そしてどちらかと言えば、壁の方が好ましいです。
前回のあらすじ。
海賊流のケジメの付け方を見せていただきました。再び旅に出て、胸中に浮んだ思いに悩み苦しむ。トカゲのおっさんに相談してみたら、チョロっと気持ちが軽くなった。とりあえず、明日の為に今日を頑張ろう。
無尽の荒野を駆け抜けて暫く、私達は今は無量の砂漠地帯を疾走していた。
舞い上がる砂埃から逃れる為に大きなレンズのゴーグルをしっかりと嵌め、頭からすっぽりと布を巻き付けて顔を覆い隠す。直射日光も砂塵も、今この場では人を殺す脅威となるからだ。
陽の光さえしのければ、ジリジリと身を焦がす様な暑さは大分和らぐと言うもの。巨人のおかげで砂漠を泳ぐ危険な生き物に怯える心配も無いので、後はひたすらに次の町を目指せばいい。
そう、思っていたのに……。
「『そこの巨神、止まりなさい。ウーッ、ウウーッ、ウワーン!! ピーポー、ピーポー!! この吾輩が止まれと言ったら止まるべきではないでしょうか!! 人の話はじっくりさっくり、正直に聞くのが世の情けですぞ!! じゃすと、あ、もーめんつ!!』」
よりによってあいつらに見つかるなんて、きっと私達の中にとんでもない不幸体質な奴が居るんだろう。一体どいつだろうなぁ。なあ、トカゲのおっさん?
「トカゲじゃないドラゴニュートだ! 少しずつだが追い付かれている! あいつ等の方が足が速いぞ、どうする!?」
おっさんの言葉にちらりと背後を盗み見る。巨人の肩の足場から見えるのは、ホバー推進の巻き上げる砂塵と、その後方から猛烈な勢いで迫って来る半身半馬の巨神。そして、その頭の上で無表情で佇むメイドと、そのメイドに後頭部を鷲掴みにされながら拡声器でわめいている白衣のカピバラの姿が見えた。
「『今、また現れやがったなこのげっ歯類って思った? ごめんねごめんねー!! だが我輩は謝らない! 今日こそは我輩の超絶頭脳と西の――イテテテテテテテテテテ!!! 助手君、助手くーん! 割れちゃうから、いい加減本当に割れちゃうから! クルミの様に!!』」
相変わらずだなあの漫才コンビは。足して二で割ると丁度良いんじゃないだろうか。
闘う度に強くなって行くレプリカ巨神だが、今回はそれが顕著なのかもしれない。こちらは全速力で走行していると言うのに、引き離すどころか距離がどんどん詰められている。
「『ふははは、怖かろう。今回は以前の二倍の機動力を持たせているのであーる! スピードだけなら誰にも負けません! 無限軌道こそ漢の浪漫!! パワーアップを繰り返すだけの殺し合いなんてもうたくさんだ! 今回こそはその巨神を倒して我輩の科学力の勝利を認めさせてやるのであーーーーーる!!!』」
我ながら厄介な奴に目を付けられたものだ。最初は確か研究に必要だからって攫われかけただけの筈だったのに、何時の間にやら打倒目標にされてしまってる。あ、やっぱり不幸体質なのは私なんじゃないだろうか。
とにかく、こんなだだっ広い砂漠で迎え撃つなんて、機動力がある相手に対しては悪手でしかない。もっと足場の悪い所に逃げないといけない、ってトカゲのおっさんが言っていたので現在逃走中なのだ。
頑張れ私の巨人、あんな半分馬に負けるんじゃないぞ。
「『あれー? なんか前見た時と雰囲気ちがわね? もしかして、髪切った? イテッ! あれー? 吾輩今世間話しただけ――あがががが割れる! 割れる! 助手君もしかして、嫉妬? 嫉妬なんですかあぁあああああっ!? イテテテテテ!!!』」
楽しそうだな向こうは。何で私があいつらのダシにされてるんだろうか、凄い微妙な気分になるから止めて欲しい。と言うか、あのメイドさんはあのカピバラのどの辺が良いんだろうか。謎である。
謎と言えば、彼女のあの胸の大きさは何だろうか。何を食べたらあんなになるんだろう、私の方はこんなにも寂しいと言うのに。例えるなら小玉スイカ? 何あれむっちゃ弄り回したい!
