外したら人家に被害がでてしまうので敵の進行方向に回り込むと餓鬼の後方遠くに脚の無い妖が夜空を飛ぶ姿を見た。

「あれは……」

見付けたソレは、皮膚も肉も無い怪異。

白い頭蓋骨をもたげ、一磨に向かって来るのは狂骨という化物。

人間なら誰もが一つは持ってる頭蓋骨だが、古来より死の象徴としても知られる。化物は少々見慣れた一磨だが、見ていて余り面白いものではない。

更に言えば、その力は未知だ。こういう化物こそ発生地点で止め、滅ぼして欲しかった。

呼吸を整えた一磨が超常の力を放ち、それを胴体で受けた餓鬼は四肢を捥がれて鬼火を走らす。

少し遅れること数拍。胸骨に向けて放たれた指鉄砲は彼の妖の胴体を捉えた。

だが、止まらない。攻撃を受けて若干押されたようだが、圧倒的な妖気せいか超常の力は阻まれてしまった。

脚の無い躯が一磨に迫る。

 

一磨がこの世界に身を投じたのは、3ヶ月前の事件に始まる。

 

 

*  *                               *  *    

 

 

時が過ぎるのは早い。

一磨が故郷を出てからもう20年目に入ろうとしている。

今更であるが、気付けば自分も中年という年齢に両足を突っ込んでることに一磨は虚じ、深い溜め息を吐いた。

今まで生きて来て何も良い事がない。

いや、子供と言える頃は何かと良い事もあった筈だ。

友達も多かったし、兄弟仲も悪くはなかった。

父と祖母は厳しかったが、祖父と母は優しく守ってくれた。その2人は、今はもう居ないのだけれど。

そもそも、ここから故郷までは400km以上離れているのだ。親妹弟の顔を見ることもない。

恋をしたことは今までに何度かあったが、その全てが報われずに終わっている。今ではその感情すら虚しい。

年末恒例の歌番組は知ってる歌手が殆ど出ないから、MHWを興じてた一磨は気分だけでも多くの人と分かち合おうと、チャンネルを歌番組の後の番組に回す。

しかし、万が一故郷の寺や神社が出てきたらおもしろくない、テレビのスイッチを切った。

生きていても苦労だけで楽しいことがない。それでも自らの命に終止符を打とうとしないのは、苦痛を恐れるからだ。

地獄という冥府があるとは思っちゃない一磨だが、それだけを理由に生きている。

それに……もしかしたら思わぬ幸運がこの先に待っているかも知れない。

すると彼の傍らから電子音が鳴り、ケータイに電話が来たことを知らせた。

20世紀の遺物を開いて液晶を見ると、電話してきたのは池沼という名前。

普段なら深夜に電話せてくる非常識者と思うのだが、今夜に限って言えば多くの成人は深夜を過ぎても起きている。

そうなると、池沼の行為は非難できないだろう。しかし経営者としては大いに非難されるべき男だ。

「はい、もしもし」

一磨はお決まりの台詞で電話に出た。

『まだ起きてるのか秋山! 明日は仕事あるんだから寝てろ馬鹿。6時には店に来てろ!』

仮に寝てたとしても着信音に起こされてただろう。

池沼はそれだけ言うと電話を切る。

神も仏も信じてはいない一磨だが、日本では古来から……世界でも少なくとも近代から永きに渡って新年初日は休日とされてきた。

その慣行を破ったのが何処の阿呆は知らないが、新年1日目から仕事を初めた人物は大悪人だと思う。

池沼は他人が儲けるなら、その期間を自分が儲けられないのは可笑しいと考えて従業員を働かせる。

奴の所有する企業の社員は何時もこんな目を見させられているのだ。

死後に地獄というものがあるならば、池沼は地獄行きだろう。

だが、その地獄を否定したのは他ならぬ一磨だ。

気が付けば、年を越して新年を迎えている。

年の最後に聞いた声が池沼だった一磨は、再び深い溜め息を漏らし、最後の一本となった煙草を咥えると火を点けて荒れる心を落ち着かせた。

 

 

*  *                             *  *

 

