一食の朝食を巡って二人の艦娘がぶつかり合う。
朝の喧騒
「はあ?あんたほんとわかってないわね! クソ提督は甘い卵焼きが好きなの! 大根おろしなんてもってのほかよ!」
「はあ、何事も好きなものだけ作ればいいってもんじゃないよ、新しい味にはそれだけ提督にとって新しい好きが生まれるってどうしてわからないのかな?」
「ま、まあ、まあ...どっちも食うから安心し...」
「(クソ)提督は黙ってて!!」
「はい....」
事の発端は前日
時雨の事件の夜、落ち着きを取り戻し以前のようになってくれた(?)時雨は私にお詫びとして秘書艦をやらせて欲しいと懇願してきた。もう無理はしない、といった手前、この手の提案を拒否なんてできないため、これを承諾した。そして嬉しそうにしている時雨を横目に執務室に戻ろうとすると袖を引っ張られた。
「じゃ、じゃあ、明日は朝食を作ってもいいかな? こう見えても料理には自信があるんだ」
「ん? ああ。無理はするなよ。すまないが私はもう寝るぞ....」
「本当に!? やった!!じゃあ明日!楽しみにしててね!」
急いで準備しなくちゃ、と張り切る時雨が小走りで自室に向かうのを眺めつつ。私は執務室に向かった。
「朝食かあ...ふぁあ、だめだ...今日はもう寝よう」
色々と緊張の糸が切れてぼーっとしていた私は特に深く考えずに執務室に向かい、寝る準備をしていると、ノックをする音がした。
「あー、すまん、今日はちょっともう...」
「大丈夫! は、入らないからよく聞きなさい! 明日、料理の練習を兼ねてまたあんたに朝ごはん作りたいんだけど、いいかしら?」
「ああ、曙か。料理というとこの前の続きか、いいぞ。無理はするなよ」
「ふん。美味しすぎて腰を抜かさないように気をつけることね!じゃあまた明日!お、おやすみ!」
布団を敷き終え、静まりきった執務室の天井を見上げ、私はウトウトしながら感慨に浸っていた。
(時雨も...曙も...随分心を開いてくれるようになった...。二人して私の朝食を....全く私は幸せ者だな...)
私はここで意識が途切れた。
「ってこれ、まずくないか!?」
朝、いつも通りの時間に布団から飛び起きた私は事の重大さを理解した。
「時雨が朝食作って...曙も作るってそれ、朝食がブッキングしてるじゃん!え?何この状況!? とにかく急いで...」
コンコン ガチャ
「クソ提督ー...起きてる? 朝ごはんいまから作るから執務の30分前にはできると思うんだけど、何か要望とかあるー?」
「あー、曙か! すまん!そ、そうだな、卵焼きが食べたいかな! それとすまんがすごく腹が減っているから執務1時間前とかに前倒ししてくれないか?」
(こうなってしまっては仕方がない。曙の朝食を執務の1時間前に用意してもらいすぐに完食。少し用事があるふりをして曙を執務室に留守番させ、食堂に向かう。まだ作っているであろう時雨の朝食が出来次第、別の場所で食べる。 よし完璧だ)
「え? ええ、まあいいわ。あんたから要求なんて珍しいわね...じゃあ急いで作ってくるわ!」
食堂に向かい走っていった曙に冷や汗をかいたが、そうも言ってられない。急いで身支度を済ませ、時雨の様子を見に食堂に向かった。
(とにかく早く見つけ鉢合わせするのを防がなくては....)
