カイ・トレローニーと正体不明の石   作:又瀬田那

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9と3/4番線に乗って

とうとう私がホグワーツに出発する日がやってきた。空間拡張の魔法のかかったトランクに荷物を詰め込みもう一度忘れ物がないか確認する。教科書、ノート、羽ペン、制服、鍋……よし大丈夫だ。

 

ちなみにこの間会ったシビル叔母さんからスパンコール付きマフラーが送られてきたのだが、さすがにこれをホグワーツに持っていく勇気はなかった。いまは我が家のペットであるシロフクロウのスノーキーの巣となってしまっている。

 

フクロウには収集癖はないはずなんだけどなぁ……

 

 

トランクをしっかりと閉めて少し寂しくなった部屋を眺める。八歳の頃から三年間暮らしてきた部屋だ、当然愛着もある。しかしこれから先七年間はこの部屋で過ごす時間は一年の内のごくわずかとなるだろう。私は母の声がかかるまでこの部屋を眺めていた。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

9月1日のキングス・クロス駅はいつもとは少し様子が違っていた。いつものように通勤通学する人々の列におかしな集団がまぎれているためだ。フクロウやヒキガエルを連れた子供、それを連れているのはスカートをはいた初老の男性であったりなど、彼らの人間のファッションに対する認識の欠如が否応なく付きつけられる場面だろう。それも一人二人ではない、似たような格好をした人々がまとまって、時には十人単位で行動しているのだ。これでは目立つなという方が酷だろう。

何故そんな事が起きるのかといえば、ここがいわば魔法世界と人間界の境界線となっているためだ。

 

魔法使いには二種類のタイプがいる。それは人里離れた場所に隠れ里を作りひっそりと魔法界同士で生活するタイプと、人間世界に正体を隠しつつ煙突飛行ネットワークなどを駆使し魔法世界に関わるものだ。前者は純血に多く、後者はマグル生まれの魔法使いに多い(もちろん魔女狩りの際人間界に残った純血の魔法使い達などもいるため厳密に分類する事は難しい)。前者は当然人間界との接点や興味が薄い、そのため常識を知らない。だから一昔前のファッションや男女の服装を間違えたりもする。そして後者は普段人間界で生活しているためそんな勘違いなどしない。

 

 

そして何より問題なのがここホグワーツ行きのプラットホームには姿現しや煙突飛行ネットワークに組み込まれていないという事だ。そのためこんな珍事が起きてしまっているのだ。一応魔法省は公式に推奨される服装を規定し公開しているのだがそれを見ない物も多く、見たとしてもそれ自体が間違っている事もあり、有名無実と化していた。これではマグル生まれの新入生や保護者に変なイメージを持たれても仕方のない事だろう。

そして、生徒は列車に乗り込むまで制服に着替える事を禁止されている事がこの事態に拍車をかけている事疑いようのない事実である。

 

「……」

 

他人事のように言ったが私もそのおかしな集団の一人だ。その原因が「マグルにまぎれるため」という名目で両親に手渡された服にある事はもはや疑いの余地はないが(なんの服を渡されたかの説明は謹んで辞退させていただく)、それもプラットホームに辿り着くまでの事だ。無論魔法学校行きの電車が普通の人間が辿り着ける場所にあるわけがない。九番目と十番目のプラットホーム間の柱の先に魔法使いしか知らない秘密の抜け道があるのだ。ダイアゴン横町の「漏れ鍋」がそうであるように、人間界と魔法界の境界線を潜る時は細心の注意を払わなくてはならない。こういった地点には人々の認識力を低下させる魔法が使われており今の所私達に注目する人間はいないが、魔法の力も絶対ではない。

 

 

「いい?いちにのさんで一気に行くわよ。ぶつかるなんて思ったらダメ、思いきっていきなさい」

 

「うん、わかった」

 

「よし、いち、にの、さん、ハイッ」

 

私は母の指示に素直に従い、勢いをつけて壁に向かって走る。しかし、いかに母の言葉といえども幅が二メートルほどもあるレンガの壁に突進するのは勇気がいる。私は急に後悔の気持ちがよぎり足を止めようかと思ったがもう遅い。衝突の瞬間私は目をつむり……気がつけば私の足はまだ地面を蹴り続けていた。慌てて立ち止まりおずおずと目を開ける。

 

 

「みなさい、あれがホグワーツ特急よ」

 

いつの間にか後ろから来た母が私の隣で立ち止まり、ちょうどホームに停車した列車を指さす。

 

そう!かつて「霧の町」ロンドンと呼ばれた頃そのままの蒸気機関の列車、その名も「ホグワーツ特急」はその重厚なフォルムを私の前に現したのだ。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「それじゃカイ、しっかり頑張るのよ」

 

