金剛過去編、最終話です
比叡が病院に運ばれた日、私は初めて遠征を無断で休んだ。
医師の1人に渡された名刺に書いてある病院の住所に気がついたら走りだしていた。
(比叡...比叡! お願い無事でいて....!)
無我夢中で鎮守府から飛び出してどれだけ走っただろう。切れ切れの息でたどり着いた病院。急いで受付で尋ねる。
「...ひ...比叡って....艦娘が....ここに....運ばれてませんかっ....」
汗だくの私が息を切らしながらたずねる私に受付にいた看護師は少し驚きながらも、一息おき、話し始める。
「...金剛さん、ですね。 少々お待ちください....先生...金剛さんが...」
少しすると白髪でかなり年配の医者らしき人物がわざわざ受付まで駆けつけてきた。看護師から話を聞き、金剛に近づく。
「比叡さんのことですよね...。お話ししますので気を強くもって聞いてください」
比叡という言葉に顔を曇らせる医師は、少し時間をおいて重たい口を開いた。
「現在..意識不明の重体ではありますが、命に別状はありません。止血も終わり容態は安定しています。ただ....」
「ただ...?」
「彼女が目を覚ますことは...ないかもしれません。こればかりはどうしようも....」
--鎮守府
『いわゆる植物人間の状態ですね。かろうじて生命活動は確認ができますが...今後はこれを維持しつつ....』
『植物人間』 その言葉が頭から離れない。その後のことはよく覚えていない。医者や看護師から励まされたり、医療費がどうとかの話をしていたがそんなことはもうどうでもよかった。
もう比叡とは話せないかもしれない。その場にいる愛しい人は決して自分を見ることも話すこともしない。それは存在がある分、ある種死よりも残酷に感じた。
自室に戻り、ふさぎこんでいると、けたたましいアラームとともにアナウンスが流れた。
<提督よりアナウンスです、本日遠征予定の金剛さん、至急提督室まで....繰り返します提督より...
「あ....そうか、遠征...無断で休んだの謝んなきゃ...」
トボトボと重たい足取りで提督室に向かう。
「失礼します...その...今日は申し訳ございません、遠征の件ですよね」
「おっ金剛か。 いーよいーよ。どーせクソみたいな消化遠征だったし。それとは別件よ」
無断欠勤、普段だったら激昂しかねないと思っていたのだが、意外にもそれに関してはお咎めなし。拍子抜けの顔をしていると、嬉しそうに提督が耳打ちしてきた。
「...で? サボってまで見てきた比叡の様子どうだったよ」
「へ? なんでそれを...」
「偶然窓の外眺めてたらお前が外走ってく姿目にしてよ。病院にでもいったんじゃねーのかって思ってよ。 まあんなことどうでも良いや、報告たのむぜ」
「は、はい! 病院で様子を見てお医者様にお話を聞いてきたのですが...意識が戻らないかもって...」
(ああ、やっぱり提督も心配で...)
「あー、まじか」
「は、はい! でも! 一命は取り留めたのでもしかしたら今後は...」
「んだよ、生きてんのかよ。疲労させ具合が甘かったなぁ、俺としたことがとちったぜ」
「...え? それってどういう意味でしょうか...」
「あいつ前々からウゼーと思ってたからさ、ちょうど良いし厄介ばらいしようって計画練ってたわけよ」
思考がフリーズする。目の前にいる提督の言葉が耳に入ってこない。私がしばらく黙っていると、得意げに提督が話し始めた。
「1週間あいつのために特別無休の遠征メニュー組んでやって、ようやく頃合いかと思ってやべえ海域、単体で放り込んだのによ。無駄に丈夫なやつだぜ全く」
「うそ...ですヨネ。提督がそんなこと...するわけ...」
「あー、まあ俺がやったといえば嘘になるなw。あいつ『私がお姉様の分まで働けると証明させてください』とか抜かすからよ。ちょうど良いなと思ってさっきのプログラムにぶち込んでやったんだよ。これ耐えたら金剛の件考えてやるよってな、我ながら天才的な機転だわ」
『頑張ってください、私もお姉様のために頑張りますね』
提督の言葉を聞いた瞬間、カレーに置いてあった置き手紙を思い出す。
(まさか...あの手紙の意味って...!)
「そんな...じゃあ比叡は私の...私のために...」
『お姉様! 今日も海域大変でしたね! お疲れ様です! 明日も頑張りましょう!』
「まあ、そうなるなw。あん時の比叡の期待に満ちた表情w。忘れらんねぇw んなもん耐えたって何にもないのになw」
「道具...?」
『怪我だけはしないでくださいね、あー! 私は大丈夫です! この通り体だけは元気で...ははっ』
「あー? 何さっきからブツブツいってんだ? あー何?自分もやられるんじゃないかって心配なの? まっ、そう気にすんな、聞き分けのねえ道具を処分したってだけだ。明日は我が身だ、気をつけろよ、比叡の後釜くん」
パリンッ
「Bullshit! お前だけは!! 絶対に許さない!!! 」ガチャっ
ズドンという鈍い音とともに提督の横の壁が吹き飛ぶ。気がつくと私は片手の艤装を完全に展開していた。
「ちょ...おい...待て冗談だよな...?」
「許さない!! 許さない!! お前だけはぁ!!!」
揺れる天井、きしむ床。次々と放たれる砲弾は提督室を完膚なきまでに破壊していく。
「おい! 誰か!! 誰か助けてくれ!! 誰かあ!!」
バタン!「憲兵だ!! なんだ今の音は!!」
「バカ憲兵!おせえんだよ!!早くこいつを止めろ!」
「おい! こいつ艤装を...! 至急本部に連絡しろ!」
「くっ! もう良い!発砲用意!! 打てぇ!!」
パンッ パアンッ
提督の護身のために憲兵が騒ぎを聞き、提督室に駆けつける。
抑えようと発砲する憲兵だったが、艦娘の前では全くの無力同然だった。
「手を上げろ!暴れている艦娘が...いると...ってこれは....一体...」
その後、連絡をもらい後から駆けつけた本部の憲兵が見たものはガラガラと崩れ落ちる『提督室だったもの』、そして倒れた提督や憲兵の横で血を流しながら艤装を展開し、立ち尽くす私の姿だった。
「艦娘って...あなた達にとって...なに...?」
最後の意識を振り絞り
憲兵に問いかけた後、私はゆっくりとその場に倒れ、事件は幕を閉じるのであった。
金剛過去編、最終話です。
次回以降は多少の後日談等を挟み、金剛編に戻ります。