艦娘満足度日本一の鎮守府で溢れる願い   作:マロンex

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赤城編開始です。
いきなり過去編になっていますので、ご注意ください。


赤城の願い
無敗の女王


鎮守府の食堂は、いつもより賑やかだった。

 

「また赤城さんの隊が深海棲艦の大型艦隊を撃破したらしいわよ」

 

「さすがね。無敗の女王は伊達じゃないわ」

 

艦娘たちの会話の中心は、今日もあの人物だった。

 

赤城——伝説の七艦の一人にして、この鎮守府における最強の艦娘。

彼女が出撃すれば必ず勝利を持ち帰る。

その圧倒的な戦果から「無敗の女王」「勝利の女神」と呼ばれ、艦娘たちの憧れの的だった。

 

伝説の七艦。

 

それは、一年前に発見された新海域——通称「絶望の海域」を攻略した英雄たちの呼び名だった。駆逐艦の曙と時雨、戦艦の金剛、工作艦の明石、軽巡洋艦の龍田、そして空母の赤城。

異例の編成ながら、彼女たちは誰も成し遂げられなかった海域攻略を果たし、一躍伝説となった。

 

だが、その栄光には一つの謎があった。

 

「ねえ、本当に七人目っているのかしら?」

 

若い駆逐艦が小声で仲間に尋ねる。

 

「記録には確かに七隻で攻略したって書いてあるらしいけど……六人しか名前が残ってないのよね」

 

「幻の七人目、か。ロマンがあるわね」

 

この謎は鎮守府中に広まり、艦娘たちの間で様々な憶測を呼んでいた。記録ミスだという者、本当に七人目がいたが何らかの理由で名前が伏せられているという者、あるいは七人目は作戦中に失われたという暗い噂まで。

真相は誰も知らない。

当の六人に尋ねても、曖昧な笑みを浮かべるだけで明確な答えは返ってこなかった。

 

「赤城さん!」

 

訓練場に姿を現した赤城に、艦娘たちの視線が集中する。

彼女は優雅な足取りで歩き、柔らかな微笑みを浮かべていた。

その存在感は圧倒的で、まるで太陽のように周囲を照らしているかのようだった。

 

「皆さん、熱心ですね」

 

赤城の声は穏やかだったが、そこには威厳があった。

彼女が通り過ぎるだけで、艦娘たちは自然と背筋を伸ばす。

 

「赤城さん、今日も出撃ですか?」

 

若い艦娘が恐る恐る尋ねると、赤城は優しく微笑んだ。

 

「ええ、小規模な偵察任務ですけれど。皆さんも頑張ってくださいね」

 

それだけ言い残し、赤城は執務室へと向かった。彼女の背中を見送る艦娘たちの目には、憧れと尊敬、そして少しの畏怖が混じっていた。

 

無敗の女王。

その称号に偽りはなかった。赤城が参加した作戦で、失敗は一度もない。どれほど困難な状況でも、彼女は必ず道を切り開き、勝利を掴む。七艦の中でも別格の存在として、誰もが認める最強の艦娘だった。

 

ーただ、1度だけの大敗を除いて

 

ー数年前

 

「敵艦隊、前方より接近!」

 

見張りの声が響き渡った瞬間、赤城の心臓が跳ね上がった。

 

「か、数は!?」

 

「戦艦級三、重巡級五、軽巡級多数! 予想を大幅に上回ります!」

 

赤城は歯を食いしばった。

小規模な敵艦隊の動向を探るだけの、比較的安全な作戦として計画されていた。

だが、現実は違った。

 

「罠...だったの?」

 

深海棲艦の大艦隊が、まるで待ち構えていたかのように彼女たちを包囲しようとしていた。

 

「赤城さん、指示を! 赤城さん!!」

 

駆逐艦の一人が叫ぶ。

若い艦娘たちの顔には恐怖が浮かんでいた。

 

赤城は——判断できなかった。

 

どう動けばいいのか。

どう艦載機を運用すればいいのか。

想定範囲外であり、敵が多すぎる。

 

ー自分の練度では、この状況を打開する策が...

