逢魔ヶ時に鬼魔は来る。   作:庵パン

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前書き無いと寂しいんで書いておきます。
からくりサーカスやうしおととらの原作者である藤田先生は天才です!
それだけを言いたかったんです。
今作でもそんな感じに熱くて直向きに生きる男を書きたいんじゃァ!


2話

秋山(あきやま)一磨(かずま)が産まれたのは、季節外れの大雪が降る霜月の中日(なかび)だった。

この時期に雪が降るのは、その地域では珍しくない。だが予定より早いお産に、両親は慌てた。

それでも二世帯で同居していたことが幸いしたのだろう。祖母が助産の経験があり、難産ではあったが一磨は無事に産まれたのである。

両親の家系は長らく県内の出身で、お互いに実家が近い。母の実家は近隣の町にあるのだ。

そして互いの生業は、共に第一次生産者だ。

祖母と父はとても厳しい人間で、一磨は5歳の頃から躾で折檻されたものだ。

一方、祖父と母はとても優しいもので、いつも緋色の瞳を一磨に向けて笑っていた。その母に一磨は良く庇われていたものである。

祖父と母は多くの伝記や昔話を知っていて、恐ろしいだが覗きたくなるような妖怪や化け物の話を沢山話してくれたし、一磨はそんなを2人によく話を強請っていたものである。

今にして思えば、一磨の最初の恋の相手は母だったと言えるだろう。敢えて言うならば淡い恋心だったが、幼い一磨が自身の感情の正体に気付くこともない。

父の一也は母と祖父が一磨に甘いのを快く思っていなかったようで、度々両親と祖父母が言い合いするのを一磨は見ることになった。

そんな中、一磨は今までのように母に甘えることができなくなる。6歳違いの弟…(みのる)が産まれたからだ。

下に兄弟が出来れば、一磨は兄として、男としての姿を見せなければならないと幼心にも感じたのである。

更にその3年後、妹の朱美(あけみ)までもが世に誕生したのである。こうなると、母を独占する訳にもいかない。母、秋山・恭代 (かずよ)と過ごせる時間は極端に減ってしまった。

弟や妹が出来ると一磨の言動は今まで通りという訳にはいかない。多少の無茶をして悪ガキと呼ばれることもあったが、その度に親父には殴られて近くの寺で坊さんの説教を聞かされたものだ。

一磨の子供時代は悪ガキではあったが年下世代の面倒見は良く、それでいて極度のマザコンというものである。

蒼い羽根を珍しい蝶を捕まえ、標本にして取っておこうとしたが、そこを恭代に見つかり生き物の命はかけ替えのないものだと説教されて手放したことがある。

怒られた訳ではないが、一磨が実母に叱られたのはこの1度だけである。

坊さんに言われても改まなかったことは多いのに、母親に言われれば一度で聞いてしまうくらいだ。

一磨がマザコンらしいことは、同世代の友人を始め多くの人が知ることになる。そのことで揶揄われることも多かったが、総じて見ればこの時代の3世代家族の生活は幸せだったと言えよう。

夏になれば友人の他、弟や妹を連れ立って近所の河原で魚を採ったり蛍を捕まえるなど、概ね幸福な少年時代だった。

だが、そんな幸せの終焉は前触れもなく突然訪れたのである。

 

 

*  *                             *  *

 

 

