艦娘満足度日本一の鎮守府で溢れる願い   作:マロンex

42 / 53
大規模作戦開始前夜

模擬戦から三日が経っていた。

包帯を巻いたまま、赤城は廊下に立っていた。

 

目の前には、一枚のドア。

そこは曙の病室だった。

ノックをしようとして——手が、止まる。

 

謝罪の言葉なら、頭の中にある。

「ごめんなさい」の一言ならいつでも言える。

だが——それを言う前に、まず何に対して謝ればいいのかがまだわかっていなかった。

 

勝とうとしたことか。

仲間を置いていったことか。

 

それとも——

 

曙が血を流す瞬間、私は何を考えていたか。

正直に言えば、何も考えていなかった。

曙のことが、見えていなかった。

私の視界には「大鳳」しかなかった。

「勝利」しかなかった。

その足元で、誰が傷ついていたか——それを、見ていなかった。

 

(それを、謝れるのか)

 

(私は)

 

手が下りる。

背を向けかけたその時。

 

「...入るなら入りなさいよ。突っ立ってると邪魔よ」

 

ドアの向こうから、声がした。

赤城は息を飲んだ。

 

「...失礼します」

 

ドアを開けると、曙はベッドに腰かけ、窓の外を見ていた。

包帯がまかれた体をぎこちなく寄せているが、こちらを見ることはなかった。

だが、その横顔に刺はなかった。

 

かつての曙ならば「何の用よ」と鋭く言っただろう。

今はただ——静かだった。

それがかえって私の胸に深く刺さった。

 

「曙...その、体は」

 

「命に別状はないって、明石さんが言ってた」

 

「そう...よかった」

 

「よかった...ね」

 

曙が初めてこちらを向いた。

その目に怒りはなかった。

ただ、深く——疲れていた。

 

「赤城さん。私、一つだけ聞いていいかな」

 

「...はい」

 

「私が被弾した後、赤城さんは何を考えてた?」

 

赤城は答えられなかった。

 

「私が被弾して、時雨が被弾して——その後、赤城さんは単独で突っ込んでいった」

 

曙の声は静かだった。

 

「私たち...いいえ、せめて時雨だけでもいいわ。...少しでも考えてた?」

 

「......それはっ」

 

「答えなくていい。顔を見ればわかるから」

 

曙が再び窓の外に視線を戻す。

 

「私はね、赤城さんのために飛び出したの。命令じゃない。自分で決めたの。...きっとほかのみんなもそうだと思う」

 

「曙——」

 

「赤城さんを守らなきゃって、仲間を守りたいって本気で思ったから動けたの」

 

「...」

 

「でも、その後のあなたの行動を見て——初めて疑念が生じた」

 

曙の声がわずかに揺れた。

 

「私たちって、赤城さんにとって何なんだろうって」

 

その言葉が、胸の奥に刺さった。

抜けなかった。

 

告発ではなかった。

責めてもいなかった。

ただ——悲しんでいた。

それが、何よりも重かった。

 

「あなたは私たちを、信じてなかったのよ」

 

赤城は唇を噛んだ。

違う、と言いたかった。

でも——何が違うのか、言えなかった。

 

そこへ。

 

「...失礼します」

 

廊下から、静かな声。

時雨が病室に入ってきた。

その体にも包帯が巻かれていた。

赤城を見て、少し目を細める。

 

怒ってはいない。

ただ——まっすぐに見ていた。

 

「赤城さん」

 

「時雨...」

 

「僕たちは君を責めたりはしない...あの場面でどうすることが正解なんて誰もわからない。でもさ」

 

時雨が、静かに言った。

 

「赤城さんがいなくなることだけは不正解だよ」

 

その言葉に、赤城の体から力が抜けた。

 

 (ああ...そうか)

 

仲間というのは、そういうものだったのか。

勝利のための駒でも、守るべき部下でもなく

——ただ、共に帰りたいと思っている人たちだったのか。

 

私はずっと、それを「信じる」ことができなかった。

信じれば——失った時が怖いから。

瑞鶴を失ったあの日から、私はずっと、誰かを信じることを恐れていた。

 

