艦娘満足度日本一の鎮守府で溢れる願い   作:マロンex

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深海棲艦の子供

その夜。

龍田はようやく眠りについた。

深い、暗い場所に落ちていくような眠りだった。

 

暗闇の中に——光があった。

小さな光だった。

人の形をした、でも人ではない——何かだった。

龍田は夢の中で、その光を見た。

 

(なに...?)

 

光が——動いた。

龍田に近づいてきた。

でも——怖くなかった。

なぜか怖くなかった。

 

光が、口を開いた。

 

「ここの提督——ははが、すき」

 

龍田は動けなかった。

 

「ははを——まもってくれた。だから——また、ははをたすけてほしい」

 

 (何を言っているの...この子は)

 

「たつた」

 

 龍田が、固まった。

 

(今——私の名前を)

 

「たすけて、たつた」

 

光が——揺れた。

消えそうなくらい、小さく揺れた。

龍田は——その光を見た。

長い間、見た。

 

提督が関係している。

この子の母親が——提督と、何かがある。

私の名前を知っている。

 

なぜ。

どこで。

そこで私の目が覚めた。

朝だった。

窓の外に——海が光っていた。

龍田はベッドの中で、じっとしていた。

夢の中の光が——まだ、瞼の裏に残っていた。

 

(調べなければ)

 

その思いが——静かに、胸に落ちた。

 

提督と深海棲艦の接触。

そんな記録が——どこかに、あるかもしれない。

 

龍田は起き上がった。

いつも通りの笑顔を作った。

でも——今日の笑顔の下には。

昨日とは違う何かが、動き始めていた。

 

ー翌朝。

龍田は食堂に顔を出した。

いつも通りの笑顔、いつも通りの挨拶をした。

何も——変わらない朝だった。

でも龍田の頭の中には——あの光が、まだあった。

 

『ここの提督——ははが、すき』

 

龍田はお茶を飲み終えた。

席を立った。

向かう場所は——決まっていた。

 

資料室。

昨夜も来た場所。

でも今日は——目的が違った。

 

龍田は棚を探した。

艦娘に関する古い記録。

深海棲艦との接触事例。

提督に関する記録。

そして——地方の古い記事や報告書が束ねられた棚。

 

(あるはずよ)

 

何冊かを引き出したが、それらしき資料はない。

だが、資料の1つ、新聞記事に目が留まった。

 

日付は——提督が鎮守府に着任する、ずっと前のものだった。

 

小さな記事だった。

地方紙の、目立たない場所にあった。

でも——内容が、龍田の目を引いた。

 

「お手柄、深海棲艦を捕まえた村。しかしその後悲劇...」

 

記事を読んだ。

ある村で、深海棲艦を一体捕獲した。

しかし翌朝——姿が消えていた。

目撃証言によれば、村の少年が単独で枷を外し、逃がした可能性が高い。

少年の年齢——当時、幼少。

名前は、伏せられていた。

 

でも。

記事の中に真相の続きが記載されていた。

 

「犯人と思しき少年はその後の深海棲艦の襲撃事件の際に行方をくらませた。軍は証拠隠滅か、深海棲艦とのつながりを...」

 

村への襲撃事件

 

龍田は——この言葉が気になり、探すとそれと思しき記事があった。

 

「●●村にて深海棲艦が村人数十名を殺害。村全体も火事になり大きな被害。犯人の深海棲艦は逃亡中」

 

龍田は新聞を閉じた。

手が、少し震えていた。

 

(この少年が——提督だとしたら)

 

(深海棲艦を逃がした少年が)

 

(あの夢の子供の言う「ははを守った」のが...提督?)

 

答えは、まだない。

でも——線が、繋がり始めていた。

 

その夜も——夢を見た。

 

暗い海の底。

光のない場所。

 

でも今夜は——少し、違った。

 

光ではなかった。

姿があった。

小さな女の子だった。

でも——おおよそ人の風体ではなかった。

 

青白い肌。

濡れたようななめらかな黒髪。

そして——頭に、小さな角が生えていた。

 

おそらく深海棲艦の子供だろうか。

龍田は、その子を見た。

 

「...また来たの」

 

子供が——頷いた。

 

「たつた」

 

「ええ。ここにいるわよ」

 

子供が、龍田に近づいてきた。

手を伸ばしてきた。

触れた。

 

その瞬間——

 

(あれっ...?)

 

龍田の視界が、一瞬だけ——ぐらついた。

自分が、どこにいるのか。

自分が、誰なのか。

それが——ほんの一瞬だけ、わからなくなった。

 

だが、それはすぐに、戻った。

 

(...気のせい...かしら)

 

龍田は何事もなかったように、子供を見た。

 

「昨日の話の続きをしましょう」

 

龍田が静かに言った。

 

「あなたのお母さんが——うちの提督と接触した。それは本当?」

 

子供が頷いた。

 

「ははが——いった。むらに、いったとき」

 

「村?」

 

「むかし。ずっとむかし。...たぶんここの提督が、こどものとき」

 

子供が続けた。

 

「はは、そのむらでつかまって——でも、にげれた。あのこが、にがしたって」

 

龍田は息を飲んだ。

 

「あのこ——というのは、提督のこと?」

 

「うん」

 

子供が静かに言った。

 