それは何の前触れもない、突然のことだった。

母が死んだのだ。

近くの里山の中で、首を吊って死んでいたのである。

中学生になっていた一磨は部活の最中に職員室に呼ばれて知ったが、最初に母を見つけたのは、未だ幼い朱美だった。

2度と動くことのない、優しい緋色の瞳で笑いかけてくれることのない母を見て、妹は混乱しただろう。

母にすがり、泣きながら何度も声をかけていたところを妹の友人達が見付けてくれたのである。

彼等に呼ばれた近所の大人達が妹を保護したが、彼女はその日以来、喋らなくなった。

言葉を失ってしまったのだ。

突然の知らせに一磨も……いや、一磨だけではなく家族皆が耳を疑った。

しかし現実に母の遺体を見せられれば、否応なく現実と認めざるを得ない。

書置き…或は遺言は母の実家に残されていた。

跡に残す子供達と夫へ。そして先立つことに対する祖父母への不幸を謝罪が書かれていた。

母が何を考え、何故死を選んだのか知る者は居ない。

一磨は母が死んだこと自体否定したかったが、母の居ない日常を送る日々でその死を認めざるを得ないようになる。

ならば他殺であって欲しかったが、それは日々溜まっていく憤りを誰かにぶつけたかったというのもあるし、坊さんから説教されたように多くの宗教では自殺した者の魂が行着く先が地獄だからというのもある。

優しかった母の魂が、地獄に行くなどとは考えたくない。

だが、状況を見れば完全に自殺だ。自殺するそぶりなど微塵もなかったのに、母は死んだのである。

一磨を始め、子供が幼ないことで両親と姑の教育方針は度々対立することはあったが、朱美に対しては初めての女の子ということもあり父も祖母も甘かったから、この数年は意見の相違もない。

母が悩むようなことは無かった筈だ。

自殺する理由などなかった。

 

 

*  *                             *  *

 

母の死から少し経って、朱美の元に学生が来た。

医学生とのことで、朱美を治療する為だ。

朱美が言葉を失ったのは極度のストレスが原因の失言症ということで、県内の大学の医学生が来たのだ。

妹に言葉が戻るならそれで良い。だが釈然としない(わだかま)りが一磨の心には残る。

妹がモルモットのように扱われてるんじゃないかと邪推したこともあったが、医大生の中には親身に朱美に寄り添ってくれる女子大生が居る。

他人の真意は見えるものではないが、朱美は彼女のことを信頼しているようである。そうなると、朱美が母を思い出す時は彼女の顔を思い出してしまうのではないかと心配にもなる。

だが、それは一磨の我儘だ。皆の心の中から母が居なくなるのを恐れるが余り、そのように考えてしまうのだ。

母が死んだ歳の終わりに祖父が老衰で亡くなり、半年後には後を追うように祖母も他界した。

秋山の家からは、年の始めにはあった賑やかさが無くなり静けさだけが支配していったのだ。

 

 

*  *                             *  *

 

 

母の居なくなった日々を迎え、そして過ぎていく。

そんな日々の中で、一磨は父の涙を見たことがない。

自分も、実や朱美は葬儀が済んで四十九日が過ぎても母を想い、その命が絶える時の苦痛や心情を思って涙を流すのに、父の涙は見たことがなかった。

そうして一磨は成長し、県内の高校に入ることになる。父の再婚話が出たのはその頃だ。

そしてその相手は、あの時の医大生の彼女だ。

信じられなかった。

二十歳は離れた年齢だ。父は母を愛していなかったのか。

答えてくれる人間はいないし、人の心を見ることなど出来ない。

再婚した相手は実や朱美の他、一磨にも母のように接してくれるし優しい。だが母ではない。

一磨の実の母は秋山・恭代ただ1人だ。

とは言え一磨ひとりが足掻いたところで現実は変わらない。

そうしている内に継母は身籠った。一磨の弟か妹になるべき命だ。

父は、もう母のことを忘れてしまったのか? 苦悩し、混乱するが当然答えなど無い。

憎しむべきものは父なのか、継母なのか、或は皆を……一磨をおいて逝った母なのか。

一磨の苦悩は溜まり膨らむ。

その狂気が向けられたのは身籠った継母だった。

彼女を暴行し、情欲を晴らした一磨は故郷を飛び出したのである。

 

*  *                            *  *

 