「お前なら心配ないだろうが、何かあったらフクロウ便を飛ばしてくれ。偶にはスノーキーにも運動させてやりたいからな」

 

両親との別れのキスをすまし、意気揚々と列車に乗り込む。早く列車に乗っても出発時刻が決まっているため意味がないのだが、それでも逸る気持ちは抑えられそうもない。まあこの珍妙な格好と早くおさらばしたいという気持ちがないと言えば嘘になる、私は足早に列車に乗り込んだ。

 

 

列車に乗り込んだ私はまばらに埋まっている新入生用のコンパートメントから無人の物を見つけ、荷物を置き早速制服に袖を通す事にした。窓を使っておかしい所がないか確認すると少し照れくさそうに笑う自分の姿があった。

 

 

本当に魔法を勉強しに行くのだな、ふとそんな感慨が頭をよぎる。日本で生まれ育って魔法の事など知らずに死んだ私が、今は純血の魔法使いの子息カイ・トレローニーとして魔法を学ぶ。窓ガラスに映るのは以前の私とは似ても似つかぬ西洋人の顔立ちの少年だ。その事に違和感を感じた事がないのは幸運なのだろうか。

 

前世における未練は不思議と感じたりはしない。そして前世での死因であった魔法に関わる事を忌避する気持ちも沸いてこない。はたして、それは正常と言えるのだろうか?生憎と自分の他に転生した人間を知らない。たぶん答えは自分で見つけるしかないのだ。

 

ただ一つ私の前世において気がかりなのは、どうして私は死ななければならなかったのかという事と、今の私が生まれた時から持っていたあの不思議な石がなんなのかという事である。

 

結局私はあの石をホグワーツに持っていく事に決めた。制服に着替える際にトランクから取り出した石を手に持って眺める。こうしてこの石をじっくりと眺めるのは久しぶりだ。あの頃より少しだけ大きくなった掌に石を置いてみる。重さは石にしては軽いが重量を感じないほどではない。色はこげ茶色で表面はつるつるしていて光沢がある。形はある程度整っていて丸みを帯びている。

 

改めて石を眺めているとふと思いついた事があった。ホグワーツ特急の中では魔法を使う事は禁止されていないのだ。この石を使って教科書の呪文を試してみるのもいいかもしれない。

 

早速私は杖を取り出して浮遊呪文を試してみる事にした。

 

 

「ウィンガーディアム・レビオーサ!(浮遊せよ)」

 

すると、石は私の掌から舞い上がり顔の少し手前辺りを漂い始める。種や仕掛けのある手品ではなく、自らの魔力において超常現象を起こしているという事実に興奮がこみ上げてくる。それに遅れてここ一月ばかりの努力が報われたという達成感がやってくる。暫くの間部屋を飛び回らせてみたり、地面に落とさないギリギリを飛ばせたりした後、私は未だに興奮で震える手で杖を操りながら石を掌に戻した。

 

 

「すごいな、今のは浮遊呪文だろう?まだ授業が始まってないのに使えるなんて」

 

後ろからかかった声に振り向くと、トランクを持った少年が笑顔で立っていた。

 

「荷物、ここにおいていい?手疲れちゃって」

 

「ああ、もちろん」

 

手をひらひらさせながら尋ねる少年に答えながら自分のトランクを端に寄せる。

自分のトランクを置いて一心地ついた少年は、私の向かい側の席に座った。

チラと横眼で観察すると仕立ての良い服を着ている。デザインから言ってマグル生まれではなさそうだ。

 

 

「それにしてもさっきの呪文はすごかったね、もしかして家で両親から習っていたのかい?」

 

「いや、呪文を試したのは今日が初めてだ、それより自己紹介してもいいだろうか。私はカイ・トレローニーだ、よろしく」

 

「へえあの占いで有名なトレローニー家か、僕はセドリック・ディゴリーだ、よろしく」

 

 

軽く握手を交わす。セドリックの手はその細身の体と裏腹にゴツゴツしていた。

何かスポーツをやっているのだろうか?そんな疑問はすぐに解けた。

 

「ああ、僕は父さんにクィデッチを習ってるんだ。僕の夢はプロになってワールドカップでMVPをとる事さ!」

 

よくある少年の頃の夢とは違い、セドリックは真剣にその夢をかなえたいと思っているようだった。

 

私も少しだけ父にクィデッチを習ったが、昔チームに入って練習していたという父と同じく位掌が硬かったからだ。ちょっとだけ練習を頑張った位ではこうはならない、ソースは私だ。

 

 

「なるほど、ポジションはシーカーか?」

 

「どうしてわかったの?何か魔法でも使ったのかい?」

 

私の問いに心底驚いた様子のセドリックに私はニヤッと笑い答えを言った。

 

「手の皮にちょっとした切り傷がつくのはスニッチに触れるシーカーしかいないだろう?」

 

