前回のあらすじ。
温泉、掃除、増設、準備、温泉!
その事に気が付いたのは、背の低い丘陵を幾つも越えて、吹いてくる風に潮の臭いを微かに感じるようになる頃合いだった。新しい機能のホバー推進での移動も順調だと言うのに、そのおかげで気分が沈んでしまう。いや、もうひと山越えた位で海が見えて来るらしいから、それはそれで憂鬱の種ではあるのだが。
悩みの元は、元の世界から持ってきた通学鞄の中にある。着替えなどと一緒に、文具やら何やらもそのまま突っ込んでいたのだが、もう一つ大事な物も入れてあった。それは小さなポーチで。中身は簡単なコスメ用品と、お月様に必要になるアレだ。
コスメ用品は大事に使っているのに順調に目減りしてきているが、もう一つの方は本来の目的では一度も使用していない事に気が付いてしまったのだ。こういうのは一度気になると、なかなか頭を離れてくれなくなって困る。
もともと重い方でも無いし、時期がずれる事もよくあるので大して気にはしていなかったのだが。この世界に来て既に一か月近くが経とうとしている。予定日はとっくに超過。流石に少し、やって来るのが遅いのではなかろうか。
巨人の肩にある足場の縁に腰かけながら、何とは無しにお腹をすりすりと擦る。色々と悩みは尽きないが、こういう先の見えない体の不安は地味にきつい。お腹の奥がきゅーっとなってしまう。
「どうした? 腹でも空いたのか?」
そして同行者は当てにならないと来た。腰の部分の足場で胡坐をかきながら、頭だけ上に向けてこっちに話しかけて来る。その的外れな言動に、陰鬱な気分が一気に最低な物になった。
そんなんじゃないよ、こっち見んなトカゲ!
「トカゲじゃないドラゴニュートだ。体調不良ならすぐに言えよ。手の施しようが無くなってからだと、巨神もワシも途方に暮れる事になるからな」
分かってますよー。まったくデリカシーがあるんだかないんだか。少なくとも乙女心って物が分かって無い。なんせそんなものは、自分自身でも理解していないのだから当然だ。
足場から両足をぶらぶらさせて、着けてもらった手すりに突っ伏しながら巨人の横顔を眺める。お前は真っ直ぐに育ってほしい物だよ。少なくとも、おっさんみたいにはならないで欲しい。この子がセクハラ親父になったら悲しいからな。
女の子には優しくしろー、なんて言うつもりは無い。男にも女にも、一定数どうしようもない奴等は居るのだから。どうせなら、自分が優しくしたいと思える人を沢山増やしてほしい物だ。
そんな風にとりとめの無い事を考えていたら、幾らか気分が紛れて来た。やはりこういう時は馬鹿話に限――私の思考は唐突に響き渡った破砕音で強制終了させられた。突如飛んで来た岩が、巨人の掌で防がれ弾け飛んだのだ。巨人が守ってくれなかったら、今よりもペッタンコになる所であった。ってやかましいわ!
「大丈夫か!? 伏せろ、攻撃されているぞ!!」
下から叫んで来るトカゲのおっさんに言われるまでも無く、足場の上で姿勢を低くして攻撃が何処から飛んできているのか観察する。第二射は直ぐに来た。正面、海の方向から弓なりに大岩が投げ飛ばされてきている様だ。
何処の誰かは知らないが、そっちがその気ならやってやろうじゃないか。巨人が!
二射目の岩を装甲を展開した左腕で受け止め、発生した円状の光が空中に岩を固定させる。停止させられた岩をそのまま逆の手でぶっ叩き、同時に展開していた装甲から光が消えると停止が解除されて岩は真っ直ぐに元来た場所へ帰って行った。
やっぱり、この左手の技は相手の攻撃を停止させている。ただ防ぐだけじゃないから、こうしてその後に応用が利くのが特徴の様だ。技を使う時にはどうやらスマホに技名が表示されるらしく、それによると名前は『defenser』。つまりディフェンサー。名前からして防御技なのは間違いない。
右手のあの凄いのはあれからまだ一度も使っていないので、今度使用した時にはスマホのチェックは忘れない様にしよう。あっちはどう考えても必殺技だから、やっぱり技名は知りたい物だ。
遠くの方から岩の着弾音が聞こえて来た。微かだが慌てふためく人の声も聞こえた様な気もする。それ以降、岩が飛んで来る事は無くなった。
さて、どんな奴らが巨人相手に戦いを挑んできたのやら。まずは顔を拝んでやろうじゃぁないか。
ホバー走行を止めて、ズシンズシンと一歩ずつ、地響きと共に突き進み近づいて行く。暫く進むと、木製の装置が粉々に砕けているのを発見した。確か、投石機だっけ。詳しい原理は知らないけど、岩を放り投げる兵器だったと思う。漫画でちょろっと見ただけなので、私の知識で分かるのはそんな程度だ。
打ち壊されていない物もあるが、これだけ近づいても発射される様子はない。それもそうだろう、兵器を操作するべき者達が居ないのだから。
その兵器の操縦者達は今、全員巨人の足元で土下座していた。
「申し訳ありませんでしたー!!」
「巨神様に逆らうなんて考えた事が全ての間違いでしたー!」
「何時も通り食料金品は差し出しますので、なにとぞ平にご容赦をー!!」
なんと言う見事なDOGEZA! 正座をして両手を突き、頭を地に擦り付ける。これこそが本気の謝罪の姿勢。これこそが、大人の見せるべき反省の態度。こんな綺麗な土下座は見た事が無い!
