序章-1
『学園都市』。
総面積は東京都の3分の1を占め、総人口230万人、その8割を学生が占め、東京西部に位置する巨大な教育機関であると同時に、学生を中心として『超能力』の開発を行う最先端科学の研究機関。
また、情報の漏洩を防ぐため周囲を壁で囲み、交通の遮断及び衛星による監視が行われている箱庭の様な街の中にある高級和菓子屋のショーウィンドウの前で学園都市に8人しか居ない
「………たい焼き、それともどら焼きにするか?」
◇
4月、寒さが和らぎ過ごしやすい気温になってきた学園都市。
先程の店でたい焼きを10個程買い込んだ霧嶺は公園のベンチで既にたい焼きを半分ほど食べていた。
「んまい…」
そんな彼の貴重なリラックスタイムも直ぐに終わることになる。
遮ったのは携帯の着信音。
突然鳴ったそれにも、彼はまるで分かっていたかのような動きで携帯を耳に当てる。
「……」
彼は喋らない。というより喋れない。何せ電話に出たにも関わらず先程と同じようにたい焼きを食べ続けているのだから。
『……』
電話の相手も喋らない。いや、電話に出たのが本当に目的の人物かどうかが分からないために喋り出せない。
数十秒ほどの沈黙を破ったのは、たい焼きを1個食べ終えた霧嶺だった。
「んだよ、電話してきたなら何か話しやがれ」
『は、はぁぁぁーー!?そっちが何も言わないからでしょうが!!違う奴が出てたらどうしろってのよ!!』
聞こえてきたのは女。霧嶺自身相手がどんな人物かは知らないものの聞きなれた声である、だいぶキレているようだ。
「知るか、たい焼き食ってんだ、察しろ」
『なっ…ふざけてんの!?せめて何か言いなさいよね!!』
「で、何の用だ」
キレる相手も無視して、勝手に話を進めようとする霧嶺。しかし、相手もそこまで突っかかるような時間の無駄になる事はしない。
『仕事よ』
「内容は?」
『第七学区にある先端磁気研究所の地下にあるデータベースの破壊。今日はセキュリティシステムのメンテナンスが午後8時40分から午後9時00までの20分間で片付けて』
「ふぅん……研究所、ねぇ……一体何の研究をしてたのやら」
『私も詳しくは聞かされてないけど裏で色々と研究してたらしいわ』
「んな事は言われなくても分かる。研究所なんて何処も裏ばっかりだからな…んで気になる点としては時間の短さの方だがな」
『仕方ないでしょ、向こうがセキュリティ突破に掛ける時間は無いって言うもんだからさ。あ、後何としてでもデータベースは破壊すること、そして速やかに離脱すること、20分以内にね』
「そりゃつまり、交戦する可能性が大きいって事だろうが……ま、グチグチ言っても仕方ねぇか」
『問題ないわね?報酬はいつも通り振り込んどくから』
「へーへー、ごくろーさんでした」
電話が切れると同時、彼はいつ食べきったのか先程までたい焼きが沢山入っていた紙袋を近くにあった清掃ロボットに向けて投げ、第七学区へと向かった。
途中でさっきの和菓子屋に寄ってから。
◇
「時間通り…か」
第七学区、先端磁気研究所前で霧嶺は携帯で時間を確認する。
現在時刻は午後8時38分。セキュリティシステムのメンテナンスまで残り2分と言ったところ。
(さて、警備室は3階だったな…で1階入口を入ってすぐの所に地下用のエレベーターがある…セキュリティシステムのダウンに合わせて止まるみてぇだが、まあ関係ねぇな)
と思考している間に残り時間は1分を切っていた
(んじゃとっとと仕事終わらせますかね)
手っ取り早く済ませたい為、時間になると同時に中へ入れるよう入口の目の前まで進む。
残り10秒…9…8…7…6…5…
(鬼が出るか蛇が出るか……)