 

あれは20年も前のことだ。

高校生の半ばに家を出た一磨を、池沼は飲食店の従業員に雇った。

中卒の身分で無能力者と言って良い一磨は、此れを人の情けや厚意と受け止めたのである。

だが、世の中は彼が思う程甘いものではなかった。

無能力者の一磨に調理師免許を取る機会をくれたことは感謝しているが、その費用だって給料から差し引かれた。

時代は長期に渡る不況の真っただ中で、研修の際に同期になった者達は幸運だと思っただろう。

だが、実際に研修が終わり仕事が始まると労働環境は悪劣極まった。今で言うブラック企業だ。

ダミヤンという店は本物志向を売りにして、それで一磨も調理師免許を取る事になったのだが、出す料理の全てはセントラルキッチンという集中料理施設で作ったものを解凍して野菜を添えるだけの料理だ。

スープ類は実際に一磨が店内の厨房で作らなくてはならないのだが、決まった分量の材料と調味料で作るのだから味見はしてもしなくても一定だろう……と一磨は考える。

以前、一磨は池沼に喫煙しているところを見つかり、味が分からない料理人とは契約を切ると脅されて非喫煙者になった振りをしたが、池沼自体が喫煙者なので煙草の匂いは分からない。見えない寮と店の間でなら問題なく一服できてしまうのである。

今日もそうして寮と店舗の間にある駅のホームで3本ばかり吸ってきた。武蔵野台に寮を建てて一磨が働く店舗が渋谷にあるのだからバレる訳などない。

店に入ったら先ず出勤簿に署名してから厨房に向かい、ガスを使えるようにする。

それから念入りに手を洗うのだが、冬場の冷水は毎度のこと堪える。

夏場でも冷たい水が勢い良く出て指先に力が入らなくなるのだから、冬場は尚のことだ。

しかし衛生面に気を配るのを怠って食中毒事案でも起こしてしまうと、店は暫く業務停止となって一磨は餓えることになる。

以前にも池沼が所有する全て企業の中で全て飲食店が業務停止にされることがあった。

食中毒を起こした訳ではなかったのだが、従業員が自殺するという事件を起こしたからだ。

自死という道を選んだのは一磨の顔見知りで、同じ時期に研修を受けた女性だった。

会った時はまだ10代後半の一磨と変わらない年齢で、優しい女性だったが粗忽者だったのが玉に傷である。

研修中にも客に出した水の入ったコップを倒して客や研修元から叱られ注意されているのを、良く憶えている。

彼女の優しさは初恋の女性と似たところがあったのか、一磨は淡い恋心を抱きながらも、声を掛けれずにいたものだ。

それは好きだと思う余りに、声を掛けて期待通りの返事を貰えないことを恐れてたのしれない。

別々の店に配属されてから会うことはなくなったが、久しぶりに彼女の話を聞いたのが同期の自殺という形だった。

この時には既に人の死に対してドライな考え方を持っていた一磨は、彼女の死を惜しみ悲しみつつも、死に方については想うことはなかった。

ただ「馬鹿な死に方を」と思うだけだ。

 

 

*  *                             *  *

 

 

午前中は2組程度しか客は来ない。

どうということは無い。正月1日から店を開いてる飲食店を物珍し気に入ってコーヒーだのスープだのを頼んだ3人だけだ。

現在、中華レストランのダミヤン渋谷店にはバイトとパート、それに一磨という3人の従業員が働いていて、一磨は店長という立場だから毎日出勤している。

飲食店としては異常に人数が少ない従業員だが、これも池沼が人件費をケチるせいだ。パートの従業員は女性で、これもまた毎日出勤している。

バイトは去年の春まで大学生だった若い男性で、週5日出勤している。一磨はこの男性従業員とキッチンを預かり、そしてパートの女性従業員は客のオーダーを聞いてからキッチンにそれを伝え、客が食べ終わった食器を運ぶホールの仕事だ。

