艦娘満足度日本一の鎮守府で溢れる願い   作:マロンex

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最期の願い

ー深夜。

 

龍田は——気づいたら、廊下に立っていた。

 

(...あれ)

 

自分の部屋にいたはずだった。

でも——今は廊下だった。

 

どうやら提督の執務室の前のようだった。

 

龍田は、自分の手を見た。

ドアに——触れていた。

ノックしようとしていた。

 

(天龍が——動いたのかしら)

 

龍田は静かに手を引いた。

息を整えた。

廊下を見渡した。

誰もいない。よし、気づかれなかった。

 

 (...よかった)

 

そう思った瞬間——

 

「...龍田」

 

声がした。

龍田が振り返った。

提督が——執務室のドアを開けて、立っていた。

 

「...て、提督。あらあら...こんばんは」

 

「こんな時間に——どうした」

 

龍田は一瞬、固まった。

笑顔を作った。

動揺は隠せなかったが何とか取り繕う。

 

「えっと...ちょっと眠れなくてねぇ。散歩していたのよ。ご心配なく」

 

「...」

 

提督が龍田を見た。

その目が——静かだった。

何かを、見ていた。

 

「龍田」

 

「なに?」

 

「...意識がなかったのか」

 

「えっ...ちょ、ちょっと言ってる意味が分からないわ。ボーっとしてただけよ?」

 

龍田が微笑んだ。

 

「気のせいじゃないかしら」

 

「...そうか」

 

「ええ」

 

提督が少しの間、龍田を見た。

それから——静かに言った。

 

「無理するな」

 

「してないわよ」

 

「...まあ、そういうことにしておこう」

 

提督がドアを閉めた。

廊下に静寂が戻った。

龍田は——動けなかった。

 

今、私は——何をしようとしていた。

天龍が、提督に会いに来た。

 

なぜ?

 

でも——それよりもっと深刻なのは

提督に気づかれていることだ。

 

笑顔でごまかせなかった。

これ以上は——隠せない。

 

龍田は自分の手を見た。

かすかに、震えていた。

 

 (今夜が——限界ね...)

 

部屋に戻った。

龍田は机に向かった。

紙を取り出した。

 

時雨ちゃんへ

 

ごめんなさい。

大丈夫って言ったのに、嘘になってしまいました。

でも——巻き込みたくないの。

これは私が、自分でどうにかしないといけないことだから。

提督には——秘密にしてね。

 

龍田より

 

書き終えてペンを置く。

そして立ち上がった。

 

時雨の部屋の前で——ドアの隙間に手紙を差し込んだ。

 

(...さよなら、時雨。元気でね)

 

桟橋に向かった。

夜明け前の海が——暗かった。

北の方角から天龍が反応していた。

体が勝手に引っ張られる感覚があった。

 

龍田は海に出た。

振り返らなかった。

 

ー翌朝

 

曙が廊下を走っていた。

いつもより早い時間だった。

 

そこに——赤城と金剛が、廊下の角から来た。

 

「曙! 龍田が...」

 

赤城が言った。

 

「龍田がいません」

 

「確認しましたが...ありません!龍田の装備一式モ!」

 

「くそっ...なんで...」

 

曙は少し、立ち止まった。

 

「時雨は?」

 

「...時雨も見ていません」

 

三人で、顔を見合わせた。

 

「テートクのところに行きましょう!」

 

金剛が言った。

 

ー執務室

 

ドアを叩いた。

 

「...入れ。取り込み中だが気にするな」

 

三人で入った。

提督が机に向かっていた。

 

隣に——明石が立っていた。

二人の空気が——張り詰めていた。

机の上に、図面が広げられていた。

明石が提督に何かを言っていた。

小声で、速く。

提督が頷いていた。

 

曙には——何の話をしているのかわからなかった。

 

「お取込み中失礼します。提督、取り急ぎご報告が」

 

「なんだ」

 

赤城が言った。

 

「龍田と時雨の姿が見えません。龍田に関しては装備一式も」

 

提督が顔を上げた。

 

その目が——すでに、何かを知っているような目だった。

 

「...わかった。報告ありがとう」

 

提督が立ち上がった。

明石を見た。

 

「頼む」

 

「...任せてください。小型化にはすでに成功しています」

 

明石が静かに言った。

 

「でも——うまくいくかどうかは」

 