 

「赤城!」

 

凛とした声が響いた。

 

瑞鶴だった。

 

長い髪を風になびかせ、赤城の隣に並ぶ。

その表情には一切の迷いがなかった。

 

「私が残って敵を引き付ける。あなたは全員を連れて撤退して」

 

「しかし!」

 

「いいから! 経験がないあなたじゃ無理よ!」

 

瑞鶴の言葉は事実だった。赤城はまだ経験が浅く、小規模な戦闘しか経験していない。

この規模の敵と正面から戦えるほどの練度はなかった。

 

「瑞鶴...でも...」

 

「ふふっ大丈夫。私は五航戦の瑞鶴よ? このくらい、何とかしてみせるわ」

 

瑞鶴は笑った。

いつもの、自信に満ちた笑顔だった。

 

だが、その目の奥にほんの僅かに浮かんだ不安を、赤城は見逃さなかった。

 

「私も残ります! 一緒に戦えば——」

 

「駄目!」

 

瑞鶴の声が厳しくなった。

 

「...あなたが残っても足手まといになるだけ。それに」

 

瑞鶴は他の艦娘たちを目線を向ける。

若い駆逐艦たち、軽巡たちはみんな死の恐怖に震えていた。

 

「この子たちを守れるのは、あなたしかいないの。指揮官として、みんなを無事に連れて帰る。それがあなたのここでの役目、違う?」

 

「で、でも!」

 

「...赤城」

 

瑞鶴が赤城の肩に手を置いた。

 

「私を信じて。必ず帰るから」

 

その言葉に、赤城は何も言い返せなかった。

瑞鶴は正しい。自分の実力では、ここに残っても何もできない。

それどころか瑞鶴の足を引っ張り、共倒れになる可能性すらある。

 

「...わかり...ました」

 

赤城は震える声で答えた。

 

「でも、絶対に帰ってきてください。約束です」

 

「...約束するわ」

 

瑞鶴は笑顔を見せた。

だが、その笑顔はどこか寂しげだった。

 

「全艦、撤退! 私に続いて!」

 

赤城は艦隊に号令をかけた。

 

「瑞鶴が時間を稼いでくれる。無駄にしないで!」

 

艦娘たちが動き出す。若い駆逐艦の一人が振り返り、瑞鶴を見つめた。

 

「瑞鶴さん!!」

 

「行きなさい! 私のことは心配しないで!」

 

瑞鶴が艦載機を発艦させる。

彼女の機体が、接近してくる深海棲艦の艦隊に向かって飛んでいく。

赤城は艦隊を率いて撤退を開始した。

背後で、瑞鶴の砲撃音が響く。爆発の閃光が海面を照らす。

 

「瑞鶴...」

 

赤城は何度も振り返った。

戦場が遠ざかっていく。瑞鶴の姿が小さくなっていく。

深海棲艦の大艦隊が、瑞鶴を完全に包囲しつつあった。

 

「赤城さん、前を向いてください!」

 

軽巡の一人が叫ぶ。

 

「瑞鶴さんの犠牲を無駄にするんですか!」

 

犠牲——その言葉が、赤城の心臓を鋭く刺した。

 

「違う! 彼女は、瑞鶴は帰ってくるわ! 約束したもの!」

 

だが、赤城もわかっていた。彼女の未来を。凄惨な結果を。

信じたくない心を抉るように、目からは涙が溢れていた。

自分の弱さが、瑞鶴を死地に追いやった。

そんな事実だけが私を突き刺していた。

 

ー私がもっと強ければ

 

ー私がもっと練度が高ければ

 

ー私がもっと経験があれば

 

そんな中、現実に引き戻すように背後で、激しい爆発音が響いた。

巨大な水柱が上がり、黒煙が空を覆った。

 

「嘘...ああ...」

 

赤城の足が止まった。

 

「赤城さん! 止まらないで!」

 

