艦娘満足度日本一の鎮守府で溢れる願い   作:マロンex

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後悔と決意と

鎮守府に戻った赤城は治療室の前から動けなかった。

艦隊は全員が帰投した。

損傷した艦娘たちの治療が始まった。

 

大鳳も被弾した体で明石に診てもらっている。

提督が各員の状態を確認して回っている。

 

それでも赤城は——治療室の前から一歩も動けなかった。

 

曙の容態が、わからない。

医者が治療室に入ってから、どれくらい経ったか。

時計を見る気にもなれなかった。

 

廊下の壁に背をもたれて、赤城はただ——待っていた。

 

頭の中で、同じ場面が繰り返されていた。

曙が吹き飛ぶ瞬間。

煙が晴れて、海面に曙の姿がなかったあの一秒。

 

なぜ、読めなかった。

索敵の穴は、事前に潰せたはずだ。

右翼が薄いとわかっていながら、なぜ手を打たなかった。

 

考えうる限りの最悪を想定したはずだった。

でも私が想定したのは——敵の数と規模だけだった。

方向を、手段を、予想外の敵襲を...私は読めなかった。

 

曙が傷ついたのは——私の、想定不足のせいだ。

 

胸の奥が、きつく締め付けられた。

息が、うまく吸えない。

 

あの模擬戦の夜と同じ感覚だった。

でも——あの時とは、違う重さだった。

 

あの時の恐怖は「見捨てられること」への恐怖だった。

今の痛みは——「守れなかった」という、純粋な後悔だった。

 

曙。

 

お願い

お願いだから

 

「赤城さん」

 

静かな声がした。

 

大鳳が、壁に背をもたれて立っていた。

包帯を巻いた体で、赤城の隣に——いつからいたのか、わからなかった。

 

「大鳳...いつから」

 

「帰投した時から、ずっとここにいます」

 

赤城は大鳳を見た。

大鳳は治療室のドアを見たまま、静かに言った。

 

「赤城さんが、ずっと自分を責めているのが——聞こえていたから」

 

「......」

 

「声に、出ていましたよ」

 

気づかなかった。

声になっていたことに。

 

「大鳳、私は——」

 

「今は、黙っていてください」

 

大鳳が、赤城の言葉を静かに遮った。

それから——ほんの少し、赤城に体を寄せた。

肩が触れるか触れないかの距離。

 

「曙さんは、強い人です」

 

大鳳が静かに言った。

 

「あの状況で、謝罪がでた。恐怖で押しつぶされそうなあなたに言葉を残した。それだけの人が——簡単に、負けるはずがない」

 

「......」

 

「そして赤城さん、あなたは今日——撤退を判断した」

 

「でもっ...曙が——」

 

「傷つく前に、全員を帰せるのが理想だった。そうですね」

 

私は答えられなかった。

 

「でも現実は、理想通りにならなかった。それでも——あなたは覚悟を折らなかった」

 

大鳳の声は、穏やかだった。

 

「私はその場にいた。見ていた。あなたが泣きそうになりながら、それでも全員の撤退を確認していたのを」

 

「大鳳...」

 

「自分を責めることを、止めろとは言いません」

 

大鳳が続けた。

 

「それがあなたの糧になるなら。でも——今夜だけは」

 

大鳳が、初めてこちらを向いた。

 

「曙さんの帰りをただ待っていてください。...それだけでいい」

 

私はまた、何も言えなかった。

ただ——頷いた。

 

大鳳が、また治療室のドアに視線を戻した。

二人とも、黙っていた。

廊下の窓から、夕日が差し込んでいた。

海が、橙色に染まっていた。

 

少し遅れて、反対側に気配がした。

女提督が腕を組んで壁にもたれた。

いつもの軽い口調も、余裕も——なかった。

ただ静かに、目を閉じていた。

 

三人とも、何も言わなかった。

言葉は、いらなかった。

 

廊下の端で、女提督は——大鳳を、横目で見ていた。

 

(...この子)

 

大鳳が赤城の隣に寄り添っている。

肩が触れるか触れないかの距離で、ただそこにいる。

自分の鎮守府では、一度も見たことのない大鳳の姿だった。

 

廊下に、足音が響いた。

 

「赤城!」

 

提督が駆けてくる。

大鳳が——反射的に、一歩前に出た。

赤城をかばうように提督と赤城の間に立った。

 

「大鳳...すまんが、赤城に用がある」

 

提督が足を止めた。

 

大鳳の目に、緊張があった。

 

「...提督。赤城さんは今、かなり消耗しています。...体だけじゃないです。心も」

 

大鳳が静かに言った。

 

「もし叱責があるなら——今夜は、待っていただけませんか」

 

廊下に、沈黙が流れた。

提督が大鳳を見た。

大鳳が提督を見た。

 

それから提督は——少し目を細めて、静かに首を横に振った。

 

「作戦についての詳細は私も知っています! それについてだって私が...」

 

「大鳳」

 

「...はい」

 

「叱る気はない。少し赤城と話したいだけだ」

 

大鳳がわずかに目を見開いた。

 

「今日、赤城は正しい判断をした。それはわかっている」

 

提督が続けた。

 

「ただ——お前が心配してくれているのはわかった。ありがとう」

 

大鳳が——静かに、一歩引いた。

 

「...失礼しました」

 

「いや」

 

提督が首を振った。

 

「赤城のそばにいてくれて、助かった」

 

大鳳は何も言わなかった。

ただ——その耳が、ほんの少し赤くなっていた。

女提督がそれを見て、口元に小さく——笑みを浮かべた。

誰にも、気づかれなかった。

 