「わかっている」

 

提督が曙を見た。

 

「曙」

 

「なに」

 

「緊急命令だ。時雨のもとへ急いでくれ。おそらく私の予想では索敵機が反応する場所にいるはずだ」

 

提督が静かに言った。

 

「そして——龍田から、時雨を守れ」

 

曙が目を丸くした。

 

「龍田から——って、どういう」

 

「すまんが説明している暇はない。急いで向かってくれ。おおよその場所は先ほどつかんだ」

 

提督がすでに歩き出していた。

曙は——一瞬だけ、明石を見た。

明石が——図面を丸めながら、小さく頷いた。

 

曙は走った。

 

ー北の海 とある海上

 

(索敵機が反応...? 敵...? でもあれって...)

 

時雨が索敵で発見した場所は、確かに龍田をさしていた。

波の上で、ただ——北を向いて、止まっていた。

 

「龍田さん! そんなところで何を!」

 

時雨が近づいた。

龍田が——振り返った。

顔は龍田だった。

 

でも——雰囲気が全く別物だった

深海の色をした目が、虚ろに時雨を見ていた。

 

「時雨...ちゃん」

 

声が——変質していた。

龍田の声の輪郭の中に別の何かが混じっていた。

 

それは低く、深く、海底のような声だった。

 

「来ちゃ...だめ」

 

「龍田さん!」

 

「来ないで!!」

 

龍田の体が、半歩——後ろに引いた。

時雨から、距離を置くように。

 

「...龍田さん...ですよね?」

 

時雨が静かに言った。

 

「何やってるんですか、みんな心配しますよ。ほら...」

 

「...おまえ、誰だ。テキか」

 

龍田の声で——だが、おおよそ龍田ではない口調で言葉が発せられた。

 

「...君は誰だ。龍田さんをどうする気だ!」

 

「どうもシナイ。...わたしはたつたをまもってる」

 

「守っている?」

 

「人間はキライ。でもたつたは好き」

 

こどものような文章で、たどたどしく言葉を紡いだ。

だが、敵意を感じる棘のある口調だった。

 

「だから、てんりゅう、たつたを、にんげんにわたしたくない」

 

時雨は——止まった。

守っている。

龍田さんを、守ろうとしている。

この子は——敵ではない。

ただ、怯えている。

 

「天龍っていうんだね。僕は敵じゃ...」

 

時雨が一歩、近づいた。

 

「こないで! それ以上近づくな!」

 

「龍田さんに会わせてください」

 

「だめ」

 

「...どうして?」

 

「にんげん、すぐ裏切る。そう言って仲間なんにんも死んだ」

 

天龍が静かに言った。

 

「たつたがきえたら——おかあさんをさがせない。だから、だめ」

 

「裏切るなんてそんな...僕はそんなこと」

 

天龍が——止まった。少し考えるそぶりをしたが、やはり結果は同じだった。

 

「...うそ。にんげん、うそとくい。お前もにんげんの味方。うそつく」

 

「嘘じゃないよ」

 

「しんじられない」

 

天龍が低く言った。

 

「にんげん、ずるい。へいきでだます。もう信じない」

 

「...」

 

「だから——どっかいけ。たつたのなかま、きずつけたくは、ない」

 

時雨は答えなかった。

すぐには、答えられなかった。

何を言っても——届かないかもしれない。

この子が持っているものは、言葉で消せるものじゃない。

 

ーでも

 

「天龍さん、お願いだから...」

 

時雨が静かにそう言って、天龍の方をつかんだ。

その瞬間だった。

 

「——ッ」

 

何かが、崩れた。

天龍の目が——暗くなった。

龍田の体が装備を展開した。

 

「天龍さん——!」

 

衝撃が走り——咄嗟に躱した。

 

でも。

間に合わなかった。

 

頬を——掠めたのは紛れもなく砲弾だった。

時雨は手を当てた。

赤かった。血が滲んでいた。

 

(...どうすれば)

 

天龍が——また、構えた。

索敵に集中しながら、間合いを測った。

 

(龍田さんを傷つけずに——この子を説得しないと...)

