ー数日後 工房
「明石さん、最近よく鼻歌歌ってますね」
夕張が不思議そうに声をかけてきた。
「え? そうかしら?」
私は作業台から顔を上げる。
「はい。それに、なんだか表情が柔らかくなったというか...」
「そ、そう?」
言われてみれば、最近は朝起きるのが楽しみになっている。
工房に来るのも、修理作業も、すべてが新鮮で楽しい。
きっと、私がある程度吹っ切れたのもあるだろうと感じているところであったが...
(...でも、それだけかな?)
ふと、提督の顔が浮かんだ。
「!」
私は慌てて首を振った。
(な、何を考えてるの私...)
「明石さん? どうかしました? 顔が赤いですよ」
「な、何でもないわ! ちょっと暑いだけ」
「そ、そうでしょうか...今日はどちらかといえば肌寒いような...」
ー翌日 提督室
「明石、入ってくれ」
定期報告のために提督室を訪れた。
「失礼します」
ドアを開けると、提督がデスクで書類仕事をしていた。
「ああ、明石か。少し待ってくれ、今終わるから」
「はい」
私は提督の仕事ぶりを見つめていた。
真剣な表情で書類に目を通す横顔。
時折見せる、考え込むような仕草。
(...かっこいい)
そう思った瞬間、私は自分の思考に驚いた。
「明石? どうした、顔が赤いぞ」
「え!? い、いえ、何でも!」
私は慌てて視線を逸らした。
(ダメダメ、何考えてるの私!)
「そうか? 体調が悪いなら無理するなよ」
提督の優しい声に、また胸がドキッとする。
「だ、大丈夫です! 報告書、こちらです」
私は震える手で書類を差し出した。
提督が受け取る時、指先がかすかに触れた。
「!」
心臓が跳ね上がる。
「明石、本当に大丈夫か? 顔が真っ赤だぞ」
「だ、大丈夫です! それでは失礼します!」
私は逃げるように提督室を出た。
廊下で壁に背中を預けて、深呼吸する。
(...何これ、この感覚)
胸がドキドキして、顔が熱い。
(まさか...私...)
ー工房 夕方
「明石さん、お茶入れましたよ」
夕張がお茶を持ってきてくれた。
「あ、夕張、いつもありがとう、じゃあちょっと休憩にしますか」
二人で休憩しながら、何気ない会話をする。
「そういえば、意外だったんですけど、提督って独身らしいですよ!」
夕張の言葉に、私は思わずお茶を吹き出しそうになった。
「ゴホッ...な、何を突然...」
「えっ! あー、いえ、金剛さんたちが話してるのを聞いて。...聞くところによると、表ざたにはなってませんが、提督、相当モテるらしいですよ。既に二桁の艦娘がアピールしているとか、別の鎮守府にもファンがいるとか、とにかくすごいんですよ!」
「そ、そう...なんだ、ふーん」
なぜか、胸がザワザワする。
「でも提督は仕事一筋で、誰にも特別な素振りは見せないって。残念がってる艦娘も多いみたいです」
「へ、へえ...」
私は作業に戻ろうとしたが、手が震えて工具を落としてしまった。
「あ...」
「明石さん?」
「ご、ごめん。ちょっと疲れてるみたい」
でも本当は分かっていた。
私は、提督のことを意識し始めている。
ー数日後 夜の工房
遅くまで作業をしていると、ドアがノックされた。
「明石、まだいるのか?」
提督の声だ。
「て、提督! どうしてこんな時間に...」
普段なら気にならない服や顔の汚れが妙に気になり、急いで拭いて、提督に駆け寄る。
「見回りのついでだ。お前、最近遅くまで残ってるそうじゃないか、夕張から聞いたぞ」
「あ...バレてましたか」
「当たり前だ。無理するなと言っただろう。」
提督が少し怒ったような、でも心配そうな表情をする。
その表情を見て、私の胸が温かくなった。
「すみません...でも、楽しくて時間を忘れちゃうんです」
「そうか...そうか」
提督が柔らかく微笑む。
「それなら仕方ないな。でも、体は大事にしろよ」
「はい」
提督が私の頭を優しく撫でた。
「!」
顔が一気に熱くなる。
「明石? 大丈夫か、やはり疲れてるんじゃ」
「な、何でもないです!」
提督が不思議そうに首を傾げる。
「そうか...それじゃあ、あまり遅くならないうちに帰れよ」
「はい...」
提督が工房を出て行く。
一人になった私は、顔を両手で覆った。
(ダメだ...完全に意識してる)
提督の優しさ。
提督の笑顔。
提督の温もり。
すべてが、私の心を揺さぶる。
(でも...私なんかが、提督を...)