「よかった——無事で」

 

「提督...」

 

「とにかく今は——」

 

「...私のせいです」

 

声が、震えた。

 

「怪我をしている、コンディションがよくないのはわかっていたのに...そのせいで曙は——」

 

「赤城」

 

提督の声は、静かだった。

 

「お前は今日、本当の意味で——指揮官だった。不測の事態に対応し、取り乱した心を自制し、被害を最小限に抑えた。...今はとにかく曙を待とう。話はそれからいくらでも聞いてやる」

 

赤城の目から、涙が溢れた

 

どれくらい経ったか。

治療室のドアが開いた。

 

「怪我の具合はひどいです...しかし——命に別状はありません」

 

医者の声が廊下に響いた。

赤城の膝が——がくりと、折れた。

壁に手をついて、なんとか立ったまま。

でも体の力が、全部抜けていった。

大鳳が小さく息をついた。

女提督が目を開けて、天井を見上げた。

提督が、赤城の肩をそっと支えた。

誰も、何も言わなかった。

それで——よかった。

 

提督が私の前に膝をついた。

その肩を、しっかりと掴む。

 

「赤城、今回の遠征、本当によく頑張った。お前のおかげで全員が帰還できた」

 

「でも、私のせいで——」

 

「ああ、まだ足りないところはある」

 

提督が頷いた。

 

「それはお前が一番よくわかってる。だから次に活かせる」

 

「...次...ですか」

 

「そうだ。お前が連れて帰ったから——次がある」

 

赤城は唇を噛んだ。

涙が、止まらなかった。

 

これが、本当の重さか。

全員を守るということの——本当の重さが、今初めてわかった。

勝利の美しさではなく。

失いかけた恐怖の、この深さが。

この痛みが。

 

「提督...」

 

赤城が、涙ながらに顔を上げた。

安堵と後悔がぐしゃぐしゃになった感情を必死に抑えるが、こらえられなかった。

 

「次は絶対に——誰も、傷つけません...。全員を生かして帰せる艦娘に——なります」

 

提督は何も言わなかった。

ただ——赤城の頭に、そっと手を置いた。

その手が、温かかった。

 

廊下の端で、大鳳がそれを見ていた。

その目に——うっすらと、光るものがあった。

女提督が大鳳の頭を優しくなでた。

大鳳は何も言わなかった。

でも——その目が、少しだけ柔らかくなった。

 

 

夜が、来た。

提督も、大鳳も、女提督も——それぞれの場所に戻っていった。

 

赤城は一人、廊下の椅子に座っていた。

治療室の前から、動けなかった。

 

目を閉じると——今日の光景が蘇る。

曙が吹き飛ぶ瞬間。

大鳳が体を張って引き上げる瞬間。

海面に広がる、煙と波。

 

(それでも)

 

赤城は目を開けた。

 

(全員が、生きている)

 

窓の外に、星が出ていた。

 

「...ではくれぐれも安静に。何かあればすぐ呼んでください」

 

——容態が安定したのか、治療にあたっていた医者が退出し、治療室のドアを少し開けた。

そこで、曙と目が合った。

 

「...なんでまだいるのよ」

 

かすれた声が、隙間から漏れた。

 

「曙」

 

「入っていいとは言ってない」

 

「...ごめんなさい」

 

少しの間があった。

 

「...入れば」

 

治療室の中は、静かだった。

曙がベッドに横たわっていた。

体中に包帯。装備は完全に外されている。

でも——目は、開いていた。

 

赤城は曙の隣に椅子を引き寄せて、座った。

何も言えなかった。

言いたいことは山ほどあった。

ごめんなさい、ありがとう、次は絶対に守る——でも全部、喉で固まった。

先に口を開いたのは——曙だった。

 

「赤城さん」

 

「...はい」

 

曙が、天井を見たまま言った。

 

「...ごめんなさい」

 

 赤城は——一瞬、耳を疑った。

 

「え?」

 

「模擬戦の後。病室で——私、ひどいこと言った」

 

「それは——曙は何も間違ってない。私が」

 

「違う」

 

曙が遮った。

 

「間違ってはなかったかもしれないけど——言い方が、あった」

 

曙の声は、静かだった。

いつものぶっきらぼうさがない。

珍しいほど——真剣な声だった。

 

「あの時の私は傷ついてた。それを盾にして赤城さんに——ぶつけた。それは、ずるかった」

 

「曙...」

 

「あんたが変わろうとしてるのは、わかってた」

 

曙が続けた。

 

「それでも、言わずにいられなかった。それは——私の話で、赤城さんのせいじゃない」

 

曙の横顔を見た。

天井を向いたまま、曙は目を逸らしていた。

その耳が、うっすらと赤かった。

 

「...曙」

 

「なによ」

 

「ありがとう」

 

「謝ってるのに、なんでお礼言うのよ」

 

「わかりません。...なんとなく救われたので」

 

曙が、ようやくこちらを向いた。

 

その目が——少し、潤んでいた。

すぐに逸らされたけれど。

 

「...次も信じてるから」

 

「っ...。はいっ」

 

”次も”そんな単語だけで、私を信じてくれることが伝わった。

負傷して、作戦が失敗してもなお、それ含め彼女は私を信頼してくれている。

そんなことが伝わって、無性に嬉しくて、また泣きそうになった。

 

——曙は目を閉じた。

その口元はわずかに——緩んでいた。

赤城は、小さく笑った。

 

二人とも、しばらく——何も言わなかった。

窓の外に星が光っていた。

波の音が遠くから届いていた。

 

それでよかった。

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