前回のあらすじ
未発掘の遺跡の最奥で見つけた、二体目の巨神はヘスティアと名乗った。彼女は過去の災厄に付いて語り、そしてその災厄を再び起こさんとする姉弟の存在を止めて欲しいと頼んで来る。願いを聞き届けられて安堵した二体目の巨神は、次はおはようと言われたいと零しながら眠りについて行った。
一面は鬱蒼と生い茂る森。メキメキミシミシと木々をなぎ倒しながら、そんな森の中を巨人が突き進んでいた。
驚くべきはその木々の高さだろう。巨人が日陰に入る程に、周囲の木々達は大きく太い。はっきり言えば、異常な植物の発達具合だった。
最初の方こそこの世界に来て初めて見る濃い緑の景色に、『森林浴が出来る!』『木があるなら木の実とか取れないかな!』『地平線の果てまで木の葉がモサモサしてる!』とかはしゃいでいたのだが……。そんなテンションも高い湿度と、頭が痛くなる様な匂いの洪水で吹き飛んでしまった。今はもう、早くこの森林の中で目当ての物が見つかってくれるのを祈るばかりだ。
あの日、二体目の巨神に出会って、そして眠りにつくのを見送った日。あれからもう既に一週間が経っていた。
這う這うの体で遺跡の入り口まで戻って来ると、狭い横穴を掘り広げてモグラの亜人達が遺跡前の坑道に丁度到着しており、私は直ぐに救助される事となる。
その後はもう、とにかく怒られた。アルバイトを統括してた現場監督にはもちろんの事。話を聞きつけてやって来たトカゲのおっさんにまで、こっぴどく怒られた。もちろん子供達も一緒にだ。
子供達を助けに行くまでは良いが、碌な戦力も無いのは私も同じ。その上で深入りしたのは、確かに誉められた事では無かっただろう。でも、子供達の見てる前でゲンコツはやめてほしかったなぁ。恥ずかしい……。
その後は、見聞きした事をトカゲのおっさんと共有して、しっかり準備をしてから鉱山の町の東へと旅に出た。せっかく子供達と仲良くなれたけど、こればかりは仕方ないよね。その代り、出発までの間は色々と買い物とかに行って遊ぶ事が出来た。また今度立ち寄る事があれば、もう一度一緒に遊びたい物だ。
ちなみに、トカゲのおっさんは二体目の巨神に会えなかった事にガチでへこんでいた。遺跡の最奥の部屋は再び固く閉ざされて、スマホをかざしても開かなかったのだから仕方ないだろう。
そう言えば、あのアルバイトをしてた子供達は皆ヒューマンだったな。亜人の子供は身体能力が高くて、もっと危険な採掘にも行けるけど、ヒューマンの子供はああ言った余り物拾いに回されるらしい。
やっぱりこの世界は、ただのヒューマンには厳しい環境なんだなぁ。
そしてその厳しい環境を、今こうして味わっている。
とにかく湿度が高くて暑い。何もしていなくてもじっとりと汗が染みだして来て、服が肌に張り付いて不快感が堪らない。そのくせ薄着をしよう物なら、容赦なく柔肌を虫やら木葉やらが狙って来ると言う。しかもその虫がやたらとデカい。もう、何度巨人で辺り一面を薙ぎ払ってやろうかと思った事か。
それにしても、荒野が突然森林に切り替わるとはどういう事なのだろう。まるで切って張り付けたかのように、突然景色が緑一色に切り替わる光景はなかなかに奇妙だった。荒野との境界線に草原すらなくいきなり森。しかも熱帯雨林めいた密林だ。トカゲのおっさんも、どうしてこうなっているのかは分からないと語っていた。
とにもかくにも、炭鉱の町から東に進んでぶつかった奇妙な森なのだ。ここに未踏の遺跡の一つでもあるならば、それは間違いなく次の巨神の棺に違いないだろう。なぜ棺と呼ぶのかは分からないが。その理由は中に居る奴にでも聞けばいいだろう。
