話の時系列は提督視点は、時雨の居酒屋での騒動の後、時雨視点は過去編からいまに至るまで、の構想になっています。
「みんな、話がある」
居酒屋での一夜をあけ、4人は提督に呼ばれ、執務室に集まっていた。
誰一人言葉を発さず、重苦しい雰囲気が一面に漂っていた。この状況を作ってしまった医者は申し訳なさそうにうつむいている。
「まず時雨の人格形成の要因、おそらく推測がついた。そしてそれに対しての最終作戦も考えてきた」
「要因が?.... 提督様本当ですか? 昨日の一件で確かに時雨さんはあなたを嫌っている事実はわかりましたが....それと要因がいまいち繋がりません。第一嫌っているという事実は時雨さんによれば前々からではありませんか」
医者が口火を切って話し出す。
「確かに時雨殿がご主人を昔から嫌っているとしたら、今回の件とは無関係ですな。今回突然人格形成されたにしてはタイムラグが大きすぎますぞ」
「正直今でも信じられない....。昔からそんな素振り見せたことなんて一度もなかったもの。あの笑顔が偽りだったなんて思いたくないわ....きっと何かの間違いで....」
「時雨の行動は偽りだ、このメガネで本音を見た以上。これは揺るがない」
「そんな....じゃあ本当に時雨は....」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた曙。それに対して慌てて訂正を入れる。
「ん?.....あー!すまんすまん、そうじゃない。今まで行動ではなく、嫌っている素振りそのものが演技ってことだ」
「提督様。どういうことですかな?詳しく聞かせて欲しいです」
「まず、今までの他人格の願いも他の検証で覗いていたが、どれも目まぐるしく変化するもので大した願いはなかった。『漣を喜ばせたい』だとか『潮を守りたい』とかな。だがあの居酒屋の席で、時雨の主人格が出た瞬間、願いは『提督に嫌われたい』の一点のみに固定された。しばらく時雨を観察していたがこの願いは全く変化しなかったんだ、違和感あると思わないか?」
「確かに..本当に提督が嫌いなら、あの場の願いは『帰りたい』とかの方が自然よね。もうすでに嫌いだったらそれ以上相手に関心を持つとは思えないわ」
「自発的に嫌われに行ってるってことですか?」
「そう、つまり本当に私が嫌いなのではなく、私に時雨を嫌いになって欲しいのではないかと。理由はわからないが私への態度の急変したのに対して、私以外への人当たりがさほど変わっていないことも、この願いがあるとすれば合点が行く」
「なるほど....だから私たちには今まで通り優しかったんですね」
「付け加えると『提督に嫌われたい』という願いを実現可能時以外は他人格の時雨2さんが出て、普段通りに振る舞っている....推測ではありますが時雨さんの主人格は『嫌われる行為』に全力を注いでいると思われます」
「でもどうして? 要因はわかったけど理由が全くわからないわ」
「そうですなあ、そこまでして嫌われても時雨殿にメリットがあるとは思えませぬ」
「そう。結局我々は時雨の変化の要因はわかったが、本音にはたどり着いていない。つまりこの行動の真意を究明することが目標となってくる」
「やっと見えてきたわ。そこであんたのいってた最終作戦ね」
「そうだ。これから私は時雨に対して過保護と思われるぐらい常にそばに付き、優しくする。どんなに嫌がっても貫き通す。具体的な方法の一つとして、手始めに秘書艦業務を今週から1週間全て時雨にやってもらう。この鎮守府初の提督命令で強制的にな」
「ちょ、ちょっと! それが作戦な訳!? なんでそんな事する必要あんのよ! 羨ま...じゃなかった、それで時雨の真意がわかるとは思えないわ!」
「待て待て、話は最後まで...」
「ダメ!ダメよそんなの!認められないわ!ダメったらダメ!!」
「曙ちゃん....」
「ボノたん....」
「ツンデレジェンド曙さん....」
「何よそのかわいそうなものを見るような目!てか医者ぁ!なんでそのあだ名知ってんのよ!はっ倒すわよ!」
「まあ、聞いてくれ。作戦目的はシンプルに『嫌われること』を諦めてもらう、これだけだ。時雨の『嫌われたい』という想いは恐らく手段。真の目的のための行動の答えの一つだ。ならばこちらの対策は単純明快、その手段が無駄である事を本人に思い知らせればいいんだ。そうすれば自然と手段を変えてくる、その際にこちらから歩み寄ればいいだろう」
「つまりゴチャゴチャと理由は並べましたが内容としてはご主人が嫌いな相手だからこそ燃えるど変態ドM野郎になるってことであってますかな?」
「提督が...変態...」
「ほんと最低ね、時雨が悩んでるっつーのに、ふふっ」
「えー...結構これでも真面目に考えた答えなんだけどなあ.......」
重苦しかった雰囲気は若干明るくなった。解決に期待がもてるようになったのはのはもちろんだが、やはり時雨は自分たちの思う時雨のままだった、そんな言いようのない安堵感が彼女達の緊迫した心を弛緩させたのだろう。医者と提督も含め全員が冗談を言えるほど顔の表情は緩んでいた。
(しかしなぜだ、時雨.....)
