ほのぼの回?そんな感じです、はい。
では、本編どうぞ
「昨日の事は忘れて.........」
彼女の本日の第一声はこれだった。昨夜の事が余程恥ずかしかったのだろう、泣き腫らし赤くなった目元を擦りながら、僕に懇願してきた。紗夜には少し大きい、僕のワイシャツで目元を擦るその仕草は実に可愛く、サイズが大きいがゆえに生じる、胸元のはだけた鎖骨がとても綺麗だ。その鎖骨部分には、昨日僕達が激しく愛し合った証として、朱を散らした様な痕が残っているが、それ以外は雪原のような白さで、そのアンバランスさがとても蠱惑的に見える。それを見て僕は少し情欲を掻き立てられたが、必死に自制をきかせて平静を装った振りをした。
「忘れろって言われてもなぁ。あれもいつの日か、大切な思い出になるかもしれないぜ?」
「大切な思い出は楽しいものだけで充分よ」
「じゃあ紗夜は昨日の事、楽しくなかったのか?」
「.........った.........」
「え?」
「楽しかったって言ってるの!.........はぁ、朝から疲れたわ。.........朝食を作るから少し待ってて」
そう言うと紗夜は立ち上がり、台所に向かって行った。僕の家に両親はいつも居ないので、紗夜がよくご飯を作ってくれるのだ。両親が何故、家に居ないかは実は僕もよく知らない。仕事が忙しいのだろうか、両親の仕事内容を全くと言っていいほど知らない僕には見当のつけようもない。まぁ、別にいても何とも思わないし、いなくてもなんとも思わないから、そんなに気になることではない。紗夜にとっては勝手知ったる台所なのだろう。その動きに一切の迷いは無く、調理場へ一直線で向かった。正直な所、僕より彼女の方が、調理器具の置き場所などを知っているだろう。.........だって僕は料理なんてしないし。
.........というか今気づいたが、紗夜は下を履き忘れていないだろうか。実質ワイシャツとパンツしか身につけていない。あの姿でうろつかれても男子高校生には目に毒でしかないので、声をかけるとしよう。
「紗夜!パンツ!」
「何?欲しいの?」
「っば!んな訳ないだろ!?」
「ふふっ、冗談に決まってるじゃない。別にいいわよ、誰も見てないんだから」
「僕がいること忘れてないか?」
「何を言ってるのよ。パンツどころか、私の全身を知って.........」
「あーもう、僕が悪かった!パンツ姿でもなんでも、うろついてください!」
「わかればいいのよ」
そう言うと彼女は、鼻歌を歌いながら台所に向かった。LOUDERの鼻歌を歌っているところを見ると、彼女にとってRoseliaは本当に大切な居場所なのだろう。一度は解散の危機に陥ったらしいが、今は無事にバンド活動をしている。その解散の危機というのが、僕が出会う少し前の話らしいが。その時の紗夜を見てみたいと思うのは僕だけだろうか。「昔」の紗夜と「今」の紗夜を会わせたらあいつ、失神するのでは?そんな事くだらない事を僕は調理待ちの間、ずっと考えていた。
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「.................やってしまったわ」
「.........んぅ?何がだ?」
昨夜は紗夜が寝付くまでずっとお腹をさすっていた為、睡眠時間が圧倒的に足りなく、ウトウトしていたら紗夜の声が聞こえてきた。反射的に反応してしまったが、一体何があったのだろう。紗夜が料理で失敗するとは思えないし。まぁ、聞けばわかるか。
「どうしたんだ?」
寝ぼけ眼を擦り、のっそのそと紗夜に近づく。足元が少しふらつくがそれはアルコールのせいではないだろう。紗夜と仲良くなってから一度も飲酒してないし。
............ははーんなるほどなるほど。野菜を切っていて?右腕を見つめて?ため息ついてる?これはつまり.........
「指切った?」
「ええ。私としたことが、うっかりしてたわ」
「あーちょっと待ってろ。絆創膏取ってくるから」
「え.........」
僕が絆創膏を取りに行くために台所を後にしようとすると、悲しそうな、物欲しそうな顔で紗夜が見つめてくる。その瞳は少し潤んでいて、紗夜の寂しいという感情がひしひしと伝わってきた。
「.........もしかして、舐めて欲しかったの?」
「.........そ、そんな訳ないじゃない」
「いいよ。紗夜の血はとても美味しいから」
「貴方って、もしかして吸血鬼なの?」
「紗夜専用のな」
白い指に舞った鮮血を舐めとるために、紗夜の指を咥える。ただの治療行為の筈なのに、僕も紗夜もとてつもない背徳感を覚えてしまう。興奮で震えているのか、紗夜の歯がガチガチと鳴っている。
「ふぁっ.........んぅ.........」
「ん.........ふぅ。これでよし、と。絆創膏取ってくる」
「え、ええ。そうね」
紗夜の紅潮した頬と、意地悪な態度をとった自分を反省していると、朝から何やってんだ、という呆れた感情がこみ上げてきた。.........割とマジで何をやっているんだろう、今日普通に学校あるのに。
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「それじゃあ、行ってくるわね」
「ああ、行ってらっしゃい」
玄関口のドアから外をきょろきょろと見渡す紗夜が、僕に声をかけてくる。その姿は花咲川学園の、見慣れた制服姿だ。何故こんな挙動不審なことをしているかと言うと、学校に行かなくてはならないが、同時に家を出たり、僕の家から紗夜が出ていくのを、もし知り合いやクラスメイトに見られたら詰みだからだ。.........別に、僕は紗夜との関係を隠してるつもりはないが、あんまり知られて気持ちのいいものでは無い。だから、出来る限り見つからないように家を出たいところではある。
「なんだか、夫婦みたいね」
靴を履き終えた紗夜が、楽しそうに話しかけてくる。久しぶりに聞いた、心から楽しそうな声。僕まで釣られて楽しくなってしまう。
「僕は、結婚するならお前しかいないと思ってるぜ?紗夜」
「ふふっ、そうやって気持ちをぶつけてくる龍樹の事、私は好きよ」
「それはOKってことか?」
「.........そうね、いつかは。私たちも幸せに.........」
「紗夜、僕は今だって幸せだ。僕が結婚したいって言ったのは、幸せになるためじゃなくて、この幸せを続けたいって意味なんだぜ」
「.................行ってきます.........」
あ、紗夜がデレた。つまりは僕の勝ち。通算4勝36敗だから、大きく負け越してはいるが、これは大きな前進だろう。さて、行ってきますと言われてしまったら、こちらも返さないとな。少し違うかもしれないが、コール&レスポンスって奴だ。少しどころか全然違う説。
「行ってらっしゃい」
僕は彼女が前に、幸せに進めるように、行ってらっしゃいと、そう言った。紗夜が開けた玄関のドアからは、初夏の涼しくて、どこか暖かい、そんな風が入ってきて、僕の鼻を掠めていった。
この二人が結婚したら超穏やかに過ごしそう。庭にある木の椅子に座って本を読んでるイメージ。想像したらダンディーな初老のおじ様が出てきたよ笑
では、今回はこの辺で。
お読みいただき、ありがとうございました!