艦娘満足度日本一の鎮守府で溢れる願い   作:マロンex

35 / 53
心境の変化

一週目

翌日から、私は工房に足を運ぶことになった。

久しぶりに開けた扉の向こうには、いつもと変わらない光景が広がっていた。

工具が整然と並び、設計図が壁に貼られている。

でも、その空間に入った瞬間、冷や汗が背中を伝った。

 

「明石さん! お待ちしてました!」

 

夕張が明るく駆け寄ってくる。その笑顔が、私には少し眩しすぎた。

 

「よろしくね、夕張」

 

私は作り笑いを浮かべる。

提督から夕張には既に話が通っているらしい。

彼女は私をサポートするために、自分の作業を後回しにすると言った。

 

(迷惑をかけてばかりだな...私)

 

「それで、何を作るか決まりましたか?」

 

夕張の質問に、私は首を横に振った。

 

「...まだ...何も」

 

「なるほど、そうですか! でも大丈夫です! 一緒に考えましょう!」

 

彼女の前向きさが、逆に私を追い詰める。

作業台に向かい、私は何気なく工具を手に取った。

ドライバー、レンチ、ペンチ...

どれも使い慣れた道具のはずなのに、手に馴染まない。

 

「明石さん...だ、大丈夫ですか...」

 

夕張が心配そうに私を見つめる。

工具を握る私の手は人が見てもわかるくらい震えていた。

 

「あ...ごめん。ちょっと緊張してるだけで...ははっ...」

 

嘘だった。

私の頭の中では、あの記憶が蘇っていた。

 

『こんなガラクタ、使えるか』

 

手から工具が滑り落ち、床に音を立てて転がる。

 

「明石さん!」

 

「ごめん...今日はここまでにしていい?」

 

「もちろんです。無理しないでくださいね」

 

私は逃げるように工房を後にした。

 

 

二週目

一週間が過ぎたが、何も進んでいなかった。

工房には毎日通っている。

でも、何も作れない。設計図を描こうとしても、手が動かない。

 

「明石、調子はどうだ?」

 

提督が工房を訪れた。

 

「...すみません。まだ何も」

 

私は俯く。

 

「そうか、焦る必要はない。まだ時間はある」

 

「でも...」

 

「明石、なぜ君が工房で働こうと思ったか覚えているか?」

 

突然の質問に、私は戸惑った。

 

「それは...私の発明で...役に立ちたかったから、です」

 

「そうか、明確でいいじゃないか」

 

提督が優しく微笑む。

 

「...なら今回も同じだ。誰かの役に立つもの、誰かの役に立つとお前が思えるものを作ればいい。...それは完璧じゃなくていい、頑張りは形に現れるからな」

 

「でも、私が作ったものなんて...」

 

「明石」

 

提督が私の肩に手を置く。

 

「君の価値は、成功失敗で決まるものじゃない。君が誰かのために何かをしようとする、その気持ちこそが大切なんだ。...少なくとも私はそれを知っている」

 

私は何も言えなくなった。

涙が溢れそうになるのを、必死で堪える。

 

「...ありがとうございます」

 

提督が去った後、私は一人工房に残った。

 

(誰かの役に立つと思えるもの...)

 

でも、私には何ができるんだろう。

 

作業台の上に、夕張が置いていった修理依頼書があった。

 

『艦載機の整備用工具が使いにくい』

『夜間作業時の照明が不十分』

『工具箱が重すぎて持ち運びが大変』

 

些細な困りごとばかりだ。

でも、これらを解決できれば、誰かが少し楽になる。

 

(そうだ...完璧なものじゃなくていい)

 

私の中で、何かが動き始めた。

 

三週目

 

「夕張、ちょっといいかな」

 

私は初めて、自分から夕張に声をかけた。

 

「はい! 何でしょう?」

 

「...私、作りたいものがあるの」

 

その言葉を口にした瞬間、夕張の目が驚きで見開かれた。

 

「本当ですか! 是非お手伝いさせてください!!」

 

「うん。ありがとう」

 

「それでそれで? 何を作りたいんでしょうか!」

 

「それは...」

 

私は工房の奥にある古びた設計図を取り出す。

ビリビリに破かれた後、テープで修正しているため随分とみずぼらしかった。

私が楽しそうに浮かべたアイディアが書きなぐられたその紙は、私の最高の宝物であり、枷であり、そしてトラウマの元凶だった。

震える手をグッと抑え、夕張に見せる。

 

「...昔つくったことがあるこの子を、また復活させたい。...この子がガラクタじゃないんだって、私、証明したい。誰に何と言われても、この子は私の夢なんだから」

 

「明石さん...」

 

私は設計図の草案を広げた。

 

「小型の補助ロボット。整備員の手が届かない場所に入れて、簡単な作業を手伝える。...そしてなにより、作業者とコミュニケーションが取れる友達、それがあかり」

 

「いいじゃないですか! 斬新でかつ、革新的です!」

 

「うん...でも」

 

私の手が、また震え始めた。

過去の記憶がフラッシュバックする。

でも、今度は違った。

 

「大丈夫です、明石さん。私が一緒にいます」

 

夕張が私の手を握ってくれた。

その温もりに、少しだけ勇気が湧いた。

 

「...ありがとう。じゃあ、始めよう」

 

四週目

 

技術審査委員会まで、残り一週間。

 

私たちは昼夜を問わず、新しいあかりの製作に取り組んだ。

小型のボディ、シンプルな機構、必要最低限の機能。

前のあかりとは、まるで違う存在だった。

 

「ねえ、夕張」

 

深夜の工房で、私は独り言のように呟いた。

 

「前のあかりは、私の夢の結晶だった。でも、だからこそ張り切りすぎて、機能も技術もとにかく増やして負荷が増えすぎていたわ。一人でいたときには気が付かなかった」

 

「そ、そんなことは...前のあかりさんだってきっと...」

 

手元の小さなあかりを見つめる。

 

「ううん、別に前のあかりを悪く言いたいわけじゃないの。あの時のあかりに私は救われた、きっと役にも立った。...私自身の役にね。でも今のあかりは違う。あかりがこの世に生まれていいって、生まれてよかったってみんなに証明するための存在にならないといけないの。...確実に誰かを助けられるそんな存在にね」

 

「明石さん...」

 

「私がここにいるのはあの子のおかげ。...なら私はあの子に私の夢に続きを見せてあげたいの」

 

夕張が優しく微笑む。

 

「...きっと、前のあかりも喜んでくれますよ。明石さんが前を向いて、また作り始めたことを」

 

その言葉に、胸が熱くなった。

 

「...うん。そうだね」

 

トラウマは完全には解消していない。

きっと、これから先も解消はしないだろう。

でも、今はなんとなく、それでもいいって思えるようになってきた。

きっとこのもやもやが、過去のあかりが、今は私を後押ししている。

夢をもっと見せてくれと、懇願している。

 

(...あかり、まっててね、最高の発明にするから)

 

はじめは提督にやめるのを認めてもらうための口実として始めた最後の発明だった。

だが、提督、夕張、そしてあかりに支えられ、その気持ちは変わった。

最後の発明にならないように、とにかく頑張りたい。

いまはただ、それだけを願うようになった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。