その2人の従業員は午前の内に来た。今日は明らかに赤字だろう。だが池沼がそれを望んだのだ。仕方ない。

一磨は一応正社員であるが、給料は時給制である。

時給1000円とアルバイトなら割は良いかも知れないが、正社員の給料ではない。パートとバイトは時給960円と最低賃金ギリギリの格安である。

早朝・深夜は数十円ほど高くなるが、休日と祝日は特に手当もない。

「おはよう御座います」

「おーはよ」

無気力を絵に描いたような返事を返す一磨は、7時に来たバイトの男性従業員に声を返す。

来たのは桜井・幹夫(みきお)という、やや小太りの若者だ。

履歴書では帝京大学を卒業している、従業員の中では一番の学歴が高い。

こんなブラック企業に学士が就職しているのは不思議であろうが、彼は内向きの性格なせいで新卒で内定が出なかったようである。というか、そう本人が話していた。

今はバイトしながら中卒採用を目指しているが、内向きな性格……というか、一磨と同じで若干オタクなところがあるせいか就職は中々決まらないようである。

「ちゃんと出勤簿書いた?」

「はい」

ちゃんと書かないと池沼の雇用であろうが、別の会社であろうが給料は払われない。

一磨なんかちゃんと書いているのに返事が無いという理由で1日分の給料を抜かれたくらいである。

「おはよう御座いますなのだ!」

元気よく挨拶するのは、精々中高生くらいにしか見えない女性で2本のアホ気が獣耳のようになった女性だ。

一磨は店長だから履歴書も見るのだが、学歴は一磨と同じようなものである。ただ、ジャパリ中学校卒と日本語が少し可笑しいことから日本人ではない可能性がある。名前も「新井・マス」と日本人とは思えないものだ。恐らく外国帰りの日本人なのだろう。

履歴書の特技欄には「うどんが打てる」らしいが、生憎セントラルキッチンで全ての食材を作り、冷凍してから各店に運んで使っているダミヤンでうどんを打つこともないし、そもそもうどんというメニューが無かった。

「おはよ。ちゃんと書いた?」

出勤簿を、である。

「アライさんに抜かりは無いのだ!」

元気は良いが、この娘……と思いきや、年齢は一磨と大して変わらなかった女性には若干心配がある。

出勤簿のことだと伝えると、新井は慌てて従業員出入り口に向かって行った。何のことだと思ったのだろうか?

 

 

*  *                             *  *

 

 

ダミヤン全店舗のオーナーで、名目上の経営者である池沼が来たのは午前10時を過ぎた頃だった。

「秋山は何処に行った? 来ていないのか!?」

店に来るなりデカい顔とデカい声で怒鳴り散らすように喚く。神経過敏症なのか、全く朝から五月蝿いオヤジだ。

「ここに居るでしょ!」

出勤簿に名前を書いたからと言って安心はできない。こうして返答をしなければ欠勤扱いにされてその日の給料と、それに加えて「罰金」を取られるのだ。

「お前。影が薄いんだよ」

うるせえ余計なお世話だ、と言いたい一磨だが、実際の所、彼は影が濃い人間とは言えない。高校の時分に人生を狂わせてしまってからだ。

池沼は朝の6時と7時に出勤してきた従業員がいることを確認すると、早々に乗って来た車に乗って何処かへと行ってしまった。従業員の管理を自分の目でしないと気が済まないらしいから、別の店か他業務の所有する企業へと向かったのだろう。

 

 

*  *                             *  *

 

 

一磨の予想に反して、客は午後から増えていった。

客は以前にも店に来たことがある顔が多い。以前から薄々感付いていたが、これは新井が居ることによる集客効果であろう。

実年齢は若くはないが、新井は中高生と余り変わらない見た目だ。それに小動物のような可愛さがある。

これがあるから日本語が変でも、池沼は新井をクビにしないのだろう。その目算に気付かなかったとは、一磨は池沼にしてやられた気分になった。

「店長、相談良いスか?」

五時間以上の勤務である幹夫は、客が少ない時間帯に賄い料理を食いながら一磨に相談を持ち掛けてきた。

従業員からの相談を聴くようにしたのは、15年前から一磨が渋谷店独自の習慣として始めたものだ。

池沼が所有する企業では15年前の自殺以降、自傷行為や失踪が相次いでいる。

自殺や自傷行為は労働環境が悪劣さが原因で本人が起こすとして、失踪の方は理解出来ない。

失踪するのは池沼のグループ企業の重役やそれなりに立場が高い人間達なのだ。彼らが死んでいようが廃人になっていようが知ったことではないが、そうする理由がないのである。

