(温かい...大きな何かに包まれているような....)
意識を失ってから、体のかすかな振動と浮遊感で再び目を覚ました。朧げな視界に一人の人物を捉えた。だが体が言うことを聞かず、薄眼を開けて確認する程度しかできない。かなり焦っている様子の彼女は頻りにごめんなさい、ごめんなさいとブツブツと言っている。
(誰だろう....僕を運んでいる....? でも...ダメだ...力が入らない...)
時雨は再び深い眠りについたのだった。
「ここは....見覚えのある天井だ....」
「目が覚めた? 全く、3日もねむりこけるなんて、いいご身分ね」
以前、他人格が生まれた際に運ばれたときと同じ、鎮守府の医務室だった。横には座ってリンゴを剥いている曙が優しそうな目で僕を見つめていた。
「医務室....僕は深海棲艦と戦って...はっ! 皐月たちは!? くっ....」
「こら、無茶しないの。 いくら艦娘といっても今回はかなり重症だったんだから、しばらくは安静にしてなさい。...それに安心して。皐月たちなら無事よ、私たちにあんたのこと、事細かく報告してもらったわ」
「...そうか...よかった、みんな無事帰投できたんだね...。僕をここまで運んでくれたのは曙かい? なんて言ったらいいのか....」
「運んだのは私じゃないわ。 龍田よ。 それにあんたが無事だったのも半分はあいつのおかげなんだから、お礼はあいつに言いなさい」
「た、龍田さんが!?」
「そうよ、本当はあいつから口止めされてるんだけどね、まあ悪いことでもないしね。全部伝えとくわ」
その後、曙から僕が意識を失った後のことを説明してもらった。龍田が提督の命令を無視して、単独で僕を助けに行ったこと。帰ってきて自分の血を迷わず輸血させたこと。そして僕が目を覚ますまでの3日間、医者よりも長く自分の元につき、ほぼ徹夜で僕の看病をしてくれたこと。その報告のすべてが僕の胸に突き刺さった。
「あんなに焦った龍田を見たのは初めてだったわ。医者にもう大丈夫って言われてからもご飯だってろくに取ろうとしないであんたの手を握り続けてたわ。こっちが心配しちゃったわよ」
「龍田さんは!? 今どこに!?」
「落ち着きなさい、あんたらしくもない。 龍田は遠征に出ちゃったわ、ちょうどさっき皐月たちを連れてね。『あとはよろしく〜』って私にりんご押し付けて出てったわ。あいつも照れることあるのね」
「.........」
「...とりあえず、あんたのお目覚め、提督に報告してくるから、おとなしくしてなさい。あいつから伝えたいこともあるらしいしね」
そういって出て行った曙をぼーっと見つめながら、僕は考え事をしていた。
(伝えたいことか...提督の戦績...僕のせいで傷つけちゃったしな...。龍田の命令無視の件もあるだろうし......嫌われる通り越して恨み節言われる勢いだねこれは...ははっ...でもいいんだこれで...計画通りさ....)
そんなことを考えているとドタドタと慌ただしい足音が近づいてきた。その足音は医務室の前で止まり、荒々しくドアを開いた。
「しっ、時雨! 無事か!?」
「...無事だよ、何? 解体めいれ....」
言葉をいい終わる前に、提督が強く僕を抱きしめた。提督の匂いが僕を包み込む。突然の出来事で声も出ず、混乱している僕だったが、その真意はすぐにわかった。
「よかった....本当によかった....無事だったんだな....」
「どう....して...」
体温を、吐息を、鼓動を、生きている証を探すように提督は僕を抱きしめ続けていた。この男は本当の意味で自分の無事を噛み締めている。それが嫌という程伝わってきた。だがハッと我に帰り、再び、態勢を立て直し僕を見つめた。
「はっ! 病み上がりなのに、こんなことを! すまん!痛くなかったか?」
「どうして....」
「どうした? 痛むか? どれ、ちょっと見てやろう、これでも応急手当てくらいなら....」
「どうして! 僕を嫌ってくれないんだよ!」
我慢をしていたがダメだった。次々と溢れる想いは止まらず、ついにそれは言葉になった。
「わからないんだよ! 提督の行動はわからないことが多すぎる!どうして嫌いと言った艦娘を秘書艦にするんだい? どうして嫌がらせをし続けた挙句君を犯人呼ばわりした僕を怒らないんだい?....どうして僕の無事をそこまで喜べるんだよ....わかんない!わかんない!もう分かんないよ!!」
「嫌われようとしているなら諦めろ。お前がどんなに悪いことをしたって、それで私がどんなに苦しんだって、私はお前を好きでい続ける」
「どうして....」
「理由は簡単だ。時雨がこの世界に一人しかいないからだ」
「ふん、そんなの綺麗事だよ。僕らは所詮兵器。代わりなんていくらでもいるさ」
「いや、いない。例え兵器として何人も時雨がいたとしても、『私の時雨』はお前だけだ。......それにな時雨、私は艦娘を兵器とは思っていない。人間だろうが艦娘だろうがこの鎮守府で共に戦ってくれる仲間、ただそれだけなんだ。全員が大切で、愛おしい、かけがいのない存在、その一人がお前だ」
「かけがいのない...存在...」
「そうだ。だからこそお前がどんなことに悪さをしようと、それに対して面と向き合って考える。幸せになって欲しいと本当に思えるからな」
(知っていた。そんなこと前から知っているさ。提督が本当に僕らを大切に思っていることなんか....でもだからこそ...)