食堂に着くと先に見つけたのは曙とそのお供、間宮さんだった。
「ちょ、ちょっと! いくらお腹空いてるからって息切らして見にくることないでしょ!?」
「あらあら提督さんたら、そんなに焦らなくても朝食は逃げませんよ?」
「あ、ああ、二人とも作っている最中にすまんな! 時雨を見なかったか? 今日秘書艦なんだ」
「時雨?見てないわよ。大体まだ執務1時間以上前なんだから寝てるんじゃないの? 逆に私と間宮さん以外で今日はまだ艦娘には会ってないわ」
「了解だ!ありがとう! では引き続き頑張ってくれ! 楽しみにしている! 済まないが少し用事があるので私はここで!」
「え? ええ!?なんなのよ!?」
息が整った後、間髪を容れずに私はまた食堂を飛び出した。
(やや困惑気味ではあったが自然とまだ『食堂』にはきていない事を聞き出せた。となるとやはり...あっちか)
この鎮守府には食堂以外に朝食を作れそうな機材が揃っている場所がいくつも存在する。曙のように料理を教わるため間宮さんが必要な場合は食堂で行うが、男一人の朝食を時雨一人で作る場合、だいたい場所に検討はつく。私は急いでその場所に向かった。
ーー第四自炊室兼イートインコーナー
艦娘の中には料理が好きな子や、曙のように練習したいという子、また休みの日に集まってみんなで料理をしたいという子が一定数いる。その様な子たちの為にこの鎮守府には自炊室なるものが存在する。
ここではお湯、ガス、水はもちろん、オーブン、電子レンジ、冷蔵庫、まな板、包丁などなど料理に必要な道具は全て一式揃えられており、希望の道具の不足や破損があった場合はおいてあるモニターパッドで自由に注文できる様になっている。もちろん自炊というだけあって自室から近くないといけない。その為各艦娘の自室から必ず1分以内で到達できる場所に設置されるよう、鎮守府に自炊室は複数存在する。
もちろん部屋にも一般的なキッチンは存在するが、思いつきで料理をしたくなったものや、料理を極めたいものはわざわざここで料理をするのも珍しくない。
(料理が得意と言っていたし、日頃からよくここを使っていると聞いていたからな、おそらくここに...あたりだ)
自炊室を開けると丁度、味噌汁の味見をしている時雨の姿が飛び込んできた。エプロンに三角巾をしたその姿は実に家庭的な姿で、普段戦う姿ばかり見ていたので新たな一面を見たような気分だった。
「提督!? どうしてここに!?」
「はあ...はあ....。お、おはよう!時雨。 いや何、どんな朝食を作ってくれるか楽しみでな....」
「そうなんだ...そんな息を切らして走るほど楽しみに...えへへ。 ちょっと待ってね。急いで作って提督の部屋まで持っていくから!」
しばらくの間、鼻歌を歌いながらチラチラとこちらを見つつ、楽しそうに料理を進める時雨を見つめていた。出来れば彼女を確認できた時点で急いで曙の元に戻りたいところではあるが、様子を見にきたと言ってしまった手前すぐにこの場を離れるのも不自然なのでとりあえず話題を切り出すタイミングを探していた。
15分ほど経って一段落したのか、時雨は私に近づいてきた。
「あー、そうそう、提督は何か朝に食べたいものとかある? 今なら追加で作れるからさ」
「うーん、そうだな、卵焼きが食べたいな」
(話題を...話題を自然に持って行くんだ...)
「卵焼きね...ふふっ提督って意外と子供っぽいんだね。」
「それとな、時雨、朝食の件なんだが」
「ん? なになに?」
「時雨の朝食ここで食べてもいいか? 実はこの後少し用があってな、また戻るができればこちらの方が近いからこちらで食べたいのだ。時間はそうだな、執務開始の30分前くらいになるかな」
「う、うん。それは別に構わないけど....。どうしてさっきから目を合わせてくれないの?」
(やばい、二人の想いを守るためとはいえ...罪悪感で胸が痛い...)
「いや何、メニューを先に見てしまうのもあれだなと思ってな。おっと、すまないが用事の時間だ。引き続き頑張ってください!」
「......用事...ねえ...」
逃げるように自炊室を飛び出し曙のいる食堂に再び向かった。一瞬時雨の目から光が消えたような気がしたがおそらく気のせいだろう。
(まずいな...もうすぐ執務1時間前だぞ。 間に合ってくれ!)
バタン!
食堂のドアを開くともう盛り付けと配膳を行なっている間宮と曙の姿が見えた。
「あークソ提督。あんたの要望通り、1時間前までに完成するように巻いて作ったから、執務室行ってなさい。運んどいてあげるから」
「いやいや、様子を見にきたついでだ。私が運ぼう」
「そう? ありがとう。じゃあ自分の分は自分で頼むわ。行きましょ」
ふと視線が気になり、その先を見てみると、頰に手を当て微笑みながらこちらを見ている間宮さんがいた。普段から笑顔を絶やさない間宮さんだが、この時はなんだが一段と嬉しそうに見えた。
「あ、間宮さん。手伝っていただきありがとうございました」
「いえいえ。うふふ...それにしても...」
「何よ、どっかに食材でもついてる?」
「いえ、先ほど提督が来られてから曙ちゃん、『わざわざ見に来てくれた』ってとっても嬉しそうだったのを思い出して...。手伝った甲斐があったなあって..ふふっ」
「ちょ!ちょっと! なんでそれ今言うのよ! あれは別に深い意味はないわよ!!こんな朝早くから暇ねって嘲笑ってたのよ!ばか!」
「そ、そうだったのか」
「提督さん、曙ちゃん。今日のために一生懸命練習して、何回も作ってたんですよ。しっかり味わってあげてくださいね」
「は、はい。もちろんですとも...はははっ....」
(うーん、いい笑顔。 胸が...胸が苦しいよ...)
