だがそこで最初に声をかけられたのは提督ではなく龍田であった。
『』内は前話と同じく時雨の表に出ていない方の考えやセリフです。
視点は今回も時雨がメインですが後半に少し他視点も入ります。
騒動から一夜明けた朝。俺は秘書艦業務のために執務室の前に来ていた。正直、提督に嫌いと言ってしまった手前、こちらから接するのは不自然だと感じていた。だが、運がいいのか悪いのかあっちの方から接触する機会を振られたのはこちらにはとても都合が良かった。
(昨日でだいぶ嫌われた気がすっからな...。もうひと押しを今日の秘書艦業務で...まあ若干気まずい感もあるけどな)
「何やってるのかしらぁ?」
その声が聞こえたと思った瞬間、掴もうとしていた執務室のドアノブがスパッと切れ足元に転がった。それに遅れて風を切る音とともに目に前に薙刀が現れ、思わず俺は尻餅をついてしまった。
「っ....! っぶねえな!何考えてんだ!」
「それはこっちのセリフよ、時雨ちゃん? 昨日の今日でどうして提督のそばに行けるなんて思えたのかしら」
「なっ...龍田...」
そこに立っていたのは先日の夜、噂していた張本人の龍田であった。その姿を見るや否や、主人格の時雨が瞬く間に表に立ち話し始めた。
「.....えっと、ごめん、龍田さん、僕今日は提督に呼ばれているんだ。僕の意思できた訳じゃないよ」
「あらぁ、そうだったの。私ったら早とちりしちゃったわあ、ごめんなさいねぇ」
「いやいや、気にしてないよ。実は昨日から一週間、提督の命令で秘書艦業務を頼まれ...」
「じゃあ、今日からもう来なくていいわよ、というか来ないでねえ。提督の命令なら心配しないで、その間は赤城に秘書艦を頼むし、提督にはあなたは体調不良とでも伝えとくわぁ、これでいいでしょ?」
緩んだ口元とは裏腹に、目は氷のように冷え切った龍田から突然の秘書艦解雇宣言をされてしまった。優しい口調ではあるがその言葉の端々にはナイフのような鋭さが垣間見える。
「なっ...。なんで急に、別に僕は提督に危害を加える気なんてさらさら...」
「時雨ちゃん、あなたは昨日提督に敵意を向けた挙句、彼の近くで艤装を展開したの。危害を加えようと思ってなかったとしても加わる可能性はあった、これは事実よ。そんなあなたの言葉が信用できると思うかしら?」
「確かに...そうかもしれない。でも僕だって流石に昨日はやり過ぎったって反省してるんだ。謝りたいことだってあるよ...」
「もちろん、このまま一生このままな訳じゃないわ。あなたが信用に足る人物で、提督に対して害がないと私たちが判断できれば、それ以降はこれまで通り接してもらって構わないわ。だからその判断が下るまでは、提督からは離れてねってだけよぉ?」
「わかったよ、...で、でもさ秘書艦業務は仕方ないにしても、話すことすらできないってのは...」ドンッ
「あなた、さっきから何か思い違いをしてないかしら。これはお願いじゃなくて命令。昔のよしみで多少譲歩してこの程度の罰にしてあげてるだけで、あなたが変な気を起こすならより重い罰にしても構わないのよ?」
執務室の前に刺さった薙刀に自然と身が震える。たとえ古くからの仲間であろうと提督に仇なすものは容赦しない。そんな躊躇のない薙刀での無言のメッセージは本能的に僕を震えさせたのだった。
「は、はい。わかりました」
「ふふっ。分かればいいのよ。しばらくはおとなしくしててねえ」
結局提督の姿はおろか、声すら聞くまでもなくとんぼ返りで自室に戻ってきてしまった。
『なるほどな...。こりゃあ厄介だ。あの様子じゃ提督側も赤城が俺に近づけないようにさせてるのは明白だな。これじゃ作戦もクソもねえ...』
「はあ...。わかってはいたけどやっぱりこういう事態になったか。龍田はね、根はとてもいい人なんだ。気遣いはできるし誰にでも面倒見がいい。ただ提督のことになるとなんというか...かなり攻撃的になっちゃうんだ」
『んなもん見りゃわかるぜ、怖えなありゃ。俺が下手に挑発したらマジでぶった切ってきそうな勢いだぜ』
「そこまではしないとは思うけど...。障壁になったのは間違いないね。ただまだチャンスはある」
『チャンス?』
「龍田の遠征中を狙えばいいんだよ。あの人のことだから代わりを用意してはいるだろうけど、本人に比べたら提督に接近する難易度はかなり下がるはずだ」
『そうか! その手があったか! あいつが不在ってなりゃ最大の障壁は突破したも同然ってわけだ。遠征に絞ったのは不規則な帰りの出撃より時間も読みやすいからか?』
「そう。こちらの猶予も把握したいしね。この日なら執務室に入るのは厳しくてもお昼くらいになら接触可能なはずだ」
『うっし。決まりだな、じゃあ確か次の龍田の遠征が明後日だったかな。その日に作戦決行だぜ』
「ああ、絶対に成功させよう」
ー翌々日 食堂前
「おいおい...聞いてないぜそりゃ...」
龍田が早朝から遠征で不在の今日、俺は昼時を狙って再び提督に接近を試みようとしたのだが...