ただ、前に居た別の女性従業員からはスケベおやじがスケベ心を発露させて行いはじめたセクハラまがいの所業だと思われてしまったようだ。

その従業員は今現在は店を辞め、身近なアイドルを看板に掲げるタレントから程々に有名な女優へと転身している。

ダミヤンに居たのも池沼が人寄せパンダとして連れて来たのだろう。

「新井さんのことなんですけど……」

幹夫の相談内容は同僚のウェイトレスのことだった。

「彼女、彼氏居るんですかね?」

「いや、まて桜井君お前……」

まさかの男の恋バナというヤツであろうか? だとすると、一磨には良いアドバイスは出来ない。そもそも新井は中高生くらいに見えて実は一磨と大して変わらない年齢である。

しかも既婚者で子供も居る筈だ。

「実は、新井さんが妙に気になっちゃって……」

核心部分を勿体ぶらせるあたり、恋バナの可能性が強い。しかし一磨は話を急かすことはなく、一言一言をじっくり聞いていく。それが相談される側の態度として上手なものであると思っているし、相手の言いたいことを全て聞いていくのが理に適った方法だと考えてるからだ。

「えっと……要は?」

理に適っていると考えているにも関わらず、一磨は先を急かすように聞いてしまった。

恋バナであれば、それは最早叶わぬ願い。だから女性を想う苦しさを知ってる一磨は、この就職浪人の学士を早く楽にさせたいとも思っているのだ。

「新井さんの下の名前って何ですかね?」

言うかと思ったらトンだ肩透かしである。だから「新井・マスっていう人妻なんだっ」と一気に言ってしまった。

すると幹夫は「ぬぁああああああああ!」と頭を抱えてしゃがみ込んだ。衝撃の核心に触れて……というかぶつけられてショックを受けてるのだろう。

「あとな、桜井君。新井さんは子供も居て俺と大して歳も変わらないんだ」

「マジすか!?」

「履歴書見たからマジ」

納得したように立ち上がると幹夫は言う。

「世の中には信じられないことがあるんですね」

衝撃的事実のサンドバックになってるかと思ったが、見る限りでは幹夫の立ち直りは早かった。もしかしたらこういった経験が過去にもあるのかも知れない。

「まったくなぁ」

一磨の新井に対する第一印象は、不思議な感じのする少女だった。履歴書を見る限りでは少女ではなかったのだが、喋り方以外の部分で新井の存在が他の人は他の人と違うこと一磨は感じていたのだ。

強いて言うなら、それは第六感である。

 

 

*  *                               *  *

 

 

この日の夜は元旦だというのに、店内は客で溢れていた。

バイトである幹夫の労働時間は午前7時から午後16時までである。だからそれ以降の時間は一磨と新井で店を回さねばならない。

年の初めは自分の家でお節でも喰えと言いたいところであるが、新井見たさか正月の準備を惜しんだのか客が減らない。

お蔭で18時を過ぎる頃には一磨もキッチンだけではなく、料理を客に出すホールの仕事も兼任しなければならなかった。

「待って欲しいのだ。待って欲しいのだ!」

食器を何重にも重ねた新井がホールとキッチンの間を行き来する。ワゴンに乗せれれば安全に運搬できるのだが、ワゴンには豚の角煮と丼茶碗一杯の五穀米を載せて一磨が使っていた。

しかし新井の危なっかしい光景を見て、一磨は早いところ注文された品を配ってワゴンを新井に使わせなければならないと思う。このワゴンが1台しかないというのも池沼のせいだ。

