『最後の大戦』開始からすでに数時間が経過しているが、参加こそ叶わなかったものの、サービス最終日とあって『ユグドラシル』へのログイン者数は留まることを知らず、むしろ計測上増加しつつある。
当然それは、かつての賑やかさを取り戻しつつある『アインズ・ウール・ゴウン』の拠点、『ナザリック地下大墳墓』も例外ではない。
「う~っすお久しぶりぃ。って、円卓にゃ誰もいなかったか……」
円卓の1席に気だるげな挨拶と共に姿を現したのは、赤褐色の頭と、そこから伸びる鮮やかなオレンジ色をした太い1対の触角、背面を虹色に輝く漆黒、腹部をくすんだ黄色の甲殻に包まれたいくつもの節で隔たれた長大な身体が椅子に収まり切らず、各節側面から1対ずつ伸びた同じく節で覆われた脚は、背面や腹部と同じ漆黒やくすんだ黄色のものもあれば、赤や青などの鮮やかな色をしたものもある。
大百足の『源次郎』は、『プレアデス』の1人、『エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ』の創造主で、現実では物資の在庫管理を生業としている。そのためアイテムの整理などは得意な方だったが、同時に断捨離が出来ず物を貯め込んでしまうメンバーきっての貧乏性でもあり、オフ会の前後などで度々家に泊めるほど仲のよかった獣王メコン川からも苦言を漏らされる自宅を、『汚部屋』と自虐するほどには自覚していた。
「さぁて、久々にきたはいいけど、何しよっかなぁ。モモンガさん達は『最後の大戦』でいねぇし……」
他のメンバー同様彼も引退して久しかったが、ここ最近不気味なほど順調に休暇がとれていたことに加え、至れり尽くせりな復帰サービスのおかげで、かつて豊富な妨害効果を持つ毒攻撃に、巨体相応の防御力と反した隠密性を活かし『壁役もできる暗殺者』として活躍していた現役時代の感覚も幾分取り戻せている。
とはいえ外に出たところで1人でできることなどたかが知れており、何よりわざわざ最終日に、こちらを襲ってくるかもしれないよそのプレイヤーと遭遇する危険を冒してまでするほど酔狂でもないため、特に意味はなくとも軽く自室に残した所有品の整理でも、と思った矢先、新たなログイン通知と共に現れたかつての仲間に意識を向ける。
「おぉ、そのアバターは確か、源次郎さんだったか?」
同じ象の頭でも、獣王人の獣王メコン川に比べて牙は太短く、穏やかな印象を抱かせる目元も荒々しさを感じさせない。加えて2対の腕のうち下側の両腕を、大きく開いた上着からさらけ出した、戦いとは無縁な様子を現したかのような太鼓腹と、大きな鼻で隠れて見えない顎にそれぞれ伸ばして撫でる象頭神の『音改』は、『アインズ・ウール・ゴウン』の金庫番にして商業活動の要と共に、現実でも1流の商社に勤める経済のプロとも言える人物で、売買額にボーナスが付与される技能を有する彼の引退は、『アインズ・ウール・ゴウン』の金銭管理に少なからず影響を与えていた。現在ではその挽回が如くサービス終了にかこつけた叩き売りに乗じ、様々な希少アイテムをかき集めては、それらを貯蓄する「宝物殿」を有終の美を飾らんとばかりに大量のユグドラシル金貨と共に――それこそモモンガから「そんなに貯めてどうするんですか」と苦笑され、今日再会するまですれ違い続けていた源次郎が暇潰しがてらしていた整理が追い付かなかった程――溢れ返させている。
「あぁ音改さんどうも。ってかログインする度随分貯めてますけど、あんな集めてどうするつもりなんすか?」
さすがにゲームの仲間でも、ログイン早々目の前に巨大な虫がいれば驚くのはしょうがないと思う部分はあるため、驚かれたことにとやかく言うつもりはない源次郎だが、流石に向かう度に起こる宝物殿内の無秩序な増量には困惑せざるを得ず、思わず苦言を漏らす。