艦娘たちの声が遠く聞こえる。

赤城は振り返った。

戦場は——もう何も見えなかった。

ただ黒い煙と、炎に包まれた海だけが広がっていた。

 

ー鎮守府帰還後

 

「申し訳ありません...作戦は...失敗です」

 

執務室で、赤城は機械的に報告した。

前の司令官——中年の冷酷な男は、忌々しげに舌打ちをした。

 

「で、損害は?」

 

「瑞鶴が...轟沈したと思われます...」

 

「思われるって...それでも指揮官? 確認したの?」

 

「いえ、戦場が混乱していて...直接の確認はできていません。我々は撤退することに必死で...」

 

「あ、そう。じゃあまだ分からんかな」

 

司令官は無関心に書類に目を戻した。

 

「しかし、お前が指揮していたんだろう? 何故こんな結果になった」

 

「私の判断ミスです。敵の規模を見誤り——」

 

「言い訳はいい」

 

司令官が冷たく遮った。

 

「使えない指揮官のせいで、貴重な戦力を失った。瑞鶴は優秀だったのにな」

 

その言葉が、赤城の心臓を抉った。

 

「申し訳、ございません...」

 

「謝罪は結構。これからはもっと危険な任務に就いてもらう。お前程度の練度なら、消耗品として使うしかないからな」

 

消耗品——

赤城は何も言い返せなかった。

その通りだと思った。

自分は瑞鶴を見殺しにした。生きている資格などない。

 

「下がれ。次の出撃は明日だ」

 

「はい...申し訳ありませんでした」

 

赤城は執務室を出た。

廊下を歩きながら、涙が溢れて止まらなかった。

提督の言葉なんて慣れたものだが、この状況では流石に心に来る。

 

「瑞鶴...ごめんなさい...ごめんなさい...」

 

謝罪の言葉を何度繰り返しても、瑞鶴は戻ってこない。

 

-それから三ヶ月が経った

 

瑞鶴の生存は確認されなかった。

別の鎮守府の捜索隊も派遣されたが、何も見つからなかった。

 

轟沈——正式にそう記録された。

 

それから赤城は、毎日のように危険な任務に投入された。

あの日の言葉通り、赤城を明らかに消耗品として扱っていた。

補給も最低限。修理も後回し。ただ出撃させ、生きて帰ればまた次の任務。

 

「赤城、出撃だ」

 

「はい」

 

「敵の偵察任務。単独でな」

 

「了解しました」

 

感情のない声で答える。

もう何も感じなかった。

恐怖も、不安も、希望も。

ただ、死なないために動く。

わずかな望み、行方不明の瑞鶴の生存の望みを絶たないために、それだけのために。

出撃しても、勝とうとは思わない。

負けないように動く。

最低限の戦果を上げて、生きて帰る。

それ以上のことは、何もしない。

 

「赤城さん...もう休んでください。ボロボロじゃないですか...」

 

あの引いた軽巡や駆逐艦のみんなが心配そうに声をかけてきた。

 

「大丈夫です。これくらい」

 

「でも...」

 

「放っておいてください」

 

冷たく言い放ち、赤城は立ち去った。

誰とも関わりたくなかった。

また親しくなって、また失ったら——もう耐えられない。

だから、誰とも距離を置く。

ただ一人で、機械のように任務をこなす。

 

 

「赤城さん、一緒に——」

若い艦娘が声をかけてきても、首を横に振るだけ。

 

「ごめんなさい。一人がいいの」

 

そう言って、その場を離れる。

 

夜、一人で部屋にいる時だけ——瑞鶴のことを思い出した。

 

「ごめんね...瑞鶴」

 

涙を流しながら、ただ謝り続ける。

でも、瑞鶴の声はもう聞こえない。

あの笑顔も、もう見ることはできない。

 

「こんなことなら...私も...あの時死ねばよかった...」

 

そう呟きながら、赤城は暗い部屋で膝を抱えた。

日を追うごとに生きている意味が、分からなくなっていった。

 

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