とにかく、今は巨人が前の様に次の巨神を見つけ出すまで、木々をなぎ倒してでも先に進み続ける事しか出来ない。とにかく、とにかく先へ……。
「よし、今日はここまでだ、巨人を止めてくれ」
巨人の掌に乗って荷物の番をしていたトカゲのおっさんが、不意に上を向いて声を上げる。巨人の肩からそれを見下ろして、反論しようとした所で知らず息が上がっていた事に気が付いた。知らず知らずの内に、暑さで体力を持って行かれていた様だ。
「巨人を座らせて壁になってもらおう。それから、今回は焚火を二つ作るぞ」
言われたとおりに巨人を座らせて、足の間にスペースを作らせそこに荷物を降ろさせる。私が巨人に手伝ってもらって地面に降りる頃には、トカゲのおっさんは荷物を解いて野営の準備を始めていた。
手伝うと言ったら、焚火に火を点けてくれと言われたので言われたとおりにナイフとスターターを使い火を起こして行く。ナイフの背を金属の棒で擦り、火花を散らして着火剤の木屑を燻らせるのだ。そこから順々に大きな物へ移して火を大きくしていく。持って来た薪はしっかり乾いていて良く燃えてくれた。
トカゲのおっさんは少し離れた巨人の足先の方で、私が火を点けている物よりも大きな焚火を作っていた。そこらへんに生えてる背の低い木を伐採して、乾いても無いのに燃料としてくべてしまう。そんな事をすれば当然煙が沢山出るのだがお構いなしだ。戻って来た時に聞いたら、虫よけの為らしい。虫の嫌がる匂いの出る薬品も、一緒に燃しているのだそうだ。
ちょっと煙いけど、ようやく人心地付けた気がする。おのれ虫め……。
小さい焚火の火が落ち着いたころ合いに、三脚を使ってお湯を沸かしてお茶を淹れてくれた。ずずずずっと啜ると、体の中に染みる様で思わす溜息が出てしまう。
スマホを見れば時間はもう夕刻に差し掛かっていた。森の木々のせいで薄暗いので、昼夜の区別すらあいまいだった様だ。森に入ったのは昼過ぎだから、そりゃ疲れる筈か。迷惑かけたな、トカゲのおっさん。
「トカゲじゃないドラゴニュートだ。体力が落ちている時は冷たい物は摂るなよ。飲んだらカップは水筒の水で濯いで、それから布で良く拭いておけ。ここの湿度だと放置しても乾かんだろうからな」
流石自称考古学者。湿地帯の経験もあるようだ。先達の知恵袋は実にありがたい物である。
虫よけの効果が出てのんびりとお茶を飲み干せた私は、言われた通り金属のカップを濯いで拭いてから背嚢に戻す。そのついでに、中から一冊の本を取り出した。鉱山の町で稼いだお金で買った、複数のお話を纏めた絵本だ。
常々思っていた事なのだが、私は本当に母親らしい事が出来ているのか自信が無い。子は親の背を見て育つと言うが、私がやっているのは主に指図ぐらいではないだろうか。そんな考えを持っている時に、思いついたのがこの絵本だった。
私もかつては親にお話を読み聞かされたものだ。ならばそれを受け継いでみようと考え、数日前から寝る前に読み聞かせている。喜んでいるのかは分からないが、読んでいるとスマホの着信で続きをせがまれるので嫌ではないのだろう。
幾つかの話が纏められているので、お得感満載のこの絵本。この世界で紙の本が売られているのにも驚いたが、その内容がどこかで聞いた事がある様な物が多くて私も楽しめてしまう。ヒューマンの男の子が犬と猿と鳥の亜人と共に、食人鬼に挑む話とかそのまんま桃太郎じゃないか。ちょっとサイバーパンク調になってるけど。きっと、私の他にもこの世界に来た日本人が伝えたのだろう。日本語の件と言い、ずいぶんと浸透している物だ。