打開策は見出したものの提督は全くと言っていいほど時雨の真意は理解できないでいた。だがこの提督の嫌われることが手段である、という考察は概ね正しかったのであった。
この問題の発端、時雨の変化の要因は半年前のある事件だった
ー3年前(時雨視点)
「提督が倒れた!?」
「はい...先ほど執務をしている最中に突然....。医者の診断によると過労らしいです」
「そんな...提督は大丈夫なの!?ねえ!」
「どうどう....。落ち着いて時雨ちゃん。今は落ち着いたわ。医務室で寝てるみたいだけど命に別状はないって」
「....そう...なんだ。よかった....取り乱してごめん、明石」
「その気持ちは痛いほどわかるからいいわよ。それより提督の様子を見に行ってあげなさい」
今の提督が新しく着任してから3年目の秋。たった7人しかいなかった鎮守府を救った英雄は過労で倒れてしまった。
提督が無理をし始めたのはたった5人での新海域突破以降、ここで戦うことを志願する艦娘は大量に現れたのがきっかけだった。
『私の管理さえ滞りなければ確実に艦娘一人一人の負担が少なくなる』
そういって提督はその志願を全て承諾し鎮守府は瞬く間に賑やかになっていった。確かに彼の言った通り出撃や遠征は日毎の交代制で行えるようになり、艦娘の休息の時間の増加につながった。また鳳翔や間宮、伊良湖といった艦娘をサポートする艦娘も受け入れたため休息の質も大きく向上した。提督は変わりゆく鎮守府の様子を自分の子供の成長のように喜び、毎日嬉しそうに業務に励んでいた。
しかし僕らは知らなかった。その笑顔の裏で、提督の負担が増え続けていたのを。新しい艦娘の受け入れ態勢を取って以降、設備の改築、修理、新しい子の戦闘データの分析など提督業務は多忙を極め、ほとんど寝ていない状態が続いていたらしい。だが、元々艦娘とはほとんど接せず、執務室でほとんどを過ごしていたため周りの艦娘はもちろん、古参である自分たちですら提督の異変に気づくことができなかった。その結果、ある日その疲労は限界に達し今回の事件が起きてしまった。
急いで医務室に行くとベッドには提督、そして隣の椅子から提督のベッドに突っ伏して寝ている曙がいた。僕を見るや否や顔をゴシゴシと拭き、体勢を立て直した。目は赤くなり、まぶたは腫れ上がっていた。どうやら相当な時間泣いていたらしい。
「曙、こんなところで寝ると風邪ひくよ」
「....はえ!?わ、私寝てた!?」
僕の呼びかけにビクッとして跳ね起きる。顔を上げた曙の目は赤くなり、まぶたは腫れ上がっていた。どうやら相当な時間泣いていたらしい。しばらく恥ずかしそうに身だしなみを整えたり、顔を制服で拭いたりした後、静かに話し始めた。
「......医者からはもう大丈夫だって、意識はまだ戻ってないけどじきに目を覚ますだろうって......全く、ほんと馬鹿なんだから、こいつ。こんなに心配させて....」
「そっか、それを聞いて安心したよ、曙が言うなら間違いないね。見守っててくれてありがとう」
「べ、別にこれは...。ま、まあこいつが来てからは多少この鎮守府もよくなったし、モットーかなんだか知らないけど私たちのために動いてくれるみたいだしね。使えるやつがいなくなったら困ると思っただけよ!」
「不思議な提督さんだよね。建前じゃなく本当に僕たちを幸せにしようとしてるって今回の件でよくわかったしね」
「でも、それがわかったのもこいつが倒れてからようやくよ。どうしてもっと私たちを頼ってくれなかったのかしら、それだけが不満よ。あーあ、そんなに私たち提督様から見ると頼りないのかしらねえ?.....って時雨?どうしたのよ」
「.....僕らが...頼りない...」
さりげなく言った曙の言葉が僕の頭の中でこだまする。頼らないんじゃない、頼れないんだとしたら。無理をしているのではなく無理せざるを得ないとしたら...?