「ははがはなしてくれた。こわかったけど——にがしてくれた。やさしかった、と」

 

深海棲艦を逃がした村の少年。

新聞記事の少年。

提督。

全部——同じ人だ。

 

「お母さんから——聞いたの? その話を」

 

「うん。ははが、よくはなしてた」

 

子供が言った。

 

「ここのにおい——提督のにおいが、ははのにおいとまじってた。だから、わかった」

 

「だから——私を選んで入ってきた」

 

「うん」

 

「あなたのお母さんは——今、どこにいるの」

 

 子供が——俯いた。

 

「わからない」

 

「つかまった?」

 

「うん...たぶん...。でもいきてる」

 

子供が静かに言った。

 

「ボスに、つかまった。においが——とおくなった。でも、きえてない。まだ、どこかにいる」

 

「ボス...それは深海棲艦の?」

 

「うん、わたしと同じ、子供。でもつよい。とてもとてもつよい」

 

「だから——かてない。提督にたすけてほしいから...においたどった」

 

「それで私の体を...」

 

「ごめんなさい。かってに、はいった」

 

「まったく...犯人がこんな子供なんて...」

 

龍田が苦笑した。

 

「でも——悪意がないのはわかった」

 

子供が——少し、安心したような顔をした。

 

「一つだけ聞くわ」

 

龍田が続けた。

 

「私を傷つけるつもりは?」

 

「ない。ぜったいない」

 

子供が首を振った。

 

「ただ——おかあさんに、あいたいだけ」

 

龍田は長い間、子供を見た。

 

小さい。

こんなに小さいのに。

一人で、ずっと待ち続けていたのか。

 

「名前は——あるの」

 

「ない」

 

「名前ないのね...それはちょっと不便ね...」

 

龍田が静かに言った。

 

「何か——好きな名前はある? こう呼ばれてるとかでも」

 

子供が、首を傾けた。

しばらく考えていた。

それから——少し、間を置いて。

 

「てんりゅう」

 

龍田が——固まった。

 

「...なんて言ったの」

 

「てんりゅう、がいい」

 

子供が繰り返した。

 

「てんりゅう、なまえが——すき」

 

龍田は、動けなかった。

胸の奥に——何かが、刺さった。

 

ー天龍

 

(私の——お姉ちゃんの名前だ)

 

「...なぜ、その名前を知っているの」

 

子供が——龍田を見た。

その目が、静かだった。

 

「わからない、でもしってる」

 

「わからないって...」

 

「でも、わからないんだもん」

 

子供が繰り返した。

 

「てんりゅう、がいい。だめ?」

 

 

龍田は——言葉が出なかった。

なぜ知っているのか。

この子が——なぜ、その名前を。

 

問いが、頭の中で渦巻いた。

でも——子供の目が、真剣だった。

欲しいのだ、その名前が。

理由は——わからない。

 

でも。

 

お姉ちゃんの名前を、この子に渡すことが——

正しいのかどうか、わからない。

 

でも——

なぜだろう。

嫌だとは、思えない。

 

「...わかったわ」

 

龍田が静かに言った。

 

「天龍。あなたの名前は、天龍よ」

 

 子供が——目を輝かせた。

 

「てんりゅう」

 

「ええ」

 

「てんりゅう...」

 

もう一度、噛みしめるように言った。

それから——龍田を見た。

 

「たつた」

 

「...なに?」

 

「てんりゅう——うれしい」

 

「...そう。それは...よかったわ。じゃあ天龍」

 

龍田が静かに言った。

「一緒に探しましょう。お母さんを」

 

天龍が——声を出さずに喜んだ。

暗闇の中で。

その小さな角が——うれしそうに、揺れた気がした。

 

「たつた」

 

「なに」

 

「ありがとう」

 

龍田は——天龍の頭に、そっと手を置いた。

夢の中で。

確かに、触れた。

温かかった。

 

でも——その瞬間。

また、来た。

視界が——ぐらついた。

自分の輪郭が薄くなる感覚。

天龍の輪郭が濃くなる感覚。

 

(...っ)

 

龍田は、意識を引き戻した。

ぎりぎりで、戻った。

 

今のは——なんだった。

天龍に触れた瞬間に——私が、薄くなった。

この子は、悪意がない。

 

でも——

いつか。

いつか私は——

 

その先を、龍田は考えなかった。

考えたくもなかった。

 

ー朝

 

龍田は目を覚ました。

胸の奥に——小さな温かさがあった。

天龍の気配が、そこにあった。

 

この子の名前は、天龍。

私のお姉ちゃんと——同じ名前。

 

なぜ知っていたのか。

なぜ、その名前を欲しがったのか。

わからない。

 

でも——今は、それより先に。

そして——あの感覚。

私が薄くなるあの感覚。

 

いつか——本当に、戻れなくなる時が来るのかもしれない。

 

龍田は窓の外を見た。

海が、光っていた。

 

ー提督の過去に——何があったのか

 

ー天龍のお母さんが——どこにいるのか

 

ー天龍は——なぜ、あの名前を知っていたのか

 

問いが、三つになった。

龍田は起き上がった。

いつも通りの笑顔を作った。

 

でも——今日の笑顔の下には。

昨日よりも深い何かが、静かに渦巻いていた。

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