「......私は」

 

 赤城の声が震えた。

 

「私は...間違っていました。仲間を失ったあの日から...失う恐怖から逃げていた。...勝利だけが、その恐怖を紛らわせてくれると妄信していた...。私はただ...死から目を逸らしていただけでした...」

 

曙が、初めてこちらを向いた。

 

「次は...次こそは」

 

赤城は続けた。

 

「一緒に——戦ってほしい。私の隣で。明日をまた一緒に歩めるように」

 

沈黙。

曙が窓の外を向いたまま、ぼそりと言った。

 

「...ふん」

 

「曙」

 

「次、同じことしたら承知しないから」

 

それだけだった。

でもそれで——十分だった。

 

その夜、執務室に灯りがついていた。

赤城は一人、海図の前に座っていた。

翌日、大規模遠征の命令が下る。提督からそれを聞いた時、赤城は一つだけ頷いた。

そして今——ペンを走らせながら、静かに思っていた。

 

 

かつての赤城の「勝利」はいま目の前にない。

今の赤城が目指すのは——「全員を生かして帰す」という、はるかに重い勝利だった。

 

ー遠征前夜。

鎮守府の執務室に、灯りがついていた。

時刻は深夜を回っていた。

他の艦娘たちはとうに眠っている。廊下に人の気配はない。

聞こえるのは、波の音と、ペンが海図を走る音だけだった。

赤城は一人、机に向かっていた。

広げられた海図には、細かい書き込みがびっしりと並んでいた。

敵の予想進路、こちらの陣形、撤退ライン、被弾時の役割交代——そして、最悪のケースでの優先順位。

 

失う悲しみを、私は知っている。

瑞鶴を失ったあの日から、ずっと知っている。

だから——今度こそ。

本当に負けてはいけない日のために、考えうる限りの最悪を想定しなければならない。

 

ペンが止まる。

赤城は海図から目を上げ、窓の外の海を見た。

暗い海が、静かに揺れている。

あの海の向こうに——明日、全員で乗り込んでいく。

 

 (全員を、生かして帰す)

 

かつての赤城が「勝利」と呼んでいたものは、本当の意味での勝利ではなかった。

旗艦を倒すことでも、作戦を達成することでもない。

全員が、生きて帰ること。

それだけが——本当の勝利だ。

赤城は再びペンを走らせた。

 

ー翌朝。

作戦会議室に、二つの艦隊が集まっていた。

 

 赤城の艦隊——曙、時雨、金剛、明石、龍田。

 大鳳の艦隊——翔鶴、瑞鳳、摩耶、鳥海、夕立。

 

女提督が腕を組んで壁にもたれ、提督が海図の前に立っていた。

 

「では、作戦の説明を赤城に任せる」

 

提督は頷く。

私は一歩前に出た。

かつてなら、ここで「提督の期待に応えなければ」という焦りが胸を締め付けていた。

今は——違う。隣に曙がいる。時雨がいる。金剛がいる。私には仲間がいるのだ。

それだけで、足が地についていた。

 

「敵は三段構えの布陣を敷いていると見ています」

 

海図を指した。

 

「第一波は軽量の偵察部隊。ここで戦力を消耗させるのが目的です。私たちは正面から当たらず、大鳳艦隊が右翼から回り込み、こちらが中央を抑える」

 

「了解」

 

大鳳が静かに応じた。

 

「第二波が本命です。重装備の主力部隊がここに待機していると予測しています」

 

ペンで海図上の一点を示した。

 

「ここが——最も危険な局面になります」

 

室内がわずかに張り詰めた。

 

「撤退ラインはここ。この線を超えて損害が出た場合、任務達成よりも帰還を最優先とします」

 

「撤退?」

 

摩耶が片眉を上げた。

 

「はい」

 

私は迷わず答えた。

 

「全員が生きて帰ることが、この遠征の最低条件です。任務はその上に成り立つものです」

 

「んだよ、随分弱気な...」

 

「摩耶、静かに」

 