スニッチは高速で羽ばたいて飛行している。その為、素手で触れる場合しっかりと真ん中を抑えないと掌を怪我してしまう事がある。未熟なシーカーほど掌に傷を負っている、しかしセドリックの傷は古い物であり彼が既に初心者の域を脱している事は間違いないだろう。

 

 

「なるほど、君もクィデッチをやるのかい?」

 

「最近始めたばかりさ、それまでは観戦専門だったんだ」

 

「それじゃ一緒に選手になろうよ、君洞察力に長けているからキーパーはどうだい?」

 

「おいおい寮代表になれるのは二年生からだろう?それにまだどの寮に入るのかも決まっていないし、ちょっと気が早すぎるんじゃないかい?」

 

 

 

その後セドリックとクィデッチの話題で盛り上がっている内に出発の時間となった。

転生してから同年代の子供と話すのは初めてだったから少しはしゃぎすぎたかもしれない。セドリックはどちらかといえば寡黙な方で、聞き上手だった。彼は体を動かしたり、魔法の実技については詳しかったが頭を使う分野は得意ではないらしい。買ってきた教科書も呪文について載っているページしか見なかったらしく、魔法史に至っては開いてすらいないとの事だった。

 

セドリックの方は私が教科書を全て読んで予習済みだと知ると、「君は一体何のためにホグワーツに行くんだい」と呆れた様子だった。とはいえその態度は馬鹿にするような物ではなく、親しい友人同士のする掛け合いのように感じられて決して不快ではなかった。

 

しかし、私がセドリックと二人きりで話せた時間はそう長くなかった。四人は乗れるコンパーメントをいつまでも二人で占領できるわけもなく列車が動き出してすぐに新たな生徒がやってきた。

 

 

「ジョージ、こっちが空いてるぜ!」

 

「よしきたフレッド、やっと休めるぜ。まったくロニー坊やがだだをこねなきゃとっくに乗れてたってのに」

 

 

あわただしくコンパートメントに入ってきたのはいつか見た赤毛の兄弟だった。近くで見ほどとまったく見分けがつかない程そっくりな容姿をしており、双子である事が窺えた。

 

 

「よう、またあったな俺はジョージ、こっちはフレッドだ」

 

二人の内ジョージと呼ばれた方がポンと肩を叩いてくる。どうやらダイアゴン横町であった事を覚えているらしい。

 

「といっても」

 

「母さんも見分けがつかない位だから」

 

「どっちで呼んでもかまわないぜ」

 

「私はカイ・トレローニーだ。カイと呼んでくれ」

 

「よろしくな、カイ」

 

見分けがつかない位そっくりの双子から交互に話しかけられた私は混乱し、自己紹介するだけで精いっぱいだった。二人はそんな私の態度に満足したのか悪戯っぽくニヤッと笑い荷物を置くと「ちょっと兄貴をからかってくる」と言ってあっと言う間に出てくのだった。

 

「行ったな」

 

「そうだね、嵐のような奴らだったな」

 

 

残された私達は顔を見合わせて苦笑する。セドリックは年齢に見合わず落ち着いた雰囲気を持っているのだが、この年だとむしろフレッドやジョージのような人間が多いのだろう。

 

その後も彼らは兄の飼っているペットを持ってきて怪しげな呪文の実験台にしたり、他のコンパートメントに顔を出してちょっかいをかけているようだった。

 

セドリックは彼らのそんな態度に少し眉をしかめていたが、特に何も言わなかった。しかし、元々少なかった口数が減り、最後には寝てしまった。

 

 

セドリックが寝てしまったため、やる事がなくなった私はそこで制服のポケットに何か入っている事に気がつく。不思議に思い取り出してみるとそれは例の石だった。どうやらセドリックが来た時にポケットにしまったままだったらしい。何とはなしに眺めていると、急に石が熱を持ったように炎に包まれた。

 

「――ッ!」

 

慌てて手を離そうとして気がつく「熱くない」のだ。混乱した私が消火呪文をかけるべきかなやんでいると炎は出てきた時と同じように突然消え去った。

 

そして炎が消えた後にはまた、なんの変哲もない石が残った。慌てて私は体に異常がないか確かめるが、私で分かる限りでは異常はないようだった。寧ろ体調は良くなっている位だ、本当にこの石はなんなのだろうか?疑問だけが残る一幕であった。

 

 

その後、私はトランクから取り出した教科書を読みなおしたり、簡単な呪文を試したりしながらホグワーツに到着するまでの時間を過ごすのだった。




三話を投稿いたしました。相変わらず山も谷もない拙作ですがもうしばらく見守ってくださると幸いです。タイトルにもなっている石の正体について少しヒントを出してみましたが、勘の
いい人なら気づかれてしまいそうでこわいです。気がついた人は感想に書いてもいいですが、ネタバレのため正解とは言えません。

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