いかんいかん、嫉妬で思考が変な方向に飛んでいる。今は状況に集中しよう。
「っ!? なんと、このタイミングで出くわすのか!? 進行方向右に新しいお客さんだ!!」
下から聞こえて来た悲鳴みたいな叫び声に従い、私は視線をそちらに向ける。そこには、こちらに真っ直ぐと向かって来る砂の壁が。いや、砂を纏いながら迫って来る巨大な生き物が視界一杯に映っていた。私の巨人よりもデカい。これはもう、動く島か何かと言うレベルだろう。
こんなクソ忙しい時に、なんたる悲報の協奏曲。厄介事と言うものは重なる物と言うのが相場ではあるが、これはもう運が悪いと言うレベルではないのではないだろうか。
「『おお、あれはなんと、砂漠地帯に住まう幻の巨大生物ではないか!! うおおおおお、でっけえええええっ!? 巻き込まれたらせっかくの強化したレプリカ巨神が台無しである! じょ、助手君助手君、回避回避回避してー回避してー!!!!』」
追手達も遅れて事態に気が付いたらしい。騒がしく喚きながら、私達を追いかけるルートから外れて方向転換していく。大方、こっちに押し付けて逃げ出そうと言うのだろう。
その動きに釣られたのか、はたまた大声に反応したのかは分からないが、横合いから迫って来ていた砂の壁は釣られる様に半人半馬の巨神を追い始めた。よし、後は全部あいつらに任せよう。
「『らめええええええええ!? おっきいのこっち来ちゃうのおおおおお!!! よし、こうなれば死なば諸共なのである。助手君、あいつらに近づけて巻き込んでやるのであーる!! はっきり言って呉越同舟!!』」
自分達が勝手に逃げた筈なのに、もう一度こっちに向かって来やがった。何が諸共だ、ふさげけんな!
結局並走する形になった巨人とレプリカ巨神を、勢いを増した砂の壁が追いかけて来る。そいつはなかなか追いつけない事に焦れたのか、一度深く沈みこんでからまるで海面から飛び出す鯨の様にその巨体を宙に躍らせた。
中空で長くしなる身体をぐるぅりと横に一回転。悠々と頭上を通り過ぎて行くその姿は、生き物であるはずなのに何処か彫像めいた物を連想させる。恐らくは、その鼻先から正面に向けて、二本突き出た立派な牙のせいかもしれない。
あれは魚と言うよりも、とんでもなく巨大なトカゲだ。砂の中を泳ぐ牙付きの蜥蜴とは、本当に非常識な世界だな。爬虫類ならトカゲのおっさんの親戚だろう。ちょっと話を付けて来てくれないだろうか。
「無茶を言うな! 落ちて来るぞ、しっかり捕まっていろ!!」
言われてからハッとして、慌てて足場の手すりをしっかりと掴んだ。そりゃそうだ、あんなデカい物が何時までも空を飛んでいる筈がない。奴はその二本の牙を湛える大口を開けて、こちらに向けて緩慢に落ちて来る。程なくして、砂漠中に響き渡るであろう轟音と共に、砂蜥蜴の巨体が砂の海に飛び込んだ。
あんな巨体が砂の中に沈んで行くと言うのに、不気味なほどその影響がこちらには伝わって来ない。巨人に乗っているおかげだろうか、ただ只管に大きな物が通り過ぎる風圧だけが纏った外套と長布の余りをはためかせるばかりだ。
そしてそれは、一緒に逃げていたあの連中も同じだった。
「『おやおやぁ!? なんだなんだ意外と大した事ないんじゃないですかぁん!? これならびびる必要なんてなかったな、早く帰ってパインサラダとステーキでも――おひょおおおおおおおおおおおおおっ!!!!』」