朝食を曙とともに執務室に持っていくと机の上にできたての朝食を置いた。
(よし、ここまでは作戦通り、後はここで曙の朝食を食べ、自炊室で時雨の朝食を食べれば完璧だ...)
「よし、じゃあ、いただこうかな曙が作ってくれた自信作とやらを...。ではいただき....」コンコン
一瞬で吹き出る嫌な汗、ドア越しに光るシルエットは間違いなく時雨だった。
「提督ー! あれ?もう電気ついてる...。 用事が終わったならできたから、もうこっちきてほしいいんだけどー」
「時雨? 秘書艦とはいえ随分早いわね...いいわ私が応対するわ。」
「あーいや! 私が対応する! ちょっと待っててくれ! そこで! 動かずに! 時雨もドアを開けないでくれ!」
「え? ええ...」「うん....どうしたの提督今日なんか変だよ?」
全速力でドアを開け、一瞬で閉めて時雨に曙の姿が見えないようにする。幸い、曙の方は時雨を秘書艦か何かの用事だと思っているようだったので時雨を説得してこの場を収めることにした。
「し、時雨! すまんな、用事は執務室でやることでな、もうすぐ終わるから自炊室で待っててくれないかな」
「そうなんだ...でもなんだかいい匂いがするのは気のせいかな?」
「いやいや!多分食堂が近いし、朝の仕込みの匂いが今日はこちらまできているんじゃないか?」
「食堂ねえ...。あ、後、誰かと話してる感じだったけど中に誰かいるの?」
「え? いないない! 最近独り言が多くてな....。それだろう! すまん余計な心配をかけて!」
「ふーん....。独り言ねえ...まあいいや、じゃあ... ガチャ「ちょっとクソ提督!」
「「朝食(朝ごはん)が冷めちゃうから早くきてよ」」
「え?」
「は?」
「終わった....」
最悪のタイミングでドアが開き曙と時雨が鉢合わせ。全ての計画が無に帰した瞬間であった。
そして現在
「はあ?あんたほんとわかってないわね! クソ提督は甘い卵焼きが好きなの! 大根おろしなんてもってのほかよ!」
「はあ、何事も好きなものだけ作ればいいってもんじゃないよ、新しい味にはそれだけ提督にとって新しい好きが生まれるってどうしてわからないのかな?」
気持ちの良い快晴の朝。執務室の角に響き渡る二人の声。そして正座する私。
目の前に置かれているのは綺麗にメニューが被っている二食分の朝食。ご飯に味噌汁、漬物と卵焼きが並べられ美味しそうに机で食べられるのを待っている。
「もういいわ! とにかく最初は私だからね!」
「はあ!? 今日の秘書艦は僕なんだから僕が最初だろ!?」
「ま、まあ、まあ...どっちも食うから安心し...」
「(クソ)提督は黙ってて!!」
「はい....」
しばらく睨み合いになっていた時雨と曙だったが、しばらくして曙が一息置いて話し出した。
「埒があかないわ、もうこうなったら対決よ! こいつに先に朝食を食わせられる資格がある艦娘は誰か! 白黒つけようじゃないの!」
「いいね、その勝負。 乗った!! この際はっきりとさせておきたいしね!」
執務開始時刻はとっくに過ぎている。だが事件原因張本人である私は、今や指揮能力を失ったただの一般市民のごとく、事の行く末を不安そうに見つめていた。
次回 提督朝食王決定戦 開催!!
年末年始やらインフルエンザやらでだいぶ期間が空いてしまいました。
今回は珍しくオールギャグ回となっています。お楽しみいただけると幸いです。
昔からこの手の修羅場は書いて見たかったんですよね笑
次回はこのお話の続きです。(ギャグ回のつもりです)時雨、曙以外も参戦するかも?
ご意見、ご感想気軽にください。返信は必ずいたします。