前回のあらすじ。
気が付いたら荒野の真ん中だった。なんかモヒカン軍団が居たのでとりあえず逃げたら追いかけられる。逃げ込んだ洞窟の中で巨人を見つけたら、何か知らないが言う事を聞いてくれるらしくて助けてもらった。危機が去ったと思ったら、考古学者を自称するトカゲ人間に出会う。どうやらそのトカゲ人間は話がしたいらしい。
話をすると言っていた目の前のトカゲ人間――いや、竜人か。その彼は立ちっぱなしだと疲れると言って、手ごろな岩に腰かけた。先程、部屋の中央の巨人が暴れた時に、天井から落ちて来た破片か何かだろう。こちらは緊張し通しなのに、余裕たっぷりな行動が実に妬ましい。
「さて、単刀直入に言わせてもらう。少女よ、君はこの世界の住人ではないな?」
ズバリと言い当てられて、ドキッと心臓が跳ね上がった。なんでこの竜人は、私が異世界から来たと見抜いている? 確かにトカゲ頭で人語を喋る存在がいる様な世界に居た経験はないが、私自身は此処が本当に異世界なのかも把握していないと言うのに。
「うむ、その顔。その汗。その驚愕。実に雄弁に語るモノよ。どうやらワシが調べてきた歴史は、お伽噺の類では無いらしいな」
私の焦りの表情から、自信の推測が的中したと確信した竜人は口蓋を見せて笑う。うわ、牙が並んでて舌が生々しい。作り物では無く、確かに生きているという事が良く分かる。夢に見そうだ。
「そこの巨神は、この世界の者にとっては、調べる事も分解する事も出来なかった無用な長物でな。だがその価値は、お前さんの様な異世界からの来訪者によって一変するのだよ」
喜びに目を細める竜人は、背負っていた大きなリュックを地面に下ろし、その中をごそごそと漁って一冊の本を取り出す。ページの間に沢山の付箋が付けられたそれは、彼が言うにはこの辺りにある伝承を纏めた研究ノートらしい。 正確には、滅び去ったこの地の周囲に辛うじて伝わる伝承だが、と訂正して、竜人は話し始めた。
「先にも言った通り、ワシは考古学者を生業としておる。そして、各地の遺跡を旅をしながら調べて回り、その地にある古代の歴史を紐解き研究する事が生き甲斐だ」
竜人は少しだけ自慢げな顔をして、分厚いハードカバーの本の表紙を優しく撫でている。本当に、自分の集めてきた歴史に誇りを持っているのだろう。その貌は不気味さを感じるトカゲ面だと言うのに、とても穏やかで優しげな目をしていた。何だか子供っぽく見えて、ちょっとだけ受ける印象が変わる。
「この地の周囲に伝わる伝承と、各地の遺跡に残っていた古代語の資料を基に、ワシはこの地には強力な力を持った巨神が居ると確信した。そして見つけたのは、既に研究され尽くしたそこの巨神と、この遺跡であったのだ」
少し前まで自慢げにしていた竜人は、今度は凄く不貞腐れた様な顔をし始める。分からないでもない。一番最初に見つけたと思ったのに、既に自分以外の誰かが見つけていたと知れば落胆するモノだろう。だが、やはり見かけによらず子供っぽい様だ。
「この遺跡に残された資料によれば、この巨人は数千年周期で世の権力者にその存在を知られ発掘されているらしい。ワシが見つけた資料にも、既に見つけ出された後だと研究者の愚痴が乗っていた。無論、問題はそこではない」
拗ねていたトカゲがまた嬉し気に口元を歪める。分かる。あの顔は自分の知っている事を、誰かに披露して自慢したいと言う時の顔だ。よく見ると、彼の背中で恐竜の尻尾みたいのがピコピコ揺れている。可愛い。
漫画やネットで仕入れた知識を友達に語る時の私も、きっとあんな顔をしていたに違いない。今度から気を付けよう。
「この巨神は、数千年前に発見された時も、今と似た様な状態で地面に埋まっていらしい。それを掘り起こして自分達で使えないかと手を尽くしたが、時の権力者達はまったく成功しなかったのだそうだ。だが、ある時その流れが一変した。そう、異世界からの協力者が現れたのだ!」
竜人の語り口が熱くなって行く。興が乗って饒舌になっているのだろうか、何だか私もボイスドラマを聞いてるみたいで続きが気になってきてしまった。彼の興奮具合に引き込まれている様だ。
「異世界より現れた奇妙な衣をまといし者が、巨神と心を通わせ操り人となる。どうも、この巨神は操り人以外の言う事を聞かずに、操り人は口頭で命令を下していた様だ。ちょうど今のお前さんと同じ様にな」
操り人と聞いて操縦席でもあるのかなと思ったが、どうやらこの巨人は音声入力式らしい。ちょっと残念なような、それはそれで浪漫がある様な。複雑な気持ちが湧いて来る。
「そして、時の権力者はその異邦人を説得し、巨神の力を使い周囲の国々を侵略して行った。異邦人は使いきれぬほどの富を、権力者は周囲の国を併合し巨大な大帝国を築き上げた。正に、巨神の力は剛力無双! 向かう所敵は無く、全てを壊し全てを殺し、その力を世界の隅々にまで示したのだ!」