一磨は20年の間、恐れと後悔の中で生きてきた。

父が幼い朱美のことを想えば、妹に母親が必要だと考えるのは不思議でもないのだ。

妊婦に性的暴行を働くということが、どれほど母胎に危険なことかも解っていたはずだ。

胎児は死亡したかと知れないし、下手をすれば継母の命だって危ない。

ならば一磨は殺人者として刑務所に入るなり、地獄行きだろう。

だが地獄を否定したのは他ならぬ自分だ。

何れにせよ自らの脚で官権に赴く必要がある。

だが、まだそれは出来ない。

多くの従業員を過労で使い潰した池沼に刑事責任を取らせ、多くの被害者に賠償させるまで捕まれないのだ。

その為の証拠と知識を、一磨はこの十数年用意してきた。

あの悪逆非道な金の亡者を道連れにするまで、倒れることも捕まることも許されないのだ。

一磨の父は冷血などではなく、言葉が足らないだけだった。過去を思い出す時、そんなことを思う。

それに引き換え、一磨は母を想うが剰り考えが足りなかった。思考の袋小路に入り抜け出せなかった。

少し客観視しようと思えば抜けれた筈なのに。

それに本当に冷血なのは自分自身だ。弟と。言葉を失った妹を置き去りにして東京まで逃げて来た。自分のことしか考えてないヤツだと思う。

 

 

*  *                            *  *

 

 

渋谷のカプセルホテルに宿泊したこともあり、一磨は6時の始業ギリギリまで休むことが出来た。

昨夜……というか未明だったが、シャワールームを使って寝る支度をすれば、余計なことを考える間もなく寝てしまった。

最近は悪夢を見ることが無くなったが、昨夜は夢すら見なかった。

 

新井と桜井は昨日と同じ7時は来て、昨日より少し多いくらいの客に対応している。

9時くらいになると池沼が来た。昨日より少し早い。

「お前ら、今日は5時までだ。5時になったら帰って良いぞ」

「午後5時すか?」

「あぁ、そうだ」

ファミレスとしては有り得ないような労働時間の短さである。どうせ社労士の抜き打ち検査を警戒してのことだろう。池沼という男は変なところで警戒心が高い。

店の入り口と従業員入り口に設置された監視カメラは本物だが、キッチンに設置された監視カメラはダミーだ。

一磨が従業員入り口の前で煙草を吸った次の日に、嫌と言うほど小言と脅しを掛けられている。

キッチンにあるカメラは、向きを変えても気付かれないことから十中八・九偽物だろう。

池沼は終業時間を伝えただけで、そそくさと居なくなってしまった。

電話で伝えれば良いものを、わざわざ店に来てまでご苦労様な事である。盗聴でも心配したのだろうが、他人からの怨みを自覚する者は大変である。これからまた別の店舗に連絡しに行くのだろう。

一磨が苦労して集めた資料で訴えるまでもないかも知れない。

だが、誰かが訴えたら池沼を裁く1つの資料にはなる。

10時になると再び客が来た。

モーニングには遅く、ランチには早い時間帯に来る客はどんな生活を送っているのか気になる一磨だ。

要は、少しばかり怠けたいのである。

頼まれたのは海老を砕いてパンのような生地に練り込み、それを油で揚げたポテトチップス(芋じゃないが)の中華版と、それに添えるホットの烏龍茶だ。

これは冷凍状態のままだと固く、小さいままだが少し油で揚げると大きくなりポテトチップスのような食感になる。塩味で、口に入れると直ぐに唾液を吸い取り量を食べると水が欲しくなる代物だ。

これと烏龍茶を注文されている。烏龍茶はドリンクバーからセルフサービスで淹れることも出来るが、今回はセットで注文されている。

これと烏龍茶を注文されている。烏龍茶はドリンクバーからセルフサービスで淹れることも出来るが、今回はセットで注文されている。

烏龍茶は新井が淹れるとして、海老チップスを一磨は慣れた手付きで揚げていった。

どんな客かと思えば、昨日の老婦人だ。この人は新井が皿をひっくり返した時も拾うのを手伝おうとしてくれた人で、客の中では好感が持てる。

海老チップスは一磨が好きな味なので多目に皿に盛ろうと思ったが、見た目高齢であろう者が脂っこいものを多量に油物を食べると胃もたれを起こす可能性があるんじゃないかと考えた。