4…3…2…1…
…0
バコン!という音と共に入口の扉を破壊して中に入る。
そして入口付近に設置されたエレベーターの前に立つ。
しかし、セキュリティシステムのメンテナンスと同時に施設内のほとんどが機能を停止しているため本来は動かないが、
(さて、と……)
彼が手を触れた瞬間にエレベーターのドアが開き、彼は当然の様に乗り込む。目指すは一つ下の階、とはいえエレベーターは動いたが機能が戻ったわけでは無いのでボタンは押さず再びエレベーターに手を触れる。
するとエレベーターは降下して地下一階に楽々と辿り着く。
「ここからが本番だな」
不敵な笑みを浮かべて中から出ていく。目標であるデータベースは同じ階の最奥。
少し歩いてから、彼はふとある物に気づいた。
「………人形?」
そう、人形である。
間違いなく、
「にしても……」
こうもあからさまに置いてあると逆に警戒心が削がれてしまう。
もしかしたらこの人形に注意を引きつけるための罠かもしれないが。
「まぁ、んなモン関係――」
ねぇ、と言おうとした瞬間、視界の外から火花が入り込んできた。厳密に言えば人形に向かって。嫌な予感がしたがもう遅い、火花が人形を貫通し――
人形が爆発した。
◆
「研究所の防衛だぁ?」
麦野沈利はワゴン車の中で不満そうな声を上げた。半袖コートを着てストッキングに隠されたスラリとした脚を組みながら顔までも不満さを物語っている。
「何から守れってのよ」
『さあね、ただ研究所のセキュリティシステムのメンテナンス中は丸腰だから守って欲しいってだけだそうよ』
「つまり来るかも分からない
「それって超必要なんですか?」
そこにふわふわニットのワンピースを着た12歳くらいの小柄な少女、絹旗最愛が混ざる。
「結局そんな意味があるかも分からない防衛の為に動くとか、全くやる気が出ないって訳よ」
そう口を挟んだのは、この中で唯一の金髪碧眼で美脚が自慢(自称)の外国人美少女、フレンダ。
とまあ、ここまで愚痴を言われると流石の電話相手も我慢出来ないわけで、
『あーーもう!本当いっつもいっつもケチばっかり付けて来て!そんな仕事を持ち出されるこっちの身にもなりなさいよ!』
キレた。日頃のストレスその他諸々のせいで溜まっていたイライラが爆発した。
『いいから!とっとと仕事しなさい!報酬も悪くないんだから、しっかりやること!』
と言いながら電話相手の女が一方的に切った。
そしてその行為に我慢出来ない人物が1人。
「あの女、私らを何だと思ってやがんだ!あぁ!?」
麦野である。実は今日、彼女の立ち寄った全てのコンビニ、スーパーで好物のシャケ弁だけが何故か綺麗に売り切れていたが故に彼女も相当イライラしていたらしい。
「大丈夫だよ、むぎの。私はそんなむぎのを応援してる」
と、横から声を掛けた脱力系の少女、滝壺理后。ピンクのジャージに身を包み椅子に手足をだらんと投げ出し顔だけを動かしながら。
そこでフレンダが唐突に、
「あっ、じゃあじゃあ!先にターゲットを撃破したらギャラの半分っていうはどう?」
「それは構いませんが、そもそも超来るかも分からないターゲットを狙うんですか?」
「う…そ、それはまあ何とかなるって訳よ。結局、ターゲットが来たらの話だし」
「そこは好きにしなさい。ま、あんたじゃドジ踏んで泣きながら帰ってくるのが目に見えてるけど」
「ひどいよ麦野ー…」
よよよ、と隣の麦野に涙目で抱きつこうとするフレンダを、その顔面を押さえて阻止する麦野。
「大丈夫だよ、ふれんだ。私はそんなふれんだを応援してる」
滝壺は相変わらずであった。
◆
フレンダは歓喜していた。
(やったやった!これも結局日頃の行いって訳よ!)
