「早く! 早く手当てを! 血が止まらないぞ!?」
「ダメだ...傷が塞がらない。 許容できるダメージを超えている」
「おい! 誰か酸素マスク取ってこい! 緊急だ!」
周りを取り囲む救助隊や医療関係に努めている艦娘、その中心には自分が最も愛する妹の一人、比叡がいた。絶え絶えの呼吸、止まらない出血。目の前の命には確実に終わりが迫ってきている。だが、人波をかき分け比叡に近づこうとすればするほど、暗闇は広がり、取り巻きは遠のいていく。
「...!!」
叫ぼうにも声が出ない。手を伸ばそうにも力が入らない。そうしている間にも比叡はどんどんと遠ざかる。
「えい...比叡!!!」 ピピピピ ピピピピ ピピピピ...
<遠征30分前です。 担当の方は準備をお願いします。繰り返します...
ベッドから飛び上がり、必死に伸ばした手は虚しく宙を掴む。
けたたましい目覚ましのアラームが鳴り響く中、眩しい日差しが差し込む部屋で目覚めた私は全身が汗だくだった。
部屋の外では朝の遠征アナウンスが流れ、一気に現実に引き戻される。
「ハァ...最悪の寝覚め...ってやつネ」
どうやら夢だったらしい。いや、悪夢か。右手で顔を抑えながらゆっくりとベッドから洗面所へ。まるで二日酔いしているかのような気持ち悪さと頭痛を忘れさせるように、思い切り顔を洗う。
手をつき、顔から滴る水分を眺めながら、ようやく落ち着きを取り戻す。この悪夢を見たときはいつもこうだ。
「榛名はー...またお出掛けですかネ。 今日は一緒にフレンチトースト食べる予定だった気がするのですが...」
今週一週間は珍しく二人同時に2日間の休みが取れた。まぁ休みが取れたと言ってもこの鎮守府なら特別2日くらいの休みいくらでも希望を出せば取れる。実際は私自身が前の鎮守府の影響か全くと言っていいほど休みを希望せず、あまりに取らない為提督の方から「艦娘健康ウィーク」と称された休暇強化月間に付き合わされて取らされた休みが偶然榛名の希望休とバッティングしただけだ。
慣れない休みに悪夢で目覚める最悪な休日の2日目。
窓の外を眺めると外のグラウンドでは駆逐艦達が楽しそうにラジオ体操に興じていた。ああ、そういえば健康ウィークの要綱にはそんな企画もありましたネ。
ほんと...この鎮守府は...
「甘々過ぎておかしくなりそうネ...」
この2つ目の鎮守府に配属になって、もう2年は経つのに、私自身はこのぬるま湯のような生活にいまだに慣れない。今でこそ多少は順応できるようにはなったが、着任当初は驚きの連続で開いた口が塞がらなかった。
週に少なくとも2日以上の休み、豪華で選択の権利のある食事、体調不良や怪我に対する異常なまでの気配りとそれに備えた高価な設備。以前いた鎮守府とはまるで違う扱いに、正直困惑する毎日だった。...いや今もそうか。
鎮守府に順応できない私とは対照的に、同時期にきた榛名はすっかり今の生活を楽しんでいる。姉として幸せそうな榛名を見られるのは嬉しい限りだが、なんだかこの鎮守府で自分だけが除け者のような寂しさや虚しさばかりを感じる毎日だ。
「榛名は前に進んでいるのに...。私の時はあの時から止まったままネ...」
初夏のじんわりと暖かい風に髪を揺らされながら、空を見上げると雲ひとつない快晴。
ああ、あの日もこんな日だったな。窓に頬杖をつきながら”最初の鎮守府”の記憶を思い出すのだった。
ー3年前
建造されてから約半年。研修センターと呼ばれる艦娘育成学校に通った後、私は「西鎮守府」に配属となった。当時の現場では珍しく、成績に応じた研修免除が適用され、本来1年かけて行うカリキュラムをその半分で卒業できた。
自分でもわからないくらい、当時は提督という存在が大きな存在で、生きる意味でもあった。
「早く提督の役に立ちたい」
顔もまだわからない"提督"に突き動かされ、期待とやる気で満ち溢れながらの着任だったのを今でも覚えてる。
「俺がこの鎮守府の提督、西条だ。金剛...だっけか、まぁよろしく頼むわ」
「はい! よろしくお願いしマース! 絶対にお役に立って見せマース!!」
「うんうん、流石はエリート艦娘だけはあるね。 楽しみだわ」
夢だった鎮守府での生活。本でしか見たことがなかった憧れの提督。
あぁ、これから私の素晴らしき艦娘人生が始まる。そう疑わなかった。
その後、秘書艦であろうか、やけにオドオドとしている駆逐艦に二人一部屋の相部屋を案内され、その日は終了した。
軋む廊下、壊れかけの照明、窓はなぜか塞がれてるものが多かった。自分が想像していた鎮守府とは少しイメージが違ったが、まぁ寝られる場所さえあればと特に気にしなかった。
「こ..ここです。 比叡さんと相部屋ですので...では...」
開けられた部屋はがらんとしていて、無機質にベッドが2つ置かれているだけだった。
「アー!ちょっと待つネ! 」
「ひっ!! ごめんなさい!ごめんなさい! 許してください!」
「いやいや、別に怒ってないデスよ。ただ、他の艦娘とすれ違った記憶がないのデスが...。同室の比叡もいないようデスね」
「....ここの艦娘は今全員が戦闘に出られてます。いるのは私と提督様、そしてあなただけです。では...」
「そう...ですか....。 えっとじゃあ....ってあれ」
後ろを振り向くと先程までいた駆逐艦はもういない。
用件のみを伝えると、そそくさとどこかへ消えてしまったようだ。
うーん、初日は同じ鎮守府の艦娘に挨拶したり、ここの雰囲気を聞いたりするものだと思ってましたが...。
今思えばこの時の違和感がすでに、この鎮守府の異常さを物語っているものだった気がする。
部屋のボロボロの窓から漏れる冷たい風が髪を揺らす。
なぜが妙な胸騒ぎが私を包むのだった。
だいぶ投稿期間空いてしまいました。
待っていた方いたら申し訳ないです。金剛の過去編の始まりです。