なので、池沼が定めた量より2枚だけ多く出す。

これで暫く自分の出番はない。手持ちぶさたとなった一磨と桜井はホールには届かぬ音量で互いの趣味であるテレビゲームの話を始めた。

「モンハン、全然進まんよ。櫻井君どこまで行った?」

「あぁ、僕も同じようなものです。今までのシリーズと違ってモンスターの動きが読み辛くて、全然攻撃を回避出来ないです」

どうやらそれでモンスターにボコボコにされて3キャンプらしい。

今日は早く帰れるが、「MHW」を進めるか録り溜めたDVDを視るかで迷う。

以前に日本放送局の衛星テレビで放映された番組だったが、時間を置いて地上波で放送された時に録画したものだ。

古代中国に関する内容の番組で、有史以後の太古に地球規模で起こった気候変動で幾つもの文明が滅んだ証拠を検証する内容である。

一磨は中卒であるが、勉強が嫌いな訳ではない。

池沼を訴える為に集めた知識の中には雑学というか、「脇」の知識に当たるものも多く、それらも積極的に憶えるようにしているし、古代史には興味というか浪漫がある

神も仏も信じない一磨だが、太古から人々が続けて来た文化と、それを瞬く間に破壊してしまう自然現象には興味を持ち、対策を練ることに頭脳を使うことに能動的に動く。

「店長さん、お客さんが呼んでいるのだ」

櫻井と一磨の談笑を中断させたのは新井だった。

「えっ、なに?なんだろ……」

とても穏やかそうな老婦人だ。一磨は何の咎で呼ばれたのか気になった。しかし、人は見た目によらない。20年近く前に、東京で生きる術を探して役所を訪れた一磨に対して親切そうに声を掛けたのも池沼だった。

だが今ではあのデカイ顔を見るのは憎々くて嫌だ。一磨は再び同じような思いをしないといけないのかと客の前に出て来た。

「はい、お呼びになったでしょうか」

おずおずと、(こうべ)を垂れて客の前に出る一磨に、椅子に腰かけた老婦人は言う。

「そう縮み込まないで。私はこの海老の……料理を褒めたいだけだから」

どうも、一磨の心の内を見透かされたようだ。

それとも池沼グループの噂を聞けば従業員が虐げられていることなど察し易いのかも知れない。

「えぇ、まぁ。指が油で汚れるんで人気がある品ではないんですが、個人的には気に入ってるものなんで」

それに印象の良い客が注文したというのもある。一磨は馴れてるとは言え、それなりに何時も以上に気を払って揚げたはずだ。

「店長さんのお気に入りなら美味しいわけね」

婦人は納得してから、次の話を続ける。

「そう言えば、昨日働いていた給仕の女の子、今日も出勤日なのね」

新井は決して女の「子」と言える歳ではないのだが、実年齢を知らないものがどう見ても少女だ。

「えぇ、昨日はキッチンで働いていたもう一人はバイトから上がってたんですが、人事権をオーナーが握り続けて毎日決まった3人で店を動かしてるんですよ」

「キッチンは貴方だけじゃないのね」

「はい、バイトが居まして、昨日バイトは夕方の5時までだったんですが、今日は皆午後5時までです。オーナーが抜き打ち検査を警戒してるだけだと思うんですけどね」

一磨にダミアンを庇う義理は無い。職場を庇おうとも思わないし、本当のことを言ったたのだから池沼から名誉棄損で訴えられることもない。職場が無くなるのは困るが、池沼が牢屋に入れられると同時に過去の事件で一磨も牢屋行きだ。新井はうどんが打てるという特技があるのだから、それで生きて行けばよいし桜井も今なら積極性なら就活で上手く行くこともあるだろう。

その日の12時~13時のピーク時は昨日ほど人が来なかった。

最近の日本はどれほど多くの人々が年越しの支度をしていないのか疑わしくなる。

或は、初詣に行った帰りという人が多かったのかも知れない。その可能性を考えると池沼にしてやられた気分になる。

「まぁ、今日はゆっくり出来るからなぁ」

帰ったら何をしよう。或は帰る途中に初詣か。しかし一磨は神も仏も信じぬ身。初詣に行く義理はない。

一磨達従業員は、明日に備えて鋭気を養うことにした。

 

