艦娘満足度日本一の鎮守府で溢れる願い   作:マロンex

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状況悪化

日常は——続いていた。

天龍が龍田の中にいることを、誰も知らなかった。

 

龍田は毎朝、食堂に顔を出した。

笑顔で挨拶をした。

訓練に出た。

書類を片付けた。

 

何も——変わらなかった。

表面上は。

 

でも少しずつ——日常は崩れていった。

最初は訓練中だけだった。

それが——廊下を歩いている時にも。

書類を書いている時にも。

誰かと話している最中にも。

 

ふっと——遠くなる。

気づくと、少し時間が経っている。

 

五分か、十分か、もっとか。

わからない。

でも——誰かを傷つけたことはなかった。

装備が暴走したこともなかった。

天龍は——ただ、お母さんの匂いを探しているだけだった。

 

悪意はないと断言できる。

 

でも、悪意がなくても——私は浸食されている。

これも確実だ。

 

夜。

龍田は鏡を見た。

自分の顔が——少し、遠かった。

 

 

ー翌朝の食堂

 

赤城が隣に座った。

龍田は——一瞬ビクッと反応してしまった。

赤城にはなんだか見透かされているようで少し怖かったから。

 

「龍田」

 

「んー、なに? 赤城さん」

 

平静を保つ。

いつもの口調で赤城に対応する。

 

「また——止まってました」

 

龍田の手が、一瞬止まった。

だが、すぐに動かした。

 

「あら、またかしら。やっぱり疲れているのかもしれないわ。昨日も...」

 

「今日だけで2度、少なくとも止まっています。それもこの前より長い時間」

 

赤城が静かに言った。

 

「...私も最初は疲れではと考えていましたが...。龍田さん、違いますよね」

 

「違うって...なんでそんな」

 

「訓練中以外も止まっているところを目撃しました」

 

赤城が続けた。

 

「訓練中なら理解できます。装甲を背負い緊張感がある状況が続きます。...でも今日は止まっていたのは鎮守府の廊下でした...しかも、三分近く」

 

龍田は微笑んだ。

 

「三分? そんなに? 気づかなかったわ」

 

「龍田」

 

赤城の声が、少し変わった。

いつもより——真剣な声だった。

 

「...なにか私たちに隠していませんか」

 

龍田は——赤城を見た。

赤城が、龍田をまっすぐ見ていた。

 

疑っていた。

明らかに、疑っていた。

 

「いやだわぁ、私たちの間で隠し事なんて...」

 

「龍田」

 

赤城が遮った。

 

「あなたは実力もさることながら、敵の居場所を鮮明に記憶できる能力に長けています。時雨さんがあれほどまでに索敵が伸びたのもあなたのその能力があってこそです」

 

「あら、珍しい。私をほめてくれるのね、ふふっ」

 

「...そんなあなたが、自身の行動を、しかも何でもない廊下での3分間を忘れるとは思えません」

 

沈黙が流れた。

龍田は——笑顔を、崩さなかった。

 

「...ふふっ、そんなに信頼してくれて悪いけど、私だって度忘れすることくらいあるわよ」

 

「...それは、違うとは言えませんが...。一度鎮守府のお医者さんに...」

 

「ほんとうに大丈夫。約束するわ。...ありがとう」

 

赤城が——しばらく、龍田を見た。

納得していなかった。

でも——それ以上は、押さなかった。

 

「...無理はしないでください」

 

「...ええ」

 

赤城が朝食に戻った。

龍田は静かに、お茶を飲んだ。

 

赤城さんは——気づいている。

でも、証拠がない。

もう少しだけ——もう少しだけ、持つかしら。

 

 

その夜。

桟橋に、時雨がいた。

龍田が来ると——時雨が振り返った。

 

「龍田さん」

 

「あら、時雨ちゃん。また眠れないの?」

 

「龍田さんこそ」

 

二人で、海を見た。

波が静かに揺れていた。

一度目の夜と——同じ場所、同じ海だった。

 

でも——空気が、少し違った。

 

「龍田さん」

 

「なに」

 

「前に——話せる時に聞くと言いましたよね」

 

「覚えているわよ」

 

「でも、これだけは聞かせてください」

 

時雨が静かに続けた。

 

「龍田さんのそれは...提督にも話せないことなんですか」

 

龍田が時雨を見た。

 

「——相談してみては」

 