 

攻撃する気はなかった。

でも——避け続けるにも限界がある。

 

「天龍さん!」

 

時雨が静かに言った。

天龍が——止まった。

 

「怖いんですよね! 不安なんですよね!」

 

「...」

 

「あなたに敵意がないのはわかってます! 龍田さんのこと大切にしてることも!」

 

「...うるさい」

 

「私たちを信じてください! 絶対に裏切らないですから!!」

 

「...でまかせいうな!」

 

天龍が低く言った。

 

「たつたは、わたさない」

 

「くっ...」

 

「わたしたら——おかあさんを、さがせない」

 

「お母さん...?」

 

「お母さんに...あいたい」

 

天龍の声が——子供の声になっていた。

怒りではなかった。

ただの子供の泣声のような叫びだった。

 

事情はわからない。だが、この子はただ——お母さんに会いたかっただけだ。

それだけのために、ここまで来た。

誰かを傷つけたかったわけじゃない。

 

「おまえ、きらいじゃない、たつたのなかま、だから」

 

「...だったら!」

 

天龍が静かに言った。

 

「わかってるけど——からだが、かってに」

 

「制御がきかないのか!?」

 

「お願い、たつたのなかま。逃げて。多分私、おまえ、ころしちゃう」

 

「...逃げないよ。いままでの人間とは違う。僕は君を裏切らない」

 

「...どうして...どうして!! おまえもたつたも!!」

 

二人の間に——静寂が流れた。

波が、静かに揺れていた。

天龍が——また、装備を構えた。

 

でも。

今度は——震えていた。

 

「ダメ...もう、からだが...」

 

天龍が——撃った。時雨が躱した。

また、撃った。また、躱した。

 

天龍が泣きながら撃っていた。

時雨は暴走する天龍の弾をなんとか紙一重で躱し続けた。 

 

(...このままじゃ、いずれ...)

 

体力が限界に近付いてきた。

掠める弾も増えてきた。

一瞬態勢を崩した瞬間、目の前に砲弾があった。

 

(万事...休すか...)

 

「時雨さん!!」

 

叫び声が聞こえたその瞬間、飛んできた弾が何かにはじかれた。

 

「これは...赤城さんの?」

 

曙が——来ていた。

赤城と金剛が、後ろに続いた。

 

「時雨!!」

 

曙が時雨の前に出た。

時雨の頬を見た。

 

「...あんた血が、すぐに応急処置を」

 

「大丈夫、かすり傷だよ...でも」

 

ぱたりとその場でうずくまる時雨。

体力はとっくに限界を迎えていたようだ。

 

「...ごめん。しばらく動けない」

 

「わかった。あんたはここで...」

 

3人の後ろに時雨をおいた。

時雨は恐らくもうまともに動けもしない。

 

「...時雨、ここにいて」

 

3人は陣形を変え、後ろに時雨をおいた。

時雨は恐らくもうまともに動けもしない。

ここから先は彼女を守りつつ、状況に

 

赤城と金剛が——左右を固めた。

天龍が——三人を見た。

 

「あ、あれって...龍田...よね」

 

「で、でもエネミーの反応があります...深海棲艦と」

 

「おそらく、体を乗っ取られています」

 

にんげんが、ふえた。

怖かった。

装備が——また、展開した。

 

「たとえ龍田であろうと...時雨を傷つけるなら、許しません」

 

赤城が低い声で言った。

 

『——時雨を守れ』

 

「...提督はこのことを...」

 

曙の頭に提督から言われた言葉がフラッシュバックする。

 

(覚悟...するしかないわね)

 

時雨に危険が迫ったら——その時は。

龍田さんでも。

打つ。

 

「全軍、展開!」

 

赤城が叫び、陣形を詰める。

天龍が——また、構えた。

 

砲弾が走った。

曙が弾いた。

 

「くっ...重い...龍田が敵ってこんなに厄介なのね」

 

「二人とも全力で自分を守って! 相手はこの鎮守府の最高戦力です!」

 

「言われなくても!」

 

金剛が前に出た。

赤城が索敵した。

 

龍田を傷つけないように。

でも——時雨を守るように。

 

その綱渡りが——続いた。

 

一進一退の攻防が続いた。

 

その時だった。

龍田の体が——ぴたりと、止まった。

装備が下がった。

静寂が落ちた。

 

「...時雨ちゃん」

 

声が——戻っていた。

天龍の声ではなかった。

龍田の声だった。

 

「最期のお願い、聞いてくれる?」

 

龍田はただ静かに、時雨を見つめていた。

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