「おはよーー!!!」
朝の市街地にハスキーな声が響く。声の主は、銀髪ツインテールの美少女。何かの衣装なのか胸元が大きく開いた服を着ている。
近所迷惑間違いなしの声量だが、毎朝のことなので隣人ももう何も言わない。寧ろ目覚まし時計くらいの役割らしい。
そして、その挨拶の相手だがーー
「はぁぁ。もうルナちゃんうるさいよお……」
そう言って布団から顔を出したのは金髪の美少女。顔は弛緩しきっており、誰が見ても間違いなく気が抜けてしまうだろう。
そんな彼女の様子などお構いなしにーー
「起きてぇーー!!!」
「わかった、わかったってば!!」
耳を抑えながらようやく上半身を起こす。恐らくルナが開けたのだろう。カーテンの開いた窓からは眩しいほどの朝日が差し込んでいた。
「アカリちゃん?!もう9時だよー!!遅れちゃうってぇー!!」
(遅れ…る?)
しばらく意味が解らず脳内で反芻するアカリ。確かに言われた通り、何かあったようなーー
「あ!」
「思い出した?!」
「なんかあったよね!!」
「わかっとるわ!!」
恐らくこの時間帯でここまで不毛な会話をしている人間もこの二人だけだろう。
「ごめんねルナちゃん……私忘れっぽくて……」
先に若干温度の下がったアカリが下目使いになる。
「いやぁ、別に良いんだけどさ…
ほら、今日はコラボの撮影する約束だったでしょ?」
なんとなく罰の悪くなったルナの勢いも減速する。
「あっ…そうだった…!ゴメンよぉー!もう忘れないよぉー!!!」
「ハイハイ、わかったから。とりま準備して、スタジオ行こう?」
「そうだね…急ぐよー!!」
そう言ってアカリは、自分の膝から下を覆っていた布団を跳ね除けて、部屋から飛び出していった。
あんな様子で大丈夫だろうか?若干ドジっ子属性もある彼女の事だがーー
「怪我しないでねー!」
「うん!急ぐよー!!」
聞いているのかいないのかーー
そう言った矢先、階段からドタバタと足を踏み外したような音が聞こえた。
最早想定通りな彼女の行動に若干げんなりしつつ、一応の心配をして部屋から顔を出す。
「大丈夫ー?」
案の定階下でひっくり返っている。
「気にしないで気にしないで!!急ぐから急ぐから!!」
「無理しないでねー…」
朝から慌ただしい彼女の様子を横目に、少女、輝夜月の一日は始まって行くーー
♢
「いらっしゃいませー」
自動ドアが開いて、見慣れた客が入ってくる。ご近所さんなのだろう。何度も顔を合わせている。
飲み物を買いに来ただけらしく、直ぐにレジの方へと来た。
「計1点で、158円の頂戴です」
いつもならそのままお金のやり取りをしてそれまでなのだがーー
今日は向こうから声をかけてきた。
「今日も寒いのにその格好なの?」
「……ええ。正装ですので」
なぜこんな会話をしているのかというと、店員側の服装があまりにも薄着だからだ。正装と言っても、多様性の塊のこの世界では働く上で決まった「制服」と言われるようなものはない。
家々、出自に関係した服装になってくるのだがーー
今回の彼女は、布面積の少ない巫女服だった。しかもスカートも短いし、脇は丸出し。コンビニ店員の服装としてはあまりに過激だ。だが、あまり下品な印象はない。だからこそ、「寒そうだね」なのだ。
「へー。大変だねぇ。毎朝ご苦労様」
「あ、ありがとうございます……」
そう言って客は店から出て行った。店員である、狐耳と尻尾を生やした少女も、ほっと一息をつく。バイトを始めて一年少しだが、接客は未だになれない。特にああいう雑談を振ってくる客は苦手だ。
「のじゃぁ……」
などとのたまっていると、同僚の男性から声がかかる。
「のじゃさん、そろそろシフトの時間だから」
「あ、了解です」
そう言われるやいなや、いそいそとバックヤードへと引き返す。
この後は特に予定も無いので、家でゴロゴロすることになるだろう。
名札を返却し、自分の荷物をまとめたらもう帰っていいことになっている。そこら辺は案外ユルイのだ。
「お疲れ様でしたー」
そう言って、彼女は何気ない日常へ足を踏み出す。
♢
流れ星。一つ二つと尾を引いて落ちて行く様は、誰もが声を失って見上げる程幻想的だ。灯の多くなってしまった都会ではもう見る機会さえ少なくなってしまったが、願い事を三回唱えるとーーなんて伝承は今でもしっかり伝えられている。
ーーしかし、忘れてはいけない。
それでも、人々は油断している。明日危険が我が身に迫る可能性がある事など微塵も考えず。星は回る。日常は、過ぎ去って行く。
だからこそ、本物の災がやってくる時ーーー
ーー人々は、呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。