ある日、体《世界》に、大規模な異変が起こった。

どうしようもないほどの大きな危険。

細胞たちは、それぞれどのように向き合うのか。

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これは、数ある世界《からだ》のうちの、一つの物語。


さいぼうぐらし!

ーーー最近、この仕事が好きだ。この、酸素を届けて、二酸化炭素を回収するこの仕事が好きだ。

 

 

ガラガラガラ...

 

「こちら、本日分の酸素になります!」

 

「おー、ありがとなーねーちゃん」

 

 

ーーー別に、前はこの仕事が嫌いだった、とかではないけれど。

 

 

「でもよぉ、これ、届け先ここじゃあねぇっぽいぞ?ほれ」

 

「あぅええ!?」

 

 

ーーー...ときどき道に迷ったりはするけど、

 

 

「あちゃー、この住所、こっからめちゃめちゃ遠いじゃねえか」

 

「まっ、間違えました!すみません!」

 

「ねーちゃんそそっかしそうだからよぉ、気ぃつけて行けよー!」

 

「あはは、ありがとうございまーす!」

 

 

ガラガラガラ...

 

ーーー細胞さんたちもとてもよくしてくれるし

 

 

「オーレターチムーテキーノティーサーイボー!」

「オーソレールモーノハーナーニモーナイー!」

 

「すごいなぁ...」

 

ガラガラガラ...

 

 

ーーーT細胞さんたちはいつも通り楽しそうだし

 

 

「あ、赤血球のお姉ちゃん!こんにちわ!」

 

「血小板ちゃん!こんにちはー!血小板ちゃんもちもちー♪」

 

「お姉ちゃんももちもちー!」

 

ガラガラガラ...

 

 

ーーー血小板ちゃんはかわいいし

 

 

「これは...新しい種類の抗原かしら?あまり見たことないわね」

「すみませーん!ここは通行止めでーす!」

「はい、はい、抗原の提示ですね。はい、わかりました」

「未知なる存在がこの地に降り立つとき、世界は暗闇にブツブツ...」

「キー!なによこのバカ細胞!」

「んなっ!?誰がバカだ!この肥満細胞が!」

「ちょっ!あんたねえ!」

「死ねぇ!この雑菌がぁ!」

「ギャース!」「ぐわあー!」

 

ガラガラガラ...

 

 

ーーーマクロファージさんも、樹状細胞さんも、記憶細胞さんも、マスト細胞さんも、B細胞さんも、

 

 

「よ、赤血球。今日もおつとめご苦労さん」

 

「白血球さん!白血球さんもご苦労様です!」

 

「俺今暇だし、何なら案内してやるか?」

 

「いえ!大丈夫です!もう、一人で回れますので!」

 

「そうか。じゃあ、がんばってな」

 

「はい!」

 

ガラガラガラ...

 

 

ーーーそして白血球さんも。みんなが生き生きはたらいてる

 

 

 

 

ーーー今日も体内(せかい)は平和です!

 

 

 

 

ガラガラガラ...

 

「こんな日がずっと続けばいいなぁ...」

 

「先輩!こんなところで何をしているんですか!はあ、はぁ...」

 

「え?後輩ちゃん?どうしたの?」

 

「つべこべ言ってないでさっさと来てください!ここは()()なんですから!」

 

「え?え?なに?なにが?ちょ、後輩ちゃん!酸素!酸素持ってかないと!」

 

 

ガラガラガラ...  ...カタン。

 

 

 “後輩ちゃん”に半ば引きずられるようにつれていかれる“先輩”赤血球--AE3803--のゆびさした先に酸素はなかった。あるのは元は酸素を入れていたであろうO2の文字が書いてある空の段ボールとそれを運んでいた台車が、風に吹かれて空しく転がっていく光景だった。

 

 

 他の細胞の気配など、微塵もない。

 

 

 

 

 

  ーブツンッー

 

 

 

 

 

 

 

 

   ーーー   さいぼうぐらし   ーーー

 

 

 

 

 

 

 人間の体の中には、約37兆2000億個もの細胞たちが、24時間365日元気に働いています。

 

 ここは人間の中。

 

 

「ふふふ~ん♪」

 

「先輩。ちゃんと道覚えてくださいよ?後で忘れたって教えてあげませんからね?」

 

 鼻歌を歌いながら酸素の入った段ボールを運んでいるのは、赤毛でアホ毛な、活発そうな印象の赤血球の女性、AE3803。そしてその隣で台車に乗った二酸化炭素の入った段ボールを運んでいるのは黒髪にシャープな目線が特徴の、落ち着いた雰囲気の赤血球の女性、NT4201。二人が向かっている先は、AE3803の酸素の届け先である。

 