「いやぁ、以前のように大規模ではなくても、記念感覚でまた攻めてくる奴とかいるかもしれないでしょ?『タワー』に出向いてるモモンガさん達も、やられて蘇生する必要があるかもしれないし、それ考えると貯蓄はたんまりあるに越したことはないってことで……」
蘇生に必要な金貨はレベルに応じて増えていき、レベル100ともなれば1回でも5億枚と膨大な額がかかるシステム上、苦笑気味に音改が返す懸念もわからなくはないが、今更わざわざ延々と仲間を呼び続けるカエル型モンスター「ツヴェーク」が警報代わりになっている上、猛毒の沼地が点在する大湿地帯「グレンデラ沼地」の奥にある『ナザリック地下大墳墓』まで攻め込む猛者も『暁の君臨者』の挑発を受けて『タワー』に向かっただろう現状では、いくら「過ぎたるは及ばざるがごとし」といえど完全に思い過ごしもいいところだろう。
「ところでどっち先かまでは考えてないが、ムスペルヘイムとニヴルヘイムの中央部で市場を覘いてから、最後はヘルヘイムの市場を見てナザリックに戻ろうと思ってたんだけどね、源次郎さんはどうするんだい?」
「俺?いやぁ、来たはいいけどどうするか決まってなくって、モモンガさん達戻るまで暇潰しに自室の整理でもしようとか思ってたとこだから、護衛がてら便乗してもいい?」
「おぉ、それは助かるよ。だとしたら折角だし、もう何人か集めて、久々にパーティ組んで路銀稼ぎがてら、道中のモンスターを討伐しながら進みたいところだけど、ほかに誰か空いてる人いるかな……?」
分の悪さを自覚した音改が、話題をすり替えんと予定を話すと、源次郎もそこまで言及する気はなかったことから、「非戦闘員でも1人よりはマシ」と考えて同行を申し出たため、気をよくして更なる同伴者を探さんと操作画面を開いていたところに、タイミングよく新たなログイン通知が複数入る。
烏帽子を被り、和装を身にまとった、鶴のような姿の式神、『ばりあぶる・たりすまん』、種族は獣王メコン川と同じ獣王人だが、犀の頭に牛の角と長い牙、虎を思わせる縞柄の体毛に覆われた腕の『チグリス・ユーフラテス』、黒尽くめのスーツとカウボーイハットの所々に空いた穴の各所から、同じく黒の包帯が飛び出し、背中には「つるりんぺたん」と名付けた狙撃銃を背負った、ミイラの『フラットフット』、そして愛嬌のある顔を掘られた南瓜の頭を始め、大根の腕や複数の野菜や果物をその茎やつるでまとめた体に、大きな葉っぱの外套を羽織り、小ぶりな胡瓜や人参が指になった手には、纏う炎以上に赤く熟れたトマトが収まり、そこから幽霊を思わせる顔のある煙が幾つも浮かんでは消えていく蕪の提灯を持った、南瓜頭の蕪提灯持ちの『ぬーぼー』。皆同様に『ユグドラシル』を去って久しかったものの、サービス終了を前に復帰した身だが、今日は集結できないと語っていたはずだった。
「あれ!?皆さん来てくれたのは嬉しいし、タイミングも外に出る算段たててるとこだったからよかったけど、何で急に?」
思わず驚いた音改が急に来た面々に尋ねると、代表してばりあぶる・たりすまんが口を開く。
「いやぁ、本来なら年度の区切りってことで、色々後片付けや新たな取り組みの段取りがあって残業の予定だったんだが、まさか都合よくドタキャンが入って、全部チャラになるとは思わなかったよ。そうした訳で折角だしと思って来たら、なんだか思ったより同じ魂胆の参加者も多かったみたいだね……」
「うちも同じような感じでさ、どうするか考えてたとこにぬーぼーさんから声かけられて、便乗させてもらおうってことで来たの。まぁこうも揃うとは思ってなかったけど……」
苦笑する感情アイコンを出してフラットフットが続くと、名を挙げられたぬーぼーが「いやぁ……」と照れる感情アイコンを出して空いている手で頭を掻く。この2人はメンバー内でも特に探知能力が優れているため、既存仕様の対策が一切通用しないような余程想定外の隠蔽能力をされていない限り、まず間違いなく相手は発見され、先手を打たれるだろう。
