艦娘満足度日本一の鎮守府で溢れる願い   作:マロンex

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深海棲艦:謎多き海中の主たち。多くは人間のように集団を形成し、隊をなして敵を撃退する。だが、これも人間と同様、多くの集団は一枚岩ではなく...


龍田の願い
違和感


「ハハ、カナラズ、タスケル...カナラズ、モドル...ハハ...」

 

それは、小さな女の子の声。

だが、それは人でも艦娘でもない、異質な声。

 

暗い海の底で必死に手を伸ばし、ただただ、助けをくれる存在にすがる。

 

ある時光が見える。

それは海上を漂う無数の光だった。

なりふり構わず、少女は懐かしいにおいがするその光の一つに手を伸ばした。

 

 

ー共同戦線撤退中

 

敵の第三波を振り切り、全艦が帰投コースに入っていた。

海は荒れていた。

風が強く、波が高い。

それでも艦隊は整然と進んでいた。

 

龍田は後衛を務めながら、ふと——気づいた。

 

(...あれ?)

 

おかしい。

さっきまで——何をしていたか、わからない。

確かに戦っていた。

敵の砲撃があった。

味方を守るために動いた——はずだ。

 

でも、その「動いた」部分の記憶が、ない。

まるで映画のフィルムが、一部だけ切り取られたように。

 

(変ね)

 

龍田は周囲を見渡した。

全員、いた。

赤城が前衛を引っ張っている。

つまり——問題は、なかったのだろう。

龍田は静かに息をついた。

 

まあ、いいか。

 

結果として、全員いる。

それで、十分でしょう。

龍田は微笑んで、後衛に戻った。

 

 

鎮守府に戻った。

桟橋に提督が出迎えに来ていた。

 

「全員、無事か」

 

「はい、全員帰投しました」

 

赤城が答えた。

 

提督が一人ずつ確認していく。

龍田の前で、少し立ち止まった。

 

「龍田、お前——」

 

「ふふっ問題ありませんよ、提督」

 

龍田が微笑んだ。

 

「損傷なし、体調も良好。ご心配なく」

 

「......そうか」

 

提督がまだこちらを見ていた。

何かを疑問に思うように少し目を細めたが龍田は微笑みを崩さなかった。

提督が次の艦娘に視線を移した。

 

龍田は静かに息をついた。

 

(上手くいった)

 

——いや、上手くいった、とは何のことか。

 

別に、隠すようなことは何もない。

ただ少し、記憶が曖昧な部分があっただけだ。

 

損傷もない。

支障もない。

問題など、何もない。

 

(そう...何も問題はないわ)

 

龍田は自分にそう言い聞かせながら、桟橋を歩いた。

 

 

全員が解散した夜。

龍田は一人、自室で今日の記憶を辿った。

 

出撃——覚えている。

 

第一波との交戦——覚えている。

 

第二波の陣形変更——覚えている。

 

曙が被弾——覚えている。

 

大鳳が曙を引き上げた——覚えている。

 

そして——

 

(...ここ)

 

赤城が撤退命令を出した後、龍田は後衛に回った。

そこからしばらくの間の記憶が——ない。

 

次に意識がはっきりしたのは、帰投コースに入った時だった。

その間、どれくらいか。

五分か、十分か、もっとか。

 

(...わからない)

 

龍田は窓の外を見た。

海が暗かった。

波の音だけが聞こえていた。

 

おかしいわね。

でも——体に異常はない。

装備も損傷していない。

誰かに迷惑をかけた様子もない。

だから、問題はない。

問題は——ない。

 

 

龍田は布団に入った。

目を閉じた。

でも——なかなか、眠れなかった。

 

 

ー翌朝

 

食堂に行くと、いつもの日常が広がっていた。

変わらない設備、変わらないメンツ。変わらない暖かな雰囲気。

それがなぜだか妙に違和感を覚えた。

 

「龍田さん、おはようございます」

 

時雨が言った。

 

「おはよう、時雨ちゃん」

 

「昨日の撤退、お疲れ様でした」

 

「ありがとう。時雨ちゃんこそ、索敵大変だったでしょう」

 

龍田は笑顔で席に着いた。

朝食を取りながら、何気ない会話をした。

表面上は——何も変わらなかった。

 

ただ。

 

「龍田」

 

赤城が隣に座った。

 

「んーなに? 赤城さん」

 

「昨日の撤退中——後衛で、少し動きが止まっていた時がありました」

 

龍田の手が、止まった。

一瞬だけ。

すぐに、また動かした。

 

「あら、そうだったかしら? 気づきませんでした」

 

「...本当に? あなたほどの人があの場面で集中を欠くとは思えません」

 

 

「ええ。うーん、でもほんとにわからないわ。疲れてたのかも」

 

龍田が微笑んだ。

 

「それなら...別に。特段問題はありませんでしたし」

 

赤城がしばらく龍田を見ていた。

龍田は微笑みを崩さなかった。

 

「もぉ、心配しすぎ、赤城ったらほんとに心配性ね」

 

「...無理はしないでくださいね」

 

赤城はそう言って、朝食に戻った。

 

龍田は静かに、お茶を飲んだ。

 

(気づかれた)

 

だがー

 

問題はない。

問題は——ない。

 

ー数日後

 

今度は、訓練中だった。

通常の艦載機訓練。

実戦ではない、ただの演習。

 

龍田は後方支援の位置についていた。

そして——また、起きた。

 

(あれ)

 