「大丈夫大丈夫。だっていつか絶対たどり着けるから!」

 

「それじゃあ細胞さんたちに怒られてしまいますよ」

 

「細胞さんたちなら多少遅れたって許してくれるよ~」

 

「さあ、どうでしょうか。酸素の有無は彼らにとって命かかってますからね」

 

 酸素。それは細胞たちが生きていくために必須なもので、もし供給が途絶えてしまったら細胞たちはなすすべなく、冷たくなって死んでいくしかないのである。

 

「あはは、そうだね...ん?」

 

 自分の認識の甘さを後輩に気づかされてしまい、反省反省...と自らを省みていたAE3803は、視界の端にうごめくものをとらえた。

 

「?どうしました?」

 

「いや、ちょっとアホ毛が...!」

 

 うごめくものの正体。それは彼女のアホ毛であった。いつもならピン!と反り返っているアホ毛が、今は荒波にもまれるわかめのようにうねっている。そして、彼女のアホ毛がうごめくときは...

 

「なんか嫌な予感がする...」

 

「あー、なんか先輩前もそんなこと言ってましたね。アホ毛がざわつくと不吉がどうとかって」

 

「うん...だからきっと今回も何か大変なことが...早く仕事終わらせちゃおう...」

 

「! はい!」

 

 二人は少しだけ歩く速度を早めた。

 

 

・・・

 

 

「はー!つかれたー!」

 

「それはこっちのセリフですよ。付き合わされる身にもなってください」

 

「あはは、ごめんね?」

 

「もう!」

 

 無事、酸素を届け終えたAE3803は、後輩であるNT4201と共に肺動脈と呼ばれる道を進んでいた。ここからはいつも道理に肺胞に行き、いつも道理にガス交換をして、いつも道理にまた酸素を配達しに向かうのだ。

 

 だが、いつも道理がいつも来る、という保障は無い。

 

 

 

  ずどぉぉぉぉおおおん...

 

 

 

 大きな地響きと共に、肺動脈が、いや、世界全体が揺れた。

 

「いてて...先輩、何かあったのでしょうか?」

 

 この揺れで尻餅をついたNT4201は、しっかりと立っているAE3803を見上げて言う。

 

「どうだろ、さっきアホ毛がざわめいていたから何かあるだろうなとは思ってたけど...」

 

 辺りを見回すと、どの赤血球もしゃがんだり、自らの持ってきた台車を押さえていたりと揺れに耐えていた。そのお陰で、以外にも遠くまで見えた。そのため気づくことができた。

 

 

  ......ぁぁ...ぁ!......

 

 

「...!後輩ちゃん!行くよっ!」

 

「こぶにならないといいけど...え?先輩?え?」

 

 頭を押さえていたNT4201は、若干焦っているAE3803に手を引っ張られた。

 

「先輩!いきなりどうしたんですか!?何が見えたんですか!?あと、Co2がまだあっちに置きっぱなしに!」

 

「Co2は大丈夫!ちゃんと持ってきてる!ちらっと後ろ見てみて!わかったら自分で走って!」

 

「?、...!」

 

 

 

  ...あああぁぁぁ...ぁ...

 

 

 

 

 

 

  わあああああああ!!!!!

 

 

 

 NT4201は、見た。

 赤血球、赤血球、段ボール、赤血球、時々白血球。後ろから大量の血球たちがまるで壁のようにかたまりとなって迫ってきていた。その密度たるや、擦り傷のときにかさぶたになったときよりも大きい。

 

ーーーあんなものに巻き込まれたら命はない!

 

 AE3803とNT4201は、突然の揺れと仲間たちの壁に唖然としている赤血球たちの間をするすると抜けていく。

 

 

 

・・・

 

 

 

 一体何人の赤血球とすれ違っただろうか。

 

 一体何人の声が彼の壁に消えていっただろうか。

 

 一体何が起きているのだろうか。

 

 走り続けたせいで朦朧としている頭に、先輩の明るくよく通る声が響く。

 

「後輩ちゃん!あそこ入るよっ!」

 

 いつのまにかどこかの通路を走っていた。どうやら肺を過ぎて肺胞まで来ていたようだ。というか、先輩は元気すぎじゃないか。

 

 

 ーーAE3803の指差したさきには『マナーを守って一人ずつ!』という張り紙の張られたとびらがあった。そこには毛細血管095の文字。奇しくもそこは、かつてのAE3803が肺炎球菌と対峙し、たった一人で立て籠った場所であった。

 

 

 

 

バタン!

