前回のあらすじ。
荒野の真っただ中に突然現れた熱帯雨林。巨人よりも背の高い木儀を掻き分けて内部に侵入すると暑さでダウン寸前になってしまう。トカゲのおっさんの提案でその日はもう休む事に決めて、巨人の肩で最近の日課の絵本の朗読をする。その最中、突如現れた虫人にたちまち拘束されてしまう。最後に、トカゲのおっさんの無駄な根性のせいで、弁解に困る事態に陥ってしまった。絶対に許さんぞ。
特に縛られてはいないけれど、連行されてきた場所は森の奥の一際巨大な大樹の近くであった。幹の太さも尋常では無く、まるで高層ビルの様だ。特にその高さなど、上の方が霞んで見える程である。そして驚いた事に、その大樹には無数の窓や出入り口が設置されていた。これは虫人達の住処――いや、町なのかもしれない。
「止まるな、あのお方がいらっしゃる神殿は地下にある。中までは案内する、着いて来い」
立ち止まってついつい大樹を見上げていると、先頭を歩いていた虫人がわざわざ振り返って言って来る。最初に私の目の前に現れたのと同じ虫人だ。肉食的な見た目なのに、意外と知的と言うか実に理性的。なんかこう言うのを何処かで見た事がある様な……。
ああ! 仮面な二輪車乗り!! そうだよ、あれにそっくりなんだ! あー、納得したぁ……。
「竜人よ……。このヒューマンの雌はその……、色々と大丈夫なのか?」
「なに、気にするな。どうせ大したことは考えておらんよ。それとお主は良く分かっておるな、そうだワシはトカゲじゃないドラゴニュートだ」
ひとしきり満足感から帰って来ると、虫人とトカゲのおっさんが大したことない事を話し合っている。まったく、男って生き物はどの種族でもアレだな。とってもアレだ。どの世界でも変わらないな。
見上げても天辺が見えない様な大樹の根元。そこには辛うじて人工物の様な物が見えた。四角い建物が大樹の根元で囲まれており、半分ほどが大樹の重さの為か地面に沈み込んでいる。恐らくはこの建物が支えているおかげで、この大樹は天高くまで枝葉を伸ばす事が出来たのだろう。
その半地下状態になった建物の出入り口に案内され、通された内部は炭鉱の町で見た遺跡にそっくりだった。電灯の明るさが絞られている以外は、床も壁も殆ど同じ物と言って良いだろう。
「ここは……、『生きている遺跡』か。素晴らしい!」
遺跡の中に入るなり、トカゲのおっさんが尻尾を振りながら声を震わせている。前の遺跡では結局巨神に会えずに落ち込んでいたが、遺跡自体に入れた事は喜んでいたしな。この自称考古学者は、やっぱり遺跡に入れる事自体が嬉しいのだろう。
だが、今はゆっくり観光をしている場合では無いらしい。前後を挟んでいる虫人達が、遺跡の奥に向かう様に促して来る。物腰は穏便なのに、有無を言わせない圧力があった。今は従う他ないだろう。
鉱山の町に在った遺跡と程近い内装の遺跡の中を、縦一列になって進んで行く。すると、閂の幾つも入った重厚な扉が、すでに開け放たれている姿に出会った。ここの遺跡は最奥までが解放されて居るらしい。
だとすれば、この扉の先に居るのは――
「巨神か!」
トカゲのおっさんが声を荒ぶらせて駆け出し、先頭の虫人に腕で止められる。感情とはおよそ無縁な複眼だが、そこに込められた意志は見ていれば分かる。ここでの狼藉は許さないと言う、殺気めいた怒りが放たれていた。
そんなに残念だったのか、おっさんの尻尾がしおれている。頼むからこいつらを刺激する様な事はしないで欲しい。本当にアレだな。遺跡の事になると子供っぽいなこやつは。
扉を潜って部屋の中に入ると、そこはやはり倉庫の様に天井が高く、幅と奥行きも大きく広かった。見れば見る程炭鉱の町の遺跡とそっくりだ。異彩があるとすれば、部屋のそこかしこに木材で作られた人形や木彫りのレリーフ、草花で編まれたリース等が飾られている事だろうか。恐らくは、虫人達の手による物だろう。
そして当然、視線は部屋の奥に自然と吸い込まれる。複雑な機械の寄り集まった玉座に座る、圧倒的存在感を醸し出す巨大な人型。間違いない、あれは巨神だ。第三の巨神が今目の前に、居る。
「…………素晴らしい……」
トカゲのおっさんにとっては二度目の邂逅か。こうして飾り立てられて居る姿を見れば、溜息の一つも漏らしたくなる気分は分からんでもない。
その姿に心酔しているのは虫人達も同じようで、片膝を突いて恭しくこうべを垂れている。これはもはや、尊敬と言うよりも崇拝に近い態度だろう。
造形は第二の巨神よりもぐっと人の形に近づいていた。長さのバランスが調整された手足に加え、上半身と下半身のパーツに分かれた胴体。頭部はやはり簡素なものだが、青いガラスの様な瞳が縦に二つ並んでいた。正しく、改良された後継機と言うべき姿である。
そんな機械作りの人型が、無機質な瞳でこちらをじっと見つめていた。
そして、今回もまた私の胸元で、スマホが着信音と共に震え出す。この世界でこのスマホに掛かって来る通話など、心当たりは一つしかない。
胸ポケットからスマホを取り出して、パネルの上で指を滑らせ通話を開始する。今回は全員に聞こえる様に、スピーカーボタンも押しておく。程なく、スマホから発せられた音声が部屋に響き渡った。
「『おはようございます。そしてお久しぶりですね。私の名前はヘスティア、十七歳です』」
おいおい。おいおいおい! 何でお前が今のタイミングで電話掛けて来るんだあああああああ!!