「前方! 異常なし! 提督殿、赤城さん、どうぞご使用ください! 瑞鳳!事前偵察の報告頼みます!」
「個室周りおよび食堂周りも不審物も見当たりませんでした! 心配ありません!」
「了解、報告ありがとう。赤城さん、食べてる間は私たちがドアの前で見張りに就きます。あなたは気にせず提督とお食事なさってください」
龍田が何を吹き込んだのかはわからないが、提督の周りにはこれでもかというほど警備の厳戒態勢が敷かれていた。食堂の個室で死角がない場所を選び、その入り口には見張りであろう、飛龍と蒼龍が立っている。見回りに飛鷹とその艦載機が鎮守府の周りで常に監視しており、食堂の入り口には翔鶴、瑞鶴が入るものすべてをを入念にチェックしている。
「あ、あの蒼龍? そこまでしなくてもいいのよ?提督なら私がいるだけで十分...」
「ダメです! 提督とあなたの身に何かあったらどうするんですか! それに、龍田から帰ってくるまでは提督にどんな艦娘も近づけるなと伝言を受けています。理由はわかりませんが緊急事態だと考えての行動です。本日はFC一同総動員して赤城さんを見守...じゃなかった守らせていただきます!」
「龍田...またあの子、説明ほとんどしないで...わかりました。えっと...瑞鶴さん?お願いしますね。」
「はっ! この命に代えても使命を果たします! all hail AKAGI!」
「「「all hail AKAGI!」」」
統率のとれた号令とともに、頭に赤城命と書かれたハチマキを巻いた警備隊一同は自分の持ち場につき、警備を再開した。
「赤城、加賀と何を話してたんだ? それにこの警備はなんなんだ、朝から思考が追いつかんぞ 」
「すみません提督、どうやら昨日の騒ぎを過敏に反応した艦娘の自主的な行動みたいです...あとで私から言っておくので気にしないでください...」
「え、ああ、まあ、赤城がそういうなら...気にしないでおこう...」
その様子を傍で見ていた時雨は若干、いやかなり引いていた。
「おい!聞いてねえぞ! なんなんだよあいつら! 頭のハチマキも相まって完全にやべー集団じゃねーか!」
『あー...あれは赤城ファンクラブの皆さんだね...きっと龍田さんが警備をお願いしたんだ』
「ファ、ファンクラブ? 赤城ってそんな人気あるのか?」
『人気なんてもんじゃないよ。憧れ通り越して神格化されてるからね赤城さん。あの隊の結束力はすごいよ...ある種龍田と同じレベルで脅威だよ...』
「こりゃ...ダメだな...」
『だね...これじゃあ龍田いる日の方がまだ可能性ある気がするよ...まあないけど...』
ただでさえ接触が厳しいのに、それに加えて統率のとれた軍隊のような艦娘がいたるところに配置されたとなっては、作戦決行を断念せざるを得なかった。
事件から丸7日、龍田と赤城(の周り)によって会うことが許されない状況となり、俺の作戦は完全に封印されてしまった。時雨とも話し合った結果、とりあえず打開策が見つかるまではおとなしくしているのが賢明だと判断し、龍田の言いつけを守ることにした。
そんな俺の様子を見た龍田は提督から大量の遠征をもらってきてはこれは罰だと言って俺に行かせるようになった。暇を持て余すことになった俺に気を使ってくれたのだろうか、それとも嫌がらせ?