 

「はあ、はあ。せん、ぱい」

 

 ずっと走り続けていたNT4201は、今しがた閉めた扉を背にして息を整えていた。

 

「後輩ちゃん!ちょっとそのままその扉抑えてて!」

 

「はい!?ちょっ、 !!」

 

 聞き返す間もなく、背中からズドン、と強い衝撃が加えられる。一拍おいて様々な血球たちの悲鳴や助けを求め声、断末魔やうめき声が右から左へと現れては消えていった。

 それは大騒ぎになっている人込みをかき分けて行っているかのような感覚に近いだろう。だが、そんなことを気にしている余裕はNT4201にはない。扉を抑えるだけで精いっぱいで、やや押され気味で歪んだ扉を扉のままにするまでしか間に合わない。そんな扉も、限界が近い。

 

「先輩!もう扉が!」

 

「これじゃない...これでも...あっ!あった!」

 

 AE3803が運んできたのはCo2の入ったガスボンベと、それが入った段ボールの山。といっても、NT4201からはAE3803のすがたが見えていないので段ボールの壁が迫ってきたようなものだった。

 

「後輩ちゃん!どいてええぇっ!」

 

 AE3803が何をしたいか理解したNT4201は、自身が段ボールと扉に挟まれるぎりぎりのタイミングで横に跳んだ。

 

  ずぅぅぅううん...

 

 未だに同胞たちの阿鼻叫喚は聞こえるが、扉のミシミシという嫌な音は聞こえなくなった。

 

「先輩って、なにげ力持ちですよね。それも相当の。」

 

「はあ、はぁ。それ、女の子に言うことじゃないと思うなあ...」

 

「リアカーでたくさんの細胞たちを無理やり引っ連れてきた前科もあるの、私知ってますよ?」

 

「なっ!誰からそれを」

 

「血小板ちゃんです」

 

「血小板ちゃぁん...」

 

 

 

・・・

 

 

 

「これから、どうしようか」

 

 立方体の空間で、二人は段ボールの山を見張るように座っていた。廊下からは、未だに彼らの声が聞こえる。

 

「どうしようもないでしょう。私たちは白血球たちみたいに遊走できる訳じゃないんですから。気長に救助を待つしかないと思います」

 

 そういってNT4201は換気ダクトを見上げる。それを見て、AE3803も天井を見上げ、懐かしそうに言う。

 

「遊走...あのときは白血球さんがあそこから出てきて助けてくれたんだったっけ」

 

「先輩ののろけの混じった独白は別に要らないです」

 

「がーん...」

 

 

 

「...でも、先輩の過去の話は興味があります」

 

「ぱあぁ!」

 

「教えてください。一体何があってこんなポンコツみたいな先輩が一人前の赤血球になれたのか。そしてどうすれば私は先輩のようになれるのか」

 

「よーし!先パイ頑張っちゃうぞー!」

 

「座ってかつ落ち着いてお願いします」

 

 

 

 

・・・

 

 

 

ビーッ!ビーッ!ビーッ!

 

「これはまた...すごいのが来ちゃったね」

 

「司令、どうなさいますか?」

 

 数々の機械が並ぶこの部屋はいわゆる『司令室』だ。そんな司令室はヘルパーT細胞の態度とは真逆の物々しい雰囲気に包まれていた。赤く光る照明、鳴り続けるブザー、各司令部からの緊急通信、あちこちに走り回る部下たち。

 

「どうしますって、言われてもねえ。桁違いの血圧の急激な上昇とか神経系統の混乱とかの問題は僕たち完全に門外漢だし。相手が未知じゃB細胞は手が出せないし。樹状細胞あたりから抗原の提示でもあればそっこーで対処できると思うんだけど」

 

「できることは何もない、と?」

 

「そうだね。キラーTたちにはとっくに出動命令出したし。他にお願いしたいのは他司令部や各免疫機関の人たちとの連絡を密に、ってことくらいかな」

 

「了解しました」

 

 ヘルパーT細胞のクッキーが一枚、音もなく割れた。

 

 

 

・・・

 

 

 

「好中球!私も戦う!私だって白血球の一員だ!」

 

「だめだ!今回の相手はお前じゃ荷が重すぎる!既に好中球(なかまたち)からも殉職者が出ている!下手すればマクロファージやキラーTたちから出てもおかしくない!」

 

 好中球ーーU-1146ーーは、謎のウイルスに感染した男性赤血球と戦っていた。相手となっている赤血球の姿はかつて戦ったインフルエンザを彷彿とさせるなりであった。赤血球にも感染するインフルエンザ。それを考えただけでも身の毛がよだつ。赤血球は、ただでさえ数が多いのに体中を移動出来てかつ日ごろの運搬で身についた筋力で来られるなんて、たとえこっちが戦いなれていて、相手が初心者だったとしてもつらいものがある。

 

「いいか好酸球!これは俺が手に入れた抗原情報だ!これをお前に託す!樹状細胞さんのとこに走って行け!」

 

「そんな!わたしも!」

 

「さっさと行け!今のお前はおとりにすらならない!」

 

「っ!」

 

 好酸球は俺に背を向けて走り出した。

 ...ちょっと言い過ぎたか。だが、これで奴らとも集中して戦える。さてっ!