私は絶叫した。虫人達もトカゲのおっさんもギョッとした顔で見て来るが、そんなもん構うものか。そもそも、永い眠りに付くみたいに言ってたのはどうなったんだよ!?
「『うふふふ、一週間ぶりですね。そろそろ東に居る私の姉弟に会えた頃かと思って、お電話掛けてしまいました。あらあら、あらあらあら? もしかして暫く会えないと思ってました? どんな気持ちですか? しんみりして別れたのに、いきなり声が聞けちゃってどんな気持ちですか?』」
とんでもなく頭に来て、血管がブチ切れそうだよコノヤロウ。相変わらず台風みたいな奴だ。って言うか、息継ぎ無しに喋るからこいつのターンがすっごい長い! このまま主導権を握らせていたら、話が全く進まなくなってしまう。なんとかしなくては。
だから、とりあえずおはようと言っておいてやる。それだけで、とりあえずスマホからの、怒涛のごとし音声の洪水は止んでくれた。代わりににやけ顔が想像できそうな声で、あらあらまあまあ言い続けていやがる。これはこれで恥ずかしいな。
「『相変わらずだな、ヘスティア……。お前の破天荒さは間違いなく姉弟一だろう』」
スマホとは別の場所から、機械越しに声が響いてきた。その声は部屋中に反響しているが、どうやら部屋の四隅にあるスピーカーから発せられている様だ。
声色自体はやはりと言うか女性の物で、何処かの十七歳と違って押し殺したかのように冷徹に聞こえる。なんと言うか、女性が無理やり男性の声を出そうとしているみたいな印象を受けるのだ。例えるなら男装の麗人になろうとしているのに、胸が大きすぎて性別を隠せないでいる的な。うん、私にもよくわからん。
「『まあまあ、お久しぶりですね。自己紹介は自分でしたいですか? それとも、わ・た・し? がしますか?』」
「『お前は少し黙って居ろ。話が進まない』」
良く言ってくれた。スマホから響く声と部屋に響く声で会話するのはシュールだが、第三の巨神は実に冷静で賢明な様だ。カッコいい系女性、良いと思います。
改めて、部屋のスピーカーから荘厳を装った声が流れて来る。
「『今代の操り人よ、呼び付けに従ってくれた事にまず感謝を。それから、私の姉がすまない。これは昔から糸の切れた凧の様な性格でな。私も難儀させられている』」
ああ、凄い分かりますわー。昔からこんなんなのかこの十七歳。こやつを作った人は何を考えてこんな性格にしたのだろうか。それこそが正に古から来る最大級の謎だ。
「『私の名はデメテル。巨神などと大仰に呼ばれてはいるが、序列は下から二番目だよ。今はこの虫人の集落を維持する為に、土壌改善と植物の改良に努めている。どうぞお見知りおきを、今代の操り人』」
なんと言う丁寧なあいさつだろうか。挨拶は実際大事。何処かの十七歳にも見習ってほしい物である。
トカゲのおっさんも私も挨拶を返したが、第三の巨神はおっさんの方にはあまり興味はない様だ。はっきりした性格のせいかもしれないが、何よりも自身が特別視されているようで居心地が悪い。この巨人の母になっただけの女子高生に、この巨神達は一体何を見ていると言うのだろうか。
今回はその辺りもはっきりさせたい物だ。とりあえず、わざわざ呼び寄せる程に、何か用があったのかを先に尋ねてみよう。
「『そう畏まる事も無い。私は自分の能力を使っているだけで、神でも何でもないのだからな。こうして呼び付けたのは、好奇心と少し依頼があっての事だ』」
第三の巨神が放った言葉で、跪いていた虫人達がピクリと肩を震わせる。きっと神云々の辺りで言いたい事があるのだろうが、無駄な口を挟まないために思いも言葉も飲み込んだのだろう。なんと言う忠誠心。姿のせいも相まって、正に戦士と呼ぶのがふさわしい風格だ。
「『と、そんな所で表のクロノスちゃんからメッセージの着信です。『なんか来た』との事ですよ。あらあら? 一体全体何が来たのでしょうね?』」
暫し沈黙していたスマホが、唐突にやかましく喋り始めた。そして直ぐに聞こえて来る轟音と、体に突き抜ける様に感じる振動。動転する私とおっさんを置いて、いち早く動き出した虫人達が遺跡の外に向かって駆け出して行く。
「『なに? クロノスだと? 零号機が稼働していると言うのか? どういう事だヘスティア、聞いてないぞ!?』」
「『うふふふ、相変わらず不測の事態には弱いですねデメテルちゃん。落ち着かないと、せっかく取り繕っていたお顔の皮がはがれてしまいますよ?』」
第三の巨神は何か別の事で驚愕している様だが、外の巨人が心配なので今は後回しにしよう。あと、十七歳はちったあ自重しろ。
こういう場合は大抵ろくでもない事が起こるのがセオリーと言う物で、行けばきっと沢山苦労するのだろう。でもまあ、あの子を放置しておく事など論外。不測の事態が起こっているなら、せめてそばに居てあげたい。
そうと決まればとりあえずは行動だ。未だに名残惜しそうに巨神を見ているトカゲのおっさんの尻尾を引っ張って、私は遺跡の外に向かって走り始めるのだった。
次回、第十五話『来ちゃった!』に続く。
多分、ロボの詳細を書いている時が一番楽しい。
読者の方はこの小説で楽しめていますか?