撃破ボーナスに心を踊らせながらも一応は死体の確認も抜かりなく行っておこうと爆発した人形の置き場に再度目をやると、
「確かに考えてみりゃ当然の事だよなぁ……ここを防衛する為に呼ばれてんなら当然俺なんかより先に施設に入ってるはず。ったく何でそんな簡単な事を忘れちまうかね」
ターゲットである
「あれ……?」
フレンダは自分の目を疑ってしまった。何せ死んだはずの、否、死んでいなければならないはずのターゲットが生きているのだから。しかも無傷で。人形に仕込んだ爆弾が目の前で爆発したにも関わらず。
すかさず彼女は予め施設内に張り巡らせておいた導火線をツールで点火する。そして先程と同じように導火線の上に置いた
刹那、連続で爆発が起き――
「はぁ、ったく随分と派手に演出してくれるじゃねぇか。テンション上がっちまうぜ」
煙の中から霧嶺がまたもや無傷で歩いて出てきていた。
(嘘っ!?)
「…そこか」
(バレた!?何で!?)
別にフレンダが大きな音を発生させた訳では無い。ましてや彼女はツールで点火したあと即座に別の機材の後ろに移っていたためツールの元を辿られた訳でもない。
しかし霧嶺は迷いなく、
「楽しませてくれんだろうなぁ?」
◇
フレンダは焦っていた。それはもう今までで1番と言ってもいいほどに。
何せ自分の持つあらゆる爆弾を以てしても撃破対象が全くの無傷なのだから。
(な、なななな何なのアイツ!?どうして無傷な訳!?)
普段の仕事なら今使った爆弾の半分にも満たない数で終わっているのだから焦るのも無理はない。
通常の爆弾はもちろん効かず。リモコン式の時間差爆発でも無傷。死角であろう場所から飛ばした小型ミサイルも効果なし。陶器爆弾に至っては、破片が体に当たる直前で止まりフレンダのいる方向へ飛ばされる始末。
(ていうか結局、どんな能力な訳?)
彼女が焦っているもう1つの理由と言えば相手の能力が分からないこと。
爆弾を防ぐだけならまだしも、陶器の破片が無理やり方向転換させられるなどやっている事が多すぎて余計に予想が難しい。
(もしかして、
だとしたら不味い。恐らく自分だけではどうにもならない。自分の命と撃破ボーナス、その2つを天秤に掛けて迷い続ける程彼女は愚かではない。
彼女はポケットから携帯を取り出して、組織のリーダーである麦野に連絡を入れた。
◇
暗部組織『アイテム』のリーダー、麦野沈利は今さっき着信音が鳴った携帯を開き、数秒見て直ぐに閉じた。
「フレンダが超どうかしましたか?」
「失敗だとよ。ま、予想はしてたけど。まさかの無傷ってのには驚いたわね」
「なんと、生きているならまだしも超無傷ですか。厄介そうですね」
最初からフレンダが失敗する体で話を進める彼女たちだが決してフレンダの実力を認めていない訳では無い。いつもならやる時はしっかりやれるというくらいの認識は持っているのだ。
そのフレンダが相手で無傷となると、
「恐らくは
「かもねー。ま、それはそれで面白そうだけどにゃーん」
「フレンダが超野垂れ死ぬ前に合流しましょうか、行きますよ滝壺さん」
この会話の間ずっとぼけーっとしていた滝壺を現実に引き戻す。一応話は聞いていたらしい。
「うん…南南西から信号が来てる…」
彼女らはフレンダのいるであろう同フロアの前方へ姿を消した。
◇
霧嶺冬璃は現在、少しだけ不機嫌である。
というのも、楽しめると思い追い詰めていたが相手がしてくるのは爆発の一辺倒(とはいえ爆発にもいろいろあったが)、そして今はその爆発すらない。
(逃げたか?いや、どの道奥にはデータベースしか無いから行き止まり。壁をぶち抜くにしても俺が気づくはず。ならまだいるか)
つまらない。それが率直な感想だった。恐らく相手にはもう打つ手はない、楽しかった鬼ごっこもとうとうただの的当てになりつつある。