摩耶が女提督を見る。

女提督は表情を変えず、ただ赤城を見ていた。

しぶしぶの様子ではあったが、摩耶は何か言いたげな口を閉じた。

 

「続けて」

 

女提督が短く言った。

 

「被弾時の役割交代はこの通りです」

 

手順を示す。

 

「私と龍田は敵戦力の牽制」

 

「ふふっ...わかったわ」

 

「明石は後方で待機。損傷した艦娘を順次回収します。誰一人、海に残さない。金剛はルートの確保」

 

「了解しました」

 

「了解デース」

 

明石、金剛が力強く応じた。

 

「時雨、索敵は頼みます」

 

「わかりました」

 

「曙」

 

曙を見た。

曙はまだ体に包帯が残っていた。万全ではない。

本来なら出撃させるべきではない。

でも曙は昨日「私も行く」と言い張って聞かなかった。

 

「無理はしないで」

 

「...わかってるわよ」

 

曙がぶっきらぼうに答えた。

 

「そっちこそね」

 

ふんっとそっぽを向く曙に少し微笑み私は小さく頷いた。

 

それから、ほんの少し間を置いて。

 

「...今日は、ちゃんと見てるから」

 

「え?」

 

「赤城さんのこと」

 

曙が視線を逸らしながら言った。

 

「前みたいに、一人でどこかに突っ込もうとしたら——今度は止める。本気で」

 

赤城は、少し目を細めた。

 

「...頼りにしています」

 

「当然よ」

 

曙が鼻を鳴らした。

でも——その耳が、わずかに赤かった。

 

提督が前に出た。

 

「以上が作戦の骨子だ。各自、最終確認を行え。出撃は二時間後」

 

全員が動き始める中——

 

「赤城さん」

 

大鳳が静かに近づいてきた。

 

「作戦、拝見しました」

 

「何か、不備がありましたか」

 

「いいえ」

 

大鳳が首を振った。

 

「ただ——一つだけ」

 

大鳳が赤城の目を見た。

 

「撤退ラインの設定が、まだ甘いと思います。第二波の戦力を過小評価している可能性があります」

 

一瞬、考えた。

かつてなら——指摘を素直に受け取れなかったかもしれない。

自分の判断を否定されたと感じていたかもしれない。

 

でも今はー

 

「......どのくらい、引いた方がいいと思いますか」

 

大鳳がわずかに目を見開いた。

 

「こちら側に、もう一段階」

 

「わかりました。採用します」

 

大鳳が、小さく——本当に小さく、微笑んだ。

 

「ありがとうございます」

 

「こちらこそ」

 

赤城は答えた。

 

「一緒に、全員を帰りましょう」

 

出撃の一時間前。

赤城は一人、格納庫の隅にいた。

艦載機の最終確認をしながら——ふと、手が止まる。

胸の中に、静かな重さがあった。

 

恐怖ではない。

全員を生かして帰すと誓った。

 

——本当にできるのか。

 

すべての最悪を想定したつもりだ。

でも、現実がその上をいかないという保証はどこにもない。

 

 (瑞鶴)

 

あの子の顔が、浮かんだ。

あの日、私は守れなかった。

あの日の私には、守る力も、守ろうとする心も——本当の意味ではなかった。

 

(見ててください)

 

ゆっくりと手を握った。

今の私には、共に戦う仲間がいる。

信じることを、少しだけ覚えた。

全員を生かして帰すという——本物の目標がある。

 

「行くぞ、赤城」

 

背後から、提督の声がした。

 

振り返ると、提督が格納庫の入口に立っていた。

 

「...はい」

 

「提督」

 

「なんだ」

 

「必ず、全員を連れて帰ります」

 

提督は少し間を置いてから、静かに言った。

 

「わかってる。お前を信じている」

 

それだけだった。

それだけで——十分だった。

 

空は晴れていた。

二つの艦隊が、港を出た。

赤城は前を向いた。

恐怖はある。

でも——恐怖だけではなかった。

 

今日は、勝利のために戦わない。

全員が生きて帰るために、戦う。

その順番だけは——絶対に、間違えない。

 

艦載機が、空に舞い上がった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。