ー退院後 明石の寮に提督は訪れた。
「明石、体調はどうだ?」
ドア越しに提督が心配そうに声をかけてくる。
退院してから一週間、私は自分の部屋に引きこもっていた。
「大丈夫です...ご心配をおかけして申し訳ありません」
私は小さく頭を下げる。
でも、本当は全然大丈夫じゃない。
あかりの話をしてから、みんなが私に優しくしてくれる。でもその優しさが、逆に私を追い詰めていた。
「無理はしなくていい。また来てもいいか」
「はい...」
提督が去った後、私は一人になる。
静寂の中で、私の頭の中ではあの記憶が何度も再生される。
『艦娘のくせに出しゃばるな』
『そんなガラクタ、現場で使えるか』
手が震える。また発作が起きるかもしれない。
(また倒れたら、みんなに迷惑をかけてしまう)
工房に行くことすらできない。設計図を見ただけで動悸が激しくなる。
(私って、本当に役立たず)
艦娘として何の貢献もできない。修理もできない、発明もできない。
そんな私がここにいる意味はあるのだろうか。
ー数日後
「明石さん! 差し入れです」
夕張が手作りのクッキーを持ってきてくれた。
「ありがとう...でも、そんなに気を遣わなくても」
「いえいえ、明石さんには色々教えていただきましたから」
夕張の笑顔が眩しい。でも私は、その笑顔を見ているのが辛かった。
工房には繁忙期というほどではないが、通常通り依頼は来ているはずだ。
彼女はそれをそつなくこなしている様子だった。
(この子は私の代わりをしっかり務めてくれている)
夕張がいれば、私なんていなくても工房は回る。
むしろ、私みたいな問題のある人間がいない方がいいのかもしれない。
頑張ってくれている夕張を言い訳にするように、負の感情が湧き上がる。
そんな自分に気付き、また自己嫌悪に陥るのだった。
「明石さん、また一緒に発明しましょうね」
夕張の無邪気な言葉に、私は苦笑いで答えるしかなかった。
(もう、私には...)
ー翌週 提督室
ついに決心がついた。これ以上、みんなに迷惑をかけるわけにはいかない。部屋を飛び出した私は、提督室に向かった。
「提督、お時間いただけますか」
「おお、明石か、入っていいぞ」
私は封筒を取り出し、机の上に置いた。
「辞職願です」
提督の表情が変わる。
「明石...」
「申し訳ありません。でも、もう限界です」
私は俯いたまま続けた。
「症状がいつ再発するかわからない状態で、艦娘を続けるのは無責任だと思います。...それに夕張もいますし、私がいなくても工房は問題ありません」
「君は大切な仲間だ。そんな簡単に...」
「大切な仲間だからこそ、迷惑をかけたくないんです」
私は深く頭を下げた。
「...長い間、お世話になりました。夕張にもよろしくお伝えください」
提督は辞職願を手に取ったが、すぐには開かなかった。
長い沈黙が続く。
「...明石、この辞職願を受理する前に、1つお願いがある。もちろん無理強いはせんがな」
「なんでしょうか...」
「ちょうど来月、近隣の鎮守府で合同技術審査委員会が開催される」
提督が資料を取り出す。
「各鎮守府の技術者が自分の発明品を発表し、審査を受ける場だ」
合同技術審査委員会は私も存在は知っている。
参加資格等はなく、誰でも自由に自身が作成した発明を発表する場。
当然、一般的なものよりは軍事的側面は強く、武器や防具といった発明が多い印象だ。
「それが...私と何の関係が?」
「君にそこに参加してもらいたい」
(私の発明が...公に...)
一瞬気の迷いは生じたが、私の答えは決まっていた。
「...無理です。今の私には何も作れません」
「何でもいいんだ。簡単な改良案でも、小さな工夫でも構わない。最後...といいたくはないが明石のこれまで思いを見たいんだ...知りたいんだ」
提督が身を乗り出す。
「...その結果次第で、この辞職願の受理を決めたい」
「え?」
「もし君がこの大会で何か得られたものがすこしでもあれば辞職はもう一度考え直してくれ。もしそれでもというのであれば...その時は君の意志を尊重する」
私は戸惑った。
「で、でも、私は...」
「期間は1ヶ月。俺も夕張も、できる限りサポートする」
「提督...なぜそこまで?」
「君の技術を信じているからだ。今は心が疲れているだけで、君の才能は失われていない」
私は何も言えなくなった。
正直に言えば、発明なんてしたくない。
また失敗して、みんなをがっかりさせるだけだ。
でも、提督は辞職願を受理してくれない。
「...すこし...考えさせてください」
「もちろんだ。でも、答えは明日までに聞かせてくれ」
ー明石の部屋 その夜
ベッドに横になりながら、私は天井を見つめていた。
(技術審査委員会...)
正直、やりたくない。怖い。
でも、提督は結果次第で辞職願の受理を決めると言った。
つまり、参加しなければ辞めることもできない。
(選択肢はないってことね)
嫌々でも何かを作って発表しなければ、この状況から抜け出せない。
だが、逆に言えばこれさえ終われば何のわだかまりもなく私は艦娘を辞められる。
ある程度適当に作ってその場を凌げればそれで終わりだ。
私の中でそう結論づいた。
(1ヶ月か...)
短いような、長いような期間だった。
(でも...何を作ればいいの?)
あかりのような高度なものは無理。
でも、何か簡単なものなら...
いや、考えただけで胸が苦しくなる。
(逃げたい)
でも逃げ場はない。
(仕方ない...受理してもらうためには、やるしかない)
私はため息をついた。
やりたくない。本当にやりたくない。
でも、この地獄から抜け出すためには、嫌々でも挑戦するしかない。
ー翌朝 提督室
「提督、昨日の件ですが...」
私は重い足取りで提督室を訪れた。
「決心がついたか?」
「はい...参加します」
嫌々ながらの返事だった。
「ありがとう、明石」
「ただし、条件があります」
「条件?」
「もし発表会で何も成果を出せなかったら、必ず辞職願を受理してください」
「明石...」
「これが最後のチャンスだと思っています。もう後はありません」
提督は複雑な表情を浮かべたが、最終的に頷いた。
「...分かった。約束しよう」
私は小さく頭を下げた。
(これで決まった)
1ヶ月後、すべてが決まる。
成功すれば艦娘を続ける。失敗すれば辞職。
どちらにしても、この苦しい状況からは解放される。
私の最後の挑戦が、今始まった。
でも心の奥底では、失敗することを半ば望んでいる自分がいた。
そうすれば、堂々と諦めることができるから。
でもなぜだろう、少し胸が高鳴っている不思議な感情だった。
こうして、明石と提督と夕張、最初で最後になるかもしれない挑戦が幕を開けた。