(後10分か…遊びすぎたな。今何もしてこねぇなら、本当に手は無さそうだな。余計な手間は掛けずにとっととデータベース破壊するか)
今までの様にゆっくり近づくのでは無く、少し早歩きにして真っ直ぐ歩く。恐らく、
(にしても、無駄に入り組んでやがるな。わざわざ機材の配置をバラバラにしてやがる。簡単には辿り着かせねーよってか)
地下の面倒な構造に悪態を吐きながら機材との距離を無くした。そして1歩前に出て視線をズラす――
「あ…」
金髪爆弾魔と目が合った。涙目になっている。そして、
「Miji cavaino capri citreva sgichovire Sgicacci slano happa fumifumi?!」
「はッ!?」
動揺してしまった。というより動揺させられた。発せられた言葉が意味不明すぎる、何故なら――
「こんな言語、ねぇっつの!!」
人形を投げつけられる。恐らく中には爆弾が入っているだろう。しかしここで爆発すれば金髪自身も巻き添えを喰らうはずだが、どうやら準備はしていたらしい。金髪は機材から取った金属板を盾にしている。
直後、壁を貫通してきた白い光線が人形を貫き爆発した。
「ッ!」
後ろに飛び退け、直ぐに体勢を立て直した霧嶺は光線の発生源。どろどろに溶解し穴の空いた金属の壁から出てきた3人組に意識を向ける。
(今の攻撃は恐らく1番手前の女。この威力から察するに超能力者級だな、後ろの2人は知らんが)
手前の女が口を開く。
「あんたが
「………」
「沈黙は肯定と見なすわ。ま、この状況じゃ何言っても無駄だけど」
「麦野ぉ〜」
涙目で麦野という(らしい)女に縋り付く金髪。元々の狙いは金髪女ではない為態々そこを狙う必要もない。
「はあ……面倒くせぇな…」
「じゃ、とっとと死ぬ事ね」
言葉と共に4本の光線が襲いかかるも、霧嶺は後ろに跳んで避ける。
(どんなモンなのかが正確にわからない以上無闇に
そして、霧嶺は近くにあった機材に触れる。すると、メキメキと言う音を鳴らして床から離れた機材は音速を超える速度で麦野達の方へと飛んでいく。
「へぇ…」
麦野は声を漏らし、白い球体を盾のように広げるだけ、それだけで触れた機材はボロボロと崩れる。
(なるほど、打ち出すしか能がないって訳でも無さそうだな)
ならば、と辺りの機材を3つ飛ばす。1つは麦野、もう1つは絹旗、最後のは滝壺へとそれぞれ飛ばされる。
しかし、麦野は先程と同様に消し飛ばし、絹旗は叩き落とし、滝壺に飛んで行った機材は
ここまで4手、しかしこの4手で分かったことがあった。
(あのジャージ女は、攻撃手段がない)
ジャージ女の能力は分からない。しかし、
であればすべき事は当然、
(1番警戒すんのは、ジャージ女だな。手前の…麦野とか言ったな…あいつは恐らく出来てあれだけ。攻撃力はあるが然程脅威じゃねぇ。せめてジャージ女の能力が分かれば苦労はしねーんだけどな)
今までの攻防から相手の戦力を出来る限り分析していく。
(ニットの女は身体能力の強化ってよりは体の周りに鎧みてぇなのを纏うタイプだな、身体能力だけじゃ金属は壊せねぇ。金髪は…さっきの通りか、どうでもいいな)
これを本人が聞いたら泣き出すような程中々酷な評価をしているが、そんな事を一々気にする気も無ければ必要も無い。
重要なのは戦力の分析と対策。だが、それもほぼ完了している。
(ジャージの奴は常に警戒、で、手前のビーム女をメインに相手取る形だな)
「はッ、面白くなってきやがったな」
状況は理解した、戦力は分析し、すべき事はもう構築されている。
そこまで考えて、霧嶺は無意識に口角が釣り上がった。
――さあ、反撃だ。
直後、轟音と共に