 

 

次の日の朝一番にダミヤン池袋店に行くと、そこには小さな人影が見えた。

誰かと思って近付くと、そこには2本のアホ毛が獣耳のように逆立った小さな女の子……ではなく、良い年している女性の新井・マスがいる。

パートは7時からの筈だが、彼女は小さな子供がイタズラするといけないという理由で早く来たという。

「小さな子供って……」

「これなのだ」

言って出したのは10枚のケモノスクラッチ籤。銀色の部分を10円玉で削ると中からややディフォルメ化された獣の顔が出てくるスクラッチ籤だ。

「オーナーが来る前に2人でこれを削り倒すのだ」

「ええっ、有り難いけど何で俺が」

「店長はアライさんの恩人なのだ。100万枚に1枚の割合で1億円当たるから期待して良いのだ」

聞く話しではジャンボ宝くじが2000万枚に1枚という割合だから、1億円が当たる可能性はジャンボの20倍だ。少しは期待しても良い。

「よし! 当たったら山分けしましょう!」

 

「サクライにも山分けするのだ」

その場合でも1人3333万。1万の剰りが出るが、これは籤を買った新井のだろう。

そうし皆でこのケチなファミレスを辞めて、それぞれが行く先を選べる。桜井も受け応えがはっきりしてきたから、これまでのような努力を続けて就活すれば何処かの会社で雇われるかも知れない。

もちろん、一磨は池沼とともに塀の内側だろうが。

それでも金があると無いとでは出所後の身の振り方が大きく違うのた。

「豚が3つ揃ったからこれで200円なのだ」

「いやコレ猪だよ」

12支でやってくれりゃ解り易いものを、わざわざ猫や蜥蜴まで入れる製作者に悪意を感じる。

それでも早々に豚顔3つの200円相当の当たり籤を見つけた新井だ。

1億は鹿が3つで、次いで狐が3つだ狸より狐派の一磨には少し嬉しい。

ちなみに狸は8000万で、次に高額なのが犬、鼬、狼と続く。

狼の5000万でも良いから欲しいのが一磨の本音である。分け前を渡すと 1,6666,666,66と途方もない剰りが出てくるが、無いよりはマシである。

2人は瞬く間に9枚の籤を削っていった。

現時点で当たり籤は新井が当てた豚の200円だけである。

食べれば美味しい豚だが、こういうポジションになると3流以下に落とされるのが人類として申し訳なく思う。

「これが最後の1枚なのだ」

新井が震える声で削ってない籤を一磨に渡した。彼女は早々に5枚削ってしまったから、最後の1枚は一磨が削れということだろう。

「よし、じゃあ気合入れて」

気合いを入れようが入れまいが銀色の下に描かれた絵柄は変わらないのだろうが、気分が大切たと…一磨は思う。

一気にガリガリと削ると狸の顔が二枚出てきた。

「は、8000万なのだ!?」

「いやしかしもう1つ!」

そのままガリっと削ると、出てきたのは目の周りが黒い可愛らしい犬のような生物。

タヌキ……かと思って良く見りゃアライグマだ!?

「これタヌキじゃなくてアライグマじゃねーか!」

「申し訳ないのだ……」

「いや、新井さんが悪い訳じゃないから」

項垂れる新井は、言われてみればアライグマのような可愛さがある。ただし、アライグマは成長すると人の手には負えない狂暴性を発揮する生き物だ。

70年代後半に前にアライグマもアニメを見た日本人が多量に輸入したが、幼少期ならともかく成長したアライグマは飼いきれなくなって多く野生に返され、現在日本では害獣とされている。

そもそも「ラスカル」とは「乱暴者」意味である。

新井さんは協調性があるのでアライグマとは何の由縁もない。というか、新井は人間である。

 

 

*  *                               *  *

 

 