心配してくれている曙の手を強く握って僕はいった。
「曙、僕ら強くなろう、もっともっと強くなるから、提督が頼れるように」
「....そうね。私たちはこんなもんじゃないって見せつけてあげましょ」
それから僕らは強くなるために必死に出撃した。有休だってほとんど使わず、出られる日は全部出撃か遠征に当て、ひたすら毎日をがむしゃらに過ごした。少しでも早く提督を楽にするために、頼ってもらえるようになるために。
そうした日々を過ごして約2年。遂に僕は適性検査の結果、大本営が認める最高練度に到達したとの通達が来た。総合的な実力は曙の方が上だが、最近出撃が減っている分、自分の方が見た目上、若干早く到達した。
「提督!遂にやったよ!レベル99だよ!ほら見てよ!」
誰もが認める強さの最高ランクの数値に到達したのだ。文句なしこの鎮守府、いやこの国の最高戦力と言っていい。長年この日のために血の滲むような努力をして来たんだ。
「ああ、おめでとう、時雨。初めてあった時よりずいぶん頼りになる存在になった」
だめだ、笑みが抑えられない。嬉しそうな提督とこれから頼ってもらえるそんな未来を考えるだけで喜びでいっぱいになった。だがそんなときは一瞬で提督の口から出た言葉は僕を絶望に落とし込んだ
「ありがとう!これで提督も少しは....」
「さーて!これからもっと忙しくなるぞ!準備準備っと!」
「....忙しく....なる....?...どうしてさ」
「さっき大本営から追加で通達が来てな、国の最高戦力のいる鎮守府としてより一層の設備投資をするよう、資金が下りたんだ。これからこれで色々とやっていくつもりだ。.....お前のおかげでこの鎮守府をもっとよくできる、改めて感謝したい。....あ、もちろん言葉だけとは言わんよ。この資金はいわばお前の努力の結晶。何か望みがあれば全力で応えよう」
「そ...そんな....望みなんて...。僕は提督が楽になればそれで....」
「ははっ、さすが時雨、謙虚だな。まあ考えておいてくれ。今後はより一層お前のサポートに回る。雑務は私がやるつもりだから、時雨は出撃と遠征に集中してくれ、これからもよろしくな」
そのとき、自分の中で何かが壊れた。
意識が切れた僕、目を開けると真っ暗な空間が広がりそこに一人の艦娘が立っていた。
「ここは....?」
『よう、目が覚めたかい。....てまあ覚めてはいないんだけどな。ここはお前の思考の中、お前は今意識を失ってるんだよ』
「そうか、あの後、僕は倒れて....。きみは....誰だ?僕とそっくりの姿をしているけど」
『そっくりも何も俺はお前が作り出したお前自身だよ。お前に本当の願いに反応してできた、な』
「本当の....願い?」
『そうさ、お前は提督から頼られたいんだろ?その強い思いに反応して俺は生まれたんだよ」
「頼られたい....ね。ふふっおかしいや、おかしいよそんなの。だって僕の願いはついさっき儚く散ったんだよ。もう諦めたんだ、だから君が生まれる理由なんて元からないよ」
『へっ、情けねえな。お前、提督に対する思いはその程度だったのか?やっすい魂だな。最高戦力様が聞いてあきれるぜ』
「何言われたってもう何も感じないよ、もう、怒る気力すらないしね」
『そんなダメダメなお前に一つ、いいこと教えてやろうか?提督がお前に頼って、楽せざるを得ない状況を作る方法があるぜ』
「楽せざるを得ない....? そんな方法あるのかい?」
『簡単さ、嫌われりゃいいんだ』
「嫌われる....? そんなの提督の心労を増やすだけじゃないか」
『ちげえな、根本的に考え方を変えろ。嫌われるのはあくまで手段だ。例えばよ時雨、お前を嫌いな奴がいたとする。当然時雨本人もそうよくは思ってない奴だ。そいつは有能で、時雨の命令には背かず、戦果は取ってくるがこっちに全く興味がない。そんなやつがいたとして、お前だったらどうするよ』
「その子、僕のことが嫌いなんだろ。だったら勝手にやりたいようにやらせるね。命令だって必要最低限に.....嫌いな人間に興味なんてわかないしね....」
『そうだ、その通り。嫌いな相手のために動き、気にかけるバカはそういねえ。当の本人が望まないなら尚更な。だがお前は有能だ、この鎮守府で一番と言っていいほどにな。なら業務上頼らざるを得ない』
「....! そうか....どうでもいい相手だが仕事だけはしてくれる。なら選択肢は一つ.....。僕をこき使う、きっとそれが望みだって思って...。なるほどね。.....君は僕の願いに反応して生まれたって言ったよね。だったらもちろん、この計画、協力してくれるんだよね」
『へっ、ようやくその気になったか。....当然だ。お前の願いは俺の願い。叶うまでは嫌って言ってもとまんねぇからな』
「じゃあ....よろしく頼むよ、えっと」
『しぐれでいいぜ。これからはおもてに立つからな。.....お前は嫌われることに全力を注げ、案外気力を使うからな嫌うことってのは。俺はお前がその事態になる時だけ切り替わってやる。いいな』
「確かに、それなら提督に対してのアプローチを考える余裕もできる。なるほど頭も切れるじゃないか....」
「じゃ、合意も得られたところで、これから作戦開始ってとこだな、提督に嫌われてみせろよ時雨」『もちろんさ、よろしく頼むよ、しぐれ』
嫌われることを諦めて、頼ってもらうために奮闘する提督と、頼られてもらうために嫌われようとする艦娘。二人の奇妙な攻防戦が幕をあけるのだった。
時雨編も終盤です。正直考えていた構想がうまくいかず、展開を悩みながら書いていました。
期間を構えた分、今後の展開はだいぶ固まったので、次回からはまたペース上がると思います(多分)
今回の文章は時系列の変化を取り入れたいと思い、慣れないながらも挑戦してみました。わかりにくい部分があるかもしれません。ご了承ください。
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