まあそれはどうでも良いとして、何時も通りと言うのはどういう事だろうか。
「あれ、なんか何時もと姿が違くないか?」
「ばっか、こんなに大きいのがそう何匹も居るかよ!」
「でも、何時もは女の子とか一緒に居なかったよな」
何と話しかければいいのか迷って居たら、何やら襲撃者達はこそこそと内輪で話し始めた。巨人の肩に居るとほとんど話は聞こえないが、なんと言うかこの状況で目の前で内緒話とかなかなか良い度胸をしている。
見た所こちらを襲撃してきたのは六人ほど。数台の投石機を全員で操作して、台数を揃えて連射出来るようにして待ち構えていたらしい。恐らくは、巨人の頭が見えた辺りで射程ギリギリで撃って来たのだろう。
正直、ここまでして襲撃される心当たりがないのだが。あるとすれば先のカピバラ博士達の関連だろうか。しかし、それにしては使っている兵器がやたらと原始的な気がする。アレの関係者なら、重火器を持って来ても驚きはしない。
「あのー、大変失礼な事を聞いてもよろしいでしょうか?」
考えごとの最中に襲撃者達の一人が、這いつくばったまま顔だけ向けて話しかけて来る。
歳は中年ぐらいか、なかなかガタイが良くて、肌が赤銅色をしていて髭が良く似合っていた。他の面々も、歳の差はあれどほぼそんな様相だ。正しく海の男といった風体か、とてもではないが兵器を扱うようには見えない。
こちらが構わないと言う意志を首肯して伝えると、先程の男性は恐る恐ると言った様子で言葉を紡いだ。
「あなた方は、どちら様でしょうか?」
奇遇だな、こっちも今言いたい事が出来た。それはこっちの台詞だコノヤロウ!!
紆余曲折はあったが、私達の悲しいすれ違いは解消された。襲撃者達は今は、仲良くホバー走行する巨人の掌の上に収まっている。話を聞いてみればなんと言う事は無い、人違いならぬ巨神違いであったのだ。
「いやぁ、申し訳ねぇ! 俺たちゃてっきり何時もの奴らが山側から攻めて来たと思っちまってよ!」
「何時もは海から来るからおかしいとは思ったんだよ!」
「虎の子の投石機の用意をしてたから、気も大きくなってたしな!」
そんな事を言ってガハハハと笑う海の男達。そう、こやつらは今向かっている海辺に存在する、それなりの大きさの港町の猟師達だった。こんな山中に居たのは、投石機に乗せる手ごろな岩を搭載する為だったのだとか。それって岩だけ運んだ方が楽だったんじゃないかな……。つーか、こっちは襲撃されたんだぞ、笑えねぇよ。
そうこうしている間に視界が開け、ついに巨人は海岸線へとたどり着いた。猟師達に町の方向を聞いて、とりあえず近くまではそのまま進もうと巨人の向きを変えさせる。
波飛沫が舞う海の横の道を高速で移動し、そろそろ町が見えて来ると猟師の一人が言った時。私の耳にひゅーーっと言う風を切る様な音が聞こえて来た。なんだろう、どっかで聞いた事がある様な気がするんだけど。
この音に心当たりがあったのか、先程と同じくトカゲのおっさんが反応して大声を上げた。
「巨神を止めろ! 砲撃だ!! 海岸線から離れるんだ!!」
砲撃。そう、この音は戦争映画なんかで良く聞いた、砲弾が飛んで来る時の風切り音だ。あの音はフィクションで実際こんな音はしない筈なんじゃ――
そこまで考えた所で、近くの海が突然爆ぜた。天高くまで水柱が上がって、まるで雨の様に海水が降り注いでくる。うわっ、髪が濡れちゃう! せっかく温泉で頑張って綺麗にしたのに!
巨人は警戒の為に走行を止めて、海岸に対して身体の正面を向けてくれる。言うまでも無く動いてくれてとってもお利口だ。後でなでなでしてあげよう。
こんな事をするのはいったい誰か。海に向かって視線を這わせ、新たな襲撃者の姿を探す。こんな展開はさっきのだけで十分だっての、まったくもう! かんべんしてほしい。
そして、水平線の先にぽつんと浮かぶ船を見つけた。海の上で他に比較できるものが無いので大きさは分からないが、他に何も見えないからにはアレが砲撃してきたに違いない。
スマホの画面を巨神の視覚とリンクさせて、最大望遠でその船を観察する。外見は鋭角を多用したデザインの、現代的な戦艦の様な船だった。護衛艦って言うんだっけ。
その甲板に、まったく釣り合っていない古めかしい大砲が乗っかっていて、何やら人影がわちゃわちゃと蠢いている。人って言うか……、魚っぽい? じゃあ人影じゃなくて魚影?
そして、その船の艦橋の上には、黒地に白でバツ印の骨と眼帯を付けた人の頭蓋骨が描かれた旗がはためいていたのだった。海賊船だアレー!?
次回、第十八話『とんがってる!』に続く。
この世界の砲弾は音に拘って作られております。