艦娘である私。
問題ばかり起こしてきた私。
そんな私が、提督を想うなんて...
「...ダメよ。私たちは提督と艦娘...そんなの...」
私は小さく呟いた。
でも、心の奥で芽生えた気持ちは、もう消すことはできなかった。
ー翌日 食堂
「明石、隣いいか?」
昼食時、提督が私の隣に座った。
「て、提督!?」
「どうした? 変な顔して」
「い、いえ、何でも...」
心臓がバクバクする。
提督との距離が近い。
提督の匂いが感じられる。
(落ち着いて...落ち着いて...)
「すまんな、急に。風のうわさで聞いてな、あかりの量産化の話、順調に進んでるそうだな」
「は、はい! おかげさまで」
「良かったな、あれならきっと周りの技術者にも役に立つだろう。流石だ」
提督が嬉しそうに微笑む。
その笑顔を見て、私は確信した。
(...私、提督のことが好きなんだ)
この気持ちは、尊敬でも感謝でもない。
恋、なんだ。
そう自覚した瞬間、余計に恥ずかしくなってきた。
「明石、どうした? また顔が赤いぞ」
「だ、大丈夫です! ちょっと暑くて!」
私は慌てて水を飲んだ。
提督が不思議そうに笑う。
「テー―――トクゥ! こんなところで奇遇デスネー!」
つんざくような大声とともに、空から飛んできたかのような勢いで提督の隣に座ったのは、現在秘書艦をしていると聞いている金剛だった。
若干困っている提督を尻目に、ずいっと幅を寄せた金剛は、嬉しそうにカレーを法張り始める。
(...そういえば、初めて工房に来た時も確か金剛さんが...)
なぜだろう、あの時は何も感じなかったはずなのに、今の状況にもやもやしている自分がいた。
「あ、あの、金剛さん、今は提督と大事なお話を...」
「あー! そうなんデスか。あ、でも別に私に気にせず、話していいデスよ! 私は隣に入れるだけで幸せですから! ねー提督もそうデスよねー♪」
「金剛...とりあえず少し離れてくれ。食べにくいぞ」
その時、私はズイっと提督のそばによる。金剛に負けまいとより体を密着させ、手を握る。
その姿はまるで、小さな子供が自分のお気に入りのおもちゃを取られまいとする様子だった。
(わ、私ったら何をして...)
「あ、明石...? お前までどうした、金剛に合わせる必要は...」
「こ、この話は機密事項が含まれています...あんまり周りに聞かれる...困ると思っただけで...」
「そ、そうか。そうかな...?」
困惑している提督を尻目に、なぜか金剛は横目に少し嬉しそうだった。
「明石も堕ちましたか...ギルティですね提督」
ー工房 夕方
「明石さん、最近本当に変ですよ? 食堂の話聞きましたよ」
夕張が心配そうに言う。
「提督が来るたびに真っ赤になってるし、名前を聞くだけでドキッとしてるし...」
「そ、そんなことないわよ!」
「もしかして...」
夕張が意味深な笑みを浮かべる。
「明石さん、提督のこと好きなんですか?」
「!!!」
私は思わず手に持っていた工具を落としてしまった。
「ち、違うわよ! そんなわけ...も、もちろん感謝はしてるけど...」
「顔、真っ赤ですよ」
「...うぅ」
私は観念して、作業台に突っ伏した。
「...バレてた?」
「はい、分かりやすすぎて」
夕張が優しく微笑む。
「でも、いいと思いますよ。提督は明石さんを大切に思ってますし」
「でも...私なんかが...」
「そんなことないです。明石さんは素晴らしい技術者ですし、何より今は前を向いて頑張ってる。きっと提督も、そんな明石さんを見てますよ」
夕張の言葉に、少し勇気が湧いてきた。
(...でも、まだ言えない)
今は、ただこの気持ちを胸に秘めて、精一杯頑張ろう。
いつか、提督に認めてもらえるように。
そして、もしかしたら...この気持ちを伝えられる日が来るかもしれない。
「ありがとう、夕張」
「はい。応援してますから」
私たちは笑顔で、また作業に戻った。
工房の窓から見える夕日が、私の新しい恋を優しく照らしていた。
明石編完結です。
次回以降は「赤城」編に入ります。