気づいたら、訓練が終わっていた。

周囲を見渡した。

全員が帰投準備をしている。

何も問題は起きていない。

 

でも龍田には——その「終わった」瞬間の前後がない。

 

訓練開始の記憶がある。

中盤、赤城が陣形変更を指示した記憶がある。

そして——終了。

 

(...またか)

 

龍田は黙って、装備を片付けた。

誰も気づいていなかった。

今日も——問題は、なかった。

 

夜。

龍田は一人、鏡を見た。

鏡の中の自分は微笑んでいた。

いつも通りの顔だった。

 

(私は)

 

龍田は静かに思った。

 

記憶がない時間、私は何をしているのかしら。

体は動いている。

装備は動いている。

 

でも——私の「意識」はどこにいるの。

 

艦娘というのは——

そもそも、どこから「私」なのかしら。

 

その問いが、胸の奥に落ちた。

重かった。

 

でも——龍田は微笑んだままだった。

鏡の中の自分が、微笑んでいる。

 

その笑顔が、今夜は少し——遠かった。

 

 

ー翌日の昼。

 

提督が廊下を歩いていた。

龍田が書類を持って、すれ違った。

 

「あら、提督。お疲れ様です」

 

「龍田か。書類か、助かる」

 

「ついでに肩でも揉みましょうか。特別に♪」

 

「そうか。だが...遠慮しておこうかな」

 

「えー、照れてるんですかぁ?」

 

龍田が微笑んだ。

 

「提督のためなら、いつでもしますよ?」

 

提督が少し立ち止まった。

 

「...龍田、最近——顔色は大丈夫か」

 

「え?」

 

「なんとなく、疲れているように見えるが」

 

龍田は一瞬——止まった。

一瞬だけ。

 

「大丈夫ですよ」

 

龍田が笑った。

 

「提督こそ、ちゃんと休んでいますか?」

 

「俺は大丈夫だ。でも、無理するなよ」

 

「わかってますよ、もう」

 

『...無理はしないでくださいね』

 

(赤城と同じことを...)

 

提督が歩いていった。

龍田はその背中を見送った。

笑顔のまま。

 

(この人は、いつも——なんとなく、見ている)

 

だから困る。

だから——好きになってしまったのかもしれない。

何気ない一言で、こちらの心を揺さぶる人。

でも今は——それどころではない。

 

龍田は廊下を歩いた。

微笑みを、崩さないまま。

 

 

ー深夜

 

龍田は一人、鎮守府の資料室にいた。

自分で驚いていた。

眠れなくて、なんとなく歩いていたら——気づいたら資料室の前にいた。

引き寄せられるように、扉を開けていた。

 

棚を探した。

何を探しているのか——自分でもわからなかった。

でも手が動いた。

古い資料、艦娘に関する記録、沈没と復元のデータ

 

 (私はなぜ...これを、なぜ探しているの)

 

龍田は手の中の資料を見た。

 

「艦娘の意識連続性に関する考察」

 

古い、誰かが書き残した手書きの資料だった。

龍田はそれを開いた。

 

どれくらい読んでいたか。

 

「龍田さん...?」

 

声がした。

顔を上げると——時雨が資料室の入口に立っていた。

 

「あら、時雨ちゃん、こんな時間に何してるの」

 

「...眠れなくて」

 

時雨が静かに言った。

 

「龍田さんこそ」

 

「私も同じ」

 

時雨が龍田の手元を見た。

龍田は資料を閉じようとした。

時雨が静かに言った。

 

「...艦娘の意識連続性」

 

「あら、見えた?」

 

「はい」

 

沈黙が流れた。

龍田は少しの間、時雨を見た。

それから——微笑んだ。

 

「最近ちょっと...ね。...まぁ、気のせいよ、きっと」

 

「龍田さん」

 

「なに?」

 

「僕は——口が堅い方です」

 

龍田は、時雨を見た。

時雨が静かに続けた。

 

「話せる時が来たら、聞きます。無理にとは言いません」

 

龍田は何も言えなかった。

笑顔が——少しだけ、揺れた。

 

「...ありがとう」

 

それだけ言って、龍田は資料を棚に戻した。

でも——手が少し、震えていた。

 

隠せている、と思っていた。

でも——隠せていないのかもしれない。

行動が、先に出てしまう。

深夜に資料室に来てしまう。

手が、震えてしまう。

 

私は——何かに、気づきかけている。

自分の本質に関わる、何かに。

でもそれが何かを知るのが——少し、怖い。

 

龍田は資料室を出た。

廊下に、夜の静寂が広がっていた。

時雨が隣を歩いていた。

二人とも、何も言わなかった。

 

それで——よかった。

 

 

ー翌朝

 

「おはよー」

 

「おはよう、龍田さん」

 

「グッモーニング! 龍田!、今日も元気そうですね」

 

金剛が言った。

 

「ええ、元気よ」

 

提督が食堂に入ってきた。

 

「おはよう、みんな」

 

「あー!! テートク——!!」

 

金剛が立ち上がった。

 

いつも通りの朝だった。

龍田は静かにお茶を飲んだ。

 

(今日は——記憶が、ある)

 

窓の外に、朝の海が光っていた。

龍田は微笑んだ。

笑顔の下に何があるか——今朝は、自分でもよくわからなかった。

 

問題はない。

 

でも——

私はきっと、そのうち向き合わなければならない。

自分が何者なのか、という問いに。

艦娘として生まれた私の中にあるこの違和感に。

 

龍田はお茶を飲み終えた。

席を立った。

今日も、微笑んで。

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