 

「ふっ!」

 

 奴の首を狙って一閃。それだけで感染赤血球は動かなくなった。ふっと息をつく間もなく、好中球は次の敵を探す。そして、その視界の隅に好酸球の後ろ姿と、好酸球に対して大きな口を開けている感染細胞がいた。

 気が付いたら、体が動いていた。

 

「好酸球!」

 

 

 

・・・

 

 

 

 この世界はもはや戦場だ。どこを見ても、幾多の免疫細胞たちが無数の敵ーー感染細胞たちーーと戦っている。

 中には、おなじ免疫細胞同士で殺しあっているところもある。それが模擬戦や単なるじゃれあいであったらどれほどよかったか。

 

「コラッ!さっさと目ぇ覚ましなよ!このウスノロ!がん細胞の時のあの威勢はどこ行ったんだい!おいっ!なんとかいったらどうなのさ!キラーT!」

 

 感染まえの姿とは似ても似つかない姿になってしまったキラーT細胞を相手に、NK細胞は意味のないことだとは思いつつも、声をかける。当然、まともな答えは返ってこない。

 

「ウ、ヴあ”あ”あ”...」

 

「チッ、まったく惨めな姿になったもんだねえ!自慢の筋肉はボロボロ、目はうつろ、攻撃も単調。最後は前からそうだったにしても随分と弱っちい残念な男になったもんだね!」

 

「ヴぉオ、オォォ...」

 

「これぞ感染細胞、みたいななりになりやがって。アンタみたいな図体の相手すんのはこっちも大変なんだよ!」

「だからさっさと終わりにするよッ!」

 

 旧知の仲だった者の情けない姿をあらためて見せつけられたからだろうか。それとも、最後の踏ん切りがついたのだろうか。NK細胞は、自慢のサーベルをキラーT細胞だった者に向ける。

 

「覚悟しなっ!」

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 連絡を取っていたほか司令部から、一つの連絡がきた。

 

 “彼ら”の声が消えた立方体の空間で、AE3803は、ぽつりと言った。

 

 誰かが避難しているのであろうとある扉に、好酸球は声を張り上げた。

 

 NK細胞は、虚空に向かってつぶやく。

 

 

 

 「うそ...好中球偵察部隊...全、滅?」

 

 「後輩ちゃんはさ、部屋に閉じ籠って生きていればそれでいいの?」

 

 「誰か居るんだろ!?頼む開けてくれ!好中球が!」

 

 「キラーT、アタシはあんたのこと嫌いじゃなかった」

 

 

 

 「ヘルパーT、司令...緊急前線司令部との連絡、途絶えました...」

 

 「私はそんなのやだな。」

 

 「好中球が...私を庇って...奴らに噛まれて...!」

 

 「でも、意地張って仲良しごっこなんてまっぴらごめんだと思ってた」

 

 

 

 「扉が...叩かれてる...まさかっ!」

 

 「そんな...やだ、先輩、置いてかないで...」

 

 「私が...私がっ!」

 

 「...ふっ、アタシって、馬鹿だよな。」

 

 

 

 「周囲に敵勢力確認!司令!ここはもうだめです!最後のご判断を!」

 

 「必ず、助けを呼んでくるから!」

 

 「え...? こうちゅう、きゅう?嘘、だろ?」

 

 「...すまなかったな、いろいろと。」

 

 

 

 「ヘルパーT司令!」

 

 「いっちゃだめだ!先輩!先輩!」

 

 「うわあああああ!!!」

 

 「キラー、T...」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザシュッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くるみー!大丈夫そう?」

 

「ああ、ここらにいた“奴ら”は全部殺ったぜー」

 

「くるみちゃーん!はやくはやくー!」

 

「先パイ、遅いと置いていきますよー」

 

「ああ、今行くよ。」

(...悪いな、埋葬してやれなくて。どこの誰かもわからないけど。せめて、安らかに眠ってくれ)

 

 

 

 

 

 人間の体の中には、約37兆2000億個もの細胞たちが、24時間、365日元気に働いてます。

 

 ここは人間だったものの中。

 

 無数にある世界のうちの

 

 無数にある生き物のうちの

 

 たった一人の人間(せかい)のうちの

 

 たった数人の細胞たちの

 

 

 

 『もしかしたら』の物語。

 

 

 




以上となります。
つたない文章ではございましたが、
ご精読、ありがとうございました。

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