警戒していた事も忘れて、私はついつい前のめりになってその話に聞き入っていた。彼の話が本当の事ならば、そんなすごい巨人の操り手に私が選ばれたと言う事ではないだろうか。興奮に思わず頬が熱くなり、走って乱れていた長い髪がうっとおしくなって乱暴に背中に払ってしまう。こんな事なら面倒臭がって長く伸ばさずに、短くしていればよかったと後悔してしまった。
「ところが、だ。今の時代にそんな大帝国は存在しない。そして、かつての大帝国があった場所には、地平線の向こうまで何処までも広がる無尽の荒野が在るのだ。そう、此処だ。此処こそがかつて巨神の力で栄え、巨神の力で滅びたその地なのだ」
興奮が、一気に冷めた。このトカゲは今なんと言っただろうか。滅びた? この巨人がなんで、操り人が住んでいる国を滅ぼす必要があるのだろうか。理由が全く分からないし、今まで背中を預けていた巨人が凄く恐ろしい物に感じられてしまう。思わず振り向いて後退る私を、巨人がその力強い視線で見降ろしていた。
「国が栄えて肥え太り、操り人も贅の限りを尽くして暮らしていたある日。巨神は唐突に操り人の言う事を聞かなくなった。そして、操り人にだけ分かる言葉で、巨神は言ったそうだ。『もう十分、私はあなたから学ぶ事が出来た。巣立ちの時だ』そう言って、巨神は勝手に動き始め、あっと言う間に世界を滅ぼしてしまった。そして最後に残った大帝国も、例外なく一切合切を滅ぼしきってしまったそうだ」
なんだそれは……。なんなんだそれは!? 私はいったい、なんて物に呼び出されたんだ!? 混乱と恐怖でガクガクと全身が震えて、思わずその場に蹲ってしまう。
竜人は、そんな私に構わずに話を続ける。その声色は力強くて、恐怖心に縛られた私にも浸透するように伝わった。
「このデカいのが何を考えて世界を滅ぼしたのかは分からん。資料にはそこまでは書かれていなかったからな。だが、数千年前も今と同じ様に眠っていたという事は、このデカ物は同じ事を何度も繰り返しているのだろう。学び、育ち、滅ぼし、眠る。つまりは、世界を何度もリセットしていると言う事だろう」
リセット……。何のために? 意味が分からない。わけわかんない!
いや、それよりもこんな奴からは直ぐ離れなければ。こんな恐ろしい存在の傍に居たら、私も何時か昔の操り人みたいに滅ぼされちゃう。私は這う様にして、少しずつ巨人から離れて行く。
「まあ待て。話はまだ終わってはおらぬ。それに、逃げた先で小娘一人でどう生きて行くつもりだ? 少しは冷静にならんか」
っ!? そうだ、ここは私の知っている世界じゃないんだ。竜人の言葉で、私の頭から今度は血の気が引いた。モヒカン頭や竜人がいる様なファンタジー世界で、『スマホしかもってねえ!』状態の女子高生一人で何ができると言うのだろうか。逃げる為とは言え、カバンを投げ捨ててしまったのが悔やまれる。
そう考えたら腰が抜けてしまった。動く事も出来ない私を放って、竜人は勝手に話を続ける。
「記録が正しいのであれば、このデカ物は操り人から学んだと言うておる。つまり、こやつが世界を滅ぼしたのは、操り人――否、親の教育が悪かったから。そうは思えぬか?」
教育が悪かった? なにか? 親が欲望のままに振る舞って巨人を暴れさせたから、それを見て育った巨人は世界を欲望のままに壊して回ったと? 『世界が何度も滅んだのは、育児失敗が原因だと言うのかこのトカゲは!?』
「トカゲではない、ドラゴニュートだ。ふん、少しは元気が出てきたようだな。そうだ、今世の操り人の少女よ。お前さんには、こやつを世界を滅ぼさない良い子に育ててもらわねばならんのだ。ワシが気ままに遺跡探索をして生きて行くためにもな!」
お前がママになるんだよ! ってか!? ふざけんなよ! 何で私がそんな事を、なんで私が!?
ああ、駄目だもう、目の前が歪む。動けない体で必死に振り向いて、睨みつけているはずのトカゲの姿が滲んで行く。
感情に火が付いた私は泣き喚いた。そりゃあもうわんわん泣いた。
いきなり変な奴らに追いかけ回され、日常から切り離された異世界に連れて来られて。挙句の果てには世界を滅ぼす存在を育てろだって。そんな理不尽な事言われたら誰だって泣くよ。私が現に泣いている。
泣き崩れて、それでも悔しくて地面を両手でガンガン叩く私の傍に、竜人が近づいてきて屈み込んだ。大きな掌で、癇癪を起して地面を叩く私の両手をやんわりと押さえてくる。
『やめろよ! 私を泣かせたのはお前なんだぞ!』って、多分そう言ったんだと思うけど、自分でもちゃんと発音できてたかどうかは分からない。
それから、上体を抱き起してくれた竜人の胸を精一杯私は叩いた。叩いて、叩いて、そして泣き喚く。
そうしていたら、今度は両手でそっと抱きしめられて、乱れていた髪を撫でられた。背中もぽんぽんってされて、子供みたいにあやされる。
それが馬鹿にされてるみたいで悔しくて、でも優しくされるのが嬉しくて、私はもっと泣いた。むしろ色々擦り付けて汚してやったわ。トカゲくせえ癖に、生意気なことしやがって。ちくしょう。
結局私が落ち着くまで、竜人の腕の中で長い事泣いてしまうのだった。
次回、第三話『頑張っておっきして!』に続く
覚悟を決めるのは、もうちょっと後。