合理化で余計な予算を削っているとヤツは言うが、事故を起こす可能性を考えれば合理的とは思えない。

注文された品を配り終え新井にワゴンを譲ろうとした時、それは遂に起きてしまった。

何段にも重ねていた皿はバランスを崩し、地面へと落下していく。

「あぁ!」

人間の視覚は不思議なもので、危機的な状況になるとそれがスローモーションに見えることがある。

脳が誤作動を起こしてそう見えると言われているが、タキサイキア現象といって脳の情報処理速度が瞬間的に高まった結果と言われている。

だが脳の情報処理が早くなったからと言って皿が落ちる前に受け止めることなどできない。

新井が落とした5枚の皿は床にぶつかって砕け散ってしまった。

「ご、御免なさいなのだ!」

助かった1枚の皿を抱きながら新井が誰ともなしに謝る。

近くにいた老婦人が彼女に助け船を出そうと屈んだが、その時になって一磨はようやく駆けつけて来れた。

「申し訳ありません!お客様、お怪我はなかったでしょか?」

老婦人に怪我がなく、服に汚れもなかったことを確認すると新井と共に割れた食器を片付た。

「新井さんも怪我なかった?」

聞くと、彼女は頷いて怪我はないということが判る。

破片1つ残らず片付けた一磨と新井は次の注文に応えるために再びキッチンに向かった。しかし新井は怯えながら言う。

「ごめんなさいなのだ。クビにしないで欲しいのだ!ごめんなさいなのだ!」

そう言われても、一磨に人事権はない。人事に関することは全て池沼が握ってるのだ。

「いや、まぁ大丈夫でしょ」

身も蓋も無い話、新井は池沼にとってはドル箱なのだし多少の失敗があっても手放そうとは思わない筈。だが新井の怯え方を見ると、以前に失敗したことで池沼に契約解除をチラつかせて脅かされた可能性もある。

新井を見ていると15年前に自死という道を選んだ彼女を思い出す。名も顔も思い出せないが、記憶の中では良い娘だったことは憶えている。

「池沼には何度もプラスチック製の食器にしろって言ってたんだよ。こういうことも覚悟して陶器を使い続けてたんじゃない?」

だから新井には責任は無いのである。そもそも池沼が店にいる時間は至極短い。食器が減ったことに気付くかどうかも怪しい。

「まぁ失敗は誰にでもあるし、次から気を付ければ良いんだよ。でも、次からは少しずつ運ぶとかさ、どうすれば失敗しないようになるか考えなきゃ」

「そ、そうするのだ」

食器にも限りがあるのだ。余り減り過ぎると流石にバレる。新井と口裏合わせて黙ってれば平気だ。

「この恩は忘れないのだ。きっといつか恩返しするのだ」

「いや恩って程のことでもないんですが……」

この小動物のような雰囲気のある中年女性は、言うことが何かとオーバーだ。

一磨は新井に「失敗は誰にでもある」と言ったが、この世には取り返しのつかない失敗というのも多い。それで人生を狂わせたのは一磨自身だ。いつか、機会があればそのことも新井には教えた方が良いだろう。

 

 

*  *                             *  *

 

 

元旦は祝日なのでオーダーストップは23時までだ。

しかし流石に深夜という時間帯に来るような客はいない。居たとしてもコーヒー1杯で長時間駄弁ってるような連中だ。このような輩は、店の開店が悪くなるとかで池沼が警備員を雇って追い出すことにしている。

しかし他企業からの派遣型警備員なので正月は来ない。だから4人の若者がローストコーヒ-2杯で22時半辺りから駄弁っていた。

他に客も居ないので放っておいたが、営業時間は午前0時までである。ダミヤンが非常にブラックな職場であることは渋谷界隈でもインターネット上でも有名な話だが、目立った罰則は15年前に暫く業務停止になっただけだ。

「秋山さん、新年早々からご苦労様です」

コーヒー2杯で駄弁ってる若者の1人が一磨に労いの言葉をかける。

一磨は彼等と顔見知りで、かなりの苦労人として知られていた。

「ホント朝から苦労したよ。お前らも夜はちゃんと寝ろよ」

老婆心で言うが若い彼等には口煩い小言にしか聞こえないだろう。だが苦労人の言葉として心に留めてくれてれば良いのである。

一磨は目に見えないものは神であれ仏であれ、人の心であれ信用しない。視ることが出来たら苦労しないのだ。

しかし自分の苦労を解り、労ってくれるというなら救いもある。

解ってくれる他人がいるというだけで精神的に楽になれる。

 