「でも僕は...僕は...それでも...」
「...嫌われなきゃいけない...か?」
「え....? どうして...」
「実はな、時雨。 私は人の願いを見ることのできるメガネを持っている。これで見ていたからお前が嫌われたがっているのは知っていたんだ」
「はあ? 突然何を言い出すのさ、そんな魔法みたいな....」
「私も最初は信じられなかった。嘘だと思うなら試して見るといい、これをかけて鏡を見てみろ」
そう言って提督はポケットから一見なんの変哲もないメガネを取り出して僕にかけた。するとどうだろう、鏡に映った自分の頭に確かにはっきりと文字が浮かび上がってきた。『嫌われたい』とただそれだけが書かれていた。
「へ、へえ。やっぱり最低野郎だね、こんな道具使って、黙って人の心を覗くなんて。嫌いになるのは当然だって改めて思ったよ....」
「そうだな、その通りだ。私はこんなものを使わないと時雨の思いに気がつくことすらできないクソ提督だよ。 だから時雨、せめて教えてくれ。 私のどこが嫌いなんだ? 何が不満だ?」
「何がって....」
思いも見なかった質問に一瞬たじろぐ。嫌いじゃないんだから理由なんてあるわけない。言葉に詰まった僕に提督が詰め寄る。
「私ははお前が...お前がまるで何かを我慢しているように感じて仕方がないんだ...もうそんな姿見たくない...」
「僕は嫌い......僕を思ってくれるそんな提督が.....嫌い...」
喉から力を振り絞ったような、弱々しい声が涙とともに病室に静かに流れた。
「嫌い...無理してるのに気を使って、いつもヘラヘラしてる提督が嫌い....夜遅くまで執務してるくせに遠征から帰ってきた僕らを必ず出迎える提督が嫌い...自分のことなんて二の次で、倒れたって次の日には執務しようとするその姿勢が嫌い...何もかもが嫌い...嫌い! 大っ嫌い!!」
もう作戦のことのなんか頭になかった。いままで燻っていた思いを、願いを、不満を、夢中で叫んだ。今までの偽りの言葉ではない、本当の意味での自分の不満を提督にぶつけた。
「どうして僕を頼ってくれないのさ! どうして支えさせてくれないの!? どうして一人で頑張ろうとするのさ....僕だって...僕だってもう提督のそんな姿...見たくないんだよ....」
止まってくれない涙はシーツを濡らした。それを見ていた提督は何故か嬉しそうに笑って優しく僕の頭を撫で始めた。
「ありがとう、本当のことを言ってくれて。そしてすまなかった。 優しいお前をここまで悲しませてしまって。私は本当に人の気持ちがわからない男だな...」
「提督...」
「艦娘を支えよう、そればかりを思ってしまうばかりに私は、私を思ってくれる人のことを考えられていなかった。一方的な幸せなんてこの世に存在しないなんて簡単なことに気がつかなかった....。なあ、時雨。私からのお願いだ。こんな人の気持ちすらわからないような提督を、どうか支えてくれないか? お前がいないと私はまた大事なものを見失ってしまう気がする」
「ふふっ。 本当にね。 じゃあ約束してよ。これからはもっと僕らを頼って、無理をしない。僕の願いはね『提督も幸せになれる鎮守府』を作ることさ、これからはそれを目標にしてね。 指切りげんまんだよ」
「ああ、約束だ。もうお前の願いをむげにはしない」
提督と指切りをした。長かった提督と僕の不思議な攻防戦はようやく幕を閉じた。
だがそれと同時に僕にはいままでとは別の感情が生まれた。熱を帯びた目は確かに自然と提督をとらえてしまっていた。
(もう少しこの時間が続けばいいのに....)
(おうおう、お熱いねえ。その願い、手伝ってやるよ!)
突然心の声がしたかと思うと、僕の体は勝手に動き出し、ベットから落ちそうになった。 それを見て提督は慌てて僕を抱きしめる形で支えた。 さっきとは比べ物にならないくらいに心臓は高鳴っていたのを感じた。
「お、おい、大丈夫か時雨! やはり病み上がりで気分が...」
「....そうだね。気分が優れないからもう少しだけこうさせていてよ。全く、最後までやり方が乱暴なんだから...ふふっ」
窓から流れる風は心地よく、外を見ると空は清々しく晴れ渡っていたのが見えた。
「ちょ!終わり!ストップ!ストーップ!憲兵!憲兵を呼びなさい!」
「ちょ! 曙さん、今日は見守るって約束じゃ」
「ダメ!教育上よろしくないわ! 提督も時雨も早く離れなさいよ!」
「て、提督と時雨さんてそういう関係なんですか...?」
「これが....伝説たる所以...」
「ふーむ、提督殿、これは通報してもいいのですかな」
「ちょ!お前ら!これは誤解だ! 時雨はいま気分が悪くてだな...」
突然扉が開き、慌てて病室に駆け込んできた曙の後ろには、恥ずかしそうに目を塞ぐ皐月他2人。そして医師が立っていた。静かに流れていた病室の空気は一気にてんやわんやの状態になった。僕は決して提督からは離れず、その心地よい空間に身を委ねていた。
(頑張れよ、時雨)
最後に心に届いたその短い言葉には、いままで聞いた中で一番の優しさを感じたのだった。
投稿だいぶ空いてしまい申し訳ないです。
時雨編。これにて完結です。最後の締め方をどうするか悩んでいたのですが、ようやく納得のいく形にまとめることができました。
次回以降はまた別の艦娘のお話を予定してます。よかったらご覧ください。
ご意見、感想あったら気軽にください。