今日読む事になった物語はとある神様のお話。とある予言で生まれてくる子に権力を奪われると吹きこまれ、それを真に受けて生まれる子供を次々に喰らった大喰らいの神。幾度も幾度も我が子を飲み込んで、しかし最後の一人の時には騙されて石を飲み込んでしまう。隠されて育てられた末の子は、やがて大きく育ち大喰らいの神を討ったという。
この話をなぜか巨人は気に入っていた。正直、権力欲しさに我が子を食べちゃう親なんて、最低最悪だと思うのだけど。何処にこの子を引き付ける魅力があったのだろうか、私にはとんと分からない。でも、お気に入りだと言うのなら、はい喜んでと読んであげるのが親の道だろう。良く分からないけどきっとそうだ。
そんな風に、疲れた体を休めながら親子の時間を楽しんでいた時、それらは唐突にやって来た。
「酷い有り様だな。他所のテリトリーに侵入して、辺りにこんな匂いを撒き散らすとは」
耳朶を揺らす凛とした声。本を読む為に巨人の肩にもう一度乗っていた私の隣に、それを発した者はいつの間にか音も無く立っていた。あまりの気配の無さに、全身がゾクリと震える。私はともかく、巨人も気が付かなかったなんて。
「おっと、この巨神を暴れさせるのはご勘弁願いたい。羽虫の様に潰されるのは御免だ。既に竜人はこちらの仲間が掌握している。無駄に抵抗はしないでほしい」
絵本読んでる間やけに静かだと思ったら、私より先に捕まってんのかよトカゲのおっさん! 前に捕まりそうになった時は颯爽と助けてくれたのに、今回ちょっとだらしなくないですかねぇ……。
恐る恐る、声を掛けてきた相手に視線を向けて行く。足先からゆっくりと身体を観察し、最後に顔をしっかりと見て相手を認識する。そこに見えたのは、虫だ。
逆三角形の形をした頭に、その半分はあるんじゃないかと言う二つの複眼。長い二本の触角が生えた額に、三つある単眼やマスクに見える口元。身体は衣服などを纏っておらず、皮膚自体が硬質でまるで鎧を着ているかのようだった。体つきも人間とは別の骨格で節くれだち、人で言う胸部には第三第四の短い腕がある。一番違いがあるのは虫のお腹に当たる部分が、人で言うお尻に付いている事だろう。まるで野太い尻尾のようにも見える。
はっきり言って、直立二足歩行している以外はほぼ虫と変わりない姿であった。超怖い。
「お前達にはこのまま、我々の住処まで来てもらう。そこで、お前達の事を待ち望んでいる方がいらっしゃるのだ」
良くは分からないが、今直ぐにどうこうされる事は無いらしい。敬った言い方から察するに、余程身分の高い人物に会わせられるのだろうか。見た目からして虫っぽいし、女王とかが居るのかも知れない。ああ、なんて言うか、この世界に来て今までで一番ピンチかも知れない。
そんな事を緊張しつつ考えていたら、最初に居た虫人の隣にブーンと他の虫人が降り立った。すげえ、人間サイズで飛べるのか。
私が見ている前で、新たに表れた虫人は若干困惑した様に仲間に声を掛ける。
「ご報告します……。下の竜人がこちらの娘に伝言を伝えてくれれば、自分は大人しく連行されると申しております」
「なに……? 構わん、このまま伝えろ」
「はっ、竜人はただ一言、『トカゲじゃないドラゴニュートだ』と伝えろと……」
「…………? 何かの符丁か……?」
おい、やめろ。こっちに不審そうな目を向けるんじゃない。この誤解を私が解かないといけないのか? トカゲ扱いが不服だったから言っただけだと、初対面なら意味不明な理由を説明しろと? って言うか、何でこのタイミング!?
おのれ、覚えていろよトカゲ野郎。いつか目に物見せてやる。
次回、第十四話『すんごい長い!』に続く。
竜人ノルマ二回。
実は読み返すまで気が付きませんでした。