営業時間は午前0時だが、一磨にはまだ仕事がある。

使った分の食材をセントラルパークに発注しなくてはならないのだ。

「お先に失礼するのだ」

そう退社の挨拶をする新井に挨拶を返す。

「店長はまだ帰らないのか?」

「1日から客が多かったからね。発注を済ませてから」

「なら待ってるのだ」

「そこまでせんでも……」

と思うのだが、新井の住居は一磨より渋谷に近い調布だという。

 

元旦は祝日なのでオーダーストップは23時までだ。

しかし流石に深夜という時間帯に来るような客はいない。居たとしてもコーヒー1杯で長時間駄弁ってるような連中だ。このような輩は、店の開店が悪くなるとかで池沼が警備員を雇って追い出すことにしている。

しかし他企業からの派遣型警備員なので正月は来ない。だから4人の若者がローストコーヒ-2杯で22時半辺りから駄弁っていた。

他に客も居ないので放っておいたが、営業時間は午前0時までである。ダミヤンが非常にブラックな職場であることは渋谷界隈でもインターネット上でも有名な話だが、目立った罰則は15年前に暫く業務停止になっただけだ。

「秋山さん、新年早々からご苦労様です」

コーヒー2杯で駄弁ってる若者の1人が一磨に労いの言葉をかける。

一磨は彼等と顔見知りで、かなりの苦労人として知られていた。

「ホント朝から苦労したよ。お前らも夜はちゃんと寝ろよ」

老婆心で言うが若い彼等には口煩い小言にしか聞こえないだろう。だが苦労人の言葉として心に留めてくれてれば良いのである。

一磨は目に見えないものは神であれ仏であれ、人の心であれ信用しない。視ることが出来たら苦労しないのだ。

しかし自分の苦労を解り、労ってくれるというなら救いもある。

解ってくれる他人がいるというだけで精神的に楽になれる。

 

営業時間は午前0時だが、一磨にはまだ仕事がある。

使った分の食材をセントラルパークに発注しなくてはならないのだ。

「お先に失礼するのだ」

そう退社の挨拶をする新井に挨拶を返す。

「店長はまだ帰らないのか?」

「1日から客が多かったからね。発注を済ませてから」

「なら待ってるのだ」

恐らくこれが恩に感じていることを態度で示してるのだろう。

「そこまでせんでも……」

と、思うのだが、新井の住居は一磨より渋谷に近い調布だという。

とは言え、平日ならいざ知らず元旦である。終電の時間は大丈夫なのだろうか?

「ちょーふなら歩いても結構すぐなのだ」

「そうなんですか?」

東京に来て20年になるが、渋谷の周辺はダミヤンから駅までしか歩いたことのない一磨は距離感が解らない。懐に余裕が出来たら徒歩旅行も考えただろうが、毎日を生きていくので余裕がなかった。

 

発注が終わり、火の元と鍵を閉めてから京王線の駅まで行くと、案の定終電は過ぎていた。

新井は徒歩で調布まで行くようだが、武蔵台まで帰らなくてはならない一磨は今の時間から徒歩で帰るのはキツイ。

仕方ないから近くのカプセルホテルで一泊することにする。道玄坂に安く泊まれるところがあったはずだ。

踵を返して駅の出入り口に向かおうとすると、一磨は眩暈を覚えた。

産まれた時は皆に祝福されて産まれてきたのに、死ぬ時は独りだろう。そして今のままだとその時はそう遠くない未来だ。

池沼は金ずくで社員を消耗品のように使い古して行くが、それは只管墓穴を掘るのと同義語である。人を呪わば穴二つという。しっかり1つのに穴は池沼本人に入って貰わないと困る。

一磨は、懐に忍ばせた暗器を肌身離さず持ち続けている。




シリアス書いてて辛い………。
なので偶にユルイのが来ても勘弁して下さい。
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