死亡フラグを最後まで立て切る前に、カピバラ博士とその助手は乗っていたレプリカ巨神ごと宙を舞った。潜行してすぐに踵を返して、頭を突き出して来た砂蜥蜴に角で弾き上げられたのだ。あれだけ大声を出していたのだ、さぞ砂中からでも位置が良く分かった事だろう。
まるで木の葉の様に巨体に翻弄されて、ぐんぐん上昇を続けるレプリカ巨神。そしてその後を追う様に再び空中に身を躍らせる砂蜥蜴。ぱっくりと大口を開けて、自分より高みに居る獲物を一飲みにしようと言うのだろうか。
「『っああああ!? この高さはまずい、不味いのである! 助手君、全力で脱出を――』」
何か、カピバラ博士が雰囲気を変えて叫んだ瞬間、空の彼方から一筋の光の線が降り注いだ。
その光は殆ど真上から半人半馬の巨神の胴体を撃ち抜いて、そのまま追従する砂蜥蜴の大口の中に飛び込こむ。そしてその光はあっけ無く、砂蜥蜴の頭をぱんっと乾いた音を立てて吹き飛ばした。
は? と、それを見ていた誰かが、その光景を理解できずに思わず言葉を漏らす。それは私だったのかもしれないし、同じ様に見上げていたトカゲのおっさんだったのかもしれない。
もしかしたら、撃たれた砂蜥蜴自身だったのかも。
頭の半分ほどを失った砂蜥蜴の体が空中で失速し、横倒しになりながら砂の大地に向かって降って来る。その体の長大さから、避けようとしても無事で済むとはとても思えない。だったら、こんな時こそアレの出番ではないだろうか。
思い立ったら即実行。巨人に向けて、回避よりも迎撃を指示する。使うのはいつぞやに巨大ミミズを仕留めた右腕の必殺の技だ。指示を受けた巨人はホバー推進を止めて、右腕の装甲を展開し生まれた溝に光を充填させて行く。
「ばっ! バカモン! その武器は相手を風化させるんだぞ!? あの質量を頭の上で砂にしたらどうなるか――」
トカゲのおっさんの必死の叫びの意味を理解した時、巨人は落ちて来る砂蜥蜴に青白く雷光走る光の球体に包まれた拳を叩き込んでいた。時すでに遅し。
いや、巨人の膂力でぶん殴られた砂蜥蜴の体が中空に押し返されている。この隙に奴の体の下から脱出すれば、まだ逃げ切れる可能性があるかもしれない。
「『おおおおっ!! おっちる時は胃が浮遊感で包まれるのほおおおおおお!!! そして貫通! なにこれ!? 砂!? お砂で出来てるの!? これはびっくり仰天と共に、博士と助手君は地面に降り立ちます。十点満点!!』」
中空で撃ち抜かれ上下に分断されたレプリカ巨神が、全身を乾燥させてひび割れさせていた砂蜥蜴の体にぶち当たった。朽ち果てた砂蜥蜴に大穴を開けさせて貫通し、それぞれのパーツが砂の大地に突き刺さる。
その衝撃で、砂蜥蜴の体は粉々に砕け散り、私達の頭上に大量の砂がゴバッと広がった。
あのカピバラ、生きてたらひっ捕まえて、泣いて御免なさいと言うまで後頭部の毛をむしってやる! ツルツルになった所を、全力で煽って更に泣かせてやる! 逆恨みだとしても絶対に仕返ししてやるからなー!!
自分でも割と無茶だと思う理屈を捏ねながら、巨人の掌で庇われた所で私の意識はぷっつりと途絶えた。
次回、第二十三話『意外に固い!』に続く。
投稿する前に読み返している時に、ちょっと強引過ぎたかなと思う事もありますが。
ま、いいかの精神で乗り切ろうと思います。