「まぁ、都合がいいっちゃいいんだろうな。フラットフットさんとぬーぼーさんがいりゃまず安全でしょ。それで、まさに今どこか行くみたいな話してましたけど、どこ行くつもりだったんですか?」
「あぁ、実は……」
2人のやり取りを眺めていたチグリス・ユーフラテスが尋ねると、音改が先程源次郎に話した予定を改めて説明しようと口を開くが、その直前新たな仲間が顔を出す。
「よぉ、懐かしい顔が急に増えたな」
「皆さんお久しぶりです。これから外出みたいですが、折角ですし、ちょっと一服してからにしません?」
数人の一般メイドを引き連れたホワイトブリムに先んじて部屋の奥にある他の施設につながる扉から姿を現し、円卓の面々に声をかけたのは、オレンジ色の楕円体型で、コック帽にエプロンを身に着けた『カワサキ』。
深刻な環境汚染で新鮮な食材の調達さえ難航するような現実でも大分珍しくなった料理人として、オフ会では度々店を会場として提供し、様々な料理を振る舞いメンバーの舌を魅了していた彼は、『ユグドラシル』でも作った料理に支援効果をもたらす異形種、クックマンを選択し、『ナインズ・オウン・ゴール』創設の頃から料理人として支えてきたが、奇遇にも『古世界からの使者達』で外装を見つけたキャラクター、『コックカワサキ』に縁を感じ、ゲーム内通貨とは別に用意された交換ポイントを貯めて入手してからは、獲得した技能の利便性もあって、『アインズ・ウール・ゴウン』メンバーでは例外的に外装を使用していた。
「あれ、もしかしてカワサキさん?なんか姿変わってね?」
当然長らく顔を会わせなかったメンバー達はそれを知らないため、真っ先に気づいた源次郎のように一瞬混乱するが、すぐに声で彼も久方ぶりに会った仲間だと気づく。
「ああ、少し前『古世界からの使者達』あったろ?贔屓してくれる支援者のおかげで余裕出来たから、久々にログインした際に偶々見つけたんだが、それの課金ガチャで見つけた『コックカワサキ』ってキャラの外装なんだ。意外と使い勝手いいぜ?」
キャラ外装に実装されたプログラム『表情反映』の効果で、感情アイコンの代わりに表示された笑顔で自慢げに説明するカワサキ。料理人ながら大柄で引き締まった体躯のおかげで、食料目当てに忍び込んだ貧困層の住人くらいなら余裕で返り討ちにしてしまう戦闘力を有しながら、「生きたければ飯を食え」を掲げ、そうした相手にも事情や態度次第では利害問わず食事を提供していたため、色々と心配されていたが、富裕層に彼の料理の腕だけでなく、そうした気難しさをも受け入れ、補ってくれる様な人物がいたのは意外だった。
「まぁそこは気になるだろうけど、軽く作っといてやるから、ホワイトブリムさんが言ったように出る前に軽く食ってきなよ。ついでに言っとくが、今度お疲れ会ってことで他の奴等も誘って、久々に現実の方でも集まらないか?」
「おぉ!それいいですね!やっぱカワサキさんの料理はいつも食ってるゼリーやブロック食品とは比べ物になりませんからねぇ!」
「おいおい、俺の料理をあんなギリギリ食べ物の定義に入るような代物と一緒にしないでくれよ」
笑顔の感情アイコンと共に跳ね回って喜びを表現するぬーぼーに苦笑するカワサキだが、比較対象に不満はあれど、自分の腕を称賛してくれているとあって、悪い気分ではないようだ。
「それじゃパトロンに呼ばれてるから、いったんログアウトする前にチャチャッと作ってくるぜ。まぁ、強制ログアウトまでには戻ってこれるさ」
「それじゃあ我々は、メイド達とお茶楽しんでゆっくり待ってますね~」
コートから覗く枯れ木の腕を振るホワイトブリムに、同じく短い腕を上げて応え厨房へと戻っていくカワサキを見送ったメンバーは、早くも現実でのオフ会に思いを馳せながら、彼が戻ってくるのを心待ちにしていた。