しかし、そんなことを考えながらも、やることもない俺ははおとなしく朝から晩まで遠征に参加するのだった。
8日目の朝、いつものように龍田から遠征の依頼がきた。その日は風も強く、雨が降っており朝から憂鬱な気分となった。
「はぁあ....。結局今日も打開策は思いつかず...かあ」
「あー、時雨ちゃん、ちょっといいかしら」
「な、なんだい? 龍田さん! 僕何か悪いことしちゃったかな?」
「もー、そんなに怖がらないでよお、私だって傷つくのよ? あなたに伝えることが2つあるわあ。1つは今日の遠征は初心者の駆逐艦を中心に連れて行くとのことだから、その指導、手助けをお願いするわあ」
「なるほど、わかったよ。最近入った子の育成が目的かな?先輩として教えられるところは教えるよ」
「うん、いい返事よ。もう一つは報告よ。最近のあなたの様子を見てて昨日、赤城さんと話し合ったの。それでそろそろ時雨ちゃんの罰も終わりじゃないかなって判断になったわ」
「え? ということは...提督にあっていいんだね!」
「ええ、そういうことよ。...ただし、会うのは今日の遠征が終わったらねえ、帰ってきたら私に一声かけて頂戴。そこでまた話をするわあ。...それにしても随分嬉しそうねえ」
「あっ...そ、そうだね、別に提督は嫌いさ。でもちゃんと言いたいことを言えなくてモヤモヤしてたんだ、全く嫌になっちゃうよ、もう」
「ふーん、ふふっ、そういうことにしといてあげるわ。じゃあよろしく頼むわね」
遠征に送り出された僕は雨なんて吹き飛ばせるくらいの勢いで急いで飛び出し、ほかの艦娘を先導し目的地へ向かうのだった。
朝、時雨を見送った後、龍田が自室に戻ると、龍田が時雨から誕生日にもらった湯飲みにヒビが入っていた。
「あらあ、湯飲みが急に.....」
ー執務室 昼
朝よりもさらに雨は激しくなっていた。
「うーむ、雨がひどいが遠征組は大丈夫だろうか。確か今日はその中に時雨もいたよな、赤城?」
「はい、いますね。今日は比較的安全なエリアでの遠征でしたので、提督の指示通り時雨には旗艦をやってもらい、経験の浅い艦娘の指導に回らせました。彼女とても嬉しそうだったと龍田が言っていました」
「うむ、ありがとう。あの騒動以降、なぜか全く顔を合わせられず心配だったからな。元気そうで何よりだ」
「あ、それで時雨の件なのですが、今日の遠征が終わった後にでも会ってくれませんか。そろそろ彼女も心の整理がついて話したいこともあるんじゃないかと...」
「おお、それはもちろんだ。私からも色々と伝えたいこともあるしな」
「あんまり怒らないであげてくださいね、時雨もきっと何か考えがあって....」
バンッ
「....っはあ、はあっ....失礼します!大淀です!」
「落ち着きなさい、大淀。どうしたのですか、何かトラブルですか」
息を切らせて執務室に飛び込んできたのは普段から遠征、出撃の管理をしている大淀だった。相当焦っているようで報告の紙はくしゃくしゃになっており、上がった息でまともに話せない状態だった。赤城に諭され、ようやく息が落ち着くと、大声で叫んだ。
「たっ、大変ですっ! 先ほど部隊の一人から報告があり、時雨旗艦の遠征部隊が壊滅したとの情報が!!」
パリンッ
龍田の自室の湯飲みは二つに割れ、地面に転がるのだった
<続く>
次回 時雨編完結です。
今週中には投稿予定です。よかったらご覧ください。
次回から話を進めるべきか、日常回挟むべきか悩み中。
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