今日の一磨は櫻井や新井と共に労働時間を切り上げることが出来た。

池沼が労働基準監督署を警戒しているから早まったのであって、次の日からはまた20時間近い違法労働だ。

年度末までは泳がそうかと思ったが、この間にも寿命が縮んでいる人間がいるんじゃないかと心配になった。

池沼も単に従業員を使い潰すのではなく、以前に問題が起きてからは慎重になった。だからの一斉早退である。

どうやってアイツを墓穴に叩き落とすか一磨は頭を悩ませたる。

「ではここでさよならなのだ」

今日も新井は徒歩で調布まで帰るらしい。一度調布から池袋への道のりを歩いて確かめてみたいものだ。

「じゃあ僕らは駅っすね」

櫻井の家に逝くに、一磨の寮に行くにしても、山手線の内回りに乗る必要がある。

切符を買ってホームまで行くと、やけに人が多い。

新年3日目だ。初詣客や遊んで帰る人々だろう。仕事着の人間は少ない。

「店長、何か飲みます?」

不意に櫻井が聞くが、一磨の答えは「いや良いよ。駅だと高いし」というものだった。

専売特許でもないのに、J○はここぞと言うときに金儲けに走る。

そういえば、昔にも同じようなことがあった。

最初に駅の自販機で一磨にジュースを買ってくれたのは母だったが、高校生の一磨にも義母も同じように買ってくれたことがあった。

その優しい義母に一磨は自分の情欲を晴らかのように暴行して逃げて来たのだ。

もっとも最近心に残ってるのは、自殺という道を選んだあの娘だ。

義母と同じで顔も名前も思い出せないが、一磨自身がその気になれば心を通わせることが出来たのではないか?

彼女と話し合うことが出来たら、死なずに済んだのではないか。

後悔している間にも櫻井は自販機を探し、人混みの中に入って行く。「いいと」と言ったのに、彼はどうも一磨に対して勘違いしているようだ。一磨は人から慕われるような立派な人間ではない。

行く末は解ってるのに関わらず、池沼に対して復讐心を燃やし、それを理由に保身に入っている。そんな最低野郎だ。

明日の予定は解っているのに将来のことは解らない、弱い人間である。だが桜井・幹夫はそんなことは知らない。

実の弟か舎弟の如く振る舞う彼に、一握りの罪悪を感じ続けるのだ。

異常が起きたのはその時だった。

「ドォォォォン!!」

という破裂音と共に、ホームに紫煙が立ち込める。構内ならともかく、ホームにスプリンクラーなどない。

事故かテロか!?

一磨はその両方を予測し、櫻井が向かったホームの端を見た。異常が起きたのは確かに櫻井が向かった方角だ。

その場所、その近くに居る人達が恐慌状態に陥っている。見れば顔から大量の出血している老若男女が何人もいる。

そして一磨の近くに居た杖を突いた老人が、その方向に歩みを進めていた。

「待て爺さん! 早く逃げて! 後のことは警察か消防に……!」

老人の肩を手で制した一磨の言葉は、それ以上続かなかった。

急に腕を振りほどかれたのか……いや違う。腕を切断され、その白刃が一磨の左胸に刺さっているのだ。

「な……に…………」

「人間の小僧が。邪魔をしなければ死なずに済んだものを」

事故かテロか!?

一磨はその両方を予測し、櫻井が向かったホームの端を見た。異常が起きたのは確かに櫻井が向かった方角だ。

その場所、その近くに居る人達が恐慌状態に陥っている。見れば顔から大量の出血している老若男女が何人もいる。

そして一磨の近くに居た杖を突いた老人が、その方向に歩みを進めていた。

「待て爺さん! 早く逃げて! 後のことは警察か消防に……!」

老人の肩を手で制した一磨の言葉は、それ以上続かなかった。

急に腕を振りほどかれたのか……いや違う。腕を切断され、その白刃が一磨の左胸に刺さっているのだ。

「な……に…………」

「人間の小僧が。邪魔をしなければ死なずに済んだものを」

一磨は、何故自分が殺されるのか訳が解らないまま、その心臓から吹き出た血溜まりに沈み、その命を燃やし尽くした。

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