龍田は答えなかった。

波の音だけが、流れた。

 

「あの人なら」

 

時雨が続けた。

 

「きっと、受け止めてくれる。龍田さんが何を抱えていても」

 

「...時雨ちゃん」

 

「はい」

 

「ふふっ、大丈夫よ。何にも心配ないわ」

 

「龍田さん」

 

「もー本当に、大丈夫」

 

龍田が微笑んだ。

だが、時雨はずっと不安そうに私を見つめていた。

 

「...心配かけてごめんなさい。でも——これは、私が自分でどうにかしないといけないことだから」

 

時雨が少し、眉を寄せた。

 

「どうにかできているんですか」

 

「できているわよ」

 

「...本当に?」

 

「時雨ちゃん」

 

龍田が静かに言った。

 

「あなたが心配してくれているのは、わかっている。嬉しいわ。でも——大丈夫」

 

時雨が——龍田を見た。

納得していない目だった。

でも——押さなかった。赤城と同様、龍田を心配しているが踏み込まなかった。

 

「...わかりました」

 

時雨が静かに言った。

 

「でも」

 

「でも?」

 

「もし——大丈夫じゃなくなったら」

 

「その時は、言うわ」

 

「約束ですか」

 

「ええ、約束よ」

 

時雨が——前を向いた。

波の音が、続いていた。

 

時雨ちゃんは——諦めていない。

提督に相談しろと言った。

あの人に——知られたくない。

巻き込みたくない。

 

でも。

時雨ちゃんが、自分で動く前に——

私が、どうにかしなければいけない。

 

 

部屋に戻った夜。

龍田は天龍と話した。

 

「天龍」

 

「うん」

 

「正直に聞くわ」

 

「うん」

 

「あなたは——いつか、私を完全に上書きする?」

 

天龍が——固まった。

 

「...うわがき?」

 

「私の意識を消して、あなたが私の体を完全に使う。そういうことが——起きる可能性は、ある?」

 

天龍が、首を振った。

 

「しない...と思う」

 

「...ごめんね。意地悪言っちゃったわね。まあ、でもあなたの意思とは関係なのかしら」

 

天龍が——俯いた。

 

「...わからない」

 

正直な答えだった。

 

「そう」

 

龍田が静かに言った。

 

「わからない、か」

 

「においがちかくなると——からだが、かってに」

 

「動く」

 

「うん」

 

天龍が小さくなった。

 

「たつたを——けしたくない。でも、からだが」

 

「わかっているわ」

 

龍田が静かに言った。

 

「責めていない」

 

沈黙が流れた。

波の音が、遠くから聞こえていた。

 

「天龍」

 

「うん」

 

「お母さんを——必ず、見つけましょう」

 

天龍が顔を上げた。

 

「たつた...」

 

「私がいなくなる前に...」

 

龍田が静かに言った。

 

「全部、終わらせましょう」

 

「いや...」

 

天龍が首を振った。

 

「たつたがきえるのは...いや」

 

「天龍——」

 

「いや!いや! たつたがいなくなるのは、いや!」

 

天龍の目が——揺れていた。

小さな角が、震えていた。

龍田は——天龍の頭に、そっと手を置いた。

夢の中で。

 

また——視界が、ぐらついた。

自分の輪郭が、薄くなる感覚。

天龍の輪郭が、濃くなる感覚。

 

 (...っ)

 

今回は——引き戻すのに、時間がかかった。

前より、時間がかかった。

 

いつか——引き戻せなくなる。

その時が、近づいている。

 

「天龍」

 

「...うん」

 

「おやすみ」

 

「...おやすみ、たつた」

 

天龍の声が——泣いていた。

 

 

ー朝

 

龍田は起き上がった。

体が——昨日より、少し重かった。

鏡を見た。

いつも通りの笑顔だった。

 

でも——その笑顔の下で。

龍田は静かに、決意していた。

 

赤城さんは——疑っている。

時雨ちゃんは——提督に相談しろと言った。

このままでは誰かが動く。

 

提督が、巻き込まれる。

それだけは——したくない。

 

だから。

私が、先に動かなければ。

一人で——どうにかしなければ。

 

龍田は部屋を出た。

廊下に、朝の光が差し込んでいた。

今日も——笑顔で、歩いた。

その笑顔の下に何があるか